永野芽郁と奈緒主演『マイ・ブロークン・マリコ』
『百万円と苦虫女』(2008)、『ふがいない僕は空を見た』(2012)のタナダユキ監督。
彼女が『浜の朝日の嘘つきどもと』(2021)の次の作品に選んだのが、平庫ワカ原作のマンガ「マイ・ブロークン・マリコ」(「第24回文化庁メディア芸術祭」マンガ部門新人賞受賞)です。
主演は永野芽郁と奈緒。NHK連続テレビ小説「半分、青い。」で共演して以来プライベートでも仲良しだというふたり。
オファーはたまたまだったというが、いつかまたいっしょに仕事がしたいと話していたふたりが、濃密で複雑な親友という関係性を見事に演じています。
CONTENTS
映画『マイ・ブロークン・マリコ』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
タナダユキ
【キャスト】
永野芽郁、奈緒、窪田正孝、尾美としのり、吉田羊ほか
【作品概要】
KADOKAWAが運営している無料コミックポータルサイト、ComicWalkerにて連載された平庫ワカの初連載作品「マイ・ブロークン・マリコ」。わかりやすいタイトルや内容が求められる無料コミックの中でこの作品は重いテーマと繊細な文体で注目を集め、公開されるやSNSでトレンド入りを果たし単行本は即重版が決定するなど大きな話題となりました。
ブラック企業に勤めるシイノトモヨはある日、親友イカガワマリコの死をテレビのニュースで知ります。子どものころからマリコが父親に虐待されていることを知っているシイノは、いまからマリコのために何ができるかを考え、その実家に乗り込み彼女の遺骨を強奪します。
あてもなく遺骨を盗んでしまったシイノは、マリコがかつて行きたいと言っていた海を目指し家を出ます。
映画『マイ・ブロークン・マリコ』のあらすじとネタバレ
食堂でラーメンをすするシイノトモヨは、親友イカガワマリコがマンションから転落死したと伝えるテレビのニュースに愕然とします。シイノはアプリを開きマリコに連絡してみますが既読はつかず、電話にも応答はありません。
上司からの電話を無視してマリコのことを考えているシイノ。記憶の中で、高校生だったマリコは不動産屋の物件情報をみながら「シイちゃんと暮らしたい」と言っていました。その顔には痛々しいアザがあります。
翌日、出社してすぐ出かけるシイノに上司からの罵声が飛んできます。マリコのマンションに向ったシイノは、路上に供えられた献花や片付け作業中の部屋を見て彼女の死を受け入れ、いまごろ火葬されているはずだと聞かされます。
会社に戻ったシイノは同僚に嫌味を言われますが気にもとめず、休憩所でタバコを吸いながらマリコとのメッセージアプリのやりとりを見返しています。
いまから自分にできることはないか、そう考えていたシイノはタバコの火を踏み消すと走り出します。自宅に戻ったシイノは、台所から包丁を取り出しカバンにしまうと家を出ました。
中学生のとき、公園で花火をやろうとシイノがマリコを誘いました。しかし約束の時間になっても彼女は現れず、シイノはマリコの家を訪ねます。中からはマリコの父親が出かけようとしていたマリコを責め、怒鳴ったり殴ったりしている様子が聞こえてきました。
シイノはドアを何度も叩き、マリコを助けようと叫び続けます。するとドアが開き、アザだらけのマリコが「無理になった」と謝って再びドアを閉ざすのでした。
いい子でいようと必死だったマリコ。そんな彼女を思い出しながら、シイノはマリコの実家に向かいます。呼び鈴に反応したのはマリコの父親の再婚相手・タムラキョウコでした。
営業トークで室内にあげてもらったシイノは、もっと早くこの女性が再婚してくれてたら…とぼんやり考えていました。その奥の部屋には真新しい遺骨の箱や線香が置かれ、マリコの遺影の前で父親がうなだれて座っています。
シイノは、高校生のマリコが父親に犯され、それを知った実母が出ていってしまったことを思い出していました。「私が悪いんだって。私が誘惑したから、お父さん、手ぇ出したんだって」マリコは絶望的な顔でそう言っていました。
いてもたってもいられなかったシイノは遺骨の箱を抱えると、父親に抵抗されながらも大声で叫び、取り出した包丁を向けます。
「高校生のとき、実の娘を強姦したテメェに、中学生だった実の娘を、奴隷扱いしてやがったテメェに、小学生だった実の娘から母親奪ったテメェに、弔われたって、白々しくてヘドが出んだよォ!」その姿は父親には一瞬マリコに見えました。
