ドキュメンタリー映画『想像』は2021年5月28日(金)よりアップリンク吉祥寺にて、29日(土)より横浜シネマ・ジャック&ベティにて劇場公開!
東京ドキュメンタリー映画祭2020でも上映された映画『想像』は、演出家・岡田利規が主宰する演劇カンパニー「チェルフィッチュ」の代表作『三月の5日間』リクリエーションの創作過程をカメラが追った作品です。
オーディションにて選ばれた7人の役者の1人・板橋優里に焦点を当て、彼女が本読みからパリ公演までの2年間にわたり“想像”によってパフォーマンスを豊かにしていく姿を、ミニマルに繰り返す手法を用いて描き出します。
このたび映画を手がけた太田信吾監督にインタビューを敢行。本作の制作を決意するきっかけとなった大きな出来事、役者として活躍する自身の経験を本作でどのように活かしたかなど、貴重なお話を語ってくださいました。
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実感させられた想像力に対する暴力
──映画『想像』は、演劇カンパニー「チェルフィッチュ」の代表作である戯曲『三月の5日間』リクリエーションの創作過程を約2年間追い続けたドキュメンタリーです。本作を制作されたきっかけは何でしたか?
太田信吾(以下、太田):本作の企画がスタートしたのは、2016年の年末です。僕はもともとチェルフィッチュに2010年から何作品か俳優として参加させていただいてきたのですが、2015年に『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』という作品に出演した時、海外ツアーの一環としてレバノンとパリで公演をする機会があったんです。
当時はISISのテロが大きな問題となっていた頃で、行く先々でテロの恐怖にさらされました。実際にレバノンの空港に到着した瞬間に自爆テロが起こりましたし、パリへ公演に向かおうとした時にも同時多発テロが発生しました。パリのバタクラン劇場が標的となり大人数の方が亡くなりました。
犯人が逃走を続ける中、僕たちはパリの劇場で舞台公演を行うという状況に直面しました。その時僕は、テロという行為は、恐怖心を与えるという意味で人間の想像力に対する暴力だと思い、それに演劇はどう抗えるのかということを考えるようになりました。
そんな中でテロに屈したくないという想いが大きくなり、より演劇の魅力を映画を通して描きたいと思いました。
たまたまその時期に、岡田さんたちが『三月の5日間』を再演するということを知って、オーディション段階から撮影ができるというのもタイミングとして非常に良いなと思ったので、僕のほうから今回の映画の提案をさせてもらいました。
当初の着地点とは全く違うものへ
──本作は、一人の俳優が同じセリフを何度も繰り返し言う場面を映し出していきますが、当初からこのような手法を考えていたのでしょうか?
太田:もともとは全く違う角度で描くことを考えていましたが、撮影が終わった後に映画をどのような構成にしていくか、岡田さんとディスカッションをした中で出てきたアイデアでした。
先ほど触れたレバノン・パリでの公演は、参加した当事者として痛ましい思い出だと感じています。ですがテロから2年が経ち、そうした負の思い出があるパリの地に、作品は異なれど同じ演劇カンパニーが戻っていく過程を描くことで、個人的なトラウマから脱却できるのではないかという想いを抱いたんです。
もともとはその過程を基にした構成を想定していましたが、演劇が持つ可能性を考える上で、ナイーブすぎると途中から思うようになりました。
『三月の5日間』のリハーサルが始まり、24歳以下の若い役者たちが加わったことで、彼らが芝居に取り組む姿勢を撮っていくことがすごくドラマチックになると考えたからです。
クリエーションの現場で起きているさまざまな出来事を撮ることにシフトしていきました。ですから今回公開するバージョンは、当初考えていた着地点とは全く違うものになっているのです。
戯曲『三月の5日間』を知らない方にも分かりやすい形に
──本作では舞台の出演者の1人・板橋優里さんに焦点を当てていますが、そのようにされたのはなぜでしょうか?
太田:撮影の段階では、役者全員を同じように撮影しました。ですからどのような形でも構成できる状態だったのです。
板橋さんに焦点を当てたのは、演技が魅力的であるということはもちろんありますが、単純に舞台の第1場に登場していたからです。彼女は物語の説明的なセリフを言いますから、『三月の5日間』を知らない方にも分かりやすい形になると思いました。もちろん撮影していくうちに、彼女の演技に変化が感じられたというところもあります。
今回はいわば「板橋バージョン」を公開させていただきますが、他の俳優の皆さんもとても魅力的でしたので、今後もしチャンスがあるのであれば、すべての役者のバージョンを作らせていただく機会を作れたらとも思っています。
「現実があっての演劇」を映画でも伝える
──若き役者の成長を描く中で、時折イラク戦争について語るアメリカのブッシュ元大統領の記録映像が挿入される演出が印象的でした。その狙いについて、教えていただけますか?
