初の実話に挑んだ『ダンケルク』が9月に日本公開されたばかりのクリストファー・ノーラン監督。
『インセプション』『インターステラー』など数億ドル規模のヒットを連発しています。2008年の『ダークナイト』は全世界興行収入10億ドル超えの大ヒット。
公開当時、あの『タイタニック』や『ロード・オブ・ザ・リング』などに次いで世界歴代4位の記録を保持していました。『ダンケルク』もまた,興収5億ドル突破が報じられています。
CONTENTS
映画『ダンケルク』の考察のためにノーラン監督の過去作を知る
このようにヒットメーカーとしての地位を確立しているノーラン監督。しかし彼の作品はわかりやすい「大衆向け」の娯楽作品だとは言い難いものです。
むしろストーリーを理解するための努力を観客に求める、難解な作品づくりをしているかのようにも思えます。
迷宮のような作品を創造しながらも商業的な成功を収めるノーラン作品を“商業性と作家性の両立”と評価する声も聞かれるようになってきました。
それでは一体、クリストファー・ノーランの「作家性」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
彼の「作家性」はどのように観客を魅了するのでしょうか?
この疑問に答えるため,Cinemarcheではノーラン監督の全10作から5作品をピックアップ。作品を1つずつ考察していいき、彼の作品づくりに共通する特徴を明らかにしようと試みました。
すでに鑑賞した方にとっても,これから劇場へ足を運ぶという方にとっても,この記事が『ダンケルク』をより深く理解する参考になるかも?
クリストファー・ノーラン監督おすすめ5作品
1.メメント(2000)
2.プレステージ(2006)
3.インセプション(2010)
4.インターステラー(2014)
5.ダークナイト(2008)
ノーラン作品を理解する2つのポイント
①「時間」に注目する:「時系列パズル」と「伸び縮みする時間」
③まるで「数学的証明」のように論理の飛躍のない物語
1.映画『メメント』(2001)
映画『メメント』の作品情報
【公開】
2001年(アメリカ映画)
【原題】
Memento
【キャスト】
ガイ・ピアース、キャリー=アン・モス、ジョー・パントリアーノ、マーク・ブーン・ジュニア、ジョージャ・フォックス、スティーブン・トボロウスキー、ハリエット・サンソム・ハリス、ラリー・ホールデン
【作品概要】
主人公のレナード(ガイ・ピアース)は、自宅に押し入った強盗の手によって妻を強姦・殺害されたうえ、自身も脳に損傷を負い「前向性健忘」となる。
彼は事件以後に起こったことを、10分間しか記憶できなくなってしまったのだ。
そのハンデを克服するため,レナードは見聞きするあらゆる情報をメモや写真に記録し、時には自らの肉体にタトゥーとして刻みつける。そして妻を殺した犯人を探し出し、復讐を果たそうとするが……。
映画『メメント』の感想と評価
ノーラン監督の劇場公開第2作。当時まだ無名だった彼の名を一躍有名にしたのがこの『メメント』です。
その年のアカデミー賞では脚本賞など2部門にノミネートされました。そのラストの鮮烈さから、現在でも「オチがすごい作品」として挙げられることがあります。
原題の”Memento”とは英語で「形見」や「記念品」のことで,語源となったラテン語では「思い出せ」という意味を持ちます。
主人公が情報を写真やメモとして残すことを示唆すると同時に、「失われた記憶を取り戻したい」「犯人を知りたい」という彼の願いを表現しているのでしょう。
映画『メメント』の考察
『メメント』が斬新だったのがその構成です。ノーラン監督は,まるで動画を「巻き戻し」するかのようにこの映画を編集しました。
主人公の記憶力の限界である「10分間」に合わせ、ノーラン監督は時間を短く区切り,順番を入れ替え、最後に起こったことから最初に起こったことへと逆向きに再生していったのです。
このように「出来事の順番を入れ替える」という「時系列シャッフル」の手法が,以後のノーラン監督作の基本となります。
2.映画『プレステージ』(2007)
映画『プレステージ』作品情報
【公開】
2007年(アメリカ映画)
【原題】
The Prestige
【キャスト】
ヒュー・ジャックマン、クリスチャン・ベール、スカーレット・ヨハンソン、マイケル・ケイン、パイパー・ペラーボ、レベッカ・ホール、アンディ・サーキス、デビッド・ボウイ
【作品概要】
19世紀末のロンドン。「偉大なダントン」ことマジシャンのアンジャー(ヒュー・ジャックマン)が、瞬間移動ショーの最中に溺死。
殺人容疑で逮捕されたのはライバルのボーデン(クリスチャン・ベール)。彼もまた、瞬間移動ショーで名声を博すマジシャンだった。
2人は互いに,相手より優れたマジックを披露し、相手のトリックを暴いてショーを失敗させようと執念を燃やしてきた。
確執の原因となった事件とは一体何だったのだろうか?本当にボーデンはアンジャーを殺したのか?瞬間移動のトリックとは?
