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Entry 2020/09/15
Update

映画『アメリカの夢』あらすじと感想考察。横須賀綺譚との比較解説と大塚信一監督の“未公開作品の鍵となる3つのポイント”

  • Writer :
  • ゆきむらゆきお

インディーズ映画『アメリカの夢』は、名古屋シネマスコーレで限定上映。
大塚信一監督の初劇場公開作品『横須賀綺譚』と一緒にネット配信も決定!

 
尾関伸嗣が演じる主人公の駿一は、ボクサーと製麺所の仕事をこなす二足のわらじ。そんなある日、父親が職場に訪ねて来ると、9.11同時多発テロリスト事件で亡くなったという腹違いの兄がいることを知らされます。

一度も会ったこともない兄の存在が、駿一の人生に大きく左右するきっかけとなっていくー。

未公開映画『アメリカの夢』は、大塚信一の初監督作品。監督自身もラーメン屋店主との二足のわらじで完成させた本作は、初劇場公開作品『横須賀綺譚』と合わせて、限られた劇場のみ(名古屋シネマスコーレ)で上映される注目の作品です。

大塚監督の作家性を知る上で貴重な作品であり、原点といってもいえる映画『アメリカの夢』のあらすじと、考察として見どころとなる3つのポイントを徹底解説していきます。 
 

映画『アメリカの夢』の作品情報


(C)大塚信一

【公開】
未公開作品(日本映画)
*2020年に名古屋にあるシネマスコーレにて『横須賀綺譚』上映に併せて、一部特別上映。
 
【監督・脚本】
 大塚信一
 
【キャスト】
尾関伸嗣、小野まりえ、烏丸せつこ、なかみつせいじ、松浦祐也、鈴木一功、亜矢乃、本間浩介
 
【作品概要】
劇場デビュー作品『横須賀綺譚』の以前に、大塚信一監督が作り上げていた長編映画初監督作品。

主演は、数々の映画賞に輝いた短編映画『TSUYAKO』(2011)に欣也役で出演する尾関伸嗣が主人公の駿一を務め、映画『USB』(2009)と同様に小野まりえが本作でもヒロインとなる真美を演じています。

主人公駿一の視力が落ちていく中で、死と切迫し、生きる意味を持たない人々との出会いのなかで自身のアイデンティティを模索する様を描く。


 

映画『アメリカの夢』のあらすじ


(C)大塚信一
 
ボクシングのトレーニングジムで、ボクサーとしてリングに上がっている駿一。しかし彼は器用な選手ではなく、スパーリングでも顔はボコボコにパンチの嵐で打撃を受けます。

そんな顔で職場に行き、同僚にチクリと言われてしまいました。するとテレビでは、アメリカで嘘の様な出来事が発生します。それは9.11の同時多発テロ。

駿一は、その光景にどこか現実味がなく、テレビのはこの中の様に思えていました。

そこから数年後の2007年。駿一は、彼女とデートの最中。そこで見知らぬ女性に声をかけられるも、駿一にとっては知らない人で、身に覚えすらありませんでした。

駿一は、ボクシングで打たれ過ぎてしまった後遺症で視力が低下していました。しかも致命的なもので、このままでは失明する可能性も高かったのです。
 
そんなある時、駿一が務める製麺所に、父親が訪ねてきます。駿一の父親は、軽い痴呆症で記憶も曖昧。ボケていて息子の職場に来るのもひと苦労でした。

ここで父親からある事実を明かされます。アメリカで働く気はないか?と…。そのように語りはじめた父親は、アメリカに腹違いの兄がいるのだという。”寝耳に水”状態の駿一。

やがて息子にひとしきり話をすると父親は帰っていきます。しかし、その父親の後を追うことにした駿一は、仕事を早退し後をつけていきます。

ある一軒家に入っていく父親。そこでどうしたものかと、駿一は戸惑っていると、その家に入っていくひとりの女性…姿がありました。

すると、その女性が声をかけてきます。どうやら、父親の愛人らしい藤田翔子というその女性に招かれ、父親と3人で食事をすることに……。

その出会いがきっかけで、会った事もない腹違いの兄の存在に、駿一の人生は大きく左右されていくことになるのです。

映画『アメリカの夢』の感想と評価


(C)大塚信一

大塚信一監督の劇場未公開作『アメリカの夢』を鑑賞するのは、需要なポイントが3つあります。

本作のストーリー設定をはじめにおさらいしておくと、主人公・駿一は失明という大きな出来事を前に、自分の人生がどう転んでいくのかという出来事があります。

そのターニングポイントとなる状況で印象的な人との出会いや、世界を揺るがした9.11事件の影響などを絡めて描いていく作品です。

駿一という男性が、失明を前にしてどう心境が変化していくのか。その経過に起きる出来事は成長なのか、それとも破滅なのか。観客によって様々な解釈ができる映画の結末が、とても興味深く面白い作品に仕上がっています。

