湊かなえの“母と娘”を巡るミステリー小説『母性』が2022年11月23日(水・祝)に実写映画化
イヤミスの女王と呼ばれるミステリー作家湊かなえ。後味の悪い印象を残す作品が多い中、2012年に発表された小説『母性』が、『余命1ヶ月の花嫁』(2009)などを手掛けた廣木隆一監督によって実写映画化されます。
湊かなえは、小説家デビュー後、『告白』(2010)で第6回本屋大賞を受賞。その後も『贖罪』(2012)『白ゆき姫殺人事件』(2014)『望郷』『豆の上で眠る』『ユートピア』『落日』といった名作を世に送り出してきました。
『母性』は湊かなえが「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」と語ったほどの渾身作です。
どんな母性が綴られているのか。映画公開に先駆けて、『母性』の原作小説をあらすじネタバレを交えてご紹介します。
CONTENTS
小説『母性』の主な登場人物
【母(ルミ子)】
自分の母の気に行った田所と結婚し、傍目には幸せな家庭の主婦。誰よりも自分の母を愛しています。
【娘(清佳)】
ルミ子の娘。母の愛情が自分に向いていないことを感じています。
【ルミ子の母(祖母)】
我が娘ルミ子を愛し、孫にあたる清佳を慈しむ優しい女性。
【田所哲史】
清佳の父親。自分の絵のセンスを気に入ってくれたルミ子と結婚します。
小説『母性』のあらすじとネタバレ
〈ある新聞記事より〉
10月20日午前6時ごろ、Y県Y市※※町の県営住宅の中庭で、市内の県立高校に通うの女子生徒(17)が倒れているのを、母親が見つけ、警察に通報した。※※署は女子生徒が4階にある自宅から転落したとして、事故と自殺の両方で原因を詳しく調べている。
(中略)女子生徒の母親は「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて信じられません」と言葉を詰まらせます。
今朝見たこの記事が気になる女性教師は、母性について考え始めました。女性教師は妊娠中で、母性に関係するこの事件に興味を持ったからです。
すると、同僚の国語教師の前任校が今朝の新聞に載っていた女子高生と同じ学校だったことが判明し、2人は仕事終わりに飲みながら事件について話すことになりました。
向かった店は女性教師の行きつけの『りっちゃん』というたこ焼きが売りの飲み屋。女店主に出迎えられ、2人は事件について話し始めました。
母の手記1
ひとりの母親の告白するを交えた手記から……。
私は24歳の時、当時通っていた絵画教室で知り合った田所哲史と結婚しました。きっかけは、私の世界で一番愛する母親に彼の絵を見てもらったところ、母親がその絵を絶賛したことからです。
私はその絵を譲ってもらおうと田所に会ってデートするようになり、プロポーズされます。田所は私の母親に気に入られたので、私は結婚を決意します。
唯一、同じ絵画教室に通い、田所の同級生でもある仁美からは結婚を反対されますが、私は気にも留めませんでした。
田所の両親が中古の一戸建てを用意してくれ、私は仕事を辞めました。田所を送り出した後、実家に帰って母親に会う毎日が続きます。
結婚してから半年後、私の妊娠が発覚し、無事に娘を出産。娘の名前は田所の義母が決めました。
私は母親から受けた愛情をそのまま娘に与えようと、出来る限りの努力をしました。その甲斐あって娘は優しい子に成長し、母親もそんな娘に育てた私をほめてくれていました。
娘があと半年で小学校に入学するという頃のこと。
田所は仕事で月の3分の1は夜勤に出なければならず、私はそんな時だけ母親に来てもらうことにしていました。
台風の日のこと。激しい雨風が家を襲い、夜の八時過ぎに停電が発生。私は台所と居間にろうそくを立て、灯りをともしました。
その後、一家は就寝。私の母親と娘は一緒に寝ていました。そして、私が雨音が尋常じゃないと気がついた時、悲劇が訪れました。
家全体が揺れる中、娘が呼ぶ声がしてそちらの部屋へ向かうと、そこにはタンスに押しつぶされた母親と娘の姿がありました。
私は助けを呼びに行こうとしますが、居間のろうそくが倒れて、燃えているのに気がつきます。火が燃え移らないうちにと、私は母親を助けようとしますが、母親は自分よりまだ小さい娘を助けるよう懇願します。
