『ゲット・アウト』『アス』のジョーダン・ピール監督映画『NOPE/ノープ』
『ゲット・アウト』(2017)でアカデミー賞の脚本賞に輝いたジョーダン・ピール監督。
『アス』(2019)に続く監督作品がこの『NOPE/ノープ』です。
テレビシリーズ「トワイライト・ゾーン」(2019~2020)で案内役を演じたピールは、脚本や製作総指揮にも名を連ねています。
本作はその「トワイライト・ゾーン」的なケレン味たっぷりの仕上がりとなっており、観客をワクワクさせてくれます。
CONTENTS
映画『NOPE/ノープ』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
ジョーダン・ピール
【キャスト】
ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコット、スティーブン・ユァン、キース・デビッドほか
【作品概要】
「自分が観たいのに存在しない映画をつくりたい」と監督のジョーダン・ピールは言っています。今回はそれが、とびきり怖いUFO映画だったと。
カリフォルニアの山に囲まれた広大な牧場で起こるUAP(未確認空中現象)を、見たい、撮りたい、見せたい、そして有名になりたい…など様々な思惑で体験しようとする人々の顛末を描きます。
多くの過去の映画からインスパイアされた本作は、映画好きの心を踊らせ、思わず「あ、これは!?」とニンマリしてしまうような楽しいホラー映画です。
映画『NOPE/ノープ』のあらすじとネタバレ
かつてテレビで放送されていたホームコメディの撮影現場。そこでチンパンジーが起こした惨劇とは……?
カリフォルニアのとある馬牧場。そこはかつて西部劇などの撮影現場に調教した馬を貸し出して繁盛していたヘイウッド・ハリウッド牧場です。
久しぶりに舞い込んだ仕事に向けて白馬に乗っている父オーティスと、少し会話して家に戻ろうとする無口な息子OJ。
すると突然、鋭い音をさせて空から雨のように何かが降り注いできます。そのひとつがオーティスに当たり彼は落馬、OJは急いで病院に連れていきますが彼は死んでしまいました。
半年後。CM撮影のためラッキーという馬を連れて現場入りしているOJですが、父のように仕事はうまくいきません。
遅刻してきた妹のエメラルド(以後、エム)が自分の宣伝も兼ねて簡単な注意事項を説明しますが、ライトの光に驚いて馬が暴れてしまい、仕事はキャンセルされてしまいます。
牧場に隣接するテーマパーク「ジュピターズ・クレイム」に立ち寄ったOJは、そこのオーナーであるリッキー・“ジュープ”・パーク(以後ジュープ)にラッキーを売ります。
ついてきたエムに問い詰められ、牧場を存続させるために今まで10頭ほど売ったとOJは答えますが、いずれ買い戻したいとジュープにお願いしていました。
ジュープがかつての有名子役だと気づいたエムが興奮気味にその話をすると、ジュープは奥の小部屋に案内します。そこにはドラマ『ゴーディ、家に帰る』ゆかりの品が飾られており、その撮影現場で恐ろしい惨劇が起きたのだと言います。
家に戻り、ジュープがこの牧場を買おうとしていることを知ったエムは怒ります。その後酒を飲みながら、かつてここにいた“Gジャン”という馬の話をエムがし始めます。
9歳の誕生日にエムにプレゼントされるはずだったその馬は、「スコーピオン・キング」という映画のために調教され戻ってきませんでした。そのとき妹の気持ちを察していたOJのことをエムは覚えていました。
GHOST(ゴースト)
父が死んだときに乗っていた馬のゴーストが外に出ています。あのときと同じ場所で夜空を見ているゴーストを連れ戻そうとOJが近づきますが、エムのかけたレコードの大音量に驚いて走っていってしまいます。
車で探しにでたOJは立入禁止の看板が立つジュープの敷地に入りこみ、遠くに見える照明で明るく照らされた競技場から聞こえてくる声を聞きます。
「……別人となってここを離れるのです……」
すると悲鳴のような音とともに竜巻のような風が起こって視界が遮られ、OJは雲の合間にUFOのような物体を目撃します。
急いで家に戻り監視カメラの映像を確認しますが、停電のため映っていませんでした。UFOに興味津々のエムにOJは、父の死の原因についても納得していないと告げます。
