父親が遺した遺産の謎の男の存在と耐え切れない真実を描く『インヘリタンス』
映画『インヘリタンス』は、ヴォーン・スタイン監督のミステリースリラーのアメリカ映画。
父親が残した遺産が地下壕に埋まっていることを知った娘ローレンが、そこで会った謎の男によって明らかになる衝撃的なドラマを描いた作品です。
『白雪姫と鏡の女王』(2021)『あと1センチの恋』(2014)のリリー·コリンズ、「ミッション:インポッシブル」シリーズのサイモン・ペッグ主演。さらに、コニー·ニールセン、チェイス・クロフォード、パトリック・ウォーバートンが脇を固めています。
本作のタイトル「インヘリタンス」は「遺産」という意味があります。真実が明らかになる過程で、米国上流層の醜い過去を暴きます。
映画『インヘリタンス』の作品情報
【公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Inheritance
【監督】
ヴォーン・スタイン
【キャスト】
リリー・コリンズ、サイモン・ペッグ、コニー・ニールセン、チェイス・クロフォード、パトリック・ウォーバートン、マルク・リチャードソン、マイケル・ビーチ、ジョエル・ヘレラ、ルーカス・アレキサンダー・アユーブ、クリスティーナ・デローサ、グレー・マリーノ
【作品概要】
『インヘリタンス』は、裕福で権力のある一家の家長が突然亡くなり、父親が残した遺産が地下壕に埋まっていることを知った娘が出会う謎の男と衝撃的真実を描いたスリラー。
『白雪姫と鏡の女王』(2012)のリリー・コリンズと、「ミッション:インポッシブル」(2006-)シリーズのサイモン・ペックが主演。監督は『アニー・イン・ザ・ターミナル』で長編初監督デビューを果たしたヴォーン・スタインが務めています。
本作は、目が離せないどんでん返しの物語であり、ラブリーな魅力のリリー・コリンズと、コメディアンの天才のサイモン・ペックという俳優の従来のイメージを完全に覆した作品となりました。
映画『インヘリタンス』のあらすじとネタバレ
ローレンは、アメリカの大富豪の名門モンロー家の長女であり、検事の仕事をしています。
ある日、森の中でローレンの父親アーチャーが具合が悪そうに車に乗り込み、その後、アーチャーは心臓麻痺で亡くなってしまいました。
その頃、ローレンの弟ウィリアムが選挙に出馬したことで、モンロー家の姉弟は揃って有名人になります。ローレンは記者からインタビューを受けている間に、アーチャーの死を聞かされました。
アーチャーの葬式を終えて彼の部屋に入るローレン。アーチャーの椅子に座ったローレンは、アーチャーと一緒にチェスをしたことを思い出します。
そして、家族全員は、長年アーチャーの弁護士を担当していたハロルドによって、アーチャーの遺言状を聞きました。アーチャーが残した遺産は、ウィリアムには2千万ドル、ローレンには百万ドルでした。
家族会議が終了した後、ハロルドはローレンに、アーチャーが残したローレン宛の1通の封筒を渡し、その手紙の内容を、決して口外しないように言いました。
ローレンが封筒を開けると、USBと鍵が入っていました。USBを接続すると、生前のアーチャーの映像メッセージが流れてきました。
「別荘の裏庭の森の中には、墓まで持っていかなければならない秘密がある。それを解決しなければならないはずが、勇気がなかったこと、その秘密と多くのことが父親の過ちによるため申し訳ないと思うこと、そして真実を明かしてはいけないこと」をローレンに伝えました。
ローレンは、人目を気にしながら、鍵を持って森の中へ入って行きます。目的地が見えると、そこは幼い頃にお茶会ごっこをした時、突然駆け付けたアーチャーに「ここに来てはいけない」と怒られた場所でした。
ローレンが鍵をあけると地下の秘密通路があったので、ゆっくりと下りて行きました。
薄暗い廊下の奥には1つの部屋があり、その中には首輪をして鎖に繋がれた1人の男がいました。死体のように微動だにしない男に、ローレンは恐る恐る検脈しようとすると、突然動いたため、驚いたローレンは家へと逃げ込みます。
911番へ通報するローレンですが、アーチャーの手紙を思い出し、娘の悪戯電話だったと謝罪して電話を切りました。
自分より遺産が少ないローレンを心配したウィリアムは、遺産を分けようと提案するが、「あなたの選挙に使って」と断るローレン。
