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Entry 2022/04/30
Update

『ロスト・ケア』映画ネタバレ原作あらすじと結末の感想解説。殺人事件の犯人に挑む主人公を“小説とは異なる”キャストで描く|永遠の未完成これ完成である35

  • Writer :
  • もりのちこ

連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第35回

映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。

今回紹介するのは、第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した、葉真中顕の小説『ロスト・ケア』です。この度、松山ケンイチと長澤まさみの共演で、前田哲監督が実写映画化。2023年3月24日(金)公開です。


葉真中顕『ロスト・ケア』(光文社文庫)

高齢者介護の現場で起こった殺人事件。検事の大友(長澤まさみ)は、その町にある訪問介護センターで老人の死亡率が異常に高いことを突き止めます。

捜査線上に浮かんだのは、センターに勤める斯波(松山ケンイチ)。彼は献身的な介護士として介護家族にも慕われる心優しい青年でした。

「殺人」ではなく「救い」だと主張する斯波の信念に、大友は真実を明らかにすべく対峙します。なぜ彼は殺人を犯したのか。

高齢化社会において社会問題にもなっている介護の実態に踏み込んだ衝撃作『ロスト・ケア』。映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。

【連載コラム】「永遠の未完成これ完成である」記事一覧はこちら

映画『ロスト・ケア』の作品情報

【公開】
2023年(日本映画)

【原作】
葉真中顕

【監督】
前田哲

【キャスト】
松山ケンイチ、長澤まさみ

小説『ロスト・ケア』のあらすじとネタバレ

その日、地方裁判所ではひとりの連続殺人犯に死刑判決が下されようとしていました。彼は、のべ43人もの人間を殺害し、そのうち十分に裏が取れた32件の殺害と1件の傷害致死の容疑で起訴されています。

彼は、死刑執行で自分の存在が消え去ったあとを想像し、微笑みを浮かべていました。「後悔はない、すべて予定通りだ」。

傍聴席から彼の姿を見ていた羽田洋子は、母を殺された被害者です。しかし、これまで洋子は彼に対して怒りも憎しみも湧くことはありませんでした。

検察官と一緒に作った調書には、理不尽に家族の命を奪われた遺族として怒りを表明したものの、本心ではないと気付いていました。

こっそり他の被害者遺族の様子を伺います。「ねぇ、あなたたちは彼に救われたと思ったことはない?」。

まるで地獄。優しかった母が、髪を振り乱し、洋子のことを洋子と分からぬ様子で、ケダモノのように吼えています。

何事かとやってきた孫の颯太にも罵声を吐き、抑えようにも暴れる母は脱糞。足を滑らせまみれて泣きじゃくる颯太に、洋子は思わず声を荒げ、手をあげます。この地獄はいつまで続くの?

連続殺人犯の死刑判決を検事の大友秀樹は、遠く離れた東京で耳にします。彼の逮捕に至った経緯には、大友の父の介護問題がありました。

昨年母に先立たれ、持病の腰が悪化した父は、足腰が立たなくなり、介助が必要な車イスの生活になっていました。

大友は、老人ホームの経営母体である総合介護企業「フォレスト」で営業部長を務める同級生の佐久間巧一朗に相談します。

貿易商として財をなした父に、佐久間は裕福層向けの介護付き有料老人ホーム「フォレスト・ガーデン」を勧めます。一流ホテルのような行き届いた部屋とサービス、ひとりひとりに合わせた食事管理に看護師の常勤と、まさに天国です。

佐久間は、高齢化社会の対策として設けられた介護保険により、介護はビジネス、資本の上に乗せられ、つまりは助かるために金が必要な世の中になったと言います。

「老人格差」。介護とビジネス、相容れようのないものを掛け合わせたキメラのようなグロテスクさに、大友は耳鳴りが止まりませんでした。

地方にある訪問介護センター「フォレスト八賀ケアセンター」に勤める斯波宗典は、今日も無事、訪問介護を終えセンターに戻る途中です。

車内では看護師の猪口真理子が、亡くなった羽田のおばあちゃんの噂をしています。「ポックリ逝ってくれて娘さん助かったよね」。「そういう言い方はないと思います」と、反論するのはパートヘルパー窪田由紀です。