しかし、私は我が子の母親である前に、母親の娘であるという気持ちが勝っていました。
私の記憶は曖昧となっていますが、おそらく母親の必死の説得で娘を助け出して外に出たのではないかと思われます。
その後、私の母親の死は確定し、家は全焼。残された3人は田所家に移り住むことになりました。
私は義母(夫の母)に逆らうことができず、どんなに体調が悪かろうが、家事に畑仕事とあらゆる作業をこなしました。
そんな状況の中、家を出ていた田所家の次女・律子が家に戻ってきますが、律子はすぐに仕事を辞め、かつ頻繁に遊びに出掛けていくようになります。
明らかに金目的の付き合いだとわかる黒岩克利という男と結婚したいと家に連れてきて、両親の反対にあうと、律子は部屋に閉じ籠るようになりました。
ある日、律子に買い物を頼まれた娘が目を離した隙に律子は家を出て行ってしまいます。
その後、律子がたこ焼きを売っているところを哲史が発見しますが、「死んだ者として扱ってほしい」と言われ、以後、律子との交流は断たれました。
女性教師と国語教師の会話1
『りっちゃん』の店内では、たこ焼き兼夕食を摂りながら、女性教師と国語教師は話を続けています。
とりとめない会話のあと、子供の親である国語教師にもっと事件のことを聞いてみようと女性教師は思いますが、その時に国語教師から「飛び降り自殺になぜ興味をもつのか」と問われました。
彼女は「母親の証言にひっかかるところがあったからです」と答えます。正確には、たったひと言が……。
母の手記2
律子がいなくなった後、義母は意気消沈。間の悪いことに、どれだけ願って2人目を妊娠することがなかった私に、母親が亡くなってから6年後、妊娠が発覚しますが、これに対し、義母と長女の憲子が私を責めました。
憲子は結婚して家を出ていましたが、息子の英紀の気性が荒く、手が付けられなかったので、半年前から毎日のように田所家に通うようになっていました。
義母も最初は娘と孫の来訪を喜びましたが、すぐに英紀の相手を仕切れなくなり、いつも私が相手をさせられます。
あと一週間ほどで安定期に入るという頃合いで軽い出血があり、医者からは絶対安静を言い渡された私は、義母の許しを得て、休んでいましたが、それでも構わず憲子は英紀を連れてきました。
娘はそれに怒り、2人に怒鳴りますが、私はその汚い言葉に絶望し、怒るよりも先に英紀と散歩に出かけてしまいます。
しかし道中、娘からお腹に赤ちゃんがいることを知らされていた英紀は感情が昂り、私を突き飛ばして先に帰ってしまいました。
突き飛ばされた私は、通りかかったに助けられましたが、流産してしまします。それ以来、憲子と英紀が来ることはなくなりました。
『桜』と名前まで決めていた子供を失い、私の心は空っぽになったのですが、英紀に突き飛ばされた私を見て救急車を呼んでくれた敏子が救ってくれました。
娘が中学に上がると、私は敏子が教師をする手芸教室に通い始めます。1年後、敏子は占いができるという姉の彰子を連れてきて、名前からそれぞれの性格などを言い当てました。
過去の事件のことを言い当てた彰子に、私は現状を包み隠さず話しました。すると、娘に悪い気が纏わりついていると言われ、それを直すために私は高価な薬を購入し、娘に飲ませました。
その甲斐あってか娘は、成績は上がり、委員会に立候補するほど積極的になります。しかし、義母に薬のことがバレてしまい、私は敏子たちと関係を断たざるをえませんでした。
小説『母性』の感想と評価
ミステリー作家湊かなえが、渾身の想いで書き上げた小説『母性』。ごく普通の母親とその娘の物語なのですが、ここで問題として取り上げているのは母から娘に与えるべき‟愛のカタチ”でした。
何不自由なくわが娘を慈しみ育ててきた自分の母親をお手本にしながら、自分の娘を同じように愛しているつもりのルミ子。
母親からもっと愛して欲しいのに、その気持ちが今一つわからずに一人心を閉ざす、ルミ子の娘・清佳。
清佳が生まれてから高校生になるまでのことが、母と娘という二人の女性視点で交互に描かれます。この母娘の決定的な分岐点は、ルミ子の母親の死でした。
愛すべき自分の母親は清佳のせいで自殺したということで、ルミ子は心の底で清佳を憎みます。