2人は町の家電量販店フライズ・エレクトロニクスに赴き、UFOの映像を撮影してひと儲けしようというエムの発案で監視カメラを買い込みます。
次の日、従業員のエンジェルが設置にやってくると、カメラの向きからUFOを狙っているのだと理解します。彼はOJに「いまはUFOをじゃない。UAP(未確認空中現象)っていう」と言い出します。
国が名前を変えるのは何かを隠したがってるからだと言うエンジェル。そこへエムが旗のガーランドがついたままの等身大の馬の像を持って帰ってきました。
どうやらジュープのパークから盗んできたようです。案の定、後ろから車でジュープが追ってきましたが、自分のものだと証明できないので戻っていきました。
2台のカメラを設置し終わると、自分も仲間に加えてほしいエンジェルがそれとなく手伝いを申し出ますがふたりは即答で拒否し、エンジェルは悪態をつきながら帰っていきます。
CLOVER(クローバー)
ある晩、厩舎の灯りが急についたのでOJが様子を見に行きます。スイッチを切り戻ろうとすると再び灯りがつきます。(何かいる)とスイッチの方を見ると、黒い小さな影がゆっくりとこちらに向ってきます。
ポケットから携帯電話を取り出し怯えながら後ずさるOJ。携帯のカメラ画面に宇宙人のグレイのような顔が映し出され、驚くOJのすぐ横にも同じ格好のそれがぶら下がっていてパニックになります。
しかし逃げて行くそれらは宇宙人の扮装をしたジュープの子どもたちでした。
こんどはクローバーという名の馬が外に出てしまい、エムが監視カメラをチェックしていると1台に突然何かの顔が大写しになります。カマキリです。
すると、勝手に監視カメラの映像を遠隔チェックしていたエンジェルから電話がかかってきて、もう1台のカメラが止まっているといいます。
外で何かが起こっているようです。OJは再び竜巻のような風に遭遇し、あの馬の像が吸い上げられるのを目撃します。空からは、像についていた旗だけがヒラヒラと落ちてきました。
カマキリによって状況を確認することができなかったエンジェルとエム。OJは山すれすれで飛び去っていくUFOを見ていました。怯えるエムはすぐにでも逃げようとすすめますが、OJは馬の世話があるから残るといいます。
翌日エムは、CM撮影で知ったカメラマンのホルストに電話をかけてUFOの撮影を持ちかけますが相手にしてもらえません。
代わりにやってきたのはエンジェルです。違法に監視していたことをエムにとがめられますが、映像を見ていて動かない雲があることに気づいたとエンジェルは教えてくれました。
「あの中に船がいるのか」と雲を見つめるエンジェルにOJは「船じゃない」とつぶやきます。
GORDY(ゴーディ)
約25年前に放送されていたドラマ『ゴーディ、家に帰る』の撮影現場。この日はチンパンジー、ゴーディの誕生日。メアリーという子役の少女が大きなプレゼントの箱を持っていました。
それを開けるとカラフルな風船がたくさん飛び出し、大きな音とともに割れたことから恐ろしい6分13秒の惨劇が始まります。
ゴーディはメアリーに襲いかかり執拗に殴ったり噛みついたりしています。テーブルの下に隠れたジュープはどうすることもできません。
大人の俳優も攻撃したゴーディは、まだ動いていたメアリーに再び襲いかかり彼女は動かなくなります。その後ジュープは血まみれのゴーディと目が合ってしまい、じりじりと距離を詰められてしまいます。
しかしゴーディは、まるでグータッチするように拳を出してきました。ジュープも同じように拳を出したその瞬間、ゴーディは射殺され、ジュープは返り血を浴びてしまうのでした。
その悪夢から現実に戻った現在のジュープ。心配そうに寄り添う妻と、今夜の仕事、“星との遭遇体験”に向けて気合を入れ直します。
映画『NOPE/ノープ』の感想と評価
とにかく様々な面白い要素が詰め込まれ、それでいてそう感じさせない自然な流れに仕上がっていることが驚きです。
SF、ホラー、アクション、西部劇……それぞれに何らかの作品を思い浮かべられるような絵面でありながら、決して借り物のようにはならず、一貫性のあるひとつの作品として完結しているのは、ピール監督の人種差別への思いが根本にしっかりと貫かれているからでしょう。
