アパルトマンの中だけで描かれる5人の疑似家族の物語
『ベニスに死す』(1971)『山猫』(1963)で知られるイタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティの後期傑作と呼ばれる名作。日本ではヴィスコンティの死後1978年に公開され、ブームを巻き起こすほどの大ヒットとなりました。
「家族の肖像」と呼ばれる家族の団欒画コレクションに囲まれて、ひとりで豪邸に静かに暮らしていた老教授が、転がり込んできた家族によって狂わされていく姿を描きます。
キャストには『山猫』(1963)のバート・ランカスターとクラウディア・カルディナーレ、『ルートヴィヒ』(1980)のヘルムート・バーガーとシルヴァーナ・マンガーノらヴィスコンティ作品の常連が名を連ねています。
孤独を愛する老教授の家に住み着いたのはどんな人々だったのでしょうか。
第52回キネマ旬報外国映画ベストテン第1位を獲得し、日本アカデミー賞外国映画監督賞など多数を受賞した名作の魅力をご紹介します。
映画『家族の肖像』の作品情報
【公開】
1978年(イタリア・フランス合作映画)
【原作】
エンリコ・メディオーリ
【脚本】
ルキノ・ヴィスコンティ、エンリコ・メディオーリ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ
【監督】
ルキノ・ヴィスコンティ
【編集】
ルッジェーロ・マストロヤンニ
【出演】
バート・ランカスター、シルヴァーナ・マンガーノ、ヘルムート・バーガー、クラウディア・マルサーニ、ステファノ・パトリッツィ、ドミニク・サンダ、クラウディア・カルディナーレ
【作品概要】
『ベニスに死す』(1971)『山猫』(1963)で知られるイタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティの傑作。
ヴィスコンティが病気を患っていたために全編主人公の教授の室内で撮影され、教授自身の閉ざされた内的世界を巧みに描き出しています。
静かな生活を愛する老教授が、上階の部屋に住み始めた若者たちに徐々に心開いていくさまが映し出されます。
バート・ランカスター、ヘルムート・バーガー、シルヴァーナ・マンガーノ、クラウディア・カルディナーレらヴィスコンティ作品に数多く出演するキャストが出演。
映画『家族の肖像』のあらすじとネタバレ
「家族の肖像」という呼ばれる家族の団欒画に囲まれてローマの豪邸にひとりで静かに暮らす老教授。
そんな彼のもとにブランシャール画廊の男たちが絵画を売りにやって来ます。ひとり交じっていた女性はベランダを見せてもらった後、部屋を見に行きました。
買うことを断った教授に、客たちは絵画を預けて立ち去ります。そこに女性が戻ってきました。彼女は画廊の人間ではありませんでした。
その女性は階上の空室を貸してほしいと強引に頼み込みます。老教授は断りますが、押し切られて部屋だけ見せてあげることに。彼女は娘のリエッタを紹介した後、自身をビアンカ・ブルモンティと名乗りました。
部屋に入ると、今度はリエッタの婚約者のステファノが入ってきました。さらに外から「車をやられた」という大声が聞こえ、ビアンカはにわかに落ち着きをなくします。美しい男コンラッドが現れ、警察に車が持っていかれたことを伝えました。
気が変わり先ほどの絵を買おうとして教授は画廊に電話しましたが、絵はすでに売れてしまった後でした。
そこにミケーリ弁護士が来訪し、ブルモンティ伯爵夫人から部屋を借りたいと電話があったと話し、良い話だからまとめたいと言います。
そこに、リエッタたちが教授が求めていた絵をプレゼントに携えてやってきて、1年だけ部屋を貸してほしいと懇願します。教授は静寂が乱されるのがいやだと説明しますが、とうとう押し切られてしまいました。
数日後、上階で勝手に改装を始めたために、教授の部屋の天井が突然壊れ始めます。上階の部屋いたのはコンラッドでした。ビアンカは彼には部屋を買い与えたと嘘をついていました。
諍いが落ち着いた後、教授はコンラッドがモーツァルトやアーサー・デイヴィスの絵画など芸術に教養を持つことを知ります。
「あなたと話せてよかった」と言って自室に戻っていく彼を教授は静かに見送り、それからコンラッドの好きだと言ったモーツァルトのアリアをもう一度聴き返しました。
映画『家族の肖像』の感想と評価
ヴィスコンティの退廃的な美の世界に酔う
イタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティの晩年の傑作『家族の肖像』。ヴィスコンティの姿が投影されたといわれる主人公を、ヴィスコンティ作品常連俳優のバート・ランカスターが味わい深く演じています。
