映画『今夜、世界からこの恋が消えても』は2022年7月29日(金)より全国東宝系にてロードショー!
眠りにつくとその日の記憶を失ってしまう「前向性健忘」を患うヒロイン・日野真織と、そんな彼女を献身的に支えるも、自らも大きな秘密を隠し持っている主人公・神谷透。
一条岬の人気小説を原作に、アイドルグループ「なにわ男子」の道枝駿佑と『思い、思われ、ふり、ふられ』の福本莉子がW主演を務めた映画『今夜、世界からこの恋が消えても』は、真織と透の儚くも切ない愛の物語です。
このたび劇場公開を記念して、本作を手がけられた三木孝浩監督にインタビュー取材を敢行。
主演を務めた道枝駿佑と福本莉子からそれぞれ感じとったもの、恋愛映画の旗手と称される三木孝浩監督が原作小説から汲みとり描き出そうとしたものなど、貴重なお話を伺えました。
CONTENTS
人生の中でこぼれ落ちていくもの
──原作は一条岬さんの同名人気小説ですが、映画化のオファーを受けられた際のお気持ちを改めてお聞かせください。
三木孝浩監督(以下、三木):本作の企画を手がけられた春名慶さんからご連絡をいただいたのですが、『僕等がいた』以来いくつもの作品をご一緒していることもあり、春名さんには「作りたい作品」というものが明確にあるのを分かっているので、迷いはなかったですね。
原作小説は主役二人の真っすぐさが切なく、心に響きました。それだけでなく、真織の親友である泉の立ち回りが物語的には読者目線にいちばん近く、感情移入できるところも良かった。映画としては透と真織が主役ですが、泉は陰の主役ともいえる存在です。映画化の際に大切なことは、この三人の関係性をいかに構成するかだと感じました。
記憶を忘れてしまうこと自体は真織のみならず、人間が年老いていく生き物である以上、誰にも起こり得ることです。ただ、抗えないことを受け入れた上で、それでも何か残るものがあると信じたい。人生の中でこぼれ落ちていくものを感じながら観ていただくのがいいのではないかと思い、ある種のレクイエムに近い空気感を意識しながら撮っていきました。
──本作の脚本は、月川翔さんと松本花奈さんが担当されています。
三木:原作小説では、真織が前向性健忘であることを明かさずに始まり、途中でそれを知った読者の驚きを物語の構成にうまく活かしていますが、映画を観に来る方にはその部分をオフにはできません。むしろそこを先に見せてしまい、違う驚きを用意した方が良いのではないか。そうした春名さんのアイディアを月川くんが取り入れて脚本を書いてくれました。僕も事前に原作小説を読んでいたので「なるほど、映画はこう観せていくのか」と驚かされました。
月川くんとはこれまでにも一緒にお仕事をしたことがありますが、彼には職人気質なところがあります。今回も原作小説を映画化するにあたって、自身のクリエイティブな想いよりも、作品の魅力をいかに脚本へ落とし込むかを大切にしてくれました。
また松本さんは、僕や月川くんよりキャストに年齢が近いこともあり、今の若い子たちの感情のラインを繊細に編んでくれました。世代の異なる方が脚本に加わってくれたことで、作品にも深みが出たと思います。
道枝駿佑が演じることで棘がなく、柔らかい雰囲気に
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』メイキング映像
──前向性健忘を患う真織と「1日限りの恋」を積み重ねながら、自身もまた秘密を抱える透を「なにわ男子」の道枝駿佑さんが演じられています。
三木:道枝くんは大阪出身で、僕は徳島出身。関西人らしく壁を作らない雰囲気を持っていて、とても人当たりが優しいところが素敵だなと思いました。コミュニケーションも非常にとりやすかったです。
自分の中での透は、人と距離をとってコミュニケーションを閉ざしているような、少し重いイメージのキャラクターでした。ただ道枝くんが演じてくれることで、棘がなく、柔らかい雰囲気を持った透になって良かったと感じました。
──公開された本作のメイキング映像では、三木監督が「透へ」という手紙を道枝さんに渡されていました。
三木:僕は、長編映画はどの作品でも、メインキャストの皆さんに手紙を書いています。道枝くんには、「透は過去に母親を亡くしたことを、どのくらい背負って生きているのか」「透が日々どう思いながら過ごしているのか」といった物語では描きづらい部分を、お芝居の足しになるように書きました。手紙を書くことでそのキャラクターについて反芻できるので、監督である自分にとっても覚書になりますし、情報共有をすることでキャストさんも役作りをしやすいのではと思ったのです。
