連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第9回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典として、通算第11回目を数える、“傑作・珍作に怪作”、そしてサイコスリラーなど様々な映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。
2022年も全27作品を見破して紹介、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
連載コラム第9回で紹介するのは、サイコパス殺人鬼の誕生を描くサスペンス映画『キラー・セラピー』。
少年は誕生した時から凶暴性を秘めていたのか、それとも家庭環境が彼に悪しき影響を与えたのか。
問題行動を起こした彼は、病院でセラピーを受けることになりました。しかしこの治療こそが、少年を恐るべき殺人鬼に変貌させたのです…。
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CONTENTS
映画『キラー・セラピー』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
Killer Therapy
【監督・脚本・製作】
バリー・ジェイ
【キャスト】
エリザベス・キーナー、トム・マシューズ、マイケル・ケリキ、ジョナサン・タイソール、ダエグ・フェアーク、P・J・ソールズ、エイドリアン・キング
【作品概要】
家庭環境の変化、そして秘密のセラピー…。少年を殺人鬼に変貌させた過程と彼の凶行を描いた、殺戮のサスペンス・スリラー映画。
『選ばれし者』(2015)・『ペイシェント・セブン』(2016)の脚本を書き、『Ashes』(2018)を監督したバリー・ジェイが誕生させた作品です。
主演は本作がデビュー作のマイケル・ケリキ。共演にキャサリン・キーナーの妹で『Ashes』、ドラマ『クリスマス・フロー』(2021~)のエリザベス・キーナー。
『バタリアン』(1985)・『13日の金曜日PART6 ジェイソンは生きていた!』(1986)のトム・マシューズに、『キャリー』(1976)・『ハロウィン』(1978)に出演したP・J・ソールズ。
ロブ・ゾンビ監督の『ハロウィン』(2007)で殺人鬼、マイケル・マイヤーズの少年時代を演じたダエグ・フェアーク、『13日の金曜日』(1980)・『バタフライルーム』(2012)のエイドリアン・キングらが出演した作品です。
映画『キラー・セラピー』のあらすじとネタバレ
その日はラングストン家が、孤児のオーブリーを養女に迎える日でした。自転車を組み立てる母デビー(エリザベス・キーナー)に、息子のブライアン(ジョナサン・タイソール)は態度を露わにして不満を漏らします。
オーブリーには家庭が必要だとなだめても、少年は納得しません。父は自分より養女を愛するのでは、と不安を口にするブライアン。
そんな息子をデビーは優しく、あなたは私の小さく善良なモンスターと呼び、妹を好きになるよう努力してと言い聞かせました。
父のジョン(トム・マシューズ)が幼いオーブリーを連れて来ました。遠慮がちに挨拶するオーブリーに、硬い表情のブライアンは父に催促され、ようやく返事をします。
その夜、おやすみと声をかけたオーブリーに、ブライアンは返事が出来ません。母に促されようやく応えますが、そんな息子をデビーは心から愛していました。
新しい兄の態度にオーブリーは、ブライアンは私を嫌っていると不安を口にします。兄はあなたを嫌っていない、ただ馴染むのに時間がかかるだけだ、と言い聞かせるデビー。
そんな娘に彼女は、自分が持っていたぬいぐるみを与えます。母と新しい妹の姿を、ブライアンは密かに見つめていました。
4人になった家族全員で食卓を囲むラングストン家。しかし食事に手を付けないブライアンに、父親のジョンは食べるようきつく命じます。
学校のことを聞いた母に口答えし、オーブリーに冷たい態度を見せるブライアンに、テーブルを叩いて怒り出すジョン。
声を荒げる夫をデビーはなだめますが、息子は感情をコントロールできない、君もセラピストなら何とかしろ、とジョンは言いました。
寝室で父は僕よりオーブリーを愛している、と嘆く息子に新しい家族を受け入れる事を学びなさい、ママのためにそうして欲しい、とデビーは言い聞かせます。
