連載コラム「銀幕の月光遊戯」第75回
台湾ニューシネマの旗手として知られ、また、1989年の『非情城市』ではヴェネチア国際映画祭・金獅子賞に輝き、台湾映画初の世界三大映画祭のグランプリを獲得するなど映画史に残る数々の名作を生み出して来た名匠ホウ・シャオシェン(侯孝賢)。
「台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢デビュー40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集」にて、デジタル・リマスター版として劇場初公開されることとなった映画『風が踊る』(1982)は、ホウ・シャオシェンの監督第2作にあたります。
台湾のフォン・フェイフェイと香港のケニー・ビーという人気歌手が主演したロマンチック・コメディーで、ホウ・シャオシェンが台湾ニューシネマの第一人者となっていく前夜の、初々しくも鮮やかな作品世界が広がります。
『風は踊る』デジタル・リマスター版をはじめ、ホウ・シャオシェン関連作全22作品を一挙上映する「台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢デビュー40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集」は、2021年4月17日(土)~6月11日(金)まで新宿K’s Cinemaにて開催される他、全国順次公開されます。
映画『風が踊る』の作品情報
【公開】
2021年公開(台湾映画)
【原題】
風兒踢踏踩(英題:Cheerful Wind)
【監督・脚本】
ホウ・シャオシェン(侯孝賢)
【キャスト】
フォン・フェイフェイ、ケニー・ビー、アンソニー・チェン、メイ・ファン
【作品概要】
台湾の巨匠、ホウ・シャオシェンの監督第2作。デビュー作『ステキな彼女』 (1980)のヒットを受けて製作されました。主演のフォン・フェイフェイ、ケニー・ビー、チェン・ヨウをはじめ、企画と撮影のチェン・クンホウ、編集のリャオ・チンソンなどが前作に引き続き参加しています。共演は「童年往事 時の流れ」のメイ・ファンほか。
映画『風が踊る』のあらすじ
CMの撮影で澎湖島を訪れた女性カメラマンのシンホエは、牛に引かれた荷車に座って笛を吹く男の姿に魅せられ思わずシャッターを切ります。
撮影隊は、島の主婦相手に商売をしている男と交渉し、CMの商品を持たせて撮影をはじめましたが、そのすぐ側で先ほどの男が笛を吹いていて、カメラをじっと見つめているのに気付きます。カメラを見ないように注意をしに行くと、彼は目が見えないことがわかりました。
男はチンタイと名乗りました。撮影隊は彼にもCM出演を依頼。杖をつきながら、チンタイは懸命にCM出演をこなしました。
台北に戻ってしばらくたった頃、シンホエは街角でチンタイを見かけ走り寄ります。
公園に行きたいという彼を案内したシンホエは、チンタイが元研修医で2年前に交通事故で角膜を損傷し、視力を失ったことを知ります。
チンタイは故郷の澎湖島を離れ、今は台北で友人の家に滞在しながら、角膜手術ができる日が来るのを待ってました。
シンホエは、チンタイと出かけて街で写真を撮ったり、目の不自由な人に読み聞かせをする会で『カラマーゾフの兄弟』を朗読したりするうちに次第に彼と親しくなっていきます。
そんなある日、ついにチンタイに角膜手術の連絡が来ます。時を同じくしてシンホエは、テニスの試合に出場するため海外に行くことになった弟の代役で、台湾中部の村・鹿谷に教員として赴任することになりました。
手術が無事成功し、目が見えるようになったチンタイはシンホエに会いに鹿谷を訪れます。シンホエは想像していた通りの素敵な女性でした。2人は急速に距離を縮めていきます。
しかし、シンホエにはローザイという付き合いの長いボーイフレンドがいました。チンタイも2人が付き合っていることに気が付きますが……。
映画『風が踊る』の解説と感想
「都市コメディー」の中に現れる田舎の子どもたち
映画『風が踊る』は、ホウ・シャオシェンの監督第2作で、デビュー作『ステキな彼女』(1980)に続き、台湾の人気アイドル歌手フォン・フェイフェイ(鳳飛飛)と香港のトップスター、ケニー・ビー(鍾鎮濤)を主演に迎えたロマンチック・コメディーです。
彼の世代の多くの監督たちと同様、ホウ・シャオシェンも、流行歌が流れるアイドル映画からキャリアをスタートさせました。
映画は、軽快な歌声を響かせながら、澎湖島の風景を映し出すところからスタートします。澎湖島といえば、ホウ・シャオシェンの1983年の作品『風櫃の少年』の舞台となった場所。
そこでフォン・フェイフェイがカメラを構えて盛んにシャッターを切る様子が描かれています。