この作品では、初の映画として紹介される黒人騎手の乗った馬の連続写真がその象徴として何度も登場します。主人公のOJとエメラルドはその騎手の子孫という設定であり、ハリウッド黎明期に生きたであろうその無名の演者にスポットを当てています。
2人の兄弟に加え、キーパーソンとなるジュープ役もアジア系の俳優です。マイノリティである彼らやピール監督自身が経験してきたことを踏まえてこの脚本は練られ、ラストのカタルシスへと到達するのです。
「見ること」と「見られること」
この作品の面白さのひとつに、わかりやすい対比構造があります。
内向的な兄と承認欲求の強い妹。常に隠れたがるUFOとそれを追い求める人間。子役として注目を浴びていた過去とそれが風化しつつある現在。善悪ではない、しかし正反対のものを置くことで、メリハリが効いているのです。
主人公のOJは人に見られることが得意ではなくありませんが、幼い頃から馬の調教に携わっているので動物の気持ちはわかります。
UFOの正体を捕食する生物だと理解し、目を見ない、見つけられないように行動していた彼が、それと対峙し倒すために火力を使わず視線を武器に挑むところに新しさを感じます。
撮ることを生業としている人間はそれを優先させてしまうがゆえに、「見る」者が「見られ」て命を落とします。
異なる2種のパターン(記者とホルスト)、特にホルストは細かいバックボーンが映像や持ち物からうかがい知ることができ、かなり面白いキャラクターでした。
エンタメ作品へのリスペクト
監督自らがインタビューで語っているとおり、前半のSF映画風の部分は『未知との遭遇』(1977)を意識していることがわかります。
OJが遠くからジュープの声を聞く、夜の競技場の場面。これは『未知との遭遇』でこれから始まる宇宙人との接触を、山陰から見ている場面を彷彿とさせます。
また・OJがUFOに襲われそうな我が家に近づけず、少し車のドアを開けて確認する場面も、『未知との遭遇』の踏切で車が止まってしまった場面とシチュエーション内容が似ています。
オープニングと途中に登場するチンパンジー・ゴーディのくだりも、スティーヴン・キングの作品や『トワイライト・ゾーン』の物語のようですし、宇宙人の扮装をした子どもたちに驚かされるシーンもどこかで見た覚えがあるはずです。
ただそのとき、OJがポケットから取り出すのは「銃」ではなく「ガラケー」というところが、またOJらしくて笑ってしまいました。
その後、自宅を襲う血の雨は『悪魔の棲む家』(1974)を思い出させるなど、1970年代終わりから1980年代にかけて流行ったホラー映画のテイストには思わず懐かしくなってしまいます。
後半は一気にアクション映画の様相になりますが、ジュピターズ・クレイムでの馬に乗ったOJのラストショットは、西部劇の主人公そのもの。陰キャなお兄ちゃんが孤高のヒーローとなった瞬間でした。
日本のあの作品へのオマージュも!
なお映画後半部にて、UFO“Gジャン”が変形した姿はまるでエヴァンゲリオンの使徒のようでした。
監督自身も「エヴァのフォルムや動きを参考にした」と答えています。あの口のような部分の形や動き、空中を漂いながら変わっていく様子にはリスペクトを感じました。
しかしそれよりもテンションが上がったのは、エムがバイクに乗ってジュピターズ・クレイムに到着したときの止まり方です。
思わず「『AKIRA』だ!」と声に出しそうになりました。もはや古典といってもいいスライドブレーキが、エムのカッコよさをグッと引き上げています。
まとめ
こんなにいろいろな作品のことを思い出しながら映画を観たのは、初めてのような気がします。けれども、全然「モノマネ」じゃない。しっかりオリジナリティを持った作品であり、しっかりリスペクトも感じさせてくれます。
様々な作品に似ているのにトータルすると唯一無二の作品になっている。ジョーダン・ピールとは何者なのでしょう?
主要な登場人物たちは欠点の多い人たちですが、皆とても愛おしくチャーミングです。
あまり触れられませんでしたが、エンジニアのエンジェルのUFO番組マニアぶりも面白かったですし、久しぶりにヒストリーチャンネルの「古代の宇宙人」が見たくなりました。
ごった煮のような他ジャンルまぜこぜ映画なのに筋が通っている。ピール監督の映画愛に満ちた“最高の奇跡”、それがこの『NOPE/ノープ』なのです。