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Entry 2022/08/15
Update

【西村虎男インタビュー】映画『とら男』余生を懸けた未解決事件をめぐる“ある目的”と己自身の“性分”について

  • Writer :
  • 河合のび

映画『とら男』は2022年8月6日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開!

かつて起きた未解決事件「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の真相に迫る、セミドキュメンタリータッチの異色ミステリー映画『とら男』

ある事件のことが忘れられないまま、孤独に暮らしている元刑事・とら男。東京から植物調査に来た女子大生・かや子はとら男と事件に興味を持ち、すでに時効となった事件を調べ始めます。


photo by 田中舘裕介

このたびの劇場公開を記念し、本作の主人公「とら男」として主演を務めた、元石川県警特捜刑事・西村虎男さんにインタビュー

未解決事件をめぐる「噂」と向き合うまでの経緯と、映画へのご出演の経緯。そしてご自身の「性分」と警察官としての人生など、貴重なお話を伺いました。

世間に残ってしまった噂を消すために


(C)「とら男」製作委員会

──本作の村山和也監督が虎男さんにコンタクトをとられたのは、虎男さんが金沢女性スイミングコーチ殺人事件(以下、スイミングコーチ殺人事件)について書かれた電子書籍『千穂ちゃん、ごめん!』を村山監督が読まれたからだとお聞きしました。

西村虎男(以下、虎男):今から12年前、私はある一つの目的をもって、警察を定年退職しました。

私はスイミングコーチ殺人事件には発生当初からの1年間、捜査一課の特捜係長の立場で捜査本部の一員に加わり、1年後別事件の捜査下命を受け捜査から外れました。そしてその10年後、自分が警部となり事件があと5年で時効となる時に、私は再度特捜班長として捜査に加わることになったんですが、自分の思惑とは違った形で再び異動となってしまい、結局心残りを抱えたまま捜査をやめざるを得なかった。

それから6年、制服の警察官として勤めたのち定年を迎えたんですが、香林坊交番の所長を務めていた頃、町の人々といろいろな話をしていく中で、その事件について変な噂を耳にするようになった。「“あの人”が犯人だったから、警察は事件を解決できなかったんだ」と、ある特定の個人を名指しした噂が町中に広がっていたのです。

実はかつて、特捜係長として捜査に加わっていた当時から、そうした噂が立つ可能性は見えていました。当時の捜査本部の一部の捜査幹部が、言うなれば「見込み捜査(犯人に目星を付けた上で、その犯行の立証を進めてゆく捜査方法)」で事件を調べていた。それ自体は悪いものではないのですが、その捜査方法は「絶対に外部へ情報が漏れないよう進める」というのが鉄則なのです。


(C)「とら男」製作委員会

虎男:見込み捜査の典型的な失敗例でいえば、オウム真理教の松本サリン事件(1994)もその一つです。第一通報者である河野義行さんが、警察の決めつけじみた見込み捜査によって犯人と疑われ、その情報を入手したマスコミも冤罪に加担した。あの事件自体は、最終的にはオウム真理教の仕業と判明し、河野さんの汚名は晴らされましたが、スイミングコーチ殺人事件の場合はすでに時効を迎えてしまい、もう真犯人を逮捕できない。そして、噂だけが残ってしまった。

特捜班長として再び事件を調べた中で、長らく不明だった凶器も特定し、かつての捜査本部のミスを見つけ、とある人物のアリバイの不十分にも気づけたのに、異動という組織の事情により真犯人を逮捕できなかった。未解決にしてしまったその事件に、いわれもない噂が流れている。

「町の人々の心の中に、もう噂は広がり切って定着してしまっている」と痛感しながらも、その噂にどう向き合うべきなのかは、本当に悩みました。ですが最後には「噂を消せるのは私しかいない」と腹を括り、自分の残りの人生をその噂を消すことに懸けようと考えました。

そして「本で読んでもらえれば、一般の方にも知ってもらえる」と思い退職後に執筆したのが『千穂ちゃん、ごめん!』でした。

こんな機会は、人生で二度とない


(C)「とら男」製作委員会

──村山監督から映画の企画についてお話を聞かれた後、虎男さんはどのような経緯を経て本作へのご出演を決められたのでしょうか。

虎男:村山監督が私の家を訪ね、実際に映画の企画について話を聞く中で、当時は神奈川県に暮らしていた村山監督の耳にも「“あの人”が犯人だ」という例の間違った噂が伝わっていることを知りました。石川県から離れた神奈川県に住む人にまで噂が届いているということは、もう噂は日本全国に広がっている。それに今はネットがあるのだから、これから一層広がり続けると確信しました。

それでも私は、「一人でも間違った噂を信じている人をなくしたい」という目的を諦められなかった。そして「映画もまた、噂を消すための手段になる」と考え、村山監督の映画に協力することにしました。


(C)「とら男」製作委員会

虎男:当初は、村山監督が初めて私と会った際に撮影したインタビュー映像を、映画のエンドロールで流す形で出演するのだとイメージしていたのですが、やがて映画の企画は「私が“とら男”として本編に登場する」という話になった。

正直戸惑いはしたんですが、ここで私が「やめたい」と言ったら村山監督に迷惑をかけてしまうし、「一人でも間違った噂を信じている人をなくしたい」という目的も果たせなくなることは避けたかった。

また私自身、現職の頃から「コンピュータなどの最新技術の犯罪捜査への活用」を石川県警内でいち早く取り組んだと自信を持って言えるほど、新しい方法に飛びつく性分でもあった。「逆にこんな機会は、人生で二度とない」と思い、やはり腹を括ったのです。

