第1回アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞作『激突!』
天才の名を欲しいままであるスティーヴン・スピルバーグ監督が、まだ世界的には無名だった頃に演出した映画『激突!』。
1971年にアメリカでテレビ放送され、その後、日本をはじめ欧州でも劇場公開されたカルト的に人気作品です。
作品の構成で伏線をはることや、また原作とは異なり無駄と思われる人物たちのエピソードを一切省き、シンプルなプロットのみで映像化したことで、スピード感とサスペンスとなる“不安感を煽る作風”は類を見ない完成度となっています。
また、影の主人公ともいえる姿を見せないタンクローリーの運転手は、不気味さが強調され、見る者の不安をさらに煽りだしています。
映画『激突!』作品情報
【公開】
1971年放送:日本公開1973年(アメリカ映画)
【原題】
Duel
【監督】
スティーヴン・ スピルバーグ
【キャスト】
デニス・ウィーバー、ティム・ハーバート、チャールズ・シール
【作品概要】
「地球最後の男オメガマン」などを執筆したSF作家リチャード・マシスンの短編小説を映像化。演出は25歳のスティーヴン・スピルバーグ監督が務め、会話場面を少なくすることでサスペンス溢れるテレビ映画に仕上げています。
また日本をはじめ欧州では90分に再編集されて劇場公開となりました。1973年に第1回アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞作。
音楽を担当したのは、『鬼警部アイアンサイド』(1967)『刑事コロンボ』(1968)『刑事コジャック』(1973)などで知られるビリー・ゴールデンバーグで、2020年8月3日にニューヨークの自宅で84歳で亡くなりました。
映画『激突!』あらすじとネタバレ
真っ赤な自動車プリムス・バリアントがロサンゼルス郊外を北に向かい、ハイウェイを走行。運転しているのは、サラリーマンのデヴィッド・マン(デニス・ウィーバー)、中肉中背のどこにでもいる男。
飛行機で旅行に出る間際の知人に会い、借金を取り立てに向かっていました。それがいつもの仕事のデヴィッドでしたが、自宅で待つ妻との約束があるため、少し焦っていました。
やがていくつもの街や渋滞を抜けると、デヴィッドが走らせる乗用車の前方に、視界をふさぐようにタンクローリーが走っていました。
しかもそのタンクローリーは、ディーゼルの黒い排気ガスを撒き散らしており、不快に思ったデヴィッドはタンクローリーを追い抜きます。
すると、なんとタンクローリーがエンジンをふかして、追い抜き返してきました。苛立ったデヴィッドはさらに抜き返し、タンクローリーを大きく引き離すことに成功。遣ってやったぞとばかりにデヴィッドは歓喜します。
しばらくして、ガソリンスタンドに立ち寄ったデヴィッドですが、あのタンクローリーの同じガソリンスタンドに立ち寄ります。
不穏な空気を感じるデヴィッド。またタンクローリーの運転手は顔を見せずにクラクションを鳴らし、自分のトラックにも早く給油しろと、足の不自由なスタンド定員をせかします。
タンクローリーから運転手が降りるも、車体の隙間から足元のカーボーイブーツしか見えずに、謎の男に不気味さを感じるデヴィッド。
ようやく、先に給油を終えたデヴィッドがスタンドを出発すると、なんと、タンクローリーも同じく出発して付きまとい、嫌がらせとばかりにデヴィッドの前をノロノロと走行しています。
約束した時間に間に合うかが気になるデヴィッドは、なお苛立ちが収まりません。
しかもタンクローリーの運転手が窓から手を出して抜けと指示を出され、気を良くしたデヴィッドが抜き去ろうとした瞬間、対向車が飛び出してきました。
死を意識したデヴィッドは、怒りとともに自動車を加速させ、無理やり脇道に入り乱暴なやり方で、再びタンクローリーを抜き返すことができました。
すると、タンクローリーはスピードをさらに上げ、猛スピードでデヴィッドを追いかけてきます。デヴィッドは時速150km近い速さのあおり運転で追い立てられ、死の恐怖を感じます。
デヴィッドの自動車はハイウェイの脇にあるカフェの垣根に衝突してしまいます。幸い簡易な柵にぶつかっただけで、デヴィッドは軽いむちうちですみました。