斯波はそんな窪田に危うさを感じていました。介護の仕事は真面目な人ほどつまずいて辞めてしまうのを知っていたからです。

介護保険法の改正で、訪問系のサービスに対する報酬は引き下げられ、「フォレスト」本社が各事業所での受注ノルマを増やしたことで、現場は給料が増えることもなく、労働だけが増していました。

フォレスト八賀ケアセンター長の団啓司は、管理職ながらも自ら現場に出なければ運営も回らなくなっていました。

心配していた窪田もみるみる意欲を失い、いつもなら上手くかわしていたセクハラに耐えられず爆発。「燃え尽き」と呼ばれる現象です。次の日からセンターに来ることはありませんでした。

そんなギリギリの環境で、介護保険法違反があったとして「フォレスト」本社が改善勧告を受ける事態が勃発。

大友は、父の「フォレスト・ガーデン」の入居も済ませた矢先のこともあり、佐久間に連絡を取りますが、「大丈夫、高級有料老人ホームは安全地帯だ」と歯切れの悪い反応でした。その後、佐久間との連絡は途切れます。

佐久間は、大友と友達のフリをしていますが、学生時代から性善説を解く大友のことを嫌っていました。本当の所、全国の事業所へ監査が入るほど不正発覚は免れない事態です。

過度なストレスで薬に手を出していた佐久間はフォレストを辞めたあと、金の工面のため、年寄りをだまし金を巻き上げる裏社会へと身を投じていきます。

佐久間はフォレストに登録されている老人の個人情報を売り、犯罪に加担していました。佐久間の最後は、仲間の裏切りにより命を落とします。

佐久間の死と共に、フォレストの各事業所の個人情報がUSBで発見され、大友の元に届きました。

大友は、その中にひと際、お年寄りの死亡率が高い事業所があることに気付きます。訪問介護センター「フォレスト八賀ケアセンター」、センター長は団啓司です。

以下、『ロスト・ケア』ネタバレ・結末の記載がございます。『ロスト・ケア』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

彼は、緒方カズの家に仕込んだ盗聴器に耳を澄ませていました。85歳になる緒方カズは寝たきりで、週末だけヘルパーによる訪問介護を受けていました。

平日は息子の嫁が身の回りの世話に訪れていますが、イヤフォンから金切り声が聞こえてきます。「いたい、いたいよぉ」「どうして、うぅ」。どうやら食事中に失禁してしまったカズを、嫁が泣きながら叩いているようです。

心のキャパシティは人それぞれですが、限界を超えた介護の悲惨さに、彼は耳を澄ませ「調査」し、殺すにふさわしいかを見極め、殺すタイミングを把握していきます。今夜「処置」に踏み込もう。

フォレスト本部の不正発覚により、地方の介護センターへの風当たりは厳しくなる一方でした。「フォレスト八賀ケアセンター」では、石が投げ込まれガラスが割れていました。

そんな厳しい状況の中、斯波は利用者から預かっている家の鍵のひとつがコピーしたものだと気付きます。半寝たきりで一人暮らしをしている梅田久治の家の鍵のようです。

訪問介護の時間以外にセンターの誰かが梅田家に出入りしている。斯波は、夜間の張り込みを決行します。

現れたのは、センター長の団でした。挙動不審気味に辺りを見回しながら、梅田家の鍵のコピーを使い家の中へ入っていきます。

「団さん、梅田さんの家で何をしていたんですか?」。センター長の後を追いかけ声をかける斯波。能面のような顔をした団が、鉄の塊を斯波めがけて振り下ろします。

その頃大友は、不自然に老人の死亡率が高い「フォレスト八賀ケアセンター」のシフトから、ある人物を割り出していました。正社員の斯波宗典です。

斯波は、自ら父親の介護経験があり、その経験から介護士を目指したという心優しい青年であり、献身的な介護で介護家族からも信頼されていました。

大友は斯波の元を訪ねます。老人殺害の件と聞いても落ち着き払った態度の斯波は、自らの犯行を自供。

さらに、昨夜の犯行はイレギュラーであるとし、死体の隠し場所も明かします。証言通り、埋められていた死体は、フォレスト八賀ケアセンター長・団のものでした。

「今までに、43人殺しています」こともなげに答える斯波に、大友は怒りをこみ上げます。「身体が不自由で生活に助けを必要とし、大した抵抗もできないお年寄りをお前は殺したんだ」。

