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Entry 2021/02/16
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映画『テスラ』感想レビュー評価と内容解説。エジソンが恐れた天才科学者の“人間”としての肖像|シニンは映画に生かされて28

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第28回

2021年3月26日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国順次ロードショーの映画『テスラ エジソンが恐れた天才』。

稀代の天才として知られながらも、今もなおその評価には孤高・異端・狂気という言葉がつきまとう「天才発明家」ニコラ・テスラの謎多き半生に、詳細な事実考証とそれに基づく独自解釈によって迫った作品です。

交流式電気モーターと発電システム、ラジオなどの原型となった無線トランスミッター、点火プラグなど、現在の社会に不可欠な発明をし、「発明王」ことエジソンにも《電流戦争》にて勝利したテスラ。

映画『テスラ エジソンが恐れた天才』は彼が掲げ続けた理想の本質、そして既存の「天才」像とは異なる「ひとりの人間」としての実像をシリアスとユーモア、芸術とドキュメンタリーをもって描き出します。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『テスラ エジソンが恐れた天才』の作品情報


(C)Nikola Productions, Inc. 2020

【日本公開】
2021年(アメリカ映画)

【原題】
TESLA

【監督・脚本】
マイケル・アルメレイダ

【キャスト】
イーサン・ホーク、カイル・マクラクラン、イブ・ヒューソン、エボン・モス=バクラック、ジム・ガフィガン

【作品概要】
現在の社会に不可欠な発明をし、「発明王」ことエジソンにも《電流戦争》にて勝利したものの、今もなおその評価には孤高・異端・狂気という言葉がつきまとう「天才発明家」ニコラ・テスラの謎多き半生に、詳細な事実考証とそれに基づく独自解釈によって迫った作品。

テスラを演じたのは、『6才のボクが、大人になるまで。』などでアカデミー賞に4度ノミネートされたイーサン・ホーク。シリアスとユーモア、芸術とドキュメンタリーをもって描かれるテスラの理想、そして人間としての実像をその身と魂によって体現した。

映画『テスラ エジソンが恐れた天才』のあらすじ

1884年に移民としてニューヨークへ訪れ、憧れのエジソンのもとで働き始めたテスラだが、直流か交流かで対立し訣別する。

独立したテスラは、実業家ウェスティングハウスと手を組み、シカゴ万国博覧会でエジソンを叩きのめす。時代の寵児となったテスラは、大財閥J・P・モルガンの娘アンと交流し、モルガンから莫大な資金を得て「無線」の実現に挑戦する。

だが研究一筋の繊細な心が、実業界や社交界と不協和音を立て始める……。

映画『テスラ エジソンが恐れた天才』の感想と評価


(C)Nikola Productions, Inc. 2020

なぜテスラは「電力」に執着したのか?

グラーツ工科大学でその着想を得たのち、友人と公園を散歩している最中に浮かび上がったというテスラによる二層交流モーター、そして「交流式」という新たな発電システムの発明。それは電力なくしては稼働不可能な現在の社会の基盤そのものとなり、まさに「未来の世界」を創造する発明となりました。

その後は無線通信に着目し、ついには「無線による世界規模の送電・通信システム「世界システム」の開発に没頭してしまうまでに「電力」と向き合い続けたテスラ。

なぜテスラは「電力」に執着し続けたのか。その理由は、テスラと互いの掲げた交流/直流式システムを巡って対立し続けた「発明王」エジソンの二人目の妻ミナ、そして当時の大銀行家J・P・モルガンの娘でテスラに惹かれた女性アンの作中での台詞が暗示しています。

「人間」として「光の満ちた国」を創造する


(C)Nikola Productions, Inc. 2020

エジソンがミナに「モールス信号」でプロポーズをする場面(このエピソードは彼の有名な逸話として知られています)の直前、本来は「牧師の息子」と結婚予定だったミナは、敬虔なキリスト教徒であり二人の結婚に反対し続ける、自身の母の言葉をエジソンに語っています。

母は地上の存在はちっぽけだと思ってる
母は“今の人生を終えれば光の満ちた国に行ける”
“永遠にね”と
(映画『テスラ エジソンが恐れた天才』作中より)

死によって地上から立ち去ることで辿り着ける「光の満ちた国」とは、無論「天国」のことを意味します。この一文からだけでも、テスラの父親もセルビア正教会にて司祭を務めていた、キリスト教における「光」の信仰の一端をうかがい知ることができます。

対して、アンが初めてテスラと出会い、交流モーターの性能を目にした場面にて、彼女は以下のような言葉をテスラや周囲の人々に語っています。

電灯を点けるといとこを感じるの
他界したのに
電流や明かりがあるから感じるのよ
その存在を…
(同上より)

