連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第40回
2021年1月8日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開される『大コメ騒動』は、大正時代に富山県の海岸部で発生した「米騒動」に基づいた映画です。
『超高速!参勤交代』を手掛けた富山県出身の本木克英監督が、井上真央を主演に迎え、食べるため、家族を守るために立ち上がった女性たちの姿を描き出しました。
時の政治をも動かしたその行為の源は、家族にお腹いっぱい食べさせたいという母たちの思い。約100年前に実際にあった、格差社会を変えた女性たちの実話です。
映画『大コメ騒動』の作品情報
【脚本】
谷本佳織
【監督】
本木克英
【キャスト】
井上真央、室井 滋、夏木マリ、立川志の輔、左 時枝、柴田理恵、鈴木砂羽、西村まさ彦、内浦純一、石橋蓮司、三浦貴大
【作品概要】
大正時代に富山県で起こった「米騒動」。『超高速!参勤交代』(2014)『空飛ぶタイヤ』(2018)『居眠り磐音』(2019)など、数々の話題作を手掛けた富山県出身の本木克英監督が、「米騒動」の発端から終息までの女たちのリアルな戦いを映画化。
主人公・松浦いと役を『カツベン』(2019)『焼肉ドラゴン』(2018)の井上真央、姑役を夏木マリ、夫・利夫役を三浦貴大がそれぞれ演じるほか、室井滋、立川志の輔、西村まさ彦、柴田理恵、左時枝ら富山県出身俳優たちが顔をそろえています。
映画『大コメ騒動』のあらすじ
1918年(大正7年)8月。“おかか”と呼ばれる富山の漁師の妻たちは、毎日上がるコメの価格に頭を悩ませていました。
小さな漁師町の“おかか”たちは、家事、育児、そしてそれぞれの仕事をしながら、漁に出る夫のために、毎日一升のコメを詰めた弁当を作っていました。
女性でも一升に近い量のコメを食べる習慣のあるこの町で、コメの値段が上がることは、貧しい生活を一層貧しいものにしていました。
17歳で漁師の利夫のもとへ嫁いできた松浦いとも、そんな“おかか”たちのひとりでした。
3人の子宝に恵まれ、利夫が出稼ぎに出ている間も、生活のために米俵を浜へと担ぎ運ぶ女仲士として働いていました。
コメ価格高騰の理由は、富山のコメを北海道へ送るためと、新聞に書かれています。
聡明ないとは新聞を読み、状況を把握しますが、利夫が出稼ぎに行っているので、否応なしに働いた日当でコメを買うしかありませんでした。
ある日、高騰するコメの価格に頭を悩ませていた“おかか”たちは、リーダー的存在である清んさのおばばとともに、コメを富山から搬出しようとする作業場へでかけ、コメの積み出し阻止を試みますが、失敗します。
その騒動は地元の新聞記者により「細民海岸に喧噪す」と報じられました。またそれを見た大阪の新聞社は陳情する“おかか”たちを「女一揆」として大きく書き立て、騒動は全国へと広まっていきました。
シベリア出兵の噂もたち、大きくなる騒動に比例するかのように、コメの値段はどんどん高くなっていきます。
夫や育ち盛りの子どもたちにコメを食べさせたくても高くて買えない現状は変わらず、困った“おかか”たちは、コメを安くしてもらおうと、大地主黒岩の元へ行きますが、警察にとがめられてしまいます。
“おかか”たちの不満は頂点に達し、我慢ができなくなった数十人でコメ屋へ押しかけ、今までと同じ値段でコメを売ってくれと嘆願しますが、これも失敗。
そして、“おかか”たちのリーダーであるおばばが警察に逮捕されてしまいました。
映画『大コメ騒動』の感想と評価
主役いとの変貌
富山で起こった実際の米騒動は、時の内閣を総辞職にまで追い込みました。米騒動の理由を、映画『大コメ騒動』では、中心となる漁村の“おかか”たちの日常生活を通して、詳細に描いています。
主役のいとは、聡明だけれども引っ込み思案な性格です。いつも周りの目を気にしておどおどしていました。
周りの“おかか”たちとのコミュニケ―ションも率先して取れる方ではありませんが、それぞれの身上を知るうちに、強くなっていきます。
夫のいない間、家族を支えるのはいとであり、まだ幼い3人の子どもたちを食べさせなければなりません。
仕事の日当だけではコメが買えなくなり、“おかか”仲間にコメの貸し出しを頼んでも断られ、いとはどんどんと追い詰められていきます。
しかしそのうちに、諦めるばかりでは何も変わらないことに気がつきました。「お腹いっぱいに食べさせたい!」「家族の命を守りたい!」ただその思いだけで、いとは騒動に参加します。
最初の頃の口数少なく始終下を向く仕草や、真っ黒に日焼けしてやせ衰えた容姿からは想像もつかないエネルギー。井上真央が体当たりで演じるいとの変貌ぶりは見ものです。
米騒動が教える女性の底力
映画の中には、「女が動いてどうなる」とか「女は帰ってろ」とかいう言葉がたびたび出てきます。男が動くとすぐに警察に捕まるが、女だと捕まらない。つまり、女は何も出来ないから……。
大正時代初期の日本社会はまさにこの状況だったのです。女は家にいて家族の身の回りの世話をして食べさせていればそれで良い。
こんな考えの元で育った浜の“おかか”たちも大勢いて、それを忠実に守っていました。
しかし、その家族の生活が危ぶまれたとき、“おかか”たちは奮起します。守らなければならないと教え込まれ、一生懸命に守ってきたものを壊されそうになったのですから、怒るのは当然でしょう。
自分の家族を守るため、生き抜くために、名も無い貧相階級の女たちが結集。微力ながらも自分たちの要求を訴える姿は、群衆の力とでもいうべき大きな原動力となりました。
実際の「米騒動」は、時の内閣を総辞職させるまでになっていますから、世の中を変えた女性の力といえます。
海外でも似たような話がありました。ブルボン王朝を倒した1789年のフランス革命も、パリの下層市民たちが生活苦から「パンをよこせ」と結集しておこった市民革命です。
これらから、普段虐げられた思いをする大勢の下層階級の人々が結集すると、ものすごい力になるということがわかりました。
本作は特に家庭を守る女性の底力や計り知れないパワーがあり、自然と勇気をもらえる作品となっています。
まとめ
映画『大コメ騒動』を手掛けた本木克英監督は、富山県出身です。長年にわたって温めてきた「米騒動」の題材を、脚本制作に約3年の歳月をかけて作り上げました。
撮影場所は富山県内の海岸や魚津市にある「旧十二銀行の米倉庫前」をはじめ、京都のオープンセットなど。
多方面からの協力を得て、多くの地元サポーターやエキストラが集結。大勢の“おかか”たちが集まって浜辺の船に積まれた米俵を取り返すシーンは見ものでした。
本作の大きなテーマは「声を上げること、行動することが大事である」ということだそうです。さらには、監督のコメントが本作の真髄を物語っています。
「女性たちの行動が、歴史を動かしたことが明確にわかる作品。社会の変革の中心にいたのは女性でした。それはいつの時代も変わりません。新鮮な驚きとともに観ていただきたい作品です」。
私利私欲のために騒動を起こしたのではなく、全ては“生きるため”であり“家族を守るため”。当時の女性たちの思いの強さは何者にも負けません。
映画『大コメ騒動』は、2021年1月8日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。