2人の回想録が、過去を解き明かす。
映画『プレステージ』の感想と評価
ノーラン監督第5作。原作は英SF作家クリストファー・プリーストの『奇術師』。
クリスチャン・ベールは『バットマン・ビギンズ』に続くノーラン作品の主役。瞬間移動ショーのトリックの秘密を握る実在の発明家ニコラ・テスラを、2016年亡くなったミュージシャンのデヴィッド・ボウイが演じている点も見どころです。
ヴィクトリア女王治世末期のイギリスを、美しく精密に再現した衣装やセット、小道具が高く評価され、アカデミー賞では美術賞を含む2部門にノミネートされました。
映画『プレステージ』の考察
ポイント① 「時系列パズル」
ポイント② 手品と映画の共通点:ノーラン監督は、なぜ複雑な物語を創造するのか?
①「アンジャーの回想」「ボーデンの回想」「現在」という3つの物語を細かく分割し、発生した順番を入れ替えるこの映画もまた,「時系列シャッフル」です。
なのでまず観客に要求されるのが出来事を発生順に並べ替えることです。
まるであたかも,バラバラのピースをつなげ1枚の絵を完成させるかのようです。
これは警察や探偵の捜査の手法と一緒。つまり『プレステージ』の真相を暴くということは、観客自身が探偵となって、「時系列パズル」を解き、「誰が、なぜ、何をしたか」という因果関係を説明することなのです。
すでに紹介した『メメント』、第3作の『インソムニア』、そして『バットマン・ビギンズ』でも、この「時系列パズル」を解かねばなりません。
受け身の姿勢でいてはノーラン監督が出題するパズルを解くことはできません。しかし積極性が要求されるがゆえに、得られる知的な興奮もまた大きいものとなる。
これがノーラン作品の魅力の1つかも知れませんね。
②さて,ノーラン監督はなぜ難解な「時系列パズル」を解かせるのでしょう?
そのヒントがこの『プレステージ』という作品には隠されているのではないか。そう考えました。
「プレステージ」とは,手品のパフォーマンスを構成する3つのパートの1つです。
冒頭のナレーションで説明されるのは、マジシャンが「①プレッジ」「②ターン」「③プレステージ」という順番で手品を披露することです。
ノーラン監督は、このような順番で披露される手品に,映画との共通点を見出したのではないでしょうか?というのも、ナレーションの中には「タネを探しても何も出てこない。観客は何も知らない。騙されていないのだ」というセリフも含まれているのです。
テレビでもしばしば手品のネタバレが放送されることがありますが、「あまりに単純なトリックなのに、どうして見破ることができなかったのかわからない」という経験をされたことはありませんか?
また同時に次のようなことも考えないでしょうか?「1度トリックのわかったマジックには、もはや見る価値などない」と。『プレステージ』の中でも何度も,様々な手品の種明かしが行われると共に、「トリックのわかったマジックには価値がない」という趣旨の発言がされています。
同じことが、映画など物語についても言えるのではないでしょうか。
「トリックのわかったミステリ映画に価値はない」と。ノーラン監督が危惧したのは,そのように観客に思われてしまうことなのではないでしょうか?
だからこそ「時系列パズル」によって物語を複雑にし,何度でも鑑賞してもらえる映画にしたい。これが監督としてのノーランの願いだったのではないでしょうか?
よくネタバレサイトをご覧になる方は,この考察をどのように思われますか?
