連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第45回
2021年6月16日(水)にNetflixで、配信されたイタリア製作のサスペンス映画『安全の対価』。
海辺の町で若い女性が暴行された事件をきっかけに、調査に乗り出した町のセキュリティ専門家とその家族が、秘密とうそが絡み合う群像劇に巻き込まれていきます。
ヒッチコック的なスリルに満ちたサスペンスが、のどかな町の暗部を映し出し、主人公と観客を翻弄していく映画、『安全の対価』のネタバレあらすじと作品情報をご紹介します。
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CONTENTS
Netflix映画『安全の対価』の作品情報
【日本公開】
2021年(イタリア映画)
【原題】
Security
【監督】
ピーター・チェルソム
【キャスト】
マルコ・ダモーレ、マヤ・サンサ、シルヴィオ・ムッチーノ
【作品概要】
『セレンディピティ』(2001)『キミとボクの距離』(2017)『ベルリン、アイラブユー』(2019)で知られる英国監督ピーター・チェルソムが、 米国の作家、スティーブン・アミドンの同名小説『Security』をイタリアを舞台に映画化。
主人公ロベルト・サンティーニを演じるのは、テレビシリーズ『Gomorrah (原題)』(2014)で知られるマルコ・ダモーレ。
イタリア人キャストで、イタリアロケを敢行した本作の舞台、フォルテ・デイ・マルミは実在の町。
Netflix映画『安全の対価』のあらすじ
絵葉書のような街、フォルテ・デイ・マルミ。美しい砂浜は観光客が夏を満喫するのに最適な場所でした。それはある冬のこと。1人の少女が路地裏にて、周辺住宅のインターホンを鳴らし、助けを求めていました。
「ラファエリ警備」と書かれた玄関前の監視カメラが、彼女の姿を捉えています。警備会社でセキュリティを担当しているロベルトが現場に派遣され、少女の映っていた地域を捜索します。
少女は見つからなかったものの、ロベルトは、道中に飲酒運転と思わしき車を停めました。車の運転手はダリオ。ロベルトが不倫関係のあるエレナの息子でした。
翌朝、自身の市長選を目前に控えた妻クラウディアから、娘の様子を気にするよう忠告されるロベルト。娘の携帯を追跡するなどの詮索はしたくない彼は、親子間の距離の取り方でクラウディアと意見が分かれてしまいます。
両親の会話に聞く耳を持たない娘、アンジェラは通っている高校で同級生のマリアが入院したことを知ります。ロベルトは職場に戻り、通報があった昨夜の映像を確認し、周辺地域で警察による逮捕劇があった事実を知ります。
警察に取り押さえられたのは、ロベルトと旧知の仲のスペッツィ。監視カメラに写っていた少女は、その娘のマリアでした。その後、ロベルトは警察署に出向き、スペッツィの身柄を確認します。
スペッツィは酔って騒いでいるところを近隣住民に通報されたようですが、本人は家出した娘を心配していたのだと供述していました。
学校を終え、彼女の教授であるステファノの部屋へ向かうアンジェラ。彼と関係を持っている彼女は、教授の立場を利用して教え子のジュネ―ベラとも関係を持っているのではないかと詰め寄ります。
クラウディアは市長選に向け、地元の有力者、ピラティ主催の資金集めパーティにて、街の安全保障を強化する意思を表明しました。
スペッツィの住む家へ戻ってきたマリア。スペッツィはマリアに対し、自身が潔白である事を必死に訴えました。
ロベルトは帰りの車内で、市長選のためには卑劣な手段に惜しまないクラウディアを批判します。口論になり、クラウディアからエレナとの関係を引き合いに出されて困惑するロベルト。
ダッシュボードの中にあった精力剤は何かと問い詰められ、身に覚えがないロベルトをクラウディアは疑いものの、領収書からそれがアンジェラのものだと発覚。娘が父親と同世代の男と関係を持っていることに、2人は気付きました。
ロベルトの警備会社の顧客であるピラティの自宅のカメラを調整したロベルトは、通報があった日、マリアとダリオが未成年にも関わらず、ピラティ邸でワインを飲んでいる映像を発見します。
監視カメラの映像にはマリアとダリオ、ピラティともう一人別の男が映っていました。別角度のカメラを確認しようと試みるも、映像はクラウディアによって消去されていました。
クラウディアには関係を絶ったと言ったロベルトは、エレナとの関係を続けていました。ロベルトは、エレナにマリアとダリオのことを明かし、事件があった日のことをダリオから聞き出します。
ダリオは酔った彼女を介抱しようとコーヒーをすすめ、ピラティの車に彼女を乗せて見送っただけだと答えました。
家に戻ったロベルトは、クラウディアとアンジェラの3人で、アンジェラの幼少時に起こった事件について話をします。
公園でクラウディアとはぐれた幼いアンジェラは、メリーゴーランドの裏でスペッツィから精液をかけられているところを発見された過去について話します。
その後ロベルトが見つけて彼を止めたものの、スペッツィは罪を償っていませんでした。ロベルトは精液ではなく尿だったとだけ擁護し、クラウディアとスペッツィの処分について対立します。
Netflix映画『安全の対価』の感想と評価
古典的な手法でブラシュアップされたサスペンス
主人公ロベルトが不倫相手の息子ダリオを送り届けた後、自室に戻り、ベッドに横たわる彼の枕元の隣に、映画のタイトルが浮かび上がってきます。
画面の左に位置する主人公に添い寝するように出現するタイトル『Security』は、彼の床事情を含めたプライバシーすらも、この町では周知の目に晒される危険性があることを暗示しています。