そして、母親キャサリンの元へ行ったローレンは、アーチャーに恨みを持った人がいないか聞きますが、「気にしなくて良い」と言うキャサリン。
その日の夜、ローレンはキャサリンと別荘に残り、ウィリアムとローレンの夫スコットと娘はそれぞれの家へと帰ります。
翌日、ローレンはアーチャーの銃を持って、地下壕へと向かいました。
部屋に入ると、男はベッドで寝ていました。男が寝ていることを確認したローレンは、その隙に男の指紋を取ります。
すると、男は目を開いてローレンを見ました。驚いたローレンは逃げ出し、仮面を被って再び戻って来ました。
今度は男は起きており、自分はアーチャーとは友達であり、ローレンのことを知ってるため、仮面を外せと言います。
男を信用しないローレンは何故ここにいるのか聞きます。真実を知りたいなら、自分の要望を聞くよう言う男。
ローレンは、男の要望通りに、ステーキとケーキを持って来ました。
ステーキをむさぼり食った男は、自分の名前はモーガン・ワーナーだと名乗り、過去にあったアーチャーとの出来事について話し始めます。
映画『インヘリタンス』の感想と評価
本格ミステリー映画『インヘリタンス』は、111分の上映時間の多くをローレンとモーガンの心理戦に費やしています。
父親が残した遺産と彼が言う信じたくない真実は、ローレンを苦しめます。モーガンは鎖に繋がれて体を動かすことは出来ないのですが、彼の話術と心理戦はいつの間にかローレンを陥れ、結局ローレン自らが彼の鎖を解くようになりました。
しかし、隠された本当の真実は、モーガンが地下壕の外に出た後、明らかになるのです。
ローレンが生まれる前の30年前に起こったもう一つの事件と、これまで隠していたローレン家族に対するモーガンの怒りは、彼と共に地下壕から世間に出て来ます。
全てが終わったと思った瞬間、映画はまた違うストーリーを作り出し、観客を混乱させます。
主演俳優陣の新たな演技
『インヘリタンス』の醍醐味は、父親が残した遺産であるモーガン役のサイモン・ペッグと、娘ローレンを演じたリリー·コリンズの演技です。
「ミッション:インポッシブル」(2006)シリーズ、そして「スター·トレック」(2009)シリーズの俳優として知られているサイモン・ペッグ。コメディ映画の顔として魅力を存分に発揮した彼が、愉快な英国紳士のイメージから脱し、完全に違う姿で観客の前に表れました。
サイモン・ペッグは、自分を監禁した一人の男の娘と、彼女の家族を陥れる衝撃的な鍵を握る男として登場します。肩まで下がる白髪に痩せた体付き、狂気まで漂っているような目つきは馴染みの薄い姿ですが、優れた演技力でモーガンになり切っていました。
今回の作品を通じて、何故彼がコメディのイメージとはかけ離れた役を受けたのかを改めて考えさせられるでしょう。
一方、『白雪姫と鏡の女王』(2012)、『あと1センチの恋』(2014)などの作品を通じて、ラブリーな魅力の女優としてよく知られているリリー·コリンズは、遺産の正体を知ったローレンに扮して、爆発的な内面演技を披露。いつも清楚な明るい彼女の微笑みではなく、混乱に満ちた表情を見せています。
信じたかったことと、真実と偽りの間で次第に崩れていくローレンの姿を見事に演技したリリー·コリンズは、今回の作品で自分の演技のスペクトルをさらに広げたと言っても過言ではありません。
また、この映画で最も注目すべき点はローレンのファッションです。身嗜みを綺麗に整えた彼女は、高級でキャリアウーマンのように見え、着飾ったファッション、特にレザートレンチジャケットなど、完璧に女性らしさを漂わせていました。
リリー・コリンズとサイモン・ペッグの呼吸がマッチしており、時間が経つのを忘れさせてくれました。
隠された悪人
母親は、モーガンを「悪人」と言いました。実際に映画を見ると2つの犯罪を犯していますが、悪人というほどのことはありませんでした。
それよりも父親の行動に不信感を抱きます。父親がUSBを残さなかったら、監禁されているモーガンは飢え死にし、娘が危険に陥らなかったはずなのに、なぜこのような遺産を残したかという理由がわからず、もどかしい気持ちを抱きました。
もちろん、性犯罪が人の魂を殺すことはあります。父親は自分の妻がそんな目に遭ったのですから、怒ったのは当然でしょう。
