映画『PLAN 75』は2022年6月17日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開中。
少子高齢化が一層進み、満75歳から生死の選択権を与える制度《プラン75》が施行された近未来の日本を舞台に、少子高齢化そして生死の意味を描き出した衝撃作『PLAN 75』。
名優・倍賞千恵子の9年ぶりの主演作となった作品です。
今回の劇場公開を記念し、本作により第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にてカメラドール・スペシャルメンションの受賞を果たした早川千絵監督にインタビュー。
長編デビュー作である本作の制作経緯をはじめ、作品における「声」と「音」の演出、主演・倍賞千恵子さんの演技に対して抱いた想いなど、貴重なお話を伺いました。
CONTENTS
少しでも「光」のようなものを感じられる映画に
──本作は是枝裕和さんがエグゼクティブプロデューサーを務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018/以下、『十年』)の一編である短編版を基に制作されました。長編化にあたってはどのような点を意識されたのでしょうか。
早川千絵監督(以下、早川):2017年頃、ちょうど『PLAN 75』の構想を練っていた時に、映画『十年』のプロジェクトの一編として、企画を出してみないかというお話をいただきました。「10年後の日本を描く」というコンセプトが『PLAN 75』に合っていると思ったので、まずは短編として撮ろうと思い立って制作したのが、『十年』の一編であり短編版の『PLAN75』でした。
『十年』で声をかけてくれた水野プロデューサーと「『PLAN75』の長編版も一緒にやりましょう」ということになり、本作が始動しました。短編版は尺が短いということもあり、問題提起をするだけで、不安を残すような終わり方だったのですが、長編版では登場人物の心の機微をもう少し丁寧に描きたいと思っていました。
脚本作りを進める中で、新型コロナウィルスの流行が始まり、世界中が大変な状況になっているのに、さらに人々の不安を煽るような映画を作るべきではないのでは?という迷いが生じました。長編版ではなにか希望のようなもの、自分の願いのようなものを込める必要があるのではないかと、脚本の方向性が少しずつ変わっていきました。
当初は自分自身の問題意識や危機感を全面に出した映画をイメージしていたのんですが、最終的には映画を観た方が少しでも光のようなものを感じられるものにしようと考えが変わっていきました。
声という証、音という生活
──作中では「声」にまつわる記憶や出来事が描写されています。早川監督は「声」というものをどのように捉えられているのでしょうか。
早川:声は「生きる」ということにとって、とても親密な存在だと感じています。声はそれぞれに確かなイメージを持っていて、声を聞くだけでその人のことがわかってしまう場合もある。ある意味では声は、人が生きている、存在している証なのかもしれません。
作中でもミチ(演:倍賞千恵子)と瑶子(演:河合優実)が「声」について話す場面がありますが、「声がいいですね」という言葉は、「あなたが好きですよ」という言葉に似ている気がします。だからこそミチと瑶子は、心を通わせ合えたのだと思います。
早川:また本作では声だけでなく、その周りに聞こえている音も大事にしていました。例えばミチが家で一人でいる時には、テレビの音、食器の音、部屋の外の音などが聞こえてきます。他にヒロム(演:磯村勇斗)が叔父の幸夫(演:たかお鷹)の家を訪ねる場面でも、台所での水音や包丁で切る音という風に、まさに「生活」の音が聞こえてくる。
もしヒロムも幸夫もこの世からいなくなってしまったら、そうした生活の音も、音が教えてくれる風景も失われてしまいます。だからこそ人は生活を愛おしく感じられるし、生活と深くつながっている音を意識しながら演出をしていきました。
主演・倍賞千恵子の「素晴らしい瞬間」に立ち会う
──主人公・角谷ミチを演じられた倍賞千恵子さんは、本作が9年ぶりの主演作となりました。早川さんの眼から見た倍賞さんの姿について、改めてお聞かせいただけませんでしょうか。
早川:撮影初日に倍賞さんのお芝居を目にした時、角谷ミチという女性が本当にそこに存在しているような、ミチという女性の生活をスタッフ一同が見守っているかのような気持ちになりました。
ミチが友人に電話で仕事の相談をする場面など、倍賞さんのお芝居がとても切なくて本当に悲しい気分になってしまいました。