斯波はあくまでも涼し気に頷きます。「そうです。殺すことで彼らと彼らの家族を救いました。僕がやったことは介護です。喪失の介護、ロスト・ケアです」。

介護職より十分に睡眠時間が取れる留置室で斯波は、未来のことを考えます。ロストケアは続けることはできないが、ここからが重要だ。せめて一矢報いる。すべて予定通りだ。

羽田洋子は、検事の大友から被害者遺族として調書を受けていました。「最愛のお母様が、献身的な介護に関わらず、卑怯な手段で殺されたんです。無念ですよね」。

大友の言葉に頷きたい気持ちはあります。母を愛していたし、献身的に介護もした。でも、地獄のような介護の日々から解放された安堵、実際に生活も楽になりました。

「私、救われたんです。たぶん、母も」。ぽつりとこぼされた本音に大友はつらそうな表情を浮かべ「この部分は調書に加えません」と言い伝えるのでした。

介護の負担が重く本人も家族も苦しんでいる者を選んで殺したと主張する斯波。それは犯罪を犯したことは認めても、罪は背負わないという宣言とも取れます。

大友は押収した斯波の犯罪ノートの1冊目の1ページ目を開いて問います。「実の父親を殺したことも正しいというのか?」。

「はい」。斯波は父との壮絶な介護体験を語ります。たったひとりの身内、父が認知症を伴い脳梗塞で倒れ半身不随に。

徘徊がひどい父のために定職には付けず、貯金も使い果たし、迷ったすえに生活保護申請に行くも、「働けるなら頑張りましょう」と窓口で返されてしまいます。

これ以上何をどう頑張ればいいのか。斯波は、苛立ちを父に向けてしまうこともありました。後悔で泣き崩れる息子に、父は気が確かな時は「もう十分だ、殺してくれ」と頼むようになります。

犯行には煙草から抽出したニコチンを使用しました。警察は父の死を自然死と断定。バレなかったことで、斯波は自分にはやるべきことがあると確信します。

それは、「ロスト・ケア」。かつて自分が誰かにして欲しかったことをしよう。奇しくもフォレストの経営理念である聖書の一節が大友の頭をよぎります。「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」。

それでも性善説を唱えたい大友に斯波は続けます。「僕を死刑にするためにあなたは取り調べをしている。あなたも一緒です。この世には罪悪感に蓋をしてでも人を殺すべきときがある」。

この事件は「ロストケア事件」と呼ばれ、マスコミはセンセーショナルに取り上げました。識者の多くは、「彼が起こした殺人は許されることではないが、本当の問題は社会の側にある」とする意見が多数でした。

世間では、事件の背景にある介護保険制度の不備、介護問題、安楽死・尊厳死の合法化など、リアリティを持って語られる機会が増えていきました。

起訴から判決まで、およそ4年。大友は怒りにも似た罪悪感に苛まれていました。もう一度あの男と対峙しよう。大友は、東京拘置所でアクリル越しに斯波と対面します。

「お前の本当の目的は、この事件が広く世に知られることだ。少しでも良い社会になることを望み、命を諦めなくてもいい世界を作ることなんだな。ならば、勝手に死ぬな。ここはお前だけの世界じゃない」。大友の声は熱く、そして濡れて震えていました。

「あなたと話ができて良かった」。本心からそう思えた斯波は、その後口を紡ぐのでした。

今年の漢字は「絆」と発表された年末。一方で孤独死の報道が相次いでいました。健康不安を抱いている中高年の自殺、国民年金の未納者は4割にのぼり、高齢者の数は年々増加、現役世代1人が高齢者1人を支える「肩車社会」がやってくる。問題は黙示されていること。

戦いを挑んだ男は、拘置所で死を待っています。かく言う自分も分かっているのに、立ちすくむばかり。正しい者はひとりもいない。

楽園ではないこの世界で生きる者は、一人残らず罪人だ。「悔い改めろ!」。耳の奥の痛みと音はもう二度と消えることはありませんでした。

映画『ロストケア』ここに注目!