3.映画『インセプション』(2010)
3.映画『インセプション』の作品情報
【公開】
2010(アメリカ映画)
【原題】
Inception
【キャスト】
レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙、ジョセフ・ゴードン=レビット、マリオン・コティヤール、エレン・ペイジ、トム・ハーディ、ディリープ・ラオ、キリアン・マーフィ、トム・ベレンジャー、マイケル・ケイン、ルーカス・ハース、ピート・ポスルスウェイト、タルラ・ライリー
【作品概要】
「夢」を共有する技術。妻殺害の容疑で国外逃亡した主人公コブ(レオナルド・ディカプリオ)の仕事は、この技術を利用してターゲットの夢に入り込み、「アイデアを盗む」ことだった。
そんな彼のもとに舞い込んだのが,大企業の社長からの依頼。
その内容は「指名手配の取り消し」を報酬に、ライバル社の御曹司の潜在意識にアイデアを植えつける、「インセプション」だった。
再び母国の土を踏み、その手で我が子を抱きしめるため,通常とは真逆のミッションを引き受けるコブ。
彼はチームを組み、夢の世界のルールを利用した綿密な計画を練る。そしてターゲットの夢へ深く潜り込むが、予期せぬトラブルが発生し……。
3.映画『インセプション』の感想と評価
本作もまた全世界で8億ドルを超える大ヒットを記録、アカデミー賞では作品賞を含む全8部門にノミネートされ、うち4部門で受賞を果たしています。
本作の見どころの1つがそのアクション。
夢の第1階層で車が回転すると第2階層の重力の方向が変化します。
監督はCGを使わず実際にセットを回転させながらこのシーンを撮影しました。
この技術は、あのスタンリー・キューブリック監督が『2001年宇宙の旅』(1968)の中で使用したものの応用だといいます。
*映画『インセプション』の考察は、次に紹介する映画『インターステラー」とともに考察します。
4.映画『インターステラー』(2014)
映画『インターステラー』の作品情報
【公開年】
2014年(アメリカ映画)
【原題】
Interstellar
【キャスト】
マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ、ジェシカ・チャステイン、ビル・アーウィン、エレン・バースティン、マイケル・ケイン、ジョン・リスゴー、マッケンジー・フォイ、ティモシー・シャラメット、ケイシー・アフレック、ウェス・ベントリー、デビッド・ギヤスィ、ジョシュ・スチュワート、トファー・グレイス、ウィリアム・ディベイン、デビッド・オイェロウォ、コレット・ウォルフ、マット・デイモン
【作品概要】
砂漠化が進行し,深刻な食糧危機に見舞われた近未来の人類。残された道は、地球以外に生存可能な惑星を見つけ出し移住すること。
元NASAパイロットのクーパー(マシュー・マコノヒー)は愛する娘を残し、人類の生き残りをかけて謎の存在「彼ら」が用意したワームホールに突入する。
だが巨大ブラックホールの重力が支配する星系へ向かうことは、彼が残酷な時の流れに直面することを意味した……。
映画『インターステラー』の感想と評価
原題となった”Interstellar”とは「宇宙に散らばる星々の間を旅する」という意味合いを持った英単語です。
重力研究専門の物理学者に協力を依頼し,ブラックホールをCGで再現する過程で科学論文が出来上がるほどだったと言います。
アカデミー賞では5部門にノミネートされ,視覚効果賞を受賞しました。
映画『インセプション』と『インターステラー』をまとめて考察
①主人公はシンプルな動機にしたがって行動する
②伸び縮みする時間のあいだの,接点を探す
①『インセプション』と『インターステラー』のストーリーの構造は,大きく共通しています。
第1に、どちらの作品の主人公も重要なミッションを達成する使命を帯びている点です。
『インセプション』のコブのミッションは、ターゲットの潜在意識にアイデアを植えつけることでした。
『インターステラー』のクーパーは、人類が移住可能な惑星を見つけること。
第2に、主人公はなんらかの個人的な動機によって、ミッションを引き受けざるを得ないということです。
『インセプション』では、もし今ミッションを引き受けなかったら、コブは2度と帰国できず、子供達に会うチャンスを一生逃してしまうかもしれません。
『インターステラー』では、移住可能な惑星が見つけ帰還することができなければ、クーパーの愛する娘は飢え死にするか、酸素の欠乏により窒息死してしまうでしょう。
第3の共通点は、主人公がミッションを引き受ける個人的な動機は「家族」だということです。
主人公は「家族」に再会したり、「家族」を守ったりするために必死で「帰還」しようとするのです。
これまでもノーラン監督は映画の中で家族を描いてきましたが、『インセプション』と『インターステラー』では「家族」が主人公の動機としてより明確なものとなりました。
2つの物語がこのように「家族のためにミッションを引き受けざるを得ず,必死で帰還を目指す」というの構造を取るのはどうしてなのでしょうか?