もちろん、キャラクターについては直接言葉でも説明しています。透は早くに母親を亡くしたので、今は透が家事をやっています。「料理やアイロンがけに手慣れた感じが出るといいね」と話したら、道枝くんは自宅でそれらを練習してきてくれました。
ただ、道枝くん自身の「オーラ」を消すのは難しかったです。最初に会って一番びっくりしたのは、そこかもしれません。背が高くて顔が小さく、非常にスタイルがいい。道枝くんが教室にいたら、絶対に人気者になる。少し猫背にした立ち姿など、「オーラ」や気配を消す方法についてはいろいろと話をしました。
福本莉子の役作りに感じとった「主演」の覚悟
──真織を演じられた福本莉子さんは、三木監督の過去作『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020)にも出演されています。その当時と本作での撮影を振り返られた中で、福本さんの演技にはどのような変化があったと感じられましたか。
三木:本作のプロデューサーから「真織に莉子ちゃんを」と提案された時、「真織の芯の強さは莉子ちゃんに合っている」と直感しました。実際、久しぶりに会った中で「“前向性健忘”という難役をどう準備していくべきか」と自分にプレッシャーをかけながら真織の役作りを進める姿勢からは「主演」への覚悟を感じられ、以前よりも明らかに成長したなと思いました。
『思い、思われ、ふり、ふられ』で莉子ちゃんは非常に芝居について悩み、試行錯誤をしながらも役作りをしていました。本作ではそれ以上に高い壁を乗り越えないといけなかったのですが、今現在の莉子ちゃんなら成し遂げられるだろうと信じていました。
だからこそ、『今夜、世界からこの恋が消えても』という映画を莉子ちゃんの代表作になるよう作りたかったし、僕自身も『思い、思われ、ふり、ふられ』の時より成長していたいと思えました。
──本作での福本さんは、実際に真織というキャラクターをどのように形作られていったのでしょうか。
三木:「記憶がリセットされる」という感覚を演技によって伝えることは、やはり非常に難しいものです。
多くの役作りは、自身の中にキャラクターの記憶やそのバックボーンを作り出す作業を行い、それらをベースに「このキャラクターはこの瞬間、どんな行動をするのか」を考えていきます。ところが真織は、事故前の記憶はあるにせよ、毎日記憶がリセットしてしまうというキャラクターであるため、記憶やそのバックボーンを作り出すこと自体がまず困難です。
その感覚を、観客にどう伝えるかが大変だと莉子ちゃんとも話していたのですが、彼女は「真織と同じように、日々の日記を書いてみたりすることが、役作りの一助になるかもしれない」とそれを実践していたそうです。その結果、本作での高い壁を莉子ちゃんは自分自身で乗り越えていきました。
記憶はどこかに残るという「祈り」の想い
──三木監督はいずれの監督作でも、美術の演出をとても大切にされていると感じられます。本作において、特にこだわられた演出はありますか。
三木:本作は主人公二人の行動範囲があまり広くなく、登場するキャラクターも少ない。とても尊い、パーソナルな想いを掬い上げようとする物語だと捉えています。
そのため、いつもなら盛っていたはずの現場での装飾を、むしろ減らしていたことに今になって気がつきました。「祈り」の場のような、どこか静謐な雰囲気。それは特別意識してやっていたわけではないのですが、二人のシンプルで純粋な感情を素直に届けたいがゆえだったのかもしれません。
その一方で、細かな演出も多く行っています。たとえば、劇中の真織の部屋には当初たくさんのメモ書きが貼ってありましたが、ある出来事を機にそれらはすべて剝がされます。そこで美術部さんは「日焼けの跡は、必ずありますよね」とさりげなく時間を感じさせる細かな工夫を意識して行ってくれました。装飾を減らしたからこそ、そうした一つ一つのディティールがより重要になるのだと感じています。
──映画『今夜、世界からこの恋が消えても』が劇場公開を迎える今現在、三木監督は本作に対してどのような想いを抱かれていますか。
三木:本作の物語のテーマは、僕自身が日々抱いているパーソナルな想いに、少しシンクロしている部分があります。