葉真中顕の原作『ロスト・ケア』では、それぞれの視点に分けられ物語が進んでいきます。殺人犯の「彼」、検事の「大友秀樹」、大友の同級生「佐久間巧一朗」、訪問介護センター勤務の「斯波宗典」、そのほかにも親の介護に苦しむ「羽田洋子」視点があります。

殺人犯「彼」と「斯波宗典」との視点が分けられていることで、最後まで犯人は分からないようになっています。

さらに物語の中盤には、訪問介護センター長の団啓司が過ちを犯す場面では、彼が一連の犯人なのではと思ってしまいます。

しかし、映画化では殺人犯は「斯波宗典」だと初めから公表されています。献身的な介護で介護家族からも信頼され、頼りにされていた青年が起こした連続殺人事件。

犯人が分かっていることでサスペンス要素は減りますが、なぜこの事件を起こしたのかという問題提示に焦点を当てた内容になるのではないでしょうか。その他、映画化に伴い注目する点をまとめます。

検事の大友

斯波宗典の犯行に気付き逮捕へと導いた検事・大友秀樹。原作では男性ですが、映画化では大友秀美という女性になっています。演じるのは、長澤まさみ。正義感に溢れた検事役にぴったりです。

大友は、人間の性善説を信じ突き進みます。友である佐久間のことも信じるあまり、心の闇に気付くことができませんでした。

高齢者ばかり狙った連続殺人犯の斯波に至っては、サイコパスの仕業であろうと、始めは理解できない態度を取ります。

しかし、介護施設の実態や介護家族の話、自分の親の介護を考えるうちに、斯波の証言に大友の心情は大きく揺さぶられ、根底から覆されることになります。

「殺人」ではなく「救い」だと言った斯波の心理を理解した時、大友は善だけでは解決できないものがあることを認めます。

正しい者はひとりもいない。かく言う自分も偽善者なのか?心の葛藤に苦しみ続ける大友。演じる長澤まさみにも注目です。

高齢化社会と介護問題

現在、高齢化社会において「医療」と生活の介助を主とする「介護」を切り離し、社会保障をするかわりに介護保険料を徴収する、介護保険制度が設けられています。

介護保険の役割として、介護を市場原理で自立させるのを目的とし、ヘルパーの資格や営利企業の参入がうながされ、老人介護センターが各地に増えました。

「介護」が「ビジネス」の世界に参入したことで、老人の格差問題が生じています。財を持つ人は高級老人ホームの天国へ。特別養護老人ホームはどこも満室。家での介護の負担は家族を押しつぶす地獄ともなり得ます。

物語の中では、親の介護に苦しむ羽田洋子という人物が登場します。その介護は目を覆いたくなるほどリアルに描かれ、経済的にも精神的にも追い詰められていく様子に心が痛みます。

斯波の放つ「この世には罪悪感に蓋をしてでも人を殺すべきときがある」の台詞が重くのしかかります。

そんな事態にならないことを心から願いますが、この羽田洋子が直面する問題は、決して他人ごとではないのだと感じます。

小説では、介護問題の他にも安楽死・尊厳死にも触れています。自分が当事者になったとき、その選択が「ロストケア」になる時がくるかもしれません。

まとめ

2013年発行、葉真中顕の小説『ロスト・ケア』を紹介しました。原作が発行されて映画化されるまで、およそ10年が経った現在でもなお、日本は高齢化、介護問題を抱えたままです。

誰にでもやってくる「老い」。自分や家族に介護が必要になった時どうするのか。高齢化社会において介護問題は決して他人ごとではありません

映画初共演となる松山ケンイチと長澤まさみの演技バトルにも注目。映画『ロストケア』は、2023年3月24日(金)公開です。

次回の「永遠の未完成これ完成である」は…

次回紹介する作品は、佐藤正午の第157回直木賞受賞作品『月の満ち欠け』です。大泉洋を主演に、廣木隆一監督が実写映画化。2022年冬、劇場公開予定です。

突然の事故で愛する妻と娘・瑠璃を亡くし、悲しみに沈む小山内堅の前に、三角哲彦と名乗る男が現れます。

彼は、事故当日に瑠璃が自分に会おうとしていたと告げます。そして、娘と同じ名前「瑠璃」という、かつて三角が愛した女性について語り出すのでした。

時を超え明かされる、美しくも儚い恋物語。それは夫婦をつなぐ数奇で壮大な愛の軌跡でした。

『月の満ち欠け』映画公開の前に、原作のあらすじと、映画化で注目する点を紹介していきます。

【連載コラム】「永遠の未完成これ完成である」記事一覧はこちら

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