鑑賞ポイント①:「9.11事件」という“外的による大きな力”

大塚信一監督劇場デビュー作『横須賀綺譚』


(C)横須賀綺譚

まず初めに出てくるキーポイントとなる部分は、冒頭のシーンで描かれる、「9.11の同時多発テロ」です。この事件が、駿一を苦しめます。

とはいえそれは直接的なものではありません。兄という媒介を介してのものになります。この「9.11」は、駿一自身ではテレビの中の出来事ですが、彼の腹違いの兄はこの事件の最中にいました。

俊一はテレビの中の対岸の火事のような出来事として、「9.11」を見ていました。一方、腹違いの兄は、言うなれば事件の当事者だったのです。

この腹違いの兄の存在は、実際には作品には明確には登場をしないような作りではあるものの、本作のストーリーでは大きな鍵を握る人物。

その対比を作り出すためにも、この「9.11」という、一瞬のうちで状況や物事を大きく変えてしまう外的な力、ある種の暴力行為は、大塚信一監督にとって重要かつ、テーマとなるポイントなのです。

ちなみの大塚監督の長編2作目となる『横須賀綺譚』(劇場デビュー作)では、その大きな外的な力の存在は「3.11」という東日本大震災でした。

父親の介護で、実家福島に帰郷せざる得なくなった元彼女が、震災による津波に呑み込まれ亡くなっていたはずが、全く別の場所である横須賀でいきているという噂を耳にします。

このように大塚監督の作品の特徴として、世界を一変させる外的な大きな力の下で主人公を描くことが多いのです。それは監督自身の生まれた長崎ということに端を発しています。

大塚監督自身、「あったことは、なかったことにできない」と、自身は被爆者3世であることを公言しています。

鑑賞ポイント②:「同じ顔した腹違いの兄」と“同化していく”


(C)大塚信一

駿一の腹違いの兄、彼は腹違いであっても、見た目は瓜二つでそっくりな人物。兄のフィアンセだった豊田真美も駿一を間違え、父親の愛人も亡き息子の面影を強く感じていました。

駿一は、この出会ったこともない兄に、少しづつ影響を受けていきます。

駿一の兄、正成は、高校時代母親の交際相手を殺しています。いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)な暴力的男で、彼を殺したことで少年院に入っていました。

とはいえ、殺害を犯したといっても、それは母親を守るため。その暴力下の状況で止むに止まれず家族を守るための行動でした。

俊一はこの事実を知り、よからぬ方向で正成の影響を受けてしまます。事実、駿一は見ず知らずのはずの兄を、会ったこともないにもかかわらず、「正成兄ちゃん」と呼んでいます。

幾ら周りからそっくりだと言われても、腹違いではあれ、血の繋がりがあったとしても、見ず知らずの人を兄ちゃんと呼べるのでしょうか?

それだけ、駿一が正成に、強い繋がりを求めたのでしょう。そのスイッチとなるのが、父親の愛人である翔子に着せられた「亡き兄のスーツ」だったのでしょう。

このある種の儀式的な行為を通して、“鏡合わせのように同じ顔した2人”である「駿一は正成と同化」していく運命を背負ったのかもしれません

鑑賞ポイント③:「赤いドア」という“対岸の真実”


(C)大塚信一

最後の鑑賞のキーポイントは、やはり本作の結末において、重要な場面になる「赤いドア」です。

この「赤いドア」は、俊一が真美といるときに、河川敷で首を吊ろうとしているホームレスを発見し、その場所にあったもの。

このホームレスが「赤いドア」を作った人物でした。かつて、そのホームレスは宗教の教祖であり、そのドアを“真実の門”だと語り、その扉の向こうには、あなたの望む真実がひらけていると言います。