そんな母に抱き付き泣き出したブライアン。息子をなだめるデビーの姿を、オーブリーは静かに見つめていました。
その日、デビーは自宅でセラピストとして少年にアドバイスしていました。同じ時、庭で絵を描いていたオーブリーに、ブライアンは声をかけます。
妹の絵にケチを付けたブライアンは、母が彼女に与えたヌイグルミを奪い引きちぎります。少年に父に本音を話せと諭していた時、オーブリーの悲鳴を聞き驚くデビー。
娘は腕から血を流していました。オーブリーはブライアンに噛まれたと訴えますが、息子は彼女が先に叩いたのだと叫びます。
その夜、事件のてん末を知ったジョンは、妻に娘を施設に返すべきだろうか、と呟きます。オーブリーは壊れたトースターではない、もう家族の一員だとデビーは夫に告げました。
ジョンは妻が息子を甘やかしていると考えていました。一方のデビーはブライアンの心に募る怒りの感情は、どこから来たのか考えるべきだ、と夫に訴えます。
息子が罰で尻を打たれても自業自得だと言う夫に、デビーは激しく反発します。自分の発言を謝ったものの、息子への接し方が判らないと弱音を漏らすジョン。
夫に理解を示し、それでも息子には父親が必要だ、とデビーは言い聞かせます。夫婦は皆が家族として問題を乗り越えようと確認します。
夫婦はブライアンを、精神科医のケラー博士の元に連れていきます。夫は半信半疑のようですが、デビーは博士は実績ある小児の精神科医だと信頼していました。
現れた博士は夫婦を待たせて、ブライアンと2人だけで診察を行います。君を助けたい、そのために友達になりたいとささやくケラー博士。
必ず君を助けるが、友達には秘密があってはならないと言って、博士は部屋の鍵を締めます。そしてケラーは少年に迫りました。
自分たちのセラピーは秘密にしないと効果がない、誰にも言ってはならないと告げ、ケラー博士は診察室からブライアンを送り出します。
しばらくは週2回セラピーが必要だ、2人の体が接触することも治療の一部だと言い聞かせる博士。
ラングストン夫婦の信頼の陰で、ブライアンに不快で残酷なストレスを与える、”秘密のセラピー”が続けられます。そしてある日、オーブリーの寝室に現れたブライアンは自分の過去の行為を謝罪しました。
妹にどうして私を嫌うの、と聞かれてもブライアンは何も答えず立ち去って行きます。
その日はブライアンの13歳の誕生日で、デビーは息子のためにパーティーを開きます。しかし友人の少ないブライアンのために集まる者はいません。
デビーの友人グロリアが訪ねてきましたが、彼女にカメラを向けられたブライアンは激しく拒絶します。息子は写真を撮られるのが苦手だ、と詫びるデビー。
その場を逃げたブライアンは、絵を描いているオーブリーの側に現れます。すると木に登ったグロリアの息子ネイサンが、彼女にパチンコ(スリングショット)を発射します。
命中し悲鳴を上げるオーブリー。彼が嫌がらせをするのかと問う兄に相手にするなと言いますが、また命中させられた彼女は母親に言いつけに行きました。
ブライアンは木に登ってネイサンに注意します。しかしお前は変わり者の吸血鬼だ、と反発し掴みかかってきたネイサン。
その手に噛みつくブライアン。はずみで転落したネイサンは打ち所が悪く死亡します。母と妹が呆然とし、グロリアが悲鳴を上げる中、ブライアンは冷たい表情をしていました。
補導されたブライアンを、裁判所に任命されたルイス博士(P・J・ソールズ)が精神鑑定します。原因を求めブライアン、そしてラングストン家の人々を追求するルイス博士。
厳しい調査が続き、ブライアンは緊張に耐えられず叫びます。博士は彼を双極性障害でソシオパス(社会病質者)的傾向があると診断しました。
彼には監督が必要で、私の施設で保護し治療することを裁判所に提案する、と両親に告げた博士。
母デビーはあれは殺人ではなく事故だ、と訴えます。しかし博士はブライアンを、自分の怒りをコントロールできない障害があり、他者への共感に欠ける善悪の区別がつかぬ人間だと告げました…。
それから6年の月日が流れました。青年になったブライアン(マイケル・ケリキ)と面談したルイス博士は、彼の社会復帰を許可します。
ラングストン家ではデビーとオーブリーが、彼を迎える準備をしていました。オーブリーは不満を感じているようですが、母は息子は治療で「変わったと信じていました。
施設から出る事に不安を感じるブライアンに、博士は教えたように自分の気持ちを他人に話し、自分が望むことを他人にしなさいと諭します。
