あおり運転から始まった現代人の憤怒調節障害のスリラー『アオラレ』。
『幸せがおカネで買えるワケ』(2009)のデリック·ボルテ監督が手掛けた映画『アオラレ』は、2020年にアメリカで公開された犯罪サイコスリラーです。
本作は、たった1回のクラクションで怒りが爆発した男に狙われた主人公が最悪のあおり被害を受けるという、テロともいえる日常生活での恐怖を描いています。
主演に『ロビン·フッド』のラッセル・クロウを迎え、『スロウ・ウエスト』のカレン・ピストリアス、『ライト/オフ』のガブリエル・ベイトマンなど、若手実力派俳優陣が出演。
現代人の疎外、あおり運転、ストレス精神状態から狂った人間の姿を描き、恐怖、緊張、没入感を深めさせ、さらにどんでん返しも豊富に盛り込まれています。
また、クラクションや無視も許せない憤怒調節障害の現代人の姿を表した作品です。
映画『アオラレ』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Unhinged
【監督】
デリック・ボルテ
【キャスト】
ラッセル・クロウ、カレン・ピストリアス、ガブリエル・ベイトマン、ジミ・シンプソン、オースティン・P・マッケンジー、ジュリエンヌ・ジョイナー、スティーヴン・ルイス・グラッシュ、アン・レイトン、マイケル・パパジョン、ルーシー・ファウスト、デヴィン・タイラー、シルビア・グレイス・クリム
【作品概要】
世の中の鬱憤の溜まるストレス社会を背景に、クラクションで酷い目に遭う衝撃のスリラー『アオラレ』。
本作は、先に公開されたイギリス、オーストラリア、ドイツ、オランダ、ニュージーランド、ウクライナ、リトアニア諸国で興行収入1位になった映画です。
『ロビン・フッド』(2010)のラッセル・クロウが悪役トム・クーパーを熱演し、『スロウ・ウエスト』(2015)のカレン·ピストリアス、『ライト/オフ』(2016)のガブリエル・ベイトマンなど、若手実力派俳優陣が出演。
進むほど極端にドキドキする展開、それに殺意溢れるオーラを発散するラッセル・クロウの極悪非道な演技といった要素が上手く調和しています。
映画『アオラレ』のあらすじとネタバレ
大雨が降っている真夜中、ある家の前に一台の車が止まっていました。
車に乗っているのはトム。服用薬を飲むと指の結婚指輪を外し、マッチに火を点けて何かを考えています。
そして、片手にハンマー、もう一方の手には石油ボンベを持ち、目当ての家に向かって行きます。
ハンマーでドアを壊し、この音によって上階から降りて来た2人の男女を殺したトムは、石油を家の中にまきました。
車に戻り、興奮状態の自分を落ち着かせるトム。その後、石油をまいた家が大きな炎に包まれて爆発すると、家を後にして逃げました。
夫と離婚裁判中のレイチェルは、息子のカイルと弟のフレッド、その恋人メアリーと暮らしています。
ある日の朝、レイチェルの離婚弁護士であるアンディが、夫の要請をレイチェルに伝えるために電話をかけてきました。
電話に出るレイチェルを、カイルは学校に遅れてしまうと急かします。
レイチェルの準備を待つカイルの横では、フレッドが母親とテレビ電話をしています。カイルは、テレビで昨夜起きた火事のニュースが流れるのを見ていました。
しかし、母親とテレビ電話を切ったフレッドが、ニュースで火事が起きた家の隣人が容疑者について話すところで、テレビを消してしまいました。
準備が整ったレイチェルとカイルは、家の前で同じく子供を学校に送る隣人と挨拶を交わし、急いで学校へと向かったのですが、道路はすっかり渋滞していました。
「高速道路で行けばすぐよ」と言うレイチェルに、カイルは「高速道路で行きたくない」と言います。
他に道はないか調べさせるため、レイチェルはカイルに携帯電話を渡しました。
レイチェルの携帯電話にはロック画面がないので、「用心の為に暗証番号を入力しないと」とカイルは注意しますが、レイチェルははぐらかします。
なかなか車が動かない状況に耐えられないレイチェルは、高速道路へ向かいました。