母と娘とそれぞれの恋人である若い男がふたり。そんないびつな一家が、孤独な老人の住む豪邸に転がり込んでくる物語です。
興味深いストーリーに加え、ヴィスコンティ作品ならではの豪華絢爛な美にひきつけられる一作となっています。
名門貴族出身で、幼い頃から芸術に親しんできたヴィスコンティは、徹底した美意識を貫いて作品を生み出してきました。
物語は主人公の教授の住むアパルトマンの中だけで展開しますが、美しいシャンデリアや調度品、豪華なテーブルコーディネート、室内の色合いの調和などすべてが息を飲むような美しさです。
コンラッド役の美男子俳優ヘルムート・バーガーが、バイセクシャルを公言するヴィスコンティの恋人だったことは有名です。数々のヴィスコンティ作品で輝きを見せてきた彼が、伯爵夫人の愛人で危険思想に染まる若者を魅力的に演じています。
有閑マダムのビアンカを演じるシルヴァーナ・マンガーノの醸し出す退廃的な美は、がれきの空間でさえも一枚の絵画のような完璧な美しさに変えてしまいます。
学問や芸術を愛しながらも、過激な左翼思想に走った上、賭博にも手をだして借金まみれのコンラッド。そんな彼の危険な美しさにひかれて愛人にして束縛しようとするビアンカ。ふたりのツーショットにはただただ圧倒されます。
ビアンカの娘のリエッタはとても善良で賢い娘ですが、コンラッドとステファノと麻薬を吸いながらフリーセックスを受け入れるなどどこか壊れており、その生き方はやはり退廃的です。
極上の絵画に囲まれてひとりだけの世界で静かに生きてきた老教授、裕福な夫を持つきらびやかな伯爵夫人、狂気の中に生きる美青年。非現実にしか存在し得ない登場人物たちが住むうつろいの美しい夢の世界に存分に酔いしれてください。
「家族」にわずらわされることの喜び
この作品では、ヴィスコンティによる家族の定義が興味深く描かれています。
老年を迎えたヴィスコンティ自身を投影した主人公の老教授が、ラスト近くに一家を前に語るシーンにそれがよく表れています。
「家族と思えばどんな結果になっても受け入れられる。すべてはこの家族のために役立ちたいと思って、とんだことになった」
家族とはわずらわしさとは切っても切れない間柄です。家族と暮らしていても、完全に自分の自由のままに生活しているという人はごく少数しかいないことでしょう。
幼い子どもがいれば尚更ですが、大きくなった子でも、あるいは愛する配偶者相手であっても、家族とともに生きることにはなんらかのわずらわしさが存在するはずです。
そんなわずらわしさを受け入れることで家族は成立しえるといえます。教授の言ったように、「家族のため」と思うことで乗り越えられる困難もたくさんあるに違いありません。
劇中、教授の若き頃の母や、美しい妻が現れて彼に語り掛けます。それらを見る限り、彼の家族との生活は賑やかなものだったとは考えづらく、彼にとって大人数と関わり合って暮らすのはコンラッドたちが初めてだったと思われます。
人と親密に交流することは彼にとって劇薬そのものでした。彼は一家に語り掛けます。
「君たちは私を音のない死の世界から覚ました」と。
現れたのがごく普通の人々だったなら、もしかしたら教授はずっと幸せでいられたのではないかと切なくなります。教授が自ら言う通り、彼らは「始末の悪い間借り人」で教授は「運が悪かった」といえるでしょう。
一時的に強烈に陶酔を与えて、その後破壊すると言う意味ではコンラッドたちは麻薬のような存在でした。
コンラッドは教授の頭上の部屋で爆死するという衝撃的なラストを迎えます。リエッタいわく、誰かに殺されたという悲劇的な死でした。
彼の死にショックを受けて病んだ老教授はベッドの上で、本に書かれていた通り、上の部屋に人生の終わりの知らせが形を変えて現れたことを知ります。
しかし、静寂以外何もなかった彼の人生に、にぎやかな何かが存在する時間が確かにあったことは、やはり幸せなことだったといえるのではないでしょうか。たとえ心が打ち砕かれ、先には死だけが待っていたとしても。
コンラッドを我が子のように愛しく思った時間は、忘却の彼方に置き去りになったからこそこの上なく美しいものになったのかもしれません。
まとめ
静寂の中だけに生きてきた主人公が嵐にさらわれる姿をこの上なく美しく描き出した名作『家族の肖像』。
重い病に苦しむ老年のヴィスコンティが、美しい絵画や美しい精神を追い求める主人公の老教授にわが身を投影させ、渾身の力を振り絞って生み出した傑作です。
監督自身の持つ美への執着が、美しいコンラッドに知識を与えたいと欲する老教授に乗り移ったかのように物語は展開します。
老教授は幸せだったのか、不幸だったのか。真実の行方は観る者に委ねられています。
教授と一緒に強烈な一家の香しい毒に酔いしれながら、そのこたえを探してみてください。