太田:『三月の5日間』は、アメリカ軍がイラク空爆を開始した日を間に挟んだ5日間における、数組の若者たちの行動を語る戯曲です。『想像』は、役者がパフォーマンスを立ち上げていく過程にまつわるドキュメントですが、そこで描かれている舞台の内容やテーマなども観客の方々にふと思い出してほしいと考え、ブッシュ元大統領の映像を入れました。観ている方が我にかえる効果を狙ったのです。
僕たちがパリとレバノンで公演をした時、客席で観客がいすを座り直した際に出るきしんだ音が劇場内に響くことがありました。そんなちょっとした物音にもゾクっとして、役者たちは絶対に客席を見てはいけないにも関わらず、そちらに意識をとられてしまいました。まさに現実と舞台が拮抗していたのです。
『想像』では舞台上でパフォーマンスを立ち上げようとしている役者だけでなく、戯曲の背後にはイラク戦争で命を落とした人や兵士、当時を生きた人たちの存在があるので、それがあっての演劇なんだということをきちんと示したいと思ったわけです。
『想像』で映画や芝居をより楽しめるように
──太田監督の今後の目標は何でしょうか?
太田:僕が作った映像なり芝居なりを観た方が単純に「面白かった」と思うだけでもいいんですが、観た方が自分の日常へと持ち帰り、一歩動き出すことにつながる作品を作っていきたいと思っています。
役者としては、6月にKAAT神奈川芸術劇場で上演予定の舞台『未練の幽霊と怪物』に出演させていただきます。能の構造を借りた現代劇なのですが、今回、能への理解を深めて俳優としても新境地に行きたいと思ってます。
あとは今夏テレビ放送される、コロナ禍に制作した連続ドキュメンタリー番組で演出を担当しています。役者としての仕事はもちろん、ドキュメンタリーや映画を通じて、現代社会にオルタナティブな問いを投げかけ続けていきたいと思っております。
──改めて『想像』の見どころをお願いいたします。
太田:地味だけれども、非常に繊細で奥深い役者たちの営み、想像力を持つことがいかに演技を育むのかということを知ってもらうことで、よりドラマや劇映画、芝居を楽しむ度合いが高まると思います。さらに言えば日常生活で演技をしていない人なんていないと思いますので、演劇に関心のない方でも、何かしら持ち帰っていただける映画になっていると思いますので、ぜひ多くの方に観ていただきたいです。
インタビュー/咲田真菜
太田信吾監督プロフィール
1985年生まれ、長野県出身。映画監督・俳優。
『卒業』でイメージフォーラムフェスティバル2010にて優秀賞・観客賞を受賞。7年間の制作期間を経て完成させた初長編ドキュメンタリー『わたしたちに許された特別な時間の終わり』は山形国際ドキュメンタリー映画祭2013で上映された後、世界12ヶ国で配給された。2014年には『解放区』が第27回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門に選出された。
俳優としても舞台・ドラマ・バラエティなどに多数出演。また2017年には、韓国のソウル市立美術館で初のインスタレーション作品を発表した。
映画『想像』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・製作】
太田信吾
【出演】
板橋優里、岡田利規 ほか
【作品概要】
世界的に注目される演劇カンパニー「チェルフィッチュ」の作品創作を追ったドキュメンタリー作品。2005年に第49回岸田國士戯曲賞を受賞したチェルフィッチュの代表作『三月の5日間』の再演に挑むオーディションで選ばれた7人の俳優のうち、1人に焦点を当て、本読みからパリ公演までの2年間をカメラが追います。
小道具やセットを極力配したシンプルな空間で、俳優が想像だけを武器にパフォーマンスを豊かにしていく過程を、ミニマルに繰り返す手法を用いて描いていきます。
監督は『わたしたちに許された特別な時間の終わり』『解放区』の太田信吾。
映画『想像』のあらすじ
世界的に注目される演劇カンパニー「チェルフィッチュ」。
同カンパニーの演出家の岡田利規は、役者自身による「想像」という営みを重要視し、観客のイマジネーションをも膨らませる豊かなクリエーションへを生み出すことを試み続けています。
映画『想像』はチェルフィッチュの代表作『三月の5日間』のパリ公演に向けてのリクリエーションを通じて、若き役者たちの「想像」の過程とその成長を2年間にわたって追います。
小道具やセットを極力排したシンプルな空間で、俳優が「想像」だけを武器に充実したパフォーマンスを繰り広げるまでの過程は、「他者への想像」が希薄化した現代に痛烈な批評性をもって作用することになるでしょう……。