場面が変わると、今度は何人かの子どもたちが、爆竹でいたずらをしようとしている姿が比較的長いテイクで撮られています。
ところが、すぐに「カット!」という声がかかり、それがCM撮影であることが判明。意表をつく展開は子どもたちの企みにも似て、作り手のちょっとしたいたずら心を感じさせます。
フォン・フェイフェイは撮影隊のスタッフの一員であるクリエイティブな女性として、鮮やかな印象を残します。
撮影を終えると、彼女たちは、台北へと戻って行きます。本作で見られる台北の風景はエドワード・ヤンの1985年の作品『台北ストーリー』の風景に比べると、まだまだ牧歌的な雰囲気を感じさせますが、フォン・フェイフェイとボーイフレンドのアンソニー・チェン(陳友)のモダンな生活は、大都市における最先端でお洒落な「トレンディードラマ」的な展開を思わせます。
しかし、ホウ・シャオシェンはフォン・フェイフェイを代理教師として一時的ではありますが、台湾中部の村・鹿谷へと向かわせています。
前述した澎湖島での子どもたちが群れて走っている姿は、のちのホウ・シャオシェン作品に見られる「田舎の子どもたち」というお馴染みの風景を彷彿させましたが、鹿谷でも朗らかな子どもたちがフォン・フェイフェイを迎えます。
生き生きとした明るい「都市コメディー」として製作されたであろう本作の中に、後年のホウ・シャオシェン作品を特徴付けるものの萌芽を感じ取ることができるでしょう。
自由な女性像を描く
それにしてもなんと爽やかで、痛快な作品なのでしょうか。
視覚障碍者であるケニー・ビーの扱いに関しては、40年前という時代を感じさせる部分もありますが、視力を取り戻し、フォン・フェイフェイに急速に惹かれていくケニー・ビーの明るくアグレッシブな行動には、キラキラとした輝きが溢れています。
また、恋人たちが腕を組む様がこれほど溌溂としている作品もあまり他に見たことがありません。
そのようなラブコメ的な部分の面白さと共に、なんといっても素晴らしいのはフォン・フェイフェイの生き方にあります。
彼女は同居している香港人のボーイフレンドがいて、父親からは早く結婚するようにとせかされていますが、澎湖島で荷馬車に乗って笛を吹いていたケニ・ビーを見た瞬間から、彼に惹かれています。
道義的な観点からは二股をかけていることになりますが、そのあたりは結構、あっけらかんとしたタッチで描かれています。
果たして彼女はどちらの男性を取るのか、というトライアングル・ラブストーリーとしての面白さが本作のみどころのひとつであることは間違いありませんが、実は、彼女は恋の成就や結婚を人生の最終地点とはみなしていません。
誰もが何かに縛られて、大切なものを諦めたり、妥協したりすることがままある世の中で、この作品の主人公の自由な様は驚くほどです。
気難しい教員の意地悪なお小言をユーモアで返す逞しさも彼女は併せ持っています。そしてそんな彼女の生き方を認めることができる男性たちもまた、実に魅力的と言えるでしょう。
この作品が作られたのは40年前。民主化運動が広まりつつあった時代とはいえ、戒厳令下にあった台湾社会において、これほど明るく希望を持った女性の選択が描かれたことに驚きを隠せません。
まとめ
ホウ・シャオシェンは1947年中国・広東省梅県生まれ、1歳の時に家族と共に台湾に移住しました。
国立芸術専科学校の映画・演劇学科を卒業後、すぐにスクリプターとして映画関係の仕事をするようになります。
助監督や脚本などで経験を積んだ後、1980年代初頭には、カメラマンのチェン・クンホウと組み、監督初期三部作『ステキな彼女』(1980)、『風が踊る』(1981)、『川の流れに草は青々』(1982)を製作。
1983年には若手監督3人によるオムニバス映画『坊やの人形」の第一話を担当。その後、『風櫃の少年』(1983)、『冬冬の夏休み』(1984)、『童年往時 時の流れ』(1985)、『恋恋風塵』(1987)、『ナイルの娘』(1987)を発表。台湾ニューシネマの監督として高い評価を受けます。
1989年には「二・二八事件」に切り込んだ映画『非情城市』を発表し、第46回ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。国内でも大きな話題となり、大ヒットを記録しました。
その後も監督、プロデュースと精力的に活動を続け、2020年11月に開催された第57回金馬奨では、台湾映画での長年の功労を称え、名誉賞である「終身成就奨」を授与されました。
2021年4月17日(土)~6月11日(金)まで新宿K’s Cinemaにて上映されるなど、全国順次公開となる「台湾巨匠傑作選2021 侯孝賢デビュー40周年記念 ホウ・シャオシェン大特集」では、その軌跡を見ることが出来ます。