連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第36回
人類史上の3大悲劇といわれる、ナチスのユダヤ人大虐殺、カンボジアのポル・ポト政権下の虐殺、広島・長崎の原爆投下を、大量の資料映像のモンタージュから描き出すドキュメンタリー映画『照射されたものたち』をご紹介します。
日本では同年の第21回東京フィルメックス(2020年10月30日~11月7日、11月22日/TOHOシネマズシャンテ、有楽町朝日ホールほか)の特別招待作品として上映。第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品です。
ドキュメンタリー映画を中心に製作しているカンボジア出身のリティ・パン監督が、手掛けました。
映画『照射されたものたち』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス、カンボジア映画)
【原題】
Irradies
【脚本】
リティ・パン、クリストフ・バタイユ
【監督】
リティ・パン(Rithy PANH)
【作品概要】
広島、長崎の原爆投下、ナチスのホロコースト、カンボジアのポル・ポト政権下の虐殺。人類史上の3つの悲劇を大量の資料映像のモンタージュによって描いたドキュメンタリー。『消えた画 クメール・ルージュの真実』(2014)などのリティ・パンが手掛けています。ベルリン映画祭コンペティションで上映され、最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞。
映画『照射されたものたち』のあらすじ
ナレーションとともにスクリーンに映るのは、モノクロの三面分割された映像。
次々と映し出される写真が人類が犯した過ちの証拠として、悪魔のような所業をありのまま映し出します。
ナチス統制の町、拷問にあう人々、すし詰め列車、大量の死体を穴に運ぶ人、銃殺や斬首の現場、キノコ雲、爆炎に囲まれる街、黒焦げの死体、火傷の患者、生き物のようなDNA写真などなど。
眼を覆いたくなるような残酷映像は88分間連続で、人類が犯した過ちを観るものに訴え続けます。
映画『照射されたものたち』の感想と評価
写真や映像資料が語る人類史上3大悲劇の実態は想像以上に凄まじいものです。
リティ・パン監督は、惨状の事実映像を画面を3つに分けて映すという「三面分割」を用いて製作されました。
同じ写真を3枚並べて使用している場面や、1枚は違う写真を使っていたりと、より効果的にその状況を伝えようとしています。
言葉で伝えるよりも写真や記録映像の方が分かりやすいのですが、中には映像化するのも難しいものもあったそうです。
むごたらしい虐殺現場など、どのように異なるイメージとして見せるのか、とても工夫されたと思われます。
また、全身白塗りで目の周囲だけ黒く塗った舞踏家も起用し、目撃者の視線をリアルにドキュメンタリーに加えています。
人間の身体がオモチャのように扱われる衝撃映像。中でも印象深いのは、壊れたDNAの写真です。
DNAと解説がされなければ、何の写真かよく分かりませんが、これは原爆によって壊れたDNAがクローズアップされたもの。
監督は何度か広島にも行かれ、被爆者の方ともお会いしたそうで、実際の被爆者の方のDNA写真だといいます。
「原爆投下」という人類が人類に与えた暴力のダメージ。それが、自分たちだけでなく次世代にまで続いていくという事実に、思わず鳥肌が立ちました。
原爆だけでない暴力的行為の事例として、マウス実験では暴力を受け続けたマウスがその後どうなるのか、という結果を赤裸々に告げます。
本作は、写真と映像資料だけで惨劇を綴っていますが、映像で確認できる過去の事実だけなく、脅威はその先の未来にも続いていくのです。
監督は、人類の暴力的な仕打ちの悲劇がいくつもあることを改めて訴え、ダメージが何世代先の子孫にも続くことを危惧し、この作品でそれを強く訴えていると言えます。
まとめ
映画『照射されたものたち』は、人類史上の悲劇を資料映像のモンタージュによって描かれたドキュメンタリーです。
1941年より発生したナチスのホロコースト、広島、長崎への原爆投下は、1945年のこと。1975年からのカンボジアのポル・ポト政権下の虐殺と、残酷極まりない惨劇から40年から80年近くの月日がたっています。
頭ではわかっていても、実際に人類が人類に手を下す惨状の画像を目にすると、今更ながら戦争や虐殺の恐怖と、それが人類の欲に満ちた愚かな行為だということに気がつきます。
このようなことを、人類は懲りずに何度も繰り返しているという事実に悲しくなりました。
しかしその反面、それは何度でも人類はどん底から立ち直れるということでもあると言えるでしょう。
監督は『照射されたものたち』の中で、人類の暴力によって平和が破壊された結果どうなったのかと問題を提起し、未来の世界にまでこの脅威が及ぶかもと警鐘を鳴らしています。
工夫を凝らした映像法でより印象的に暴力的な人類の過ちを映像化した『照射されたものたち』。
暴力的行為を否定する監督の想いは、きっと観る人の心に届くことでしょう。