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Entry 2020/10/03
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映画『リル・バック ゲットーから世界へ』感想と解説考察。若きダンサーの仕事と生き様に迫るドキュメンタリー|2020SKIPシティ映画祭1

  • Writer :
  • 咲田真菜

2020SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて『リル・バック ゲットーから世界へ』が上映

2004年に埼玉県川口市で始まった「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、国際コンペティション、国内コンペティション(長編部門、短編部門)で構成されるコンペティション上映を中心にした“若手映像クリエイターの登竜門”として毎年開催を重ねてきました。

17回目を迎える2020年は、9月26日(土)~10日4日(日)の9日間、初めてとなるオンライン配信で開催。

今回は、国際コンペティションで上映された『リル・バック ゲットーから世界へ(映画祭時のタイトル:『リル・バック/メンフィスの白鳥)をご紹介します。

本作は、ダンサーとして世界的に活躍するリル・バックの半生を描いたドキュメンタリーです。

アメリカ・メンフィス、スラム出身の少年が、いかにして栄光を掴んだのか? 貴重な映像とともに、リル・バックのダンスにかける熱い思いを描いていきます。

【連載コラム】『2020SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら

映画『リル・バック ゲットーから世界へ』の作品情報

(C)LECHINSKI

【公開】
2020年(フランス・アメリカ映画)

【監督】
ルイ・ウォレカン

【作品概要】
ジャネール・モネイの「Tightrope」のMVや、2017年のユニクロのCMなどで、日本でも知られるリル・バック。実は、メンフィス発祥「ジューキング」とバレエの素地を組み合わせたダンスでもその名を馳せています。

本作は、彼の半生を綴ったドキュメンタリーです。振付師・バンジャマン・ミルピエのドキュメンタリー『Dancing is Living : Benjamin Millepied』(2014)を手掛けたルイ・ウォレカンが綴ります。

リル・バックが成功するきっかけを作った一人である『マルコヴィッチの穴』(1999)のスパイク・ジョーンズ監督がインタビューで登場している点も大きな見どころの一つです。

映画『リル・バック ゲットーから世界へ』のあらすじ

(C)LECHINSKI
ダンサー、アーティストとして活躍するリル・バックは、アメリカ南部テネシー州・メンフィスの貧困地域で育ちました。

幼い頃から抜群の身体感覚を持っていた彼は、奨学金を得てバレエ・スクールに入学。

これがきっかけで、メンフィス発祥の地面を滑るような動き「ジューキング」とバレエの素地を組み合わせたダンスで、世界を驚かせることになります。

映画『リル・バック ゲットーから世界へ』の感想と評価

(C)LECHINSKI

スラム出身の少年リル・バックを救ったジューキング

ダンサーのリル・バックが育ったのは、アメリカ・テネシー州のメンフィスです。本作は、1981年にオープンして一世を風靡したメンフィスのローラースケート場「クリスタル・パレス」で踊る若者たちの姿から始まります。

残念ながら現在では閉鎖されてしまった「クリスタル・パレス」で、リルは思い出を語っていきます。

「クリスタル・パレス」は、メンフィスに住む子どもたちがこぞって集まる場所でした。

軽快な音楽に乗ってローラースケートを楽しむのはもちろんですが、土曜日の夜、ある時間を境にダンスフロアに変わるスケート場で踊ることを楽しみにしていた少年、少女たちも多かったといいます。

彼らはここでメンフィス発祥の「ジューキング」を夢中になって練習していたのですが、その中にリル・バックもいました。

「クリスタル・パレス」は、メンフィスで青春時代を過ごした者にとって、特別な場所だったのです。

作品の中では、メンフィスを「闘争の街」と表現しています。大人たちは生きるのに必死で、子どもに目を向けることができず、その隙を見抜くかのように、ギャングが子どもたちを悪の道に誘い込むことが日常化していました。

一見豊かにみえる大都市・メンフィスですが、貧困問題は深刻で、スラムで生活する少年・少女たちは常に危険にさらされてきました。

そんな中、子どもたちを犯罪や危険から遠ざけていたのがダンスであり、ジューキングであったといいます。

「踊ると怒りやストレス、嫌なことを忘れられる」と語られる本作では、ジューキングがあったからこそ救われた子どもがいた事実や、アメリカに根深く潜む社会問題を知ることができます。