その時に父親から電話がかかって来て、嬉しそうに電話を受けるカイル。しかし、仕事のため一緒に外出する約束を守れないと言う父親にカイルは落ち込みます。
一方のレイチェルは、高速道路も混んで車は動かず、カイルとの約束を守らない夫にもイライラが募り出します。
そんな時、職場から電話があり、頻繁に遅刻するということでレイチェルは解雇されました。
怒ったレイチェルは、「車が多いせいよ」と言いますが、「ママも朝寝坊したじゃん」と言うカイル。
それを認めるレイチェルは、カイルに今解決すべき方法を聞きます。
「高速道路を降りて街に出れば良い」と言う彼の言葉に従い、高速道路から降りたレイチェルの車は、赤信号で停車中の車の後ろで止まりました。
しかし、青信号に変わったのに前の車は動こうとしません。レイチェルはクラクションを鳴らしました。
2回鳴らすも前の車は動きません。怒ったレイチェルは、前の車を横切りながら、再びクラクションを鳴らして車を走らせます。
発進してすぐに赤信号で止まったレイチェルに、先程の車が近付いて来て横に止まります。その車の運転手はトムでした。
トムは、カイルを見て窓を下ろすようジェスチャーします。
窓を下ろしたカイルに、トムは「何故クラクションを鳴らしたのか」と聞きます。
「青信号になったのに行かないから」と怒るレイチェル。その言い分に、トムは自分が暫くぼんやりしていたと謝り、レイチェルにも謝罪を求めました。
しかし、「謝ることはない」と言うレイチェル。その態度に怒りが爆発したトムは、「最悪の一日を経験させてやる」と目付きが変わりました。
青信号になったので車を発進させたレイチェルですが、トムの車はレイチェルの車の前を横切って止まり、トムは彼女を睨み付けます。
何とかその場から逃げ切ったレイチェルは、違う道を利用してカイルを学校まで送り届けました。
そしてレイチェルは、アンディに電話をかけ、あるレストランで20分後に会う約束をします。
そこへ行く途中でガソリンが切れてしまったため、レイチェルはガソリンスタンドに寄りました。
携帯電話を車内に置いたままコンビニに入ったレイチェルが車に戻ろうとすると、トムの車がレイチェルの車の後ろにいました。
自分を見るトムの姿に不安になるレイチェル。それを見た店員と客の若者は不思議がります。
大丈夫なのかと声を掛けた店員に、レイチェルはさっきあった出来事を話しました。
あおり運転のようだとわかると、客の若者が「一緒に出て行ってあげる」と言い、レイチェルはその言葉に甘えます。
レイチェルをガードしながら車まで同行して車を発進させた若者は、トムに向かって「早く行け」と言い、怒ったトムはその若者を車で轢きました。
その音に驚いたレイチェルは、携帯電話を探しますが見当たりません。仕方なく走行しましたが、そのレイチェルの車の後にトムの車が走ります。こうして、レイチェルとトムの追撃戦が始まりました。
途中、窓越しにレイチェルの携帯電話を見せてきたトムに、レイチェルは驚きます。その時、前方から来たトラックをかわしたレイチェルは、上手くトムとはぐれました。
映画『アオラレ』の感想と評価
本作はストレスの極限に達した現代人が、クラクション一つで殺伐とした狂人になっていく姿を描いています。
人々がストレスを受けることから憤怒調節障害が生じて攻撃的になるのは、社会の問題であり、政府の問題であり、公権力の問題となります。
本作では、その原因として日々のストレスは格差社会によるものではないかという描写があり、テーマ自体が魅力的で素晴らしかったです。
ニュースを通じて、あおり運転手や、乗客が運転手に暴行を加える事件を時々目にします。
けれども、最近は理由もなく憤りに満ちた彼らの理性を失った行動による事件が多く、あまりにも切ない現代人の姿を浮き彫りにしています。
例を挙げれば、学校ではマニュアル順序を重視する教師、通報したのにすぐ動かない警察、目の前で人が死んだのに、誰一人近づかず見物してやがて逃げていく民間人など。
人の命がかかった危険な状況であるにも関わらず、知らんぷりを決めつける人々のなんと多いことでしょう。