「子供であるけれども、清佳の母親だから清佳を助けなさい」というルミ子の母親の願いは、彼女が自殺してもルミ子に届きません。
何も知らず、母親に認めてもらえない自分が嫌いな清佳は、必死で母親の気持ちに応えようと努力しますが、ルミ子の気持ちを理解することはできません。
その結果、清佳が父の浮気と祖母の死んだ本当の理由を知ってショックを受けて帰ってきた時のことが、ルミ子と清佳の回想では異なることになりました。
ルミ子の手記では、全てを悟った娘を抱きしめて慰めるつもりで、ルミ子は清佳に手を差し伸べるのですが、悲鳴をあげた清佳が逃げ出すことが書かれています。
清佳の回想では、ルミ子が手を差し伸べて首を絞めようとしたということになっています。
恐ろしいほどの誤解、または錯覚に近いすれ違ったままの記憶です。この行為一つとっても、母と娘の気持ちが全く違っていることが判明します。
成長した清佳がお腹に子を宿し、改めて考えたのは、自分の母親との気持ちのすれ違いでした。
母親がどんなに子供のことを思っていても、子供は母親と同じようには思っていません。また、母親からどんなに愛を注がれたとしても、子供が幸せであるという確証は得られません。
けれども、母親とは愛情を子供に注いで満足感を得られるものなのです。
ある意味、一種のエゴイスト! 独りよがりの愛にならないよう、十分注意すべき愛のカタチなのでしょう。
「愛を求めようとするのが娘であり、自分が求めたものを我が子に捧げたいと思う気持ちが母性なのだ」という、母性について清佳の出した結論は、最もなものと思えます。
映画『母性』の見どころ
母に愛されたい娘とそんな我が子を愛したいけれども、自分も母の子どもでいたいと願う母親。小説ではそんな複雑な感情を持つ一組の母娘を主人公にしています。
主人公の娘が成長して高校の教師となり、女子高生の自殺事件の新聞記事を見て、自分の過去を思いめぐらせます。
映画でもストーリーの出だしは、女子高生が庭で倒れているのを発見したことがきっかけのようですが、第三者的に事件と自分の過去を回想する内容の小説とは、話の流れが少し違ってくるだろうと予想されます。
映画での倒れていた女子高生は生きているのでしょうか。そしてその女子高生が成長して教師となって、自分の過去と死にたいと思った経緯を辿るような内容になるのでしょうか。
小説では新聞記事の当事者と女性教師は無関係でした。このあたり、映画ではどうなるのか気になります。
そして鍵を握る母と娘のキャストは、戸田恵梨香と永野芽郁。好かれたいのにその想いが相手にうまく届かないというジレンマを抱えた母娘にチャレンジします。
娘を愛せない母(戸田)と母に愛されたい娘(永野)を体現する2人の演技に注目です。
映画『母性』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
湊かなえ『母性』(新潮文庫刊)
【監督】
廣木隆一
【エグゼクティブプロデューサー】
関口大輔
【キャスト】
戸田恵梨香、永野芽郁、大地真央、高畑淳子、三浦誠己、中村ゆり、山下リオ
まとめ
ミステリー作家湊かなえの渾身作『母性』をご紹介しました。
女性心理を描くことに定評がある作者だからこそ、複雑に屈折した母娘の想いを明確に描き出したと言える作品です。
作中、母親との関係に思い悩む娘・清佳が、自分もまた「母」となるため、母性とは何だろうと考えます。
母親が子供に捧げる愛を一般的に母性と思いがちですが、その子が男の子ならともかく、女の子の場合は、母親から受け継いだ母性を自分もまた我が子に捧げることになります。
本作のキーワードの「愛能う限り」は「あい、あとうかぎり」と読み、「愛としての愛が及ぶ限り」「愛を精一杯に」の意味です。
こんな大げさな言葉を使って、自己満足な愛を注いでも誤解を招く場合もあるのですから、押しつけがましい愛し方をしないのが無難と言えます。
映画は、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017)、『PとJK』(2017)、『ママレード・ボーイ』(2018)、Netflix映画『彼女』(2021)の廣木隆一監督が手掛けます。
母娘の関係、母性の在り方を今一度考えさせられる小説が、どんなミステリー映画となるのかとても楽しみです。