連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第79回
今回紹介するのは、2023年8月11日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国公開の『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』。
監督デビュー作『レザボア・ドッグス』(1992)で一躍脚光を浴びたクエンティン・タランティーノ。「タランティーノ映画」と呼ぶしかない唯一無二のジャンルを打ち立てた彼の才能に迫る、ファン必見の一作です。
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CONTENTS
映画『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』の作品情報
【日本公開】
2023年(アメリカ映画)
【原題】
QT8:The First Eight
【製作・監督・脚本】
タラ・ウッド
【共同製作・撮影】
ジェイク・ゾートマン
【製作総指揮】
ベロニカ・“リキ”・ラッシング、アレン・ギルマー、ロバート・C・マクガー、ロランヌ・ラム
【編集】
ジェレミー・ウォード、エリック・マイヤーソン
【キャスト】
ゾーイ・ベル、ブルース・ダーン、ロバート・フォスター、ジェイミー・フォックス、サミュエル・L・ジャクソン、ジェニファー・ジェイソン・リー、ダイアン・クルーガー、ルーシー・リュー、マイケル・マドセン、イーライ・ロス、ティム・ロス、カート・ラッセル、クリストフ・ヴァルツ、スコット・スピーゲル、ステイシー・シュア
【作品概要】
『パルプ・フィクション』(1994)、『イングロリアス・バスターズ』(2009)など数々の話題作を発表してきた奇才、クエンティン・タランティーノに焦点を当てた、2019年製作のドキュメンタリー。
タランティーノ作品に参加したサミュエル・L・ジャクソン、ジェイミー・フォックス、ダイアン・クルーガーらキャストや、制作スタッフたちが登場。作品の舞台裏や知られざるエピソードなどを交え、彼の映画創作のマインドをひも解きます。
リチャード・リンクレイター監督に迫ったドキュメンタリー『21 YEARS: RICHARD LINKLATER(原題)』(2014)が高く評価されたタラ・ウッドが、監督を務めます。
映画『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』のあらすじ
1992年、脚本・出演も兼任した監督デビュー作『レザボア・ドッグス』がカンヌ国際映画祭で大きな話題を呼び、瞬く間に時の人となったクエンティン・タランティーノ。
その後も新作を発表するたびに世界中の映画ファンを熱狂させ、「タランティーノ映画」と呼ぶしかない唯一無二のジャンルを打ち立てました。
そんな彼は、いかにして奇想天外な物語を次々と生み出し、観たこともない映像を作り出し続けてきたのか?
そんな彼のマインドを、本人に代わって作品に携わってきたキャストやスタッフの証言をベースに、ひも解きます。
客観視点でたどるタランティーノの軌跡
本作『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』は、タイトルが表すとおり、映画界の寵児となったクエンティン・タランティーノに迫ります。
監督デビュー作『レザボア・ドッグス』から8作目の『ヘイトフル・エイト』(2016)までに出演したキャスト陣、およびキャリア初期から付き合いのあるスタッフや映画評論家たちが、タランティーノの逸話やエピソードを語っていきます。ただし本作はタランティーノ公認ではあるものの、肝心の本人へのインタビューはありません(アーカイブ映像のみ)。
存命するメイン被写体本人が登場しないドキュメンタリーは珍しいことではありませんが、本作の監督タラ・ウッドは、リチャード・リンクレイター監督に迫った前作『21 YEARS: RICHARD LINKLATER(原題)』(2014)でもリンクレイター本人ではなく、彼の作品に参加したキャスト、スタッフに話を聞く手法を取っています。
被写体が自身を主観視点で語る際、時として自分を美化したり自慢話になるケースはよくあること。その点で本作は、交流があった関係者たちに客観視点で語ってもらうことで、被写体のパーソナルな部分に厚みをもたせています。
『21 YEARS: RICHARD LINKLATER(原題)』(2014)
数々の栄光と背負った十字架
本作は「革命」、「強い女性&ジャンル映画」、「正義」という3つの章で構成。
第1章「革命」では、レンタルビデオ店に勤務しながら映画を鑑賞しまくり脚本書きに専念した素人時代を経て、フィルムメーカーになるまでの道のりを辿ります。低予算で製作されたデビュー作『レザボア・ドッグス』、続く『パルプ・フィクション』での独特なセリフ回しに大胆な脚本構成など、タランティーノが映画界にもたらした革命が明かされます。
第2章「強い女性&ジャンル映画」では、女性を主役にした『ジャッキー・ブラウン』(1998)、「キル・ビル」シリーズ(2003~04)、『デス・プルーフ in グラインドハウス』(2007)の3作にフィーチャリングし(「キル・ビル」シリーズは1作品としてカウント)、タランティーノの女性観や、あふれ出るジャンル映画への愛を考察。
そして第3章「正義」では、史実で迫害を受けてきた者たちによるポエティック・ジャスティス(詩的正義)を描いた『イングロリアス・バスターズ』と『ジャンゴ 繋がれざる者』(2013)を経て、原点の『レザボア・ドッグス』を思わせる対話劇『ヘイトフル・エイト』(2016)を撮るまでの、タランティーノのキャリア円熟期を追います。
そうした輝かしいキャリアの一方で、避けては通れない“傷”にも本作は触れています。
いくら優れたアイデアや脚本でも、それに出資する製作・配給会社がいないと映画は作られません。辣腕プロデューサーとして20年以上タランティーノをバックアップしてきたハーヴェイ・ワインスタインは、キャリアの上で外すことのできない存在です。
そんなワインスタインによる『キル・ビル』撮影時に起きたユマ・サーマンの交通事故もみ消しや、数々の女性への性的暴行容疑といった数々の暴君ぶりが公となったのは、本作を製作中だった2017年10月でした。
「かなり前から知っていたが、何もしなかった」
「強い女性」を撮ってきたタランティーノにしても、実に重い十字架を背負うこととなったのです。
「僕は映画を信仰する」
本作の見どころは、とにかく証言者たちが語るタランティーノの逸話です。
ジェイミー・フォックスが『ジャンゴ 繋がれざる者』主演時に説教された理由を笑顔で喋れば、イーライ・ロスはタランティーノが脚本を必ずペンで書く理由を明かす。元交際相手でスタントウーマンのゾーイ・ベルが『デス・プルーフ in グラインドハウス』に俳優として出演した際のエピソードを語り、ロバート・フォスターは『ジャッキー・ブラウン』の出演でキャリア低迷期を脱せたと謝意を表す。
本人は出ていなくても、至るところにタランティーノは存在しています。
「僕は映画を信仰する。全身全霊で映画製作に取り組む。命を捧げてもいい」
作中内でナチスドイツを、人種差別主義者を、カルト集団を殲滅させ、さらに映画界の慣例をも破壊してきたタランティーノ。そんな彼も、2023年秋より撮影開始予定の10作目『The Movie Critic(原題)』で監督業を引退すると公言しています。
「少し知っているが驚きだ」とティム・ロスが語るタランティーノの引退後の計画とは?我々がそれを知るのはまだ先の話ですが、今できることは、本作『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』を観て、最終監督作を待つことなのです。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)