しかし、父親が母親のためにモーガンを監禁していたというには、あまりにも不条理です。憤怒した時間より、翻弄した時間の方が長いようですから。
父親はモーガンの写真を撮ったり、手の届かないところに見えるようにチョコレートを置いたりなど、何かと適当に彼をもて遊んでおり、自分の娘は自分の血筋ではなく、モーガンの血筋だと思ったことが推測されます。
本当の血筋なのかどうかは映画には出ていませんが、遺産配分も父親が娘より息子を愛したということ、ローレンにモーガンを遺産として残したことを思うと、もしかすると父親は、「ローレンが処理しなさい」というメッセージを残したつもりだったのではないでしょうか。妻は心から愛したけど、娘は受け入れられなかった、ということが考えられます。
振り返ってみると、ローレンの父親は様々なことをしていました。
数十年間不倫をして婚外子まで作り、政府には学歴や会社を作って賄賂して、人を車で轢いてそのまま森の中に埋めてしまい、目撃者であるモーガンをショベルで殴って地下壕に30年間監禁。さらに、妻が生んだ娘をモーガンの娘だと推定したこと。
こうなると父親は全ての元凶であり、隠された悪人は父親だと言えます。
正義と真実とは何か
“正義とは何か”に、このような例があります。
実際、”正義とは何か”の著者であるマイケル・サンデルが作った例ではなく、マイケル・サンデルがアーシュラ・クローバー·ル=グウィンの短編小説”オメラスから歩み去る人々 “から引用した例です。
“完璧とも言えるほど幸せで葛藤のない村がある。ところが、この村には地下室が一つあり、その中には一人の少女がいる。その少女は日の当たらない地下室で悲惨な生活をしている。この村がこんなに完全に幸せでいられるのは、ひたすらこの少女の不幸のお陰だ。この少女を地下室から追い出せば、村の幸せは崩れ落ち、この事実は村の住民たち皆が知っている。”
映画の内容も、この例と非常に似ています。ただ、違いがあるとすれば、監禁されたモーガンも村の少女のように、無念に閉じ込められているかどうかを明確に知ることが出来ず、例では暗黙的に村人の間で少女の不幸が容認されたのとは違って、映画の中で監禁された男の存在を知るのはローレンだけです。
ローレンの家族は非常に権威があり、国家的にも有名な裕福な家系です。この家族の父親が、一人の男を30年間監禁していたことが明らかになれば、ローレンの家族は地獄に落ちるでしょう。
この事実を知るローレンは、葛藤します。
「悪魔のような父親に無念に監禁された」という男の言葉が、何処まで事実で嘘なのか知ることは出来ませんが、一人の男がこんなに長い間地下壕に監禁されていた事実を知ると、混乱と罪悪感に襲われるのは、誰でもありうるでしょう。
ローレンは自分は正しいことをしているのだから、正義のために戦うと自慰して、罪悪感なんかは振り切ってもいいと思ったのです。
生きている間に、知らなかった真実を知るようになった方が良いでしょうか。それとも真実を知らないで過ごした方が良いでしょうか。
家族、友達、知人など、陽の当たらない陰に秘めた真実があれば、それを知ることで不幸を招くかも知れません。
誰にでも隠したいことがあるため、真実を知るというのは、ある意味恐ろしいことなのです。
まとめ
“Inheritance”は、”相続した財産、遺産、相続、遺伝”など、親に何か譲り受けることを意味します。
果てしない嘘と秘密、それなりの緊張感、ストーリー要素を備えたこの映画は、撮影や演出はある程度スリラーの基本を守り、いくつかのシーンの演出はかなり印象深いです。
『インヘリタンス』は、成功した米国上流層の素顔を暴いており、不道徳なことも正しいことだと信じてしまう二重性を指摘しています。
また、真実に対する良心と、自分が守るべきものとは何か問いかけるようでした。
真実はずっと埋もれていなければならず、掘り起こさずにいれば皆に得になることもあるのです。
映画は、男の存在の痕跡を燃やして終わりますが、ローレンは家族を守るために、秘密を隠し永遠に嘘をつかなければならないでしょう。男の痕跡が燃えても、悲劇は一生続くのです。
闇の中で感じる恐怖心は、この映画の重要なポイントでした。人の好奇心は行動力の限りない源でもありますが、それが自らの命を奪う火種でもあると言えます。