胡散臭さしかありませんが、駿一はこのドアに、取り憑かれます。なぜなら、開けた先に“腹違い兄の姿”を見たからのです。

いないはずの兄、本来腹違いというだけで駿一との繋がりは薄いはずの兄、それが彼の前に重くのしかかります。

その真実の門は、駿一にとっては兄とのつながりを表した扉だったのです。果たして、その駿一が考える「真実」とは何なのか。駿一が出した答えは…彼のみぞ、知ることとなります。


 

大塚作品考察『横須賀綺譚』と『アメリカの夢』の比較

『横須賀綺譚』の劇中写真

大塚信一監督の未公開作品となる長編映画1作目『アメリカの夢』。そして一方の劇場公開作品である『横須賀綺譚』。このふたつの作品には、ある共通点が存在します。

それは、『アメリカの夢』には「9.11」が扱われているということ。そして『横須賀綺譚』では「3.11」の東日本大震災が取り上げられてること。このふたつの出来事は、当然ながら世界中を震撼とさせた大きな出来事です。

しかし「9.11」では、やはりアメリカという距離もあり、どこか現実味のない出来事だったかもしれません。日本に住んでいてテロリストなんて言葉は、現実味がないのは当然です。

この出来事を受けて衝撃を覚えた大塚監督は、実際にニューヨークへと足を運んだそうです。その現場を目の当たりにすることで、“起きてしまった真実”に心を寄せていきます

ニューヨークで自身の目で見た衝撃。それはテレビで見た対岸の出来事が此岸の現実の出来事、同じ日常だったと感じたからこそ、大塚監督は「9.11」を映画のテーマにすることで深く関わることにしたのです。

その後、しばらくして大塚監督は、東日本大震災を東京で体感します。

生活のためにラーメン屋で勤務する傍ら、自己表現のために映画を作っていた大塚監督。「3.11」の時は、ラーメン屋でいつものように接客業をしていました。

国道20号線にあるラーメン屋の店舗内で、震災によって交通マヒと化した状況下で帰宅難民となった人々を店に招き入れ、過ごしたひと晩。

そこに集まった人たちの誰もが「外的な大きな力」に不安を覚え、怯えながもひとりの弱者として誠実で真摯であったことを、大塚監督は印象的な夜だったと振り返っています。

この2つの大きな日米の事件。これらには直接的な繋がりはありません。

しかし大塚信一という個人、あるいは重ならない事実を同化させて重ね見ることで、描かなくてはならない共通項を“彼は映画作家として見つめ直し、問い直し”ていきます。

それは大塚監督自身の出生の地である「長崎」に大きな鍵となる重要なポイントがあります。大塚監督の祖母は、浦上天主堂の裏手で被曝をされたそうです。

長崎で起きたこと、あるいは広島で起きたこと大きな事実は、日本だけの出来事ではなく、日本とアメリカを繋ぐ「彼岸と此岸」という現実に繋がった真実なのです。

大塚監督は「全ての都市は慰霊の場所」だとインタビューで述べたことがあります。

それは、長崎、広島であれ、福島、東京、横須賀、あるいはニューヨークでも等しく日常生活があり、そこで起きた出来事、そこに関わったあらゆる立場の当事者たちにとって、真実が存在するのではないでしょうか。


 

まとめ


(C)大塚信一

本作『アメリカの夢』は、大塚信一監督の処女作として、若々しく荒削り、また難しい解釈も必要になるかもしれません。

しかし、噛み砕いてこの映画を鑑賞すると、それには大塚信一監督が映画作家として、描かずにはいられなかったテーマがよむとれるはずです。

主人公の駿一の行動、想い、それはどこか現実離れしているかもしれません。しかし、「9.11事件」の光景をテレビで初めて見た日本人は、それが「現実」だと感じることはできたでしょうか?

あのテレビ画面で見た、まるで映画のワンシーンを切り取ったような映像は、フィクションとしての出来事を見せられたような記憶だったと当時を思い起こすのではないか。

そこで本作品『アメリカの夢』に話を戻せば、内容はフィクションではあります。しかし、そこに起きている出来事に感情を同一化することで感じられることは必ずあるはずです。

「9.11事件」のあと、実際にニューヨークへと渡米した大塚監督は、いうなれば、子供の頃から長崎で聞かされ続けてきた“被曝体験者の語り部”のように、映画作りという精神性を近づけるものでたいと考えている、映画作家なのではないでしょうか。

ぜひ、大塚監督作品『アメリカの夢』と『横須賀綺譚』を合わせて観ることをお薦めします。






  

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