その理由はまず、家族への愛情が多くの人にとって共通のものだと考えられるからだと思われます。
文化や社会を問わず誰にとっても受け入れやすい「家族愛」を主人公の動機に据えることによって、より多くの観客にとって納得のいくストーリー作りをしたい、ノーラン監督はこのように考えているのではないでしょうか?
それだけではありません。
「家族」という主人公の動機によって、主人公のあらゆる行動や発言の理由が説明できるのです。
主人公の思考過程は論理的です「家族のためにはミッションを達成しなければならない」「ミッションを達成するためには◯◯しなければならない」「◯◯するためには××しなければならない」と。
『インセプション』や『インタステラー』は複雑な物語になっていますが、実は登場人物のあらゆる行動・発言・思考・心理が、最終的には「家族」というたった1つの動機から,論理的に導かれるのです。
このようにたった1つのシンプルな動機から物語のあらゆる言動を論理的に説明する手法は、まるで数学者の手による「証明」です。
あるいは、探偵や刑事が行う捜査の手法に似ています。
そしてこの「証明」的な作品づくりは、観客の要求にも応えることにもなります。
登場人物の行動やストーリー展開に対するあらゆる疑問やツッコミに対して、答えることができるのです。
ネットで映画の口コミを見ていると「ガバガバ設定」という評価を目にすることがないでしょうか?
「ガバガバ」というのは例えば「どうして登場人物がそんな行動をとるのかわからない」「どうしてストーリーがそういう流れになるのかわからない」など、ストーリーの「飛躍」があるということです。
ノーラン監督はこの「ガバガバ」や「飛躍」を排除し、一切の無駄がない精密機械のような映画を作ることを目指しているのではないでしょうか?
そうすることが観客の要求に応え、観客を満足させることだと考えられるのです。
しかし「ガバガバ」を排除することは、決して観客に楽をさせるということではありません。
どうしても説明の分量が多くなるからです。
しかも映画の場合,特に劇場で鑑賞すると、小説のように前のページに戻ることができず、観客は自分のペースで自由に物語を理解することがしづらくなります。
そのこともまた、彼の作品がたった1度鑑賞しただけでポイ捨てされるようにはなっていない理由なのです。
②『インセプション』と『インターステラー』には、もう1つの大きな共通点があります。
それは「時間が伸び縮みする」ということです。
『メメント』や『プレステージ』は出来事が起こった順番をシャッフルして「時系列パズル」を観客に解かせる作品でした。
『インセプション』や『インターステラー』は「時系列パズル」を解かせる作品ではないものの、「時間」はなお物語を理解する重要なキーワードであり続けています。
『インセプション』は「夢の中の夢」に入り込む映画でした。最終的に主人公が潜り込む夢は第4階層(夢の中の夢の中の夢の中の夢!)に達します。
そして夢のルールの1つが「より深い夢に潜り込むほど、時間の経過が早くなる」ということでした。「夢の世界では1時間経過していても、現実世界では5分しか経過していない」という描写があります。
現実世界で5分しか経過していなくとも、夢の階層が深くなればなるほど、時間がより早く経過するのです。
『インターステラー』もまた、時間の経過の違いを描いた作品でした。
物理学者アルベルト・アインシュタインの提唱した「相対性理論」によれば、より大きい速度で運動したり、より強い重力の影響を受けたりするほど、時間の経過が遅くなるのです。
したがって地球では何十年も経過していたとしても、高速の宇宙船で移動し、巨大なブラックホールの付近で活動する主人公は歳をとらないのです。
このように『インセプション』と『インターステラー』では、時間の経過が早い場所にいる人物のストーリーと、時間の経過が遅い場所にいる人物のストーリーとが、並行して描かれます。
しかしそれだけではありません。
時間の進むスピードの異なる複数の物語は、影響を及ぼしあうのです。そのため観客は、別々の物語がどのように影響を及ぼしあっているか、因果関係を理解しながら鑑賞することが要求されます。
例えば『インセプション』では,車がカーブしたり回転したりことによって生じる重力が、車の中にいる人物の夢の中で影響します。