彼の寝室を見張るハイエナの壁画は、毎日セキュリティ会社で他人を監視している彼自身にも、監視の目は向けられているのではないかという潜在的な恐怖を表しています。
本作の演出面において特筆すべきは、現代的にブラッシュアップされたヒッチコック映画的演出の妙。
あからさまな目配せやオマージュは往年の映画ファンにとっては、食傷気味に感じてしまいますが、細かく散りばめられた演出や手法、画面をピリッとさせる極彩色の色遣いは、単調に見える会話劇やストーリー進行にメリハリを利かせています。
中でも印象的なのは、停車中のロベルトの車に近づく人物の背後を信号の光が不自然に照らし出すシーン。
ここで本作のトーンは豹変し、それまで無かったあからさまな幻覚の演出や素早いカットの切り替わりなど、隠されていた不気味な雰囲気が突如として映画全体を包み込んでいきました。
その他にも、現実に起こった事実と伝え聞いた作り話が混ざり合った脳内のイメージ映像を、会話の途中にわざと挿入するなど、映像を用いた皮肉も秀逸です。
後ろめたさと向き合う群像劇
本作をヒッチコック的なサスペンスと形容できるのは、そのビジュアルだけでなく、物語が普遍的に共感させる後ろ暗い欲望をテーマとしていることにも関係しています。
本作の登場人物たちは、全員、善悪の属性が付与されており、それぞれが後ろめたい過去、現実を抱えています。そして、その後ろめたさから逃避する人物を徹底した悪として描いていました。
主人公ロベルトは、妻や娘と向き合わず、蓄積させたわだかまりに直面します。事件を調査していくうちに、悪や不正に対する視点を変え、町で起こった凄惨な現実を暴力的な手段で、人々の目の前に晒す決断をします。
市長選で勝つためには手段を選ばない野心的な妻クラウディアは、勝つために犠牲にしてきた誠実さや倫理観と向き合い、娘のアンジェラは、自身の教授であるステファノに男性として惹かれ、年の差を感じながらも自分が背伸びすることで、彼についていこうと必死でした。
そのことを間接的に表現しているのが、ステファノの家へ向かうまでの上り坂を登るシーン。
自分よりも一回りも年上の彼と付き合うために、彼女が乗り越えなければならない(誤魔化さなければならない)精神的な幼さを上り坂が視覚的に表現していました。
本作の終盤で彼女がこの坂を下っていくのは、精神的に退行することを意味しているわけではなく、高校生の等身大の自分に戻ったうえで、過去と向き合い、キチンと成長するためです。
また、本作の悪人であるピラティは、自身の欲求を満たすためだけに周囲を翻弄する凡庸な存在として描かれているものの、彼を除く登場人物、ロベルト、クラウディア、アンジェラ、ステファノ、エレナは、現実の価値観、倫理観では裁くことのできない不誠実さ、決して褒められたものではない人間の愚かさを纏っています。
特に、正しさで裁くことのできない存在を代表していたが、スペッツィでした。
彼自身が招いた過去の不幸に悩まされ続け、彼が救われることはなく、町の暗部を人々に知らしめるための犠牲にされてしまいました。
街を監視する視線
本作における難点は、明確な勧善懲悪の提示されないラスト。
第三者の立場からの制裁が下るであろうことを予感させるエンディングには、明確な落としどころが与えられていませんでした。
しかしながら、この宙づりのラストこそが監視社会のディストピアを忠実に描いたとも解釈できます。
ロベルトの警備会社が管理している監視カメラは既に町中に配備されており、個人の生活やプライバシーは既に会社側に委ねられています。
本作で幾度となく登場する、監視カメラが撮影した低解像度の映像は、本作においてはまるで劇中劇かのように、もう一つの世界を見せると同時に、町を監視する視線でもあります。
これらは本作にリアリティを付与する以上に、歪んだ性的欲求に基づいた視姦の目線であり、犠牲者である若者たちを暴力的に搾取する社会の目線です。
本作に登場する若者は性的凌辱にまつわるトラウマに向き合わされます。過去の苦しみを受け入れても、溜飲が下がるようなカタルシスに結び付かない本作の読後感は同じNetflixのドラマシリーズ『13の理由』(2017)を彷彿させました。
まとめ
事件の全貌が明かされるまでの前半がやや長く、本作の物語がどこへ向かっているのかは、終盤のダリオの独白まで提示されません。
しかし本作がテーマとしているプライバシーが既に侵されているかもしれないというパラノイア、危機感は、冒頭からいたるところに散りばめられており、住民の相関図が見えてくると同時に、誰しもが抱える後ろ暗さが明らかになっていきます。
映画冒頭、セキュリティ会社がオフィスを構えるビーチ沿いを捉えるカットは、休暇に訪れたくなるような長閑さを感じる反面、町の闇を暗示するロベルトのナレーションから、どことなく不穏な雰囲気を感じさせます。
海からビーチ沿いを眺めた冒頭とは対照的に、砂浜側から海を臨む本作のラストカットは、町の外側からは捉えることのできない悍ましさを包み隠しているかのようです。
邦題『安全の対価』は、ロベルトとクラウディアの決断を表していました。
クラウディアは市長となり、行政を管理することで、町の治安維持を抜本的に解決しようとし、ロベルトはグロテスクな真実すらも人々の目に晒すという極端な手段を選択しました。
それによって何が解決したか、町の治安がどうなったのか、その後は描かれませんし、その必要はありません。
なぜなら生活の全てが誰かの視線によって管理されているというディストピアは、これから訪れるものではないからです。
実際、日本の街角にも、犯罪抑止の目的で「誰か見てるぞ」と書かれた睨む目のステッカーが至る所に貼られています。
誰かに監視されながら生活するディストピアの中で、本作を鑑賞する私たちは既に生活しているのです。