上映拒否を乗り越え、ピンク映画の殿堂・上野オークラ劇場にて公開!
映画界などで活躍を目指す者が多く学ぶ大阪芸術大学。その学生たちが卒業制作として製作した作品が、堂ノ本敬太監督の『海底悲歌(ハイテイエレジー)』です。
卒業制作展の学外上映企画で紹介される映画の1本として、3月に大阪の映画館で上映されるはずでした。しかし関係者の尽力にも関わらず突然上映することができない事態に見舞われます。
しかし優れた完成度を持つ作品を惜しむ人々の力により、ピンク映画の老舗・上野オークラ劇場にて急遽公開されることで話題となりました。
今もっとも注目を集めるインディーズ・ピンク映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』を紹介いたします。
CONTENTS
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・編集】
堂ノ本敬太
【脚本】
松田香織、堂ノ本敬太
【スタッフ】
佐藤知哉(撮影)、山村拓也(照明)、宮下承太郎(美術)、鵜川大輝(録音)、松井宏将(特機)、近藤綾香(衣装)
【出演】
燃ゆる芥、長森要、生田みく、住吉真佳、小林敏和、波佐本麻里、フランキー岡村、四谷丸終、桜木洋平、佐野昌平、中岡さんたろう、伊藤大晴、川瀬陽太
【作品概要】
大阪芸術大学の卒業制作として製作され、Daigei Film Award2021 IMAGICA賞受賞した作品です。
カナザワ映画祭「期待の新人監督」2020で、最終審査対象作4作品の中の1本に選ばれた『濡れたカナリヤたち』(2020)の堂ノ本敬太監督作品。『濡れたカナリヤたち』は「期待の新人監督」2020で、審査員からもっとも商業映画に近い作品だと高く評価されました。
しかし堂ノ本監督は、中編ピンク映画でもある『濡れたカナリヤたち』を不完全燃焼であったと感じていました。そこで前作の一部キャラクターの役名を引き継いで、新たに完成させた長編映画こそ『海底悲歌(ハイテイエレジー)』です。
前作に引き続きカメラの前で体当たりで演じる、燃ゆる芥が主演。ピンク映画やアダルト作品で活躍する生田みく、そしてピンク映画のみならず自主映画から大作まで、ボーダーレスな活動で知られる川瀬陽太が出演した作品です。
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』のあらすじとネタバレ
高校教師の退職し、今は生まれ故郷の奈良県・天川温泉でコンパニオンとして働く伊藤文乃(燃ゆる芥)。彼女は父の義昭(川瀬陽太)とアパートで暮らしています。
アルコール中毒で自堕落な生活をしている義昭は、自分の娘を亡き妻と重ねているのでしょうか、当たり前の様に文乃の体を求めて迫り、強引に行為に及んでいました。
ある日座敷に呼ばれるコンパニオン仲間の梨奈(生田みく)。彼女はビジネスとして積極的に体を許す女ですが、彼女が客と関係を持っている最中に遅れて文乃が現れます。
おかげで行為を中断させられた梨奈は、文乃による営業妨害だと詰ります。体を許すのは禁止行為だ指摘する文乃に対し、売り上げの邪魔になる余計なお世話だと反発する梨奈。
体を売るのは皆がやっている行為だと彼女は指摘します。梨奈はかつて文乃の教え子でした。今も教師のように振る舞う文乃にこの仕事には向いてないと告げて、梨奈は怒って立ち去りました。
1人で夜道を歩き、送迎車へと向かう文乃。車の中にドライバーの姿は無く、どこからかピアノを奏でる音が聞こえてきます。その音に誘われた彼女は、廃屋の中の音楽室で演奏している木村(長森要)に気付きます。
今は送迎車の運転手をしている木村も、かつての彼女の教え子でした。今は教師を辞め、この温泉町で働いていると告げる文乃。
木村は高校では問題を起こすと、音楽室に逃げ込み1人演奏に耽っていた生徒でした。かつて親しい間柄であった文乃に、なぜこんな仕事をしているのか問う木村。彼女は父を世話して暮らすのに都合の良い職も無く、やむなくコンパニオンとして働いていると認めます。
一方の木村も音楽の道に進まず、なんとなくドライバーの職に就いていました。そんな元教え子に今後も自分のために、ぜひ演奏を聞かせて欲しいと告げる文乃。
翌日木村は梨奈に、自分に送迎させないよう文乃の存在を隠していたと指摘します。今も文乃を綺麗だと語る彼の言葉を聞いて、やはり会わせるのでは無かったとつぶやく梨奈。彼女は木村に対して密かに、熱く恋焦がれている様子です。