『インターステラー』でも、「時間の経過の遅い主人公が,時間の経過が早い娘に,どのような影響を与えるか?」ということが、それを話すとネタバレになってしまうくらい重要なものとなっているのです。
5.映画『ダークナイト』(2008)
映画『ダークナイト』の作品情報
【公開】
2008年(アメリカ映画)
【原題】
The Dark Knight
【キャスト】
クリスチャン・ベール、ヒース・レジャー、アーロン・エッカート、マイケル・ケイン、マギー・ギレンホール、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマン、モニーク・ガブリエラ・カーネン、ロン・ディーン、キリアン・マーフィ、チン・ハンラウ、ネスター・カーボネル、エリック・ロバーツ、リッチー・コスター、アンソニー・マイケル・ホール、キース・ザラバッカ、コリン・マクファーレン、ジョシュア・ハート、メリンダ・マックグロウ、ネイサン・ギャンブル、マイケル・ジェイ・ホワイト、ベアトリス・ローゼン、ウィリアム・フィクトナー、エディソン・チャン、デビッド・ダストマルチャン
【作品概要】
ブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は,幼いころ強盗に襲われ、大富豪の両親を射殺された。
だがマフィアと癒着し腐敗た警察や司法が犯人に裁きを下すことはなかった。ブルースは自ら悪を裁くことを決意する。
残された財産を武器と装備につぎ込み,昼はセレブのプレイボーイ、夜は漆黒のスーツに身を包んだ「バットマン」として劇的な演出で犯罪者を恐怖に陥れる。
彼が自身に課したルールはただ1つ。「銃は使わず,殺人はしない」
前作『バットマン・ビギンズ』でマフィアの力を削いだブルース。彼は正義感溢れる新任検事に犯罪撲滅を託して引退し、幼馴染と結婚しようと考えていた。
だがバットマンに対抗しようとしたマフィアはエスカレート。ついに悪事を純粋に楽しむ謎の男ジョーカー(ヒース・レジャー)を雇う。
普通の犯罪者とは異なる論理で動くジョーカーを前に、ブルースはたった1つのルールを守ることができるのか……。
映画『ダークナイト』の感想と評価
ノーラン監督の最大のヒット作として、彼の地位を不動のものにしたのが『ダークナイト』です。
批評家からも大絶賛され、アカデミー賞では7部門ノミネート2部門で受賞。
このうち助演男優賞を受賞したヒース・レジャーは2008年1月22日、公開直前に28歳の若さで急逝したため、死後の受賞となりました。
『ダークナイト』は作品賞にノミネートされなかったのですが、これに対して批判が続出。2009年から作品賞のノミネート数が増やされるという波及効果も及ぼしています。
映画『ダークナイト』の考察
ポイント:「現実に存在しうるバットマン」を作る
『ダークナイト』はアメコミヒーローを主人公とした映画です。
しかしノーラン監督が描くバットマンは、一般的なアメコミ映画とは一線を画したものでした。
その象徴が「できるだけCGを使わない」という方針です。
バットマン自身はもちろん、彼の操るバットモービル、戦闘シーン、爆破シーンなど、あらゆる場面を極力CGを使わずに撮影しようとしました。
CGを使わずに撮影するということは、撮影したい物を実際に作成したり、撮影したいシーンを実際に発生させたりしなければならないということです。
したがって彼のバットマンは「現実にバットマンが存在したら,こうなるだろう」というシミュレーション的なものとなりました。
この点で『ダークナイト』は全く新しいヒーロー映画となりました。
それゆえに「そんなのあり得ない」「子供騙し」「バカバカしい」といった理由でヒーロー映画を避ける層をも観客に取り込み、より多くの人々を楽しませることを可能としたのかも知れません。
「実際に存在し得る」バットマン作りは、CGの排除だけに留まりません。
ノーラン監督は前作『バットマン・ビギンズ』の中で「どのような社会情勢に生まれ,どのようなきっかけがあれば、1人の少年がバットマンへと成長し得るのか?」ということを説明したのです。
原作ではバットマンが誕生した理由は「両親を強盗に殺されたから」と説明されています。
しかしいくら両親を殺されたからといって、現実にバットマンになろうと考える人がいるでしょうか?
