連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第67回
今回取り上げるのは、2022年4月29日(金)からBunkamura ル・シネマほかにて全国順次公開の『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』。
独創的で多幸感あふれる作風で知られるコロンビア出身の美術家、フェルナンド・ボテロの魅力に迫ります。
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『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』の作品情報
(C)2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved
【日本公開】
2022年(カナダ映画)
【原題】
Botero
【監督・脚本】
ドン・ミラー
【製作・撮影】
ジョー・タッカー
【製作総指揮】
リーナ・ボテロ・セア、スティーブン・ネメス、エリック・ホーガン、ベッツィ・スタール、J・ジョリー
【共同脚本・編集】
ハート・スナイダー
【キャスト】
フェルナンド・ボテロ、フェルナンド・ボテロ・セア、リーナ・ボテロ・セア、ホアン・カルロス・ボテロ・セア
【作品概要】
独創的で多幸感あふれる作風で世界中から愛されるコロンビア出身の画家、フェルナンド・ボテロの魅力に迫るドキュメンタリー。
ヨーロッパ、ニューヨーク、中国、コロンビアで長年にわたって撮影されてきた映像に加え、ボテロ本人や家族、歴史家、キュレーターの証言などを通し、その素顔と魅力的な作品の数々を紹介。
監督はカナダ・バンクーバーの現代美術ギャラリーの元役員で、ビジュアルアーティストとしても活躍するドン・ミラーです。
『フェルナンド・ボテロ 豊満な人生』のあらすじ
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2022年4月に90歳を迎えるも、なおも創作を続ける世界的アーティスト、フェルナンド・ボテロ。
コロンビアの田舎町メデジンで生まれた彼は、いかにして“南米のピカソ”と讃え誉るようになったのか。
ヨーロッパ、ニューヨーク、中国、コロンビアで開かれた彼の大展覧会の模様に加えて、ボテロ本人やファミリー、歴史家、キュレーターの証言も盛り込み、その素顔に迫ります。
きっかけはマンドリン
新成人のみなさん、おめでとう
#アート に触れて自身の感性を磨くことは大事
#ボテロ も楽器がふくらんで見えたことをきっかけに、かたちの官能性とボリュームを強調するようになったわ●
あなたが感じた「あなただけのものの見方」を大切にしてねhttps://t.co/ShlmPMDFNU#成人式 #BOTERO pic.twitter.com/bMh2SAqMtw
— 【公式】ボテロ展 ふくよかな魔法 (@botero2022) January 10, 2022
1932年にコロンビアの小さな町メデジンで生まれたフェルナンド・ボテロは、幼い頃に行商人の父を亡くしたことで貧しい生活を強いられます。それでも母親の愛を受け、創造力溢れる子どもとして成長。
メデジンは美術館やギャラリーとは縁遠い町だったにもかかわらず、闘牛士学校に通いながらスケッチ画を描くことで美術の志を育んだ彼は、16歳から地元新聞のイラストレーターとして働き始めます。
その後、イタリアやメキシコへと移って絵の修行を積んでいたボテロが、自分の画風を確立したのは1956年。
メキシコのアトリエにて何気なく楽器のマンドリンを丸々と大きな形にし、対照的に穴を小さくして描いたところ、「マンドリンが膨れて爆発したように思えた」ことで、絵の才能が開花。
ボテロの名を高めたのは、1963年にニューヨークのメトロポリタン美術館でレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』が展覧されたのと並行し、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に彼の『12歳のモナ・リザ』が展示されたことがきっかけでした。
やがて彫刻制作も始め、人間や動物をふくよかな体型で表現したユーモアあふれる独特の作風は「ボテリズム」と呼ばれ、モダンアートの先駆けとなります。
芸術とは楽しみを生むもの
#ボテロ展 まであと3ヶ月
楽しみで待ちきれないわ展示作品70点のうちほとんどが #日本初公開 で話題になっているボテロ展には水彩画も登場
133×100㎝もある大きなカンヴァスに描かれた作品なのよ
https://t.co/xsNI20EUmo#ボテロ #BOTERO #展覧会 #アート #モナ・リザ pic.twitter.com/aLnhOvqS5G
— 【公式】ボテロ展 ふくよかな魔法 (@botero2022) January 29, 2022
一目でボテロの作品と分かる絵画や彫刻への評価は、必ずしも高かったわけではなく、「異質のマスターピース」、「食品会社のキャラクターのようで不快」などと批評されたのは一度や二度ではありません。
さらに私生活では末っ子のペドリードを交通事故で亡くし、自身も利き手の小指を失うといった悲劇にも見舞われます。
一時は肉体的にも精神的にも作家生命の危機に陥ったボテロ。それでも、「芸術とは楽しみを生むのもの」として、不屈の精神でボテリズムを貫きます。
また批評に関しても、「若い頃には悪評を受けると随分気になったものだが、今となっては好評悪評にかかわらず、いずれも私を勇気づけてくれるもの」(『対話集 創造のつぶやき』求龍堂刊)と、寛容に受け止めるように。
そんな父親の背中を見て育った3人の子どもの1人で本作の製作総指揮を務める長女リーナ曰く、「流行りとかではなく、すでにジャンルを確立している」と断言するボテリズムは、時として強いメッセージを発します。
彼の故郷メデジンは、“メデジン・カルテル”と呼ばれる麻薬組織の本拠地として、長らく殺人や強盗が絶えない治安の悪い町とされてきました。
なぜ争いは起こるのかと、作品を通してメデジンのみならず世界の紛争に警鐘を鳴らすボテロ。「芸術は物事を変えることはできないが、人々の記憶に証を残せる」――ピカソが戦争の悲惨さを込めた『ゲルニカ』を描いたように、“南米のピカソ”もまた、証を残すのです。
自分を解放しろ
(C)2018 by Botero the Legacy Inc. All Rights Reserved
「なぜボテロは、ふくよかな絵を描くのか?」
世界各国で幾度となく受けてきたであろうこの質問については、劇中でも本人が答えているものの、実はそれすらも明確に断言した回答ではありません。
ただその中の一つ、「重厚感にこだわった絵を描くのは、おそらく父親像を追い求めているからだと思う」というのは、彼の深層心理に基づいたものと思われます。
4歳の時に父を亡くし、身近に大人の男性がいない環境で育ったボテロは、理想の父親像を無意識に作品に込めてきたのでしょう。
そんな彼が理想通りになれたのかは、子どもや多くの孫に敬われる“ゴッドファーザー”となった現実が証明しています。
劇中で、展示会開催に向けて長男フェルナンドとリーナが父の作品収蔵庫をチェックしていた最中、「自分を解放しろ」と若き頃の父が認めたメモを見つけますが、この言葉は当コラムで前回取り上げた『クラム』(1996)の漫画家ロバート・クラムの、「自分をさらけ出すために漫画を描いている」とダブります。
職種こそ違えど、“絵を描く”という共通項を持つ両者が、作品づくりの姿勢も共通していることは、実に興味深いです。
奇しくも、今年4月19日に90歳の誕生日を迎えるボテロ。
日本では本作公開に併せて、2022年4月29日(金・祝)~7月3日(日)まで、東京のBunkamuraザ・ミュージアムにて展覧会「ボテロ展 ふくよかな魔法」の開催も決定。
国内では実に26年ぶりとなるこの大規模な展覧会は、もちろんボテロ本人が監修。全70点で構成される展示作品の中には、世界初公開の「モナ・リザの横顔」が含まれていることも話題です。
こちらも映画と併せてチェックしてみてはいかがでしょうか。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)