梨奈と木村は高校時代、文乃が担任の同級生でした。そんな2人に送迎ドライバー仲間の先輩は、文乃は実の父と関係を持つ女で、金持ちの男目当てにコンパニオン業を始めたと教えました。
話を信じない木村に対して先輩は声を荒げますが、梨奈になだめられ引き下がります。だったら自分の目で確認しろ、と木村に告げる先輩。彼は渡された住所を手に文乃の家を訪ねます。
その家の窓を見ると、たしかに文乃の姿がありました。声をかけようとした木村は、彼女の体に背後からのしかかる義昭の姿を目撃しました。文乃も彼に気付いた様子でした。黙ったまま、怒りを露わにして去って行く木村。
梨奈と共に座敷に出た文乃は、客から強引に体を求められます。彼女は拒絶しますが、父に許している行為をしろと迫る客。梨奈は先輩から聞いた話を客に広めていました。金をバラまかれ、強引に体を奪われる文乃。かつての恩師の醜態を見て梨奈は満足します。
送迎待ちの先輩は同僚の木村に、年上の文乃より梨奈と付き合うべきだと勧め、そこに現れると彼女は客との行為を喜んでいたと報告する梨奈。先生など諦め、自分と付き合えと梨奈は木村に迫りました。
怒った様子で立ち上がった木村は、こんな町は嫌になったかと訊ねた梨奈に対して前から嫌だったと答えます。2人を振り切るように立ち去った木村。
木村がピアノのある音楽室に現れると、そこに文乃が待っていました。かつての教え子に、自分の父は認知症だと彼女は告げます。自分を母だと信じて迫ってくる父が哀れで、拒められないと文乃は打ち明けます。
自分のことを軽蔑したかと聞く文乃に、先生はそれで良いのかと木村は訊ねました。彼が今日の客との行為を知っていたと気付き、投げやりな態度で体を許そうとする文乃。
そんな姿を見せた彼女に、この町から逃げ出そうと告げる木村。そんな事は出来ないと文乃に告げられても、自分は諦めないと木村は答えます。
文乃が自宅に戻ると、テーブルにうつ伏せになって寝ていた父は、寝言なのか置いて行かないでくれ、と何度もつぶやきました。父が汚した床を掃除すると、彼女は日記帳に向かいます。
文乃がまだ幼く母親も健在だった頃、父の義昭は彼女に日記帳を渡していました。今彼女は日記に、こんな町出て行きたい、でも…と自分の胸の内を記していました。
翌朝眠っていた文乃に、彼女を妻と信じる義昭が迫ってきます。彼女は自分はこの町を出て行きたい、と訴えますが全く聞く耳を持たない義昭。
もう疲れた、好きにしてと告げると、諦めたように父に体を委ねる文乃。その時、アパートに木村がやって来ました。ブザーを押しても応答はありませんが、玄関が開いていると気付きます。
中に入った木村は、文乃と父親が交わる姿を目撃します。彼女を解放しようと義昭に止めるよう訴えますが、木村に殴りかかってしまう義昭。
文乃が彼をかばう姿を見て、義昭は2人の関係を疑い木村を殺すと怒鳴ります。思わず日記帳で父の頭を殴った文乃。彼女は自分は母では無いと叫び、何度も何度も殴りました。
動かなくなった義昭を前にして、木村は彼女に逃げようと告げます。彼は荷物をまとめると、文乃の手を引き車に乗り込み、2人で天川温泉の町を後にします…。
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』の感想と評価
情感をたたえて見せるピンク映画
公開までの経緯が話題となった『海底悲歌』。堂ノ本監督は前作の中編映画『濡れたカナリヤたち』でも、ピンク映画の一部分を切り取ったかのような、情感ある雰囲気を描いています。
自分が本格的に見るようになった映画が、たまたまピンク映画でした。自分は最初に出会った作品、つまり親の真似をして映画を作っているのだと思う、と語っている堂ノ本監督。
本格的な濡れ場シーンがあるものの、観客はそれより画面から俳優たちが演じスタッフが作り上げた、情感とけだるさや絶望感、そしてその先にある人間の強さを描く場面に心を奪われるでしょう。
1960年代に誕生した日本のピンク映画。やがてこの分野に大手映画会社も参入し、特に日活ロマンポルノと呼ばれた日活製作の成人映画は、様々な作品、特に人間の内側をさらけ出した、情念あふれる様々な傑作映画を生み出しました。
むろんそういった映画だけではありません。性描写のみならず暴力・政治的に衝撃的題材を描いた作品や、風刺やパロディを含むコメディ調の作品など、多様な映画が存在します。