早川:倍賞さんご自身は本当にチャーミングで、優しく温かい方で、スタッフ全員が倍賞さんに惚れ込んでいたと思います。倍賞さんの素晴らしいお人柄に助けられた現場でした。
また本作のラストシーンは、夕暮れという限られた時間に、もの凄い緊張感の中での撮影となったのですが、倍賞さんの姿を見つめながら、本当に素晴らしい瞬間に立ち会っている気がして、涙を堪えるのに必死でした。
映画の「もう半分」は観客が作る
映画『PLAN 75』メイキング写真より
──早川監督が映画に興味を持たれたきっかけは何でしょうか。
早川:小学生の頃、『泥の河』(1981)という映画を観たのですが、それが初めて映画というものに強烈に惹かれた体験でした。
「この映画を作った人は、私の気持ちをわかっている」と思えた、それまで体験したことのない出来事でした。その時の感覚をまた味わいたくて、どんどん映画を見るようになりました。
本作も、かつての自分のように、様々な世代の人々の心に響くような映画にしたいと思いながら作りました。
ただ映画は、半分まではキャスト・スタッフ陣によって作られますが、もう半分は映画をご覧になる方それぞれによって作られ、完成を迎えるものだとも感じています。観客によって形は自在に変わっていくし、その完成形も全く異なるものになる。それこそが映画ではないのかなと思っています。
インタビュー/河合のび
写真/西山勲
早川千絵監督プロフィール
NYの美術大学School of Visual Artsで写真を専攻し独学で映像作品を制作。
短編『ナイアガラ』が2014年カンヌ映画祭シネフォンダシオン部門・入選、ぴあフィルムフェスティバル・グランプリ、ソウル国際女性映画祭・グランプリ、ウラジオストク国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。
2018年、是枝裕和監督・総合監修のオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』の一編として短編版『PLAN75』の監督・脚本を手がける。その短編からキャストを一新し、物語を再構築した本作にて、長編映画デビューを果たす。
映画『PLAN 75』の作品情報
【日本公開】
2022年(日本・フランス・フィリピン・カタール合作)
【監督・脚本】
早川千絵
【キャスト】
倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美
【作品概要】
少子高齢化が一層進み、満75歳から生死の選択権を与える制度《プラン75》が施行された近未来の日本を舞台に、少子高齢化そして生死の意味を描き出した衝撃作。
監督を務めたのは、本作が初長編作となる早川千絵。映画監督・是枝裕和がエグゼクティブプロデューサーを務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan』(2018)の一編として監督した短編版『PLAN 75』を基に、ストーリーを一新した上で自ら長編化した。
生きるということを見つめ、体現する主人公・角谷ミチを倍賞千恵子が演じた他、『東京リベンジャーズ』(2021)の磯村勇斗、『愛なのに』(2022)の河合優実、『燃えよ剣』(2021)のたかお鷹などが出演している。
第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、早川監督は本作により初長編作品に与えられるカメラドールのスペシャルメンションを受賞した。
映画『PLAN 75』のあらすじ
夫と死別してひとりで慎ましく暮らす、角谷ミチは78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は《プラン75》の申請を検討し始める。
一方、市役所の《プラン75》の申請窓口で働くヒロム、死を選んだお年寄りに“その日”が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの瑶子は、このシステムの存在に強い疑問を抱いていく。
また、フィリピンから単身来日した介護職のマリア(演:ステファニー・アリアン)は幼い娘の手術費用を稼ぐため、より高給の《プラン75》関連施設に転職。利用者の遺品処理など、複雑な思いを抱えて作業に勤しむ日々を送る。
果たして、《プラン75》に翻弄される人々が最後に見出した答えとは……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。