もちろんリル・バックも、救われた子どもの一人だということはいうまでもありません。

リル・バックの目を見張る身体能力

本作では、リル・バックの見事なダンス、そしてジューキングが思い切り堪能できます。

ジューキングは80年代後半に生まれましたが、最初は人気がありませんでした。リルは、この魅力的なダンスを世界中に知ってほしいと思ったといいます。

少年の頃から、ずば抜けた才能とセンスを見せていたというリルですが、何より驚くのは柔軟性で、特に足首の柔らかさは、けた違いです。

彼のダンスをジッと見つめていると「これが同じ人間なのだろうか」という思いにかられます。

才能に恵まれたリルですが、決しておごることなく寝る間も惜しんで練習に励んでいたといいます。そして何よりもパフォーマンスをする機会が与えられていることを常に神様に感謝してダンスをしていました。

彼がなぜそこまでダンスに夢中になれたのか、それはとにかくジューキングが好きで、一番になりたかったからだと語ります。

結果的にそれは彼を貧しさから救ったのですが、「貧しさから抜け出したいから、ダンスを頑張った」という悲壮感はみじんも感じられません。

踊ることが好きだから頑張るんだ! そういう熱い思いを抱いたリルの弾ける姿が印象的です。

リル・バックをサポートするさまざまな人たち

(C)LECHINSKI

駐車場や道路をダンスの練習場にしていたリル・バックの大きな転機となったのは、バレエとの出会いです。

メンフィスには、ケイティ・スマイスが創設したニュー・バレエ・アンサンブルという学校がありました。才能ある子どもなら、どのような経済状態であってもバレエのレッスンを受けさせるというケイティの信念が、リルの人生を大きく変えます。

リルは、ケイティから1つのダンス・スタイルに縛られる必要はないということを教わったといいます。

このことが彼を世界へ羽ばたかせるきっかけとなり、バレエを習うことで、それまでよりもずっと難しい方法で身体を動かせるようになります。実際につま先立ちを長く続けたり、スピンを2~3回転したりできるようになるのです。

彼は、こうした自身の進歩を「ストリートとクラシックが化学反応を起こした」と表現していましたが、それを顕著に表しているのが「リル・バック最初の白鳥」です。

リルはジェーキングとバレエを融合させ、驚きのダンスに仕上げており、その新鮮さ、衝撃をこの作品で堪能できます。

彼の才能を見抜き、NBEで学ばせたケイティも素晴らしいのですが、何よりもリルの心の柔軟さが、彼をどんどん成長させたといっても過言ではありません。

クラシックだから、ジェーキングだからという考えに縛られることのない彼は、すべてを素直に吸収していくことで、独自のダンスを生み出していくのです。

そして、世界的チェリスト・ヨーヨー・マが「リル・バック最初の白鳥」を見て、リルに注目します。

ヨーヨー・マがどれほど有名なアーティストであるかということを知らなかったリルが、「会いたいと言われて、ネットで検索したらびっくりした」と語っているところは、クスッと笑ってしまいます。

ヨーヨー・マに招かれ、彼のチェロとコラボレーションしたのは、モダン・ バレエの定番演目「瀕死の白鳥」のジューキング版。

「リル・バック最初の白鳥」と同様に、こういう世界があるのかと思わずうなってしまいます。そしてそれを撮影したのがスパイク・ジョーンズ監督というのが、なんとも贅沢です。

このコラボレーションは、のちにヨーヨー・マの北京公演でも披露され、絶賛されています。

まとめ

リル・バックは、いろいろな大人たちからの恵まれたサポートのもと、世界的に羽ばたくダンサーとなりました。ここで忘れてはいけないのは、彼の母親の存在です。

「メンフィスでは、親が子どもに目を向けることができない」と言われていましたが、彼の母親は例外でした。

悪い仲間と付き合ってほしくない、犯罪とは無縁の人生を送ってほしい。その一心で、経済的に苦しい生活の中でもダンスを頑張る息子を応援したといいます。

リルは幼い頃、義理の父親から暴力を受けて育ちました。そこから逃れるためにメンフィスに移り住んだのですが、そうした境遇に耐えるため、心がタフである必要があったといいます。

恵まれない境遇が心をタフにしたというのなら、それは喜ぶべきことなのかとても複雑ではありますが、タフな心があったからこそ絶えず努力をし、柔軟な心を持ち、あらゆるダンスと音楽を受け入れられようになったのではないかと感じます。

これからますます飛躍していくであろう、ダンサー、リル・バックの軌跡と彼の才能を、ぜひこの作品で楽しんでほしいと思います。


【連載コラム】『2020SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら

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