しかしオーブリーは母の願いにも関わらず、兄の帰宅を望まぬ様子です。ブライアンも人院中に一度も訪ねて来なかったいもうとと、上手く付き合う自信がありません。
ルイス博士は、あなたなら上手く元気にやっていけると告げ、ブライアンを送り出しました。
父に連れられ帰宅したブライアンをデビーは抱きしめましたが、耐えられず家から飛び出すオーブリー。
ブライアンは母と共にドライブに出かけます。何かと気遣い話しかけるデビーに、自分がいるのになぜオーブリーを養子にしたのか、と訴えるブライアン。
デビーは彼女は妹で、家族の一員だと言い聞かせますが、それは彼に耐えがたい言葉でした。母の声、車内に流れる音楽…苦しんだブライアンは、衝動に駆られ運転中の母を突き飛ばしました。
運転を誤った車は事故を起こします。意識を取り戻したブライアンの隣で、デビーはうめき声を上げています。
オーブリーに優しく接する母の記憶が甦り、彼は怒りにまかせてシートベルトで母の首を締めました。
やがて、我に返ったブライアンは、母を車から出し助けを求めて叫びます。しかし、もう反応を示さないデビー。
一件は事故として処理されます。ハイスクールに通うブライアンは生活に馴染めず、スクールカウンセラーのパーキンス(エイドリアン・キング)と面談しました。
学校でも家庭でも上手くいかず、自分には自殺願望もあると訴えた彼に、パーキンスは前向きに生活する第一歩だと告げ、日記帳を渡します。
自分の感情を表現する安全な場所で、誰も読むことは無い。必要な期間だけ書けば良い。私は本当にあなたを心配しているとのカウンセラーの言葉を聞いて、日記を受け取ったブライアン。
学校で日記をつけているブライアンは、オーブリーと共にいる男女を見つめます。それに気付いた男子生徒のブレイク(ダエグ・フェアーク)がやって来ます。
彼を変人と呼んだブレイクは、自分のガールフレンドのリズを見つめたと因縁をつけ、彼のポットを奪って飲みました。
挑発したブレイクは去って行きます。続いてオーブリーが現れ、私の友人リズには恋人がいる、ストーカーじみた行為はやめて欲しいと訴えます。
否定するブライアンに5秒間だけでいいから、まともになれないのかと叫ぶオーブリー。
自宅でクラリネットを練習していたブライアンに、帰宅した父ジョンは家を片付けろと命じます。
オーディションが近く練習が必要だ、妹にも家事を手伝わせてくれと彼は訴えますが、オーブリーは進学費用のため働いていると、聞く耳を持たない父親。
ジョンに高圧的に迫られ、練習を断念するブライアン。結局学校でリズも受けたオーディションに落とされます。
ある日スマホで、ブレイクと一緒にいたリズを撮影したブライアンは、ブレイクに気付かれて追いかけられます。
ブレイクはブライアンを捕まえると暴力を振るい、彼の日記を奪うとリズへの思いを記した部分を読んで怒ります。罵倒すると日記を持って立ち去るブレイク。
打ちのめされたブライアンは、カウンセラーのパーキンスに日記を奪われたと訴えます。
取り乱してわめくブライアンを、パーキンスは落ち着かせようとします。カウンセリングなど役に立たない、と叫び暴れるブライアンにパーキンスも態度を荒げます。
自宅に帰ったブライアンは、自分のポットに何か薬を入れていました。そこに父が現れました。
パーキンスから連絡を受けた父は、息子を厳しく叱りつけます。母の死もお前が原因だ、と言い放つジョン。
その言葉を聞いたブライアンは思い詰め、恨みに満ちた表情になります…。
映画『キラー・セラピー』の感想と評価
家庭内の様々な問題、精神科医の信頼を裏切る行為、そして彼らの不適切な判断・治療が少年を殺人鬼に変える『キラー・セラピー』
かなり重いテーマを扱った作品ですが、問題のブライアン君の凶行の原動力は、狂気よりも復讐心のように思われる展開。そして最後は怒涛のお仕置きタイムに突入。
そのパワーに圧倒される一方、いま一つ共感を得るキャラクターになり損ねた感があります。少年期の環境や精神医療への問題提起を期待した人は、少々物足りなく感じるかもしれません。
その一方でこれでもか!という程のホラー映画人脈の俳優が出演した本作。実ににホラー映画に対する愛を感じさせられました。
サイコキラー映画、というよりスラッシャー映画に近い雰囲気を持つ本作。振り返ればホラー映画出演俳優陣も、スラッシャー系の作品に出演した方ばかりです。
本作の脚本を自ら書き、製作・監督を務めたバリー・ジェイとはどんな人物なのでしょうか。
フィットネスクラブから誕生した!?