映画『激突!』感想と評価
参考映像:テレビ映画『ネーム・オブ・ザ・ゲーム:Los Angeles2017』
テレビドラマの監督だったスティーヴン・スピルバーグ
テレビ映画『激突!』は、スティーヴン・スピルバーグ監督の初期の作品として、1975年の劇場映画『ジョーズ』と並び、あまりにも有名なテレビ映画です。
スティーヴンは25歳という若さで『激突!』で巧みな演出を見せています。
それもそのはず、すでに彼はテレビドラマで、1969年には、『怪奇真夏の夜の夢(第2話:百万長者の盲目女性)』、1970年に『四次元への招待』、また『激突!』と同じ年には、人気シリーズで知られる『刑事コロンボ 構想の死角』などの演出も手がけていました。
参考映像にある『ネーム・オブ・ザ・ゲーム』では、1970年に「Los Angeles2017」の監督を務め、社会犯罪ドラマシリーズの中で、唯一となるSF作品を仕上げています。
このようにスティーヴンはテレビ監督としても早熟であり、20代前半から独自の世界観を構築しており、また、『激突!』を僅か16日間の撮影でクランクアップさせられたことは、当時の映画界にとっては異例で、テレビ畑の監督出身ということも理由に挙げられるでしょう。
サスペンスを盛り上げる演出
SF作家リチャード・マシスンの原作小説を読んだスティーヴンは、16歳当時にカルフォルニアで体験したことをとっさに思い出しました。
叔父の運転するプリムスに乗車していましたが、あまりにポンコツですぐにエンストを起こします。
そのとき、信号を無視してトラックが割り込んできて、スティーヴンの乗ったプリムスを轟音をあげて追い越していったそうです。この時の恐怖感をそのまま『激突!』で描こうとしたのです。
この出来事を活かそうとスティーヴンは、主人公を“平凡で規則正しい生活を送っている人物”に設定します。
ですが、当初、デヴィッド・マンに扮したデニス・ウィーバーは、もっと攻撃的なキャラクターで演じたいとステーヴンに意見をします。
しかし、スティーヴンは、人生に一大変化が必要な平凡な男になってほしいとデニスを説得します。そのことで巨匠アルフレド・ヒッチコック監督の主人公のように、「巻き込まれ型」というサスペンスの王道を結実させました。
他にも『激突!』を長編のサイレント映画にしたかったとスティーヴンは語っており、ヒッチ流の映画の学びが多く存在しています。
例えば、原作では主人公は、タンクローリーの運転手の顔を「角ばった顔、黒い目、黒い髪の毛」と目撃していますが、映像化されたものは、カーボーイブーツしか見せずにいます。
そこでカフェにいた複数の怪しげな男の誰が運転手か分からないままに不安を感じたり、人違いした客と喧嘩になってしまう場面などで上手く活かされています。
また、最もヒッチコック監督に似たサスペンスを見せたのは、子どもたちが賑やかなスクールバスの場面。主人公と観客以外は状況がわからずに、ハラハラ、イライラさせるようなユニークな演出も見られます。
まとめ
『激突!』では、終始においてタンクローリーに乗った運転手の顔が分からないため、運転するスピードと比例するかのように不気味さが増していきます。
それは見えない運転手と車体を一体化させることで、スティーヴンは機械による警告として、タンクローリー自体が強大な悪魔の顔に見えるようにしたかったようで、タンクローリーを選ぶ際にもいくつもの車体を見比べて、ピータービルト281に決めました。
また、逃げても、逃げても追いかけてくるタンクローリーが与える不安や恐怖ですが、テレビ放映時は74分であったものを追加撮影を行い、劇場公開用に90分にブラッシュアップもさせています。
実は映画版にした際に、次のようなお茶目な出来事もありました。スクリーンの画角サイズがテレビと映画では異なったことで、スクリーンにした際に、主人公の運転する自動車の後部座席に乗車して演出するスティーヴンの姿が見えていたり、また他にも、電話ボックスのガラスにも演出するの姿が映っています。
そのような『激突!』は、約50年前の作品です。しかし、名匠となったスティーブン・スピルバーグの初期の傑作を見直すことで、2020年代の今だからこそ、大きな意味と発見があるはずです。