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『ウクライナから平和を叫ぶ』感想考察と評価解説。今も続くロシア・ウクライナ紛争の“現在”を映像と写真で訴えかける【だからドキュメンタリー映画は面白い72】

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第72回

今回取り上げるのは、2022年8月6日(土)からユーロスペースほかにて全国順次公開中の『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』

いまだにロシアの侵略戦争の解決の道が見えないウクライナを長らく取材してきたスロバキア人写真家が、紛争の背景に迫ります。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』の作品情報


(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televizia Slovenska

【日本公開】
2022年(スロバキア映画)

【原題】
Mir Vam

【監督・撮影】
ユライ・ムラヴェツ・Jr.

【キャスト】
ユライ・ムラヴェツ・Jr.、ウクライナの人々、ドネツクの人々

【作品概要】
紛争が長らく続くウクライナで2015年4月から取材を敢行したスロバキアの写真家ユライ・ムラヴェツ・Jr.が監督と撮影を務めた、2016年製作のドキュメンタリー。

ムラヴェツが新ロシア派分離主義勢力が支配する東部のドネツク側と新欧米派のウクライナ側、双方の証言を集め、当時の記憶をたどることで紛争の本質や、人が戦争を繰り返す理由を問いていきます。

『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』のあらすじ


(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televizia Slovenska

2013年にウクライナで起こった大衆デモ、ユーロマイダンによって、親ロシア派のヤヌコーヴィチ大統領は追放され、親欧米派の政権が樹立。

しかしながら、ウクライナ東部のドネツク州とルハーンシク州では、ロシアを後ろ盾とする分離主義勢力とウクライナ政府の武力衝突に発展。この勢力によって、14年4月にドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立が宣言されます。

15年にウクライナ入りしたスロバキア出身の写真家ユライ・ムラヴェツ・Jr.は、新ロシア派のドネツク側と、新欧米派にあたるウクライナ側の両方の生の声を記録。当時の記憶を辿ることで、現在進行形で続くロシアによる侵攻および内部紛争の本質に迫ります。

ロシアの脅威はすでに始まっていた

(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televizia Slovenska

2022年2月のロシアによる侵攻を受け、図らずも注目されることとなったウクライナ。ロシアとヨーロッパに挟まれるその立地から、元々この国では親ロシア派と親欧米派に分かれ、紛争が絶えませんでした。

事の発端は2013年9月、当時のヤヌコーヴィチ大統領が欧州連合との連合契約に署名しなかったことにあります。これを受け、親欧米派の野党や大統領の汚職を批判する市民による、ユーロマイダンと呼ばれる大規模な反政府デモが勃発。

このユーロマイダンにより、ヤヌコーヴィチは国外へ追放され、親欧米派政権が樹立。しかしこれが親ロシア派の反発を招き、クリミア半島の併合やドンバス地方の紛争へとつながります。

ウクライナへの侵攻は、欧州連合加盟やNATO加盟に反発したプーチン大統領によるものという見方が強まっていますが、実はロシアの脅威そのものは今に始まった事ではなかったのです。

本作『ウクライナから平和を叫ぶ Peace to You All』は、旧ソ連の国々を中心に取材してきた写真家ユライ・ムラヴェツ・Jr.が、局地的に戦争が続いていたドンバスを皮切りに、現地で暮らすウクライナ市民たちの声をまとめた証言集となっています。

誰も戦争の歴史を学ばなかった


(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televizia Slovenska

2015年4月、ウクライナの隣国スロバキア出身のムラヴェツは、親ロシア派と親欧米派どちらにも肩入れしないニュートラルな立場で取材を開始。

取材時のウクライナでは、表立った紛争地区はドンバスぐらいで、他の地域は直接な攻撃を受けていませんでした。そこでムラヴェツは、親ロシア分離派勢力が建国したドネツク人民共和国から取材を開始。

言われもなきスパイ容疑でウクライナ軍に拘束され暴行を受けたという炭鉱夫、「私の夢はプーチンに助けられること」と訴える老婆、ウクライナの首都キーウを「ネオナチの巣窟」と蔑む女性など、親ロシア派で占められる住民たちの証言は、当然ながら新欧米派を非難する声が大半でした。

ムラヴェツは、そうした生の声をビデオカメラに残すかたわら、彼らの表情や街並みをモノクロのフィルムカメラで撮影。色を無くすことで、戦禍に苛まれた住民たちの苦悩を際立たせています

戦況が悪化してきた翌16年2月、追加取材のためにムラヴェツは再びウクライナ東部を再訪。ところが、ドネツク共和国の情報省から、NATO側のプロパガンダ・ジャーナリストとして入国を拒否されます。

そこで次は、ピスキや紛争の最前線となったマリウポリ、ヴォルノヴァーハといったウクライナ側の町に暮らす人々の話を聞いていきます。


(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televizia Slovenska

砲弾の破片で目を負傷したというピスキの老婆は訴えます。「ドネツクがウクライナだった頃は平和だった。でも今は町中墓だらけ。母親は電話や手紙を待ち続けるけど、戦死した息子からの連絡は来ないのよ」――泣き叫ぶ彼女を、そっと抱きしめるムラヴェツ。

「この紛争はなぜ起きたのか」というムラヴェツの問いに、「誰も過去の歴史を学ばなかったからだ」と語るウクライナ軍大佐は、紛争は分離派住民たちの主導で起きたわけではないということを暗に示唆。それから6年経った2022年、その示唆は間違っていなかったことが明らかとなります。

ヴォルノヴァーハの教会で平和を願い歌う住民の姿も映りますが、ムラヴェツによるとこの町は現在はほとんど破壊され、教会も現存しないそう。

件の大佐は言います。「今の苦しみはいつか終わる。(敵対する新ロシア派とは)また友だちになれるだろう」その“いつか”が訪れる日は来るのか?

「戦争を止めるためにも状況を知る必要がある。どうか関心を持ち続けてほしい」――ランニングタイムこそ67分ですが、本作にはムラヴェツ監督の力強いメッセージが込められているのです。

(C)All4films, s.r.o, Punkchart films, s.r.o., RTVS Rozhlas a televizia Slovenska

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

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松平光冬プロフィール

テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。

2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219


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