予算や撮影期間は恵まれた環境ではなかったものの、俗に「〇分間濡れ場シーンがあれば、あとは自由に何をやっても良い」と呼ばれた製作環境が、多くのユニークな作品を生み若手監督の登龍門となるジャンルへと発展しました。
しかし80年代、ビデオの普及がアダルトビデオを登場させ、同時にピンク映画の影響力は衰えていきます。1988年には日活ロマンポルノの製作も終了しますが、その流れに抗うようにピンク映画は作り続けられます。
こういった歴史を持つピンク映画に挑んだ堂ノ本監督は、日活ロマンポルノやその影響を受けた以降のピンク映画の主流と言うべき、人間の本質を赤裸々に描いた作品を見事に完成させました。
むき出しの人間を描いてこそ語れる物語がある
本作の主演で、体当たりの演技を披露した燃ゆる芥さんは、『~カナリヤたち』のオーディションで選んだと語る堂ノ本監督。普段は緊縛師のモデルをされるなど、自らの肉体を駆使した表現活動を精力的に行っている人物です。
彼女は『~カナリヤたち』が初出演映画で、自分は俳優に指示を出さないタイプで素のままの彼女を撮った、彼女とはもう一度仕事をしたかったと、監督は本作への起用を説明しています。
長森要さんは監督と同期の芸大生で、演技志望で実績が学内で高く評価された人物。俳優としてピンク映画を経験したかったが、早くその機会に恵まれて嬉しいと話していたと語る監督。
住吉真佳さんはオーディションで選ばれた当時別の大学生で、ピンク映画がどういうものか知らなかったが、映画に出たいと考えた自分の気持ちに正直でありたい、と出演します。この映画に挑んでくれた、女性の方が肝が座っていると感じた、監督の正直な感想です。
金田敬監督(大阪芸大客員教授)が紹介してくれた、高原秀和監督の伝手で生田みくさんの出演が決定し、同じ金田監督の紹介で直接交渉し、俳優として憧れていた川瀬陽太さんに出演いただけた、と監督は起用の経緯を話してくれました。
これらの人物が赤裸々に演じる姿が、監督が描きたかった物語と重なりピンク映画らしいしっとりとした物語を生んでいます。これは今回本作を上野オークラ劇場での上映を認めた、ピンク映画の関係者たちも口をそろえて認めている事実です。
ポルノグラフィ、特に性的な映像・動画があらゆる場所に溢れた現在。ピンク映画は濡れ場だけでは成立できません。それを題材に描く物語こそが、作品に存在意義と作家性を与えています。
『海底悲歌』には確かに、ピンク映画を成り立たせる物語とそれを紡ぐ俳優たちの演技、映像の美が存在しています。ピンク映画ファンを自認する方が見ても、それは確実に伝わってくるでしょう。
まとめ
多くの大学関係者、ピンク映画関係者が優れた作品、このジャンルに対する愛のある作品と認めている映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』。
この映画に参加した多くの撮影スタッフも、過去のピンク映画などに敬意を込め製作しています。クライマックスとなる倉庫のシーンで、美術部が意識していた映画は石井隆監督の『ヌードの夜』(1993)だと、監督は教えてくれました。
物語全体よりもその一部を切り取って忌み嫌い、何かと表現が委縮しがちな現代。ピンク映画だからだと断罪される可能性を秘めていると言ってよいでしょう。
しかし生々しい人間の営みを通してこそ描ける物語があるのも事実です。表現を自粛するあまり、何か欠けた薄っぺらな表現だけが認められる世界は、決して健全なものではないでしょう。
製作現場で演者が不当に虐げられることが無い限り、ピンク映画というジャンルは作り続けられるべきです。そして監督を含む本作を手掛けた若い映画製作者は、それを許す古い体質の映画製作現場に、冷静かつ批判的な視線を向けている事を知る機会にも恵まれました。
これからもピンク映画は、新たな意識を持つ新世代の映画人を輩出するジャンルとして機能するでしょう。
堂ノ本監督は一連の出来事が夢のようで、まだフワフワした気持ちでいると語っていました。それはピンク映画に対する愛のある、誠実に作られた映画が起こした奇跡と呼んで良いでしょう。
ピンク映画ファンがこの作品をご覧になることと、この作品を通じピンク映画を知らなかった方々が、このジャンルに興味を持って頂けることを、心から望んでいます。
映画『海底悲歌(ハイテイエレジー)』は2021年4月23日(金)より上野オークラ劇場にて公開!