かつて詩人の宮沢賢治が「因果交流電燈のひとつの青い照明」と表現したように、「電灯」によって感じさせられる「魂」の存在。「“電灯”=“電力がもたらす光”による魂との交信の可能性」について言及したアンの言葉は、幼い頃に自身以上の「神童」と称えられたものの、不慮の事故により亡くなってしまった兄の存在をテスラに想起させるものでした。

そしてキリスト教の聖典の一つ・旧約聖書の『創世記』1章3節には、神の天地創造における「光あれ」という有名な言葉が記されています。闇に包まれていた世界を光によって照らし出したその物語は、電力を用い「人間」として世界を照らし出そうとしたテスラの姿と重なります。

世界各地あらゆる時代に「雷神」が信仰されていた通り、本来は「人智の及ばぬ大いなる自然の力」「神の力」であった電気を「電力」として制御し、『創世記』の天地創造においても神が光と分かち残してしまった一切の闇をも照らし出す。テスラがその「神業」に執着し続けたのは、光/闇という抗い難い隔たりのように存在する、社会格差や人生の不平等を解消し、地上そのものを「光の満ちた国」とするためであったといえます。

しかし『テスラ エジソンが恐れた天才』はそうしたテスラの「理想」の本質を描く一方で、彼が自身の内に存在し続ける「心の闇」を掻き消そうとしていた、そして心の闇として搔き消したいと思いながらも、亡き母と兄の魂との交信を密かに想い続けていたという「弱き人間」としての実像も同時に描いているのです。

「Everybody Wants To Rule The World」


(C)Nikola Productions, Inc. 2020

しかしテスラの「神業」に基づく理想は、生涯に渡って潔癖症などの多様な強迫観念やノイローゼに悩まされていた、そして前述のような「心の闇」を抱え続けていた、「弱き人間」としての実像を持つ彼自身の心を蝕んでいきます。

そして何よりもテスラの心を蝕み、その理想を崩壊させた最たる原因の一つは、テスラが執着していた電力という世界に「自由」をもたらす力とは全く異なる、彼を取り巻いていた全ての人々が執着し手放せなかった世界に「不自由」をもたらす力……すなわち「権力」だったといえます。

なぜ人々はテスラが掲げた電力がもたらす自由ではなく、権力がもたらす不自由を選んだのか。その理由はもはや自明の理かもしれませんが、資本主義社会へと到達し「支配」の欲望がより一層肥大化した人々にとって、「支配」を成り立たせる第一の条件である「被支配者の不自由」は電力以上に社会に不可欠なものでした。

全ての人々が自由になったら、支配は失われてしまう。それは資本主義社会はもちろん、社会そのもののシステムの崩壊だけでなく、資本主義社会への到達によって人々の間で新たに設定された「幸福/不幸」の価値も崩壊することも意味していました。そして支配の欲望を知ってしまった人々にとって、そうした価値の崩壊は「死」を意味していました。

「Everybody Wants To Rule The World(誰もが世界を支配したい)」というあまりにも醜悪な人間の真実が、テスラの「魂」を蝕み、その形を変形・変質していく。

無常ともいえるその有り様からは、類稀なる頭脳・才能の有無に問わず、「理想」に一度でも惹かれ、しかし支配の欲望に耐えられなくなりそれを手放した誰もが、自身の「魂」を抉られるような痛みとともに、映画『テスラ エジソンが恐れた天才』の真意に気づかされるはずです。

まとめ


(C)Nikola Productions, Inc. 2020

映画『テスラ エジソンが恐れた天才』では作中にて、物語の語り部役も務めるヒロインのアン・モルガンをはじめ、映画の「外」である現実世界について触れたメタ発言/メタ演出が多数描かれています。

「スマホをいじるエジソン」はもちろん、映画のラストで描かれる、あまりにも奇妙奇天烈な演出には誰もが驚き、テスラが抱いた心情をより象徴的に表現するためとはいえ、開いた口が塞がらなくなるはずです。

そうした一連の演出が本作で用いられたのは、決して主人公であるテスラが、魂の摩耗により現実と空想の境を見失うことになっていく様をただただ描写するためではありません。

映画『テスラ エジソンが恐れた天才』の鑑賞する者たちが暮らしている現実世界こそが、テスラが自身の生涯と理想を捧げ、創造を目指した「未来の世界」=「“誰もが自由で幸福”であるはずの現在の世界」になり得るはずだったこと。そしてテスラが信じ続けた「未来の世界」はそれでも生き続けていることを、数々のメタ演出は示唆しているのです。

次回の『シニンは映画に生かされて』もお楽しみに。

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編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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