その後名乗ったシイノは、刺し違えてでもマリコの遺骨は自分が連れて行くと言って箱を抱えたまま窓から飛び降ります。転倒し、そばの川に落ちたシイノはそのまま対岸へ渡り、ようやく家へと戻ってきました。
通報されたかもしれない、と不安になりながら遺骨を置き、押入れに入っていた四角い缶の箱を開けるとマリコからの手紙がたくさん出てきました。中学生のころからマリコはシイノに手紙を書くのが好きでした。
屋上でタバコをふかすシイノの横で手紙を書くマリコ。ふたりで海に行きたいと言っていたマリコの願いを叶えるため、シイノは支度を始めます。お金、手紙、養命酒。でもさっきマリコの実家に置いてきてしまったので靴がありません。
仕方なく、初めてのバイト代で買って履き倒したドクター・マーチンを取り出し、カビ臭いそれに消臭剤を振りかけました。
遺骨の箱を抱え夜道を歩くシイノ。行き先は決まっておらず途方に暮れた彼女はマリコにメッセージを送ります。「送れるのに」そう思いながら立ち止まり、「あたしには正直、あんたしかいなかった」と悲しい顔をするシイノ。
「ねぇマリコ。本当に手紙のひとつもあたしに残さず死んだの?」電灯の下、涙を流すシイノの脳裏に「まりがおか岬だって!行ってみたいね」というマリコの笑顔が浮かびます。
笑顔で走り出したシイノは、その足で高速バスに乗っていました。遺骨を抱いて眠るシイノ。彼女が抱いていたのは中学生のマリコでした。
翌朝、バスを降りたシイノは定食屋に入ります。牛丼を2杯頼んだシイノは1杯を陰膳にして箸を立てています。結局2杯をたいらげシイノはひとり、鉄道で移動します。途中で上司から電話がかかってきますが切ってしまいます。
夢の中で、高校生のふたりは教室にいました。「シイちゃんに彼氏ができたらわたし死ぬから」そういうマリコを心配し、「何かあった?」とたずねたシイノ。マリコは「何かない日なんてないの」と答え、取り出したカッターで手首を傷つけました。
目覚めたシイノは、いまそんなの思い出さなくたって、と困惑します。
まりつき駅に到着し、シイノはまりがおか岬に向かうバスに乗ります。孤独な目をしたひとりの女子高生を気にしながら、シイノはまた高校時代のマリコとのやりとりを思い出しています。
彼氏ができたマリコはシイノとの約束より彼氏を優先するようになりました。仕方なくひとりで映画を観に行ったシイノの前にマリコが現れ、この映画はいっしょに見たかったとすねています。そうこうしているうちに女子高生が降りていき、シイノはその子に手を振ります。
やがて“まりがおか”に着いたシイノは海に向って道路を横断しますが、走ってきたバイクの男にリュックをひったくられてしまいます。「ひったくりー」と叫びながらも座り込んでしまったシイノに、釣り道具を持った男性が近づいてきました。
財布やスマホを盗られたことより、マリコの手紙を持っていかれてしまったという事の重大性に気づいたシイノは、遺骨を置いたままバイクの走り去った方へと走っていってしまいます。
しばらく経ってどうにもならなかったシイノが戻ってくると、先ほどの男性が遺骨を守っていてくれました。
彼はシイノに五千円札を握らせると、「名乗るほどの者じゃございません」と言って去っていきますが、持っていたクーラーボックスにマジックで“ナリタ商店 マキオ”と大きく書いてありました。
その夜、シイノは港の酒場でひとり、しこたま飲んでいました。目の前には妄想のマリコが現れ、「さっきの人、やさしかったね」と笑っています。ああいう人と結婚したいと言いながら、「わたしなんかを好きになってくれるんならどんな人でもわたし我慢するよ」と弱々しく口にします。
シイノは立ち上がり「あんたにはあたしがいたでしょうが!」と大声を出します。店にいた他の男性客たちは驚きますが、やがて女ひとりのシイノをからかい始めます。そんな周囲の客を黙らせ、シイノはマリコの記憶をとどめようと必死です。
「あたしッ 何度もあのコのこと、めんどくせー女って思ってたのにさぁ」そういって号泣するシイノ。
記憶の中。リストカットしたマリコは「わたしから離れてったら一生許さないからね」と言っています。血の流れるその手をつかみ、「そんなふうに脅さなくったってさ、あたしにはあんたが一番大事なのに」と言っているのはいまのシイノでした。
映画『マイ・ブロークン・マリコ』の感想と評価