様々な人物が活躍するハリウッドでも、バリー・ジェイは異色の人物かもしれません。
子供時代はニューヨークに住んでいたバリー・ジェイ。彼は当時から熱心なホラーファンで、8㎜カメラで映画を作っていたと振り返っています。
NYで演劇活動を始め、独学でピアノと作曲を学んだ彼ですが、やがて俳優には向いていないと悟り、80年代前半の20代の頃にロサンゼルスに移って、作詞作曲活動を始めました。
それも成功を収めず他の仕事に就いていた時に、フィットネスの魅力に取りつかれたバリー・ジェイ。
やがてフィットネスのトレーナーとなった彼は、人気インストラクターとなり、友人と共にフィットネスクラブ、Barry’s(Barry’s Bootcamp)を立ち上げます。
このクラブは評判になり、執筆時で世界14か国に50以上のクラブを持つ成功を収めました。しかし彼のハートに潜む、ホラー映画への愛情は消えていません。やがて彼はホラー映画の脚本を書こうと考えます。
そしてフットネスクラブのクライアントには、映画プロデューサーでタレントマネージャのリチャード・アールックら、業界関係者がいました。
彼らのアドバイスを得たバリー・ジェイは脚本を書き始め、時には1日に8時間執筆した、と語っています。そしてベン・ジェホシュアが、共に脚本を書こうと申し出ます。
そして完成した脚本をベン・ジェホシュアが監督した、2015年のホラー映画『選ばれし者』が彼の脚本デビュー作となりました。
翌年完成した『ペイシェント・セブン』の脚本にも参加した彼は、次の脚本作『Ashes』を自ら監督します。こうして異色の経歴を持つバリー・ジェイは、遅咲きの映画監督デビューを果たします。
往年のスラッシャー映画への熱い想い
年齢の高い、ホラー映画ファンの新人監督の作品と聞けば、トム・マシューズやP・J・ソールズ、エイドリアン・キングら懐かしい顔触れの起用も納得であり、微笑ましくも感じられます。
そして本作の編集のスティン・ファインもまた、彼のフットネスクラブのクライアントの1人。この映画は名実共に、フィットネスクラブが生んだ作品と呼んで良いでしょう。
念願のホラー映画を監督したバリー・ジェイはこう語っています。
「ポジティブな環境を作り、優秀な人たちに囲まれること。これが私が人間として、また映画監督として成長するために学んだことで、今もその環境を持ち続けています」
ホラー映画ファンに限らず、若き日の夢が胸の中に残っている、全ての年配の方に何かヒントになる言葉ではないでしょうか。
『キラー・セラピー』では私の大好きな、ホラー映画に出演した俳優たちと仕事ができたとインタビューに答えた監督。
「私は撮影中は血まみれのキャンディーストアにいる、子供のような気分でした」。彼はそう言葉を結んでいます。
まとめ
環境や大人の無理解と無神経、そして欲望が少年を蝕み。そして闇落ちするサイコホラーを期待した方には、想像と異なる映画だったかもしれません。
しっかり心理描写を描くなら2時間は必要、と思える題材でした。逆に言えば90分少々で勢いよく描いた『キラー・セラピー』は、スラッシャー映画のノリで楽しむべき作品でしょう。
『バタリアン』や『キャリー』に『ハロウィン』、『13日の金曜日』の往年の俳優たちの登場も、そういった過去作を思い浮かべながら楽しんでください。
P・J・ソールズは長らくホラー映画を中心に俳優活動を続けていましたが、トム・マシューズとエイドリアン・キングは一時期映画から離れたものの、近年活動を再開し元気な姿を見せています。
年配のホラー映画ファンに何かと励みになる作品です。そんなヘンな大人ばかりだから、若い人がブライアンのように歪んでしまうのかも…。本当にそうなら、ゴメンなさい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第10回は、マンガ・アニメの原作でもお馴染み、中国の有名な神怪(神魔)小説「封神演義」の世界を映画化!『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)