そんな姿を批判するためにも、この映画の意図があったのではないでしょうか。
トムの憤怒調節障害
憤怒調節障害とは、衝動制御障害の一種で間欠性爆発障害であります。これは、怒りと関連した感情の調節が出来ない症状のある病気です。
理性的に調節出来ない状況が、間欠的な攻撃衝動で爆発するのです。
この病気は青少年期に始まり慢性疾患として固着し、患者の大部分が憂鬱障害、不安障害と共に症状が現れ、アルコール中毒にも繋がりやすいもので、衝動的怒り爆発型と習慣的怒り爆発型に分けられています。
さらに、対人関係で深刻な状況に直面し、最悪の場合には、暴力や殺人のような偶発的で極端な事件を起こすこともあるので、注意しなければならない病気です。
ただ、単に直接的な相手にだけ怒りを爆発させることは、憤怒調節障害ではありません。
病的な憤怒調節障害は、相手が誰であれ憤りを抑えることが出来ないほどに怒りを爆発します。
これは瞬間的に機能停止状態になって判断能力を失い、相手に対する思いを受け入れる余地がなくなるためで、非常に危険な状態となる病気なのです。
犯罪行為の要因
大抵の犯罪者には罪に対する責任があり、犯罪を犯したのは確かに罰せられるべきことです。ただし、犯罪者が犯行を行う背景にどんな環境があれば犯罪者が罪を犯す心を持たせてしまうのか、と疑問が残ります。
正当防衛の場合を除き、どんな場合でも犯罪者の行動が正当化されることは出来ません。
しかし、事件の記事で犯罪者たちが陳述した部分を見ると、そこには家庭内暴力にあったり、校内暴力やいじめを受けたり、親が子供を疎かにしたり、常習的に無視されたりして、偶発的或いは計画的に実行したという言葉がよく見られます。
相手のことを配慮出来ず、悪い言葉を吐き出し、無視することによって、見えない凶器で人の心を傷つけます。
それにより、心に傷を負った人々は、仕返しのために犯罪行為という間違った方向のケアを受けてしまうのでしょう。
俳優陣の演技力
本作のために、ラッセル·クロウは大柄な体作りを成し遂げています。
ベテラン俳優として、悪役の演技をこなしているラッセル·クロウですので、さすがに恐怖心を与えてくれます。思わず目をそらしてしまうほどの恐ろしい彼の目つきと表情。その姿は威圧的な存在でした。
特にレストランのシーンでは、接し難い存在感のある彼と弁護士の間には、誰もが入り込めない臨場感を身をもって体感させてくれました。
さらに、元妻の不倫により彼女と不倫相手を復讐心で殺害したことや、アンディの離婚弁護士という肩書きに自分の経験を重ねたことから生じた怒りで殺害する狂人を、彼は立派に演じてくれました。
また、レイチェルを演じたカレン·ピストリウスにも目を奪われますが、個人的には、カイルを演じたガブリエル·ベイトマンの演技に魅了されました。
『ライト/オフ』(2016)や『チャイルド·プレイ』(2019)でも脅える役どころの彼は、今やジャンル演技に精通したようで、自然な顔表情と演技で「カイル」になりきっていました。
まとめ
映画『アオラレ』は、失うもののない狂人の男性の暴走が恐怖感と緊張感を与え、小さな事件が大きな結果をもたらしてしまうことを示しました。
映画は極端な状況を想定したものですが、あおり運転は周りでよく見られます。
自分が出遭った相手がどういう状況に置かれているか分からないし、相手の復讐と憎しみがあれば予想外の恐怖を経験することになります。
それが頭に残って自分の運転習慣まで振り返るようになり、交通マナーに気付く面もあるため、安全運転を心がける機会にもなります。
人類は怒りを抑えて進化し、怒りを自制する文化を発展させ、怒りが極端に爆発する悪循環の輪を断ち切ることが重要なのです。マナーは人を作ります。
この映画はマナー運転、あおり運転に対する警戒心を呼び掛けますが、それだけでなく、安全運転をしなければならないという運転教育も含んでおり、また社会問題の教訓も得られます。
そして、劣等感で埋め尽くされたストーカーの実態を描いた、最高のホラー映画でもあると言えます。