主演ふたりの役作り
まず最も印象的だったのは永野芽郁の熱演です。永野はこの作品でかつてないほどの汚れ役に挑戦し、見事に自分のものにしています。
ご覧になった方、原作を読んだ方はご存知のとおり、シイノトモヨというキャラクターはだいぶやさぐれたOLです。ひとりで定食屋に入るのはもちろん、酒場だって全然平気。パンツスーツの足を開き、前かがみでタバコを吸う姿など清々しいほどのカッコよさです。
もともとタバコを吸わないという永野は、シイノがタバコを吸う姿が様になっていなければならない、と自らニコチンの入っていないタバコで練習を重ねたそうです。
またクランク・インの11ヶ月も前からドクター・マーチンの靴を履いて足に慣らしたといい、並々ならぬ役作りへの努力が感じられます。
一方の奈緒も、マリコからシイノへ宛てた手紙を自発的にすべて自分で書いたそうです。
劇中で読み上げられた手紙はごく一部ですが、缶の中にほかにもたくさんの手紙が入っていました。読まれない、映らない手紙もすべて書いたという奈緒。
回想の中のマリコ、妄想のマリコとしてたびたび登場する彼女は、子どものころから虐待され、母に去られ、尊厳を奪われた女性です。「男運が悪い」などという簡単な言葉では片付けられない壮絶な人生をたどったマリコを演じるために、奈緒は自ら手紙を書き、シイちゃんへの思いを深めていったのでしょう。
脚本の足し算引き算
85分という短めのこの作品は、セリフの言い回しなどほぼ原作に忠実に作られています。導入部は一気に話が進み、途中から現実と回想が入り混じるシイノ目線の、シイノの心情に寄り添ったストーリーとなっています。ただし、一部映画オリジナルのシーンが追加されています。
バスの中の女子高生
岬で助けることになる女子高生を、前日気にしていた様子が描かれています。このエピソードによって、シスターフッド的な意味合いが強められています。
マキオとのやりとり
原作には歯磨きのやりとりはありません。実は原作ではマキオが深夜に一度、小舟で眠るシイノを見つめる描写があります。謎の男という面を強調するためにそのシーンはありますが、映画ではたまたま朝そこに現れたようになっています。でもなぜ歯磨きセットを持っていたのか。シイノに会えたら渡そうと思っていたのはミエミエですが、そこにいることを知っていたとすれば納得の行動です。
また駅弁のシーンも映画オリジナルです。原作では海岸でマキオが話す重要なセリフを、この別れのシーンにもってきておいて弁当のくだりでおとす。このさじ加減が絶妙で、これによって妙な恋愛感情を感じさせず、より普遍的なセリフとしてマキオの言葉が沁みてきます。
そして、窪田正孝演じるマキオの佇まい、これがこの映画の大きなポイントになっています。飄々としていながらギリギリコミカルな雰囲気をまといつつ、なおかつ過去になにかあったことをにじみ出させる演技、素晴らしかったです。
加えられなかったシーン
原作では後日、前日譚として死の当日のマリコが描かれています。脚本の段階でそのシーンを入れることも検討されたそうですが、この映画はシイノが自分の感情に決着をつける物語だということで加えられなかったそうです。
ロケ地について
まりがおか岬のロケ地は青森県です。
種差海岸や葦毛崎展望台、マイルポストと呼ばれる場所などがそのロケ地として使われています。マリコの憧れたポスターの美しい青い空と海。シイノが訪れた寂寞とした岩場の岬。どれもがこの作品にふさわしい最高のロケーションです。
実は劇中に出てくるススキの群生地は、撮影時にはススキの元気がなくなっており別の場所から大量に持ってきて設置したそうです。地元のシルバー人材センターの方々の協力でできた素敵な風景をもう一度見てみたくなりました。
まとめ
映画館で手に入れたこの映画のパンフレットには、たくさんのスタッフが写真付きで紹介されています。さまざまな製作中のエピソードも披露され、非常に幸せな座組だったことがうかがえます。
(ちなみにパンフレットには脚本の決定稿が掲載されています)
物語としては重く辛い展開もありますが、道すじを見失った人に大切なことはなにか、それを教えてくれる熱のこもった映画です。
そしてとにもかくにもブレないシイノがカッコいい!
映画からも、パンフレットからも、監督やスタッフ、演者の熱量がビンビン伝わってくる作品。それが「マイ・ブロークン・マリコ」です。