つまり「両親の殺害」と「バットマンへの変身」とのあいだには飛躍があるのです。
また仮にバットマンに変身しようと考える人間がいたとしても、戦闘力や、道具、乗り物はどうやって獲得するのか?
そもそもなぜ「コウモリ」なのか?
普通のヒーロー映画にこのようなツッコミをすることは「野暮」なものだとみなされるでしょう。
しかし野暮なツッコミをあえて行い、飛躍を埋めようとするのがノーラン監督です。
彼はブルースの住む都市の経済・司法の状況から、生い立ち、生活環境に至るまで論理的に飛躍のない設定をしようと試みることで、バットマンが現実に存在し得る1つのあり方を提案したのです。
まとめ
ノーラン監督の『ダンケルク』を読み解くヒント
1970年生まれながら若くして「天才」の称号を手にしたクリストファー・ノーラン監督。
父はイギリス人、母はアメリカ人で、二重国籍を保持しています。幼い頃からロンドンとシカゴの両方で暮らす経験も。
これまで『プレステージ』では19世紀末のロンドンを精緻に再現する一方、『ダークナイト・ライジング』ではアメリカ資本主義社会が転覆されるさまをヒーロー映画の中に盛り込んでみせました。
彼のルーツは、イギリスとアメリカという2つの国にあるのです。
そんなノーラン監督が初めて史実を実写化。イギリスはもちろん、ヨーロッパ、ひいては世界全体の歴史の流れを変えたとも言われる「ダンケルクの撤退戦」に題材を得ました。
第2次世界大戦が勃発したあとの1940年。電撃戦を得意とするドイツ軍の猛攻により、イギリス・フランス連合軍はフランス海沿いの町「ダンケルク」に追い詰められます。
主人公は1人の兵士。陸・海・空の三方から迫り来るドイツ軍の包囲網をかいくぐり、母国イギリスへの生還を目指します。
日本では2017年9月に公開され、初登場1位を記録。アメリカではすでに「アカデミー賞大本命」との声も。
では『ダンケルク』を読み解くコツとは?
この記事ではここまで、ノーラン監督のおすすめ5作品『メメント』(2000)、『プレステージ』 (2006)、『インセプション』(2010)、『インターステラー』(2014)、『ダークナイト』(2008) をご紹介するとともに、彼の「作家性」を理解する2つのポイントを抽出しました。
1「時間」に注目する:「時系列パズル」と「伸び縮みする時間」
2「数学的証明」のように飛躍のない物語
このうち特に1「時間」が、『ダンケルク』においてもノーラン監督の作家性として存分に発揮されています。
『ダンケルク』は陸・海・空の3つの視点から構成され、それぞれにおいて主役的な役割を果たす人物が登場します。
そして「陸は1週間」「海は1日」「空は1時間」と、3つの視点それぞれに割り当てられた時間が異なります。
この点は『インセプション』『インターステラー』と共通していますね。
陸・海・空それぞれの人物が、しばしば接点を持ち、互いに影響を与えることもあります。
『ダンケルク』で行われた1つの工夫が「1つの出来事を、そこに居合わせた人物それぞれの主観的視点から描く」ということ。
俯瞰的・客観的な視点から1度に全ての人物を撮影するのではなく、1つの出来事を目撃者各々の目線で描きました。
このことによって、1人の目撃者の”証言”を再生したあと、時間を巻き戻して別の目撃者の”証言” を再生することになります。
これはまさに「時系列シャッフル」で、ノーラン監督の作家性の1つですね。
つまり『ダンケルク』でもまた観客は、聞き込み調査を行う刑事となり、1つの事件を目撃した複数の目撃者の証言をつなぎ合わせ、全貌を理解することを求められるのです。
ここで芥川龍之介の小説『藪の中』を連想する方もいるかもしれません。
実際には『藪の中』のように証言が矛盾しているというわけではありませんが、ノーラン監督は『藪の中』に見られるようなミステリーの手法を、戦争映画という1大ジャンルに導入しました。
『ダンケルク』を読み解くため、ノーラン監督の過去の作品をいま一度振り返るのはまさに”時間の巻き戻し”。
たった1度の鑑賞で飽てしまうようには、彼の作品は出来ていません。
再鑑賞によって得られる新たな発見の興奮で、あなたの2時間・3時間はいつもよりも速く過ぎ去ってしまうことでしょう!