映画『明日の食卓』は、2021年5月28日(金)より全国ロードショー。
椰月美智子による小説『明日の食卓』が、瀬々敬久監督によって映画化されました。
「どこにでもいる」母親が起こしてしまった、「だれであってもおかしくない」虐待事件の物語から、切々と母親の胸の内をつむぎあげます。
「石橋ユウ」という名前の小学5年生の息子を育てる3人の母親を演じるのは、菅野美穂、高畑充希、尾野真千子。住む場所も、家庭環境も異なる3人が、あるひとつの出来事でつながりを持っていきます。
女性の生きづらさ、母親として課せられた責任、そこでもがき苦しむ彼女たちの姿を、一片の希望と共に描き出しました。
映画『明日の食卓』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【原作】
椰月美智子
【監督】
瀬々敬久
【キャスト】
菅野美穂、高畑充希、尾野真千子、外川燎、柴崎楓雅、阿久津慶人、和田聰宏、大東駿介、山口紗弥加
【作品概要】
『楽園』『糸』の瀬々敬久監督が、椰月美智子の同名小説を映画化。
主演に菅野美穂、共演に高畑充希、尾野真千子を迎え、“石橋ユウ”という同じ名前の息子を育てる3人の母親たちの物語を描きます。
映画『明日の食卓』のあらすじとネタバレ
とある母親が、息子の「ユウ」に怒りをぶつけています。母親が「ユウ」を壁に叩きつけると、「ユウ」は倒れ込み、動かなくなってしまいました。
あすみ
静岡在住の専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子)は、小学五年生の息子の優、家族思いの夫・太一と、幸せな家庭を築いていました。優は聞き分けがよく、利発で、あすみにとって天使のような存在。
同じ敷地の別宅に義母も住んでいますが、お互い干渉しあわず、適切な距離で接しています。
あすみは、通っている書道教室で、菜々という女性と親しくなり、彼女とのランチやティータイムを楽しむようになりました。
あすみには気がかりなことがありました。それは、優のふたりのクラスメイトのこと。ひとりは、優と親しくしているというレオン。
もうひとりは、気に掛かる言動が多い光一。授業参観中も歩き回ったり、優の背中をつついたりしていました。
家庭訪問で担任に相談しても、クラス内で問題はないと言われます。
ある日、田舎からあすみの父が遊びにきます。大震災の被災地に暮らしている父は、除染作業の仕事をしていますが、足が悪く、生活も豊かではないようです。父は放射能のことを「悪いものが目に見えればいいのに」と言い、帰っていきました。
あすみの家に、レオンの母から電話があります。レオンが優にいじめられていると言うんです。
次の日、泣きながらやってないと訴える優のことを、あすみは信じます。放課後、レオンが家に遊びに来て、仲の良さそうなふたりの姿にあすみは一安心。レオンの母からも、レオンをいじめていたのは光一だったと電話がありました。
そんないきさつをカフェで奈々に話していたところ、見知らぬ女性から水をかけられ「あんたの息子は悪魔だ」と罵られます。レオンの母でした。
あすみは学校から呼び出しを受け、担任と優が待つ教室へ向かいます。
留美子
東京に住むフリーライターの留美子(菅野美穂)は、小学5年生の長男・悠宇と、次男の巧巳という、やんちゃ盛りのふたりの息子の子育てにてんてこ舞い。
夫の豊はカメラマンとして仕事が忙しく、家事や育児には協力せず、まるで3人目の息子のよう。
留美子は育児のドタバタをブログに書き留めています。そこには「静岡に住むユウくんママ」からのコメントがあり、同い年の男児を育てているのに、穏やかに暮らしている様子が書かれていました。
ブログの人気もあり、少しずつライターの仕事も増えてきた留美子とは対照的に、豊は雑誌の仕事を失い、昼間から家で酒を飲み、怠惰に過ごすように。
豊に家事や子どものことを頼んでも、留美子が思うようには動いてくれず、お互いにストレスが溜まっていきます。
加奈
大阪に住むシングルマザーの加奈(高畑充希)。若き日に夫と別れた彼女は、朝と夜はコンビニ、昼はクリーニング工場で働いています。
