イタリアマフィア史上のミステリーを映像化した『シチリアーノ 裏切りの美学』
1980年代に、激化していたマフィアの抗争を終息させた1人の男がいました。
「裏切り者」と呼ばれながらも、自らの信念を貫いた実在した人物、トンマーゾ・ブシェッタの人生を描いた映画『シチリアーノ 裏切りの美学』。
主人公のブシェッタを、これまでイタリアのアカデミー賞と呼ばれる「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」に3度輝いている俳優、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノが演じます。
「イタリア最後の巨匠」と呼ばれるマルコ・ベロッキオが、これまで謎とされてきたブシェッタに迫った、本作の魅力をご紹介します。
映画『シチリアーノ 裏切りの美学』の作品情報
【公開】
2020年公開(イタリア・フランス・ブラジル・ドイツ合作映画)
【原題】
Il traditore
【監督・脚本】
マルコ・ベロッキオ
【キャスト】
ピエルフランチェスコ・ファビーノ、マリア・フェルナンダ・カンディド、ファブリツィオ・フェラカーネ、ルイジ・ロ・カーショ、ファウスト・ルッソ・アレシ、ニコラ・カリ、ジョバンニ・カルカーニョ、ブルーノ・カリエッロ、アルベルト・ストルティ、ビンチェンツォ・ピロッタ、ゴフリード・ブルーノ、ガブリエーレ・チッチレッロ、パリデ・チッチレッロ、エリア・シルトン、アレッシオ・プラティコ、ピエール・ジョルジョ・ベロッキオ
【作品概要】
かつて「ドン・マジーノ」と呼ばれた大物マフィア、トンマーゾ・ブシェッタが、何故、組織を裏切り警察側の情報提供者になったのか?に迫るヒューマン・ドラマ。
主人公のブシェッタを、これまでイタリアのアカデミー賞と呼ばれる「ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞」に3度輝いている名優、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノが演じています。
監督は、これまでイタリア史上、重大事件と呼ばれる数々のテーマに挑んで来た巨匠、マルコ・ベロッキオ。
映画『シチリアーノ 裏切りの美学』のあらすじとネタバレ
1980年代初頭のシチリア。
シチリアのマフィア組織「コーザ・ノストラ」は、コルレオーネ派とパレルモ派の二大勢力に分かれていました。
パレルモ派の大物で「ドン・マジーノ」の異名で呼ばれている男、トンマーゾ・ブシェッタ。
ブシェッタは、コルレオーネ派とパレルモ派の仲裁を試みますが失敗し、家族をシチリアに残し、ブラジルへ逃亡します。
ブシェッタが、ブラジルに渡って以降、ブシェッタの仲間達はコルレオーネ派の報復に遭い、次々と殺害されていきます。
コルレオーネ派の魔の手は、ブシェッタの子供達にも及びます。
それでも、組織内の抗争を嫌い動こうとしないブシェッタですが、ある時、麻薬密売の容疑をかけられ、ブラジルの警察に拘束され、イタリアに送還されてしまいます。
ブシェッタは、イタリアに戻る飛行機の中で、コルレオーネ派に命を奪われる夢を見てうなされます。
イタリアの刑務所に収監されたブシェッタですが、何故か個室を用意され、ホテルのサービスのような手厚い待遇を受けます。
次の日、ブシェッタはマフィアの撲滅に執念を燃やす判事、ファルコーネと面会します。
ファルコーネは「コーザ・ノストラ」の情報を提供するように、ブシェッタに求めます。
ですが、組織の情報を売り渡す事は、「コーザ・ノストラ」の血の掟に背く行為となる為、ブシェッタは、ファルコーネの要求を拒否します。
映画『シチリアーノ 裏切りの美学』感想と評価
1980年代、シチリアで起きていたマフィア戦争を終息に向かわせた、ある1人の男の人生を描いた映画『シチリアーノ 裏切りの美学』。
マフィア戦争をテーマにした作品ですが、名作「ゴッドファーザー」シリーズや、昨年話題になった映画『アイリッシュマン』のような「血で血を洗う抗争」を描いている訳ではなく、マフィアに「裏切り者」と呼ばれた実在した人物、トンマーゾ・ブシェッタの内面の葛藤に重点が置かれています。
その為、本作ではマフィア戦争の実態について、丁寧な描写や説明はありません。
登場する人物も、実在した大物マフィア達なのですが、人物関係も作中で説明が無い為、誰がどういう立場なのか分からなくなるでしょう。
しかし、本作においてマフィア戦争の実態や、人物関係などは重要な部分ではないので「こういう事が実際にあった」程度で、認識できれば問題ではありません。
本作で重要なのは「何故、トンマーゾ・ブシェッタは警察側についたのか?」という部分です。
トンマーゾ・ブシェッタの内部告発は、当時組織の情報を一切掴む事ができなかった警察にとって、大きな情報源になり、組織の一斉摘発に繋がりました。
本作の監督、マルコ・ベロッキオは、マフィア側から見れば「裏切り者」他の者から見れば「英雄」とされる、ブシェッタの人生を取材し、彼の内面に迫っています。
『シチリアーノ 裏切りの美学』では、ブシェッタが警察側の情報提供者になった理由について、ファルコーネ判事との出会いが大きかったとされています。
「コーザ・ノストラ」の「血の掟」を重視し、自らを「名誉ある男」と言い張り、ファルコーネ判事に対立していたブシェッタが、卑劣な犯罪組織に成り下がった「コーザ・ノストラ」の現状を見せつけられ、心境が変化していく様子が、前半最大の見どころになります。
次第に、ブシェッタとファルコーネ判事の間に、友情のようなものが芽生えますが、後半ではファルコーネ判事がマフィアにより命を奪われます。
ファルコーネ判事殺害事件も、実際に起きた事件で、黒幕は作品にも登場した、元首相のジュリオ・アンドレオッティと言われています。
このアンドレオッティを追い詰めきれなかった事で、ブシェッタの中で何かが終わった事を実感する、クライマックスの法廷シーンが印象的です。
本作の演出は抑えめで、淡々と進んでいく印象なので、どちらかと言うとドキュメンタリーに近い作風です。
ですが、誇りを持っていた組織だからこそ、あえて壊滅させる道を選んだブシェッタの生きざまは本当にドラマチックで、ブシェッタを演じたピエルフランチェスコ・ファビーノの存在感も併せて「かっこいい男」の物語が描かれています。
事前に少しだけ、シチリアのマフィア戦争の知識を入れて鑑賞すれば、かなり楽しめる作品です。
まとめ
本作は、組織を裏切る事への葛藤など、ブシェッタの内面を重点的に描いており、マフィア映画なのに残酷描写が抑えめなのも特徴です。
この点においても、マルコ・ベロッキオ監督が描きたかったのは、マフィアの抗争ではなく、ブシェッタという人間であった事が分かります。
また、本作は実際の出来事を忠実に描写している事も特徴で、逮捕したマフィアを一斉に裁く裁判のシーンでは、実際の裁判所を使用し、動物園の檻のような場所から、マフィア達が大声を出したり、挑発したりした事も、実際の出来事を再現しています。
作品の序盤でブシェッタが、ブラジルの警察から受ける拷問も、実際の出来事の再現です。
1980年代初頭の、シチリアでのマフィア抗争を描いた作品なので、あまり馴染みが無く「よく分からない」と感じる方もいるでしょう。
ですが「裏切り者」の汚名を着せられても、自身の信念を貫いたブシェッタの姿は感動的ですし、そのブシェッタを映画の主人公にする為、かなり入念に調査をして、本作に挑んだマルコ・ベロッキオ監督の魂も感じた作品でした。