劇中、透の姉・早苗が「記憶がだんだん失くなっていくのは、仕方のないこと」と口にする場面がありますが、僕は「過去を思い出せない」ということがよくあり、小学校時代の記憶を微細に語られる方を見かけると「何でそんなに覚えているの?」と思ってしまいます。そして、自分がどんどん記憶を失くしていくからこそ「あの時、こう思ったよね」という想念は残っていてほしいし、それを残すために映画を撮り続けているともいえます。
思春期の頃に観た映画に感じた「よかった」という想いを、うまく言語化することはできないけれど、映画を撮ることで留めておきたい。それが、僕の映画を作るモチベーションにもなっていますし、本作で描かれる「祈り」のようなものに近しいのかもしれません。
記憶が失くなることは仕方ないけれど、何らかの形でどこかに残るのだと信じて生きていく方が、日々を幸せに過ごせる。そんな想いを、本作をご覧になった方にも感じてもらえたらうれしいです。
インタビュー/ほりきみき
三木孝浩監督プロフィール
2000年よりミュージックビデオの監督をスタートし、MTV VIDEO MUSIC AWARDS JAPAN 2005/最優秀ビデオ賞、SPACE SHOWER Music Video Awards 2005/BEST POP VIDEOなどを受賞。以降、ショートムービー、ドラマ、CM等、活動を広げる。
JUJU feat. Spontania『素直になれたら』のプロモーションの一環として制作した世界初のペアモバイルムービーでカンヌ国際広告祭2009/メディア部門金賞などを受賞。
2010年、映画『ソラニン』で長編監督デビュー。長編2作目となる映画『僕等がいた』(2012)が、邦画初の前・後篇2部作連続公開。以降では『陽だまりの彼女』(2013)、『ホットロード』(2014)、『くちびるに歌を』(2015)、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016)など、毎年コンスタントに劇場公開映画作品を発表している。
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
一条岬『今夜、世界からこの恋が消えても』(メディアワークス文庫/KADOKAWA刊)
【監督】
三木孝浩
【脚本】
月川翔、松本花奈
【キャスト】
道枝駿佑(なにわ男子)、福本莉子、古川琴音、前田航基、西垣匠、松本穂香、野間口徹、野波麻帆、水野真紀、萩原聖人
【作品概要】
原作は一条岬の同名恋愛小説。第26回電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を受賞し、日本、韓国、中国書籍の合計発行部数が50万部を突破(2022年7月時点)。国境を超えて異例の大ヒットを記録している。
福本莉子が眠りにつくと記憶を失ってしまう「前向性健忘」を患ったヒロイン・日野真織を演じ、そんな彼女を献身的に支えるも、自らも大きな秘密を隠し持っている主人公・神谷透を道枝駿佑が演じた。
監督は『僕等がいた 前篇・後篇』(2012)、『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』(2016)など数々の恋愛映画を手がけてきた名手・三木孝浩。脚本を『君は月夜に光り輝く』(2019)の月川翔と『明け方の若者たち』(2021)の松本花奈が共作し、映画音楽には『糸』(2020)で第44回日本アカデミー賞・優秀音楽賞にノミネートされた亀田誠治を迎えた。
映画『今夜、世界からこの恋が消えても』のあらすじ
神谷透はクラスメイトに流されるまま、日野真織に嘘の告白をする。断られるとばかり思っていたが、彼女は「お互い絶対に本気で好きにならないこと」を条件にその告白を受け入れた。
そうして始まった偽りの恋が偽りとは言えなくなったころ、透は真織が前向性健忘で、夜眠るとその日にあったことを全て忘れてしまうことを知る。真織はその日の出来事を全部、日記に記録して、翌朝、目覚めたときに復習することで何とか記憶をつなぎとめていたのだ。
その日ごとに記憶を失ってしまい、明日が来ることを恐れながら生きる彼女と、一日限りの恋を積み重ねていく日々。しかし透には真織に伝えていないことがひとつだけあった。真織の幸せを守るために、透は「ある作戦」を立てた。
堀木三紀プロフィール
日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。
これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。