責任感か、自分自身の「性分」か


(C)「とら男」製作委員会

──虎男さんは刑事として32年間、そして警察官として42年間お仕事を続けられました。そもそも、虎男さんが警察官を志したきっかけは何だったのでしょうか。

虎男:子どもの頃は「警察官になろう」なんて全く思っていなくて、実は高校生の頃はデザイナーを夢見ていました。

その頃の自分は体が少し弱く、高校でも美術部に入って油絵を描いていたものですから、その方面で手に職をつけないかと思い、日美デザイン研究所の通信教育講座も受けていました。ただ修了証はもらえたものの、その通信教育講座で講師から添削をされる中で、自分の考え方や発想は新しいデザインを見つけることに向いていないと思い知り、デザイナーとして食っていくのは正直厳しいと気づいてしまったのです。

そんな時、たまたま校内放送で「警察官募集の説明があります」という連絡を聞き、「ちょっと覗いてみようかな」と説明会へ顔を出した。そして「自分も、警察官になれるかもしれない」と思ったのが、警察の道へ進むきっかけとなりました。そして「警察官になる」と決めた後は、体力をつけるために毎朝走り、体力面でも自信が持てるようになった後に試験を受けました。

──虎男さんは警察を退職された後も、強い「責任感」によって行動されています。その責任感の強さは、何が源となっているのでしょうか。

虎男:とっさにそう聞かれると難しいものですが、「自分自身の性分」というのが第一にあると感じています。女房に言わせると「一度決めたら変えない頑固者」だそうですが(笑)。

私は曲がったことがどうしても大嫌いで、変に妥協したり、流されたりすることが嫌いな性分なので、時には誰も口にできないことを警察本部長に直接ズケズケと言うこともあった。そのせいで「組織に批判的な男」と見られることも多々ありましたし、私をよく思わない人間も実際問題多くいたと思っています。

それが責任感から来る行動なのか、私自身の性分から来る行動なのかは正直分からないです。ただ警察官という仕事を続ける中で、「責任感」と呼ばれるものが強くなっていったのは確かだと思いますし、だからこそ自分自身の仕事を振り返ってみても、人以上の仕事をすることができたという自負はあります。

「何とか、いい映画になってほしい」という一心


photo by 田中舘裕介

──最後に、映画『とら男』が劇場公開を迎えた2022年現在のご心境を、改めてお聞かせいただけますか。

虎男:変な話、最初は映画に対して「簡単に作れるもの」という認識を持っていました。ただ、かや子役の加藤才紀子さんの演技を見て「さすがプロだ」と何度も感心させられましたし、現場で村山監督やスタッフのみなさんの仕事を目の当たりにする中で、それは間違った認識だと知りました。

私の現場での演技があれでよかったのかは、思わず「地」が出てしまった場面もあったので、自分自身で判断することは正直できないですが、最終的には「何とか、いい映画になってほしい」という一心で撮影に向き合い続けました。

そして今は、「一人でも間違った噂を信じている人をなくしたい」という目的を持つ私以上に、村山監督にはこの映画で成功してほしいという思いがあります。

インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介

西村虎男プロフィール

1950年生まれ、石川県出身。元石川県警特捜刑事。

42年間の警察人生の内、32年間刑事人生を歩き、未解決となった「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の捜査を最後に、刑事生活を終える。

退職後は同事件を扱った電子書籍『千穂ちゃん、ごめん!』を書き上げた後、農園で野菜作りをしながら執筆活動を続けている。

映画『とら男』の作品情報

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・脚本】
村山和也

【キャスト】
西村虎男、加藤才紀子、緒方彩乃、河野朝哉、河野正明、長澤唯史、南一恵、吉田君子、中谷内修、深瀬新、安澄かえで、大塚友則、河原康二、石川まこ

【作品概要】
実在する刑事歴30数年の元刑事が本人役として主演を務め、かつて自身が捜査にあたった未解決事件「金沢女性スイミングコーチ殺人事件」の真相に迫る、セミドキュメンタリータッチの異色ミステリー。

主人公のとら男役を元・石川県警特捜刑事の西村虎男、女子大生のかや子役を『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(2019)の加藤才紀子がそれぞれ演じる。

監督は『堕ちる』(2016)の村山和也。現実とフィクションの二重構造によって、闇に葬られた事件の謎と真実を世間に問う作品となっている。

映画『とら男』のあらすじ


(C)「とら男」製作委員会

石川県金沢市で孤独に暮らす元刑事・とら男は、唯一迷宮入りさせてしまった「女性スイミングコーチ殺人事件」を終わらせられずにいた。

1992年9月に20歳の新人コーチ・千穂が殺害された同事件は、「千穂が勤務を終え職員駐車場を出た約90分後、同じ場所に彼女の車が戻され、その車内で遺体が発見された」という奇妙な事件だった。

また、千穂の髪に絡まった「メタセコイア」という珍しい植物からすぐに殺害現場が特定され、現場には被害者の靴が残されるなど証拠も多かったが、なぜか犯人が逮捕されないまま事件発生から15年後の2007年に時効を迎えてしまったのだ。

そんなある日、とら男は、行きつけのおでん屋で東京から来た大学生・かや子と出会う。かや子は、授業で偶然聞いた「生きた化石」という別名を持つメタセコイアに自分を重ね、卒論のテーマに選び、調査をするために金沢に来ていたのだ。

とら男から「メタセコイアの関係する古い殺人事件があった」と聞き興味を持ち、翌日から事件を調べ始めるかや子。

​​​​​​​時効になり、誰からも忘れられている化石のような事件がゆっくりと動き出していく。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介




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