連載コラム「銀幕の月光遊戯」第79回
2021年・第93回アカデミー賞で見事脚本賞に輝いた映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』が、2021年7月16日(金)より全国公開されます。また、7月9日(金)から、TOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ梅田にて先行上映が行われます。
コーヒーショップのバリスタとして働く女性キャシーは、夜ごと酔ったふりをしてお持ち帰り男に裁きを下すという別の顔がありました。
“前途有望な若い女性”だったキャシーの哀しみ・怒り・絶望・孤独をキャリー・マリガンが見事に表現。アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞では主演女優賞にノミネートされました。
Netflixドラマ『ザ・クラウン』でチャールズ皇太子の妻カミラ夫人役を演じ、人気テレビドラマ『キリング・イヴ/Killing Eve』シーズン2のヘッドライター&エグゼクティブ・プロデューサを務めたエリザベス・フェネルが本作で長編映画監督デビューを果たし、前代未聞の復讐劇を完成させました。
CONTENTS
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』の作品情報
【公開】
2021年公開(アメリカ映画)
【監督・脚本】
エメラルド・フェネル
【キャスト】
キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー、クランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ、ラバーン・コックス、コニー・ブリットン、クリス・ローウェル、クリストファー・ミンツ=プラッセ
【作品概要】
“前途有望な若い女性”だったキャシーを変えることとなったある忌まわしい事件。通っていた医大を中退した彼女は、夜毎、酔ったふりをしては彼女をお持ち帰りする男たちに制裁を下すという生活を送っていました。
主人公キャシーをキャリー・マリガンが演じ、マーゴット・ロビーが製作を務めた本作は2021年・第93回アカデミー賞で作品、監督、主演女優など5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞。その他にも数多くの賞を受賞しています。
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』のあらすじ
30歳を目前にしたキャシー(キャリー・マリガン)は、ある忌まわしい出来事によって医大を中退。未だ両親と同居し、カフェの店員として平凡な毎日を送っていました。
その一方、夜ごとバーで泥酔したフリをして、お持ち帰りオトコたちに裁きを下していました。
ある日、大学時代のクラスメートで現在は小児科医となったライアンがカフェにやってきます。
ライアンはキャシーに好意を持ち、キャシーもライアンの誠実な人柄に惹かれ始めました。
しかしこの偶然の再会こそが、キャシーを地獄のような悪夢へと連れ戻すことになります……。
映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』の解説と感想
昼と夜の2つの顔
映画の冒頭、キャリー・マリガン扮するキャシーは、けばけばしいネオンが瞬くバーですっかり酔いつぶれた姿で登場します。
格好の獲物とばかりに近づいてきた男は「自分は親切なナイスガイだから、家まで送ってあげよう」と甘い言葉をかけ、意識を失ったキャシーをものにしようとします。
しかし、男が行為を始めた時、突然キャシーは目を開け、「何してるの」と低いドスの効いた声を出し、男は「酔ってないのか」と愕然とした表情でキャシーをみやりました。
酔った女になら何をしてもいいと考える悪しき「レイプ文化」は古くからはびこっており、キャシーは男たちにそんな「レイプ文化」が間違ったことであることを布教しているのです。
この思いもよらない展開から一転して、30歳にして親と同居し、コーヒーショップの店員として働く、キャシーの姿が映し出されます。
カジュアルな服装でフェミニンな雰囲気を纏っているキャシーの姿は夜ごと男に制裁を加えている人物と同じ人物とは思えないほどです。どうして彼女はこのような二重生活を送っているのか。その理由が徐々に明らかにされていきます。どうやらキャシーは医者になりたいという夢の途中で、医大を中退してしまったようなのです。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、タイトルにある通り、“前途有望な若い女性”だったキャシーの、怒りと悲しみと絶望を描いた痛みと復讐の物語です。
そのため、扱われている問題は、非常に重く、シリアスなのですが、ポップな女性歌手のナンバーや、明るくフェミニンな色合い、ガーリーな衣装が散りばめられていて、映画の外枠は非常に溌剌とした作りになっています。
今作で長編映画監督デビューを果たしたエメラルド・フェネルは、作品のこうした味付けについて「物事を砂糖でごまかす感覚、つまり本作のトーンやサウンドトラックは、スプーン一杯の砂糖なのです」と述べています。
また作品全体も、リベンジスリラーであり、ロマンチク・コメディーであり、ダーク・ミステリーであり、社会派映画であるという、ひとつのジャンルに囚われない、いくつもの顔を持っています。そうした作品スタイルは、キャシーという女性の浮き沈みし揺れ動く内面を表現する手段ともなっています。
罪に自覚のない「善人」たち
『プロミシング・ヤング・ウーマン』というタイトルはある意味逆説的な意味合いで使われています。劇中、キャシーが、大学時代に起こった事件の被害者の訴えを握りつぶした女性学部長を尋ね、問い詰めるシーンがあります。
彼女は被害者の女性の名前すら覚えておらず、「このようなトラブルは毎日のように起こっていることで、そうしたことから“前途有望な若い男性”を守らなければならない義務がある」と平然と語ります。
そう、“前途有望”なのは、常に白人男性なのです。この男性中心主義社会において女性は二の次であり、女性が負った被害などささいなことで、加害男性にとっては「若気の至り」で済まされるようなことだというわけです。
キャシーが抱えたトラウマや、深い哀しみ、失ったものの大きさに比べ、加害者当人は勿論、現場で笑っていた人も、日和見主義だった人々も、誰もその後の人生になんの傷も負っていない、この不公平さ。
こうしたことは決して特殊な事象ではありません。自身はまったく関係ない立場にあったとしても、「彼女も酔っていたから」「被害者にも落ち度があったから」と、むしろ被害者を糾弾してはいないでしょうか。
エリザベス・フェネル監督は、加害者側のキャストに日頃爽やかな印象を観客に持たれているとおぼしき俳優をあえて集めてキャスティングするという仕掛けを施しています。上記の女性学部長にコニー・ブリットンを配役したように、そこには女性も含まれます。そのことによって罪を罪として認識すらしていない「善人」たちという面がクローズアップされるのです。
このような誰もが直視しなければいけない大きな問題を取り扱いながら、前述したように、(広い範囲での)コメディーとも呼べるエンターティンメントな作品に仕上がっていることは驚くべきことです。
それは、脚本も担当したエメラルド・フェネルの恐ろしいほどの才能と、キャシーの様々な感情の渦を巧みに表現しているキャリー・マリガンの卓越した演技によるところが大きいでしょう。
まとめ
大学時代のクラスメートで現在は小児科医となったライアンを演じているのは、ボー・バーナムです。YouTube でキャリアを開始したコメディアン、ミュージシャンとして知られ、“ジェネレーションZ世代”のティーンたちのリアルな姿を描いた『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』(2018)の監督としても知られています。
彼との恋の様子はパリス・ヒルトンの楽曲「Stars Are Blind」を背景に、ロマンチックコメディーのような甘い展開を見せます。
が、弦楽四重奏バージョンのブリトニー・スピアーズの「Toxic」が響くと物語は一挙に不穏になります。『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』や人気ゲーム「フォートナイト」の楽曲も手掛けたアンソニー・ウィリスのオリジナルスコアは、常に不安を掻き立てます。
映画全編を貫き通しているのは、キャシーの心臓の音が聞こえてくるような張り詰めた緊張感です。彼女の心情、行動にすっかり囚われてしまった観客は、思いもしなかった結末へと導かれます。