コツコツと返済してきた借金もまもなく完済。加奈は、息子の勇のため、がむしゃらに働き、勇の前ではいつも笑顔で元気に過ごしていました。
ですが、勇は、母が本当は無理をしていることを知っており、素直に甘えられなくなってしまっていたんです。
ある日、勇の担任の先生から呼び出しを受ける加奈。クラスメイトの西山の給食費が無くなって、それが勇の机から出てきたんだそう。
担任の先生は勇を疑っているわけではなく、西山の自作自演だと言います。
西山の母もシングルマザーで、デリヘルで働いていました。加奈は勤務先のコンビニで、若い男と買い物をする西山の母を見かけたことがありました。
西山からの嫌がらせはいままでも何度もあったものの、勇は加奈を気遣うあまり、相談できずに抱え込んでいたんです。担任は、忙しいのはわかるが勇にもう少し寄り添うように伝えます。
映画『明日の食卓』の感想と評価
世間のイメージである「良い母親像」や、自分の中の理想と現実のギャップで苦しんでいる方はとても多いんではないでしょうか。
「母親」である前にひとりの人間なのに、その個性すら潰されてしまう女性たち。パートナーであるべき夫にも、まるで母親か家政婦のように扱われてしまう女性たち。
そんな環境に潰されてしまったのが、本作に登場するあすみです。東北地方出身の彼女は、夫の実家、しかもそれなりに名のある家の隣に越してきて、誰も頼れる相手がいません。
しかも実家は貧しいようで、夫からの援助を受けているよう。そんな環境から、あすみは夫の顔色を常に伺って、彼の都合がいい言動しかできなくなっています。
さらに寄ってくる友人の奈々も、ちょっぴり言動がおかしい。初めて訪れたあすみの家のものに勝手に手を触れたり、自分の食べかけのクッキーをあすみに食べさせてりと、じわじわとあすみの領域を侵食していきます。
追い討ちをかけるように、優の本性が発覚。理想の夫も、理想の義母との距離感も、理想の友人も、理想の息子も、全て幻想だったと知った彼女は、やっと逃げずに現実の息子と向き合います。
原作では、現実から目を背けたまま、宗教に心酔していったあすみですが、映画ではあすみの成長が描かれたことで、希望の光が差し込むラストとなりました。
エネルギッシュなイメージの強い尾野真千子が、抑圧された演技であすみ役と向き合います。現実から目を背けるために少しづつ正気を失っていくものの、最後には現実に戻ってくる過程を鮮やかに演じました。
あすみと対をなすのが加奈。たったひとりで世間と戦ってきた加奈を、高畑充希が情感豊かに体現します。
互いに愛し、思い合うからこそ、自分のことを後回しにしてしまう加奈と勇の似たもの親子の姿は、健気で胸を打ちます。
ずっとおしゃれに無頓着だった加奈が、ラストシーンでまとった黄色いワンピース姿はとても眩しく、やっと自分のために服を新調できたというさりげない描写にもグッときました。
亡くなってしまった「ユウ」の母を演じたのは大島優子。大島優子はチャームポイントである笑顔を一切封印し、帰らぬ息子への愛情と後悔を滲ませます。
そして、4つの「石橋家」を繋ぐのが留美子。彼女の子育て鬼母ブログに、あすみも、加奈も、耀子も励まされてきました。
一見、幸せな家庭を持って、仕事も順調な留美子ですが、家庭内はボロボロ。夫との関係も思わしくなく、息子の悠宇が何かを訴えかけても、話を聞く余裕すらありません。
そんな留美子を、自身も育児中である菅野美穂が切実に演じます。菅野美穂の持つ柔らかな雰囲気が、留美子の激しさを中和させ、本作に軽やかなリズム感を与えていました。
まとめ
自宅で過ごす時間が増えたことにより、家庭内の暴力が増えているといいます。本作は、虐待だけでなく、ワンオペ育児の限界、シングルマザーの困窮など、目を背けてはならない社会問題を真正面から切り取り、観客の心に問いかけます。
これはあなたにも起こりうることではないですか?と。
女優陣のリアリティ溢れる息遣いを感じて欲しい一作です。
映画『明日の食卓』は、2021年5月28日(金)より全国ロードショー。