「語ってはならぬ物」との協定で平和が約束された村。小さな掟破りが増幅させる恐怖と愛する者を守りたい、無垢な勇気が起こす奇跡の物語。
映画『ヴィレッジ』を手掛けたのは、M・ナイト・シャマラン監督。『シックス・センス』『アンブレイカブル』『サイン』と連続でヒットさせた後の作品とあって、ファンやマスコミから大きな期待を込められた作品です。
シャマラン監督は本作品を制作するにあたり、当初は1897年代を舞台にしたラブロマンス的な作品を作りたいと構想。それを基にサスペンスの要素を入れたり、ホラー的なキャラクターを登場させたりと、脚本が仕上がるまでに2年を投じた力作です。
映画『ヴィレッジ』の作品情報
【公開】
2004年公開(アメリカ映画)
【監督/脚本】
M・ナイト・シャマラン
【キャスト】
ブライス・ダラス・ハワード、ホアキン・フェニックス、エイドリアン・ブロディ、ウィリアム・ハート、シガニー・ウィーバー、ブレンダン・グリーソン、チェリー・ジョーンズ、セリア・ウェストン
【作品概要】
本作は1999年公開の『シックス・センス』で脚本・監督を務めて成功をおさめた、サスペンス・ホラーのカリスマM・ナイト・シャマラン監督が手掛けました。
途中、主人公のアイヴィー役が降板をしてしまいましたが、ブロードウェイで舞台を見た時に新人女優のブライス・ダラス・ハワードをみつけてオファーをし、それが功を奏しイメージ通りの配役ができたと語っています。
また、他の出演にはリドリー・スコット監督作『グラディエーター』(2000)で注目されたホアキン・フェニックス、ノア役には『戦場のピアニスト』(2002)でアカデミー賞主演男優賞を受賞したエイドリアン・ブロディ、「エイリアン」シリーズでおなじみのシガニー・ウィーバーなど、個性的で豪華なキャスティングにも注目です。
映画『ヴィレッジ』のあらすじとネタバレ
1897年アメリカのペンシルバニアにある森の奥にある小さな村では、子供と思われる小さな棺に咽び泣く紳士が最期の別れをしていました。
紳士の子供とみられるその墓碑には、“ダニエル・ニコルソン 1890-1897”と彫られており、わずか7年の命ということがわかります。
翌朝、村の娘たちが軒先の掃除をしていると“赤い花”をみつけますが、慌ててむしり取り土を掘って埋めてしまいます。そして、子供たちが通う学校の側では、毛皮を剥ぎ取られた小動物の死骸があるのを発見されました。
村長のエドワード・ウォーカーは子供達に誰の仕業かを問います。すると子供達は迷うことなく(森に棲む)「語ってはならぬモノ」の仕業だと言うのでした。
その村には森を抜け村と外との行き来を禁ずる掟があります。その掟は森に棲む「語ってはならぬモノ」が長年その境界を越えて村にこなかったので、村人も森へ入ることを禁じたという協定のことです。
時々、森の深層から不気味な唸り声が轟いてくると、村人の誰も町まで行きたいなどと言い出す者はいませんでした。
村の若者ルシアス・ハントは医薬品が整っていないせいで、幼い命を救えなかったと思っています。彼は二度とそのようなことが起こらないように、町まで新しい医薬品の調達に行かせてほしいと、村の長老たちに嘆願をするのでした。
ルシアスは村の中でも正義感が強く“勇敢な男”と、一目置かれている存在です。
そんなルシアスに思いを寄せるのがエドワードの娘キティとその妹アイヴィーでした。キティは明朗快活な女性で、アイヴィーは生まれつき目が見えませんが、男勝りに活発で元気に走り回るような女性です。
キティは結婚願望が強くルシアスの気持ちも確認せぬまま、ルシアスに逆プロポーズするも撃沈させられてしまいます。
一方、アイヴィーは視力はないもののその他の感覚が発達していて、人の想いやオーラを感じ取ることができました。アイヴィーはルシアスが自分に思いを寄せていることを察しています。
アイヴィーとルシアスには精神に障害のあるパーシー・ノアという友達がいます。彼は無垢な青年ですが感情にムラがありました。
ある日、ノアは村人とトラブルを起こしますが、アイヴィーの言うことだけは素直に聞く男でしたので、アイヴィーは“仕置き小屋”で反省するように言いますが、不憫に思い許してあげました。……そんな姉と弟のような関係です。
ノアとアイヴィーが“腰かけ岩”まで、駆けっこをするとそこにはルシアスがいました。アイヴィーはルシアスが自分に思いをよせているかを訊ねます。
「私が子供の頃は歩くときに、腕を取ってくれたわ。でも、ある時からしなくなったの。転ぶフリをしたとき抱きとめてくれなかった。自分の想いを隠そうとしたのでしょう?」
腰かけ岩から離れていたノアが戻ると、赤い実をつけた小枝を持ってきてアイヴィーに手渡しました。
ルシアスが「気をつけろ“不吉な色”の実だ」と注意すると、アイヴィーはそっと手で隠し「森の彼らを呼ぶ色よ……埋めなくては……」と言うのでした。
映画『ヴィレッジ』の感想と評価
ヴィレッジは幼い子供達に“危険な場所に行ってはいけない”という、戒めを教えるための童話のような内容でした。
愛する者を失い残された家族を必死に守ろうとする究極の方法が、傷みを分け合った犯罪被害者家族たちの結束だったのです。
いずれ年長者達も死に、悲惨な事件のことを知らない子供たちだけが残って行った時に、自分達が築いた理想郷が、そのまま残ることができるのか? 村の存続も時間の問題と思えました。
アイヴィーが村の秘密を知り薬を持ち帰ったことで、徐々に村の在り方も変わっていくことでしょう。
「ヴィレッジ」は実在する…
ヴィレッジはペンシルベニア州の森が舞台になっていますが、実はこのペンシルベニアには「アーミッシュ」と呼ばれる、この映画さながらの暮らしをする人たちが存在しています。
彼らはキリスト教のメノー派の人々で構成されていて、歴史的にも平和教会の一つに数えられています。つまり、非暴力主義で暴力のない抵抗と平和主義のために行動をしています。
アーミッシュの人々も1890年代風の衣服を着て、自給自足をし電気やガスなども用いない生活をしていますが、外部との接点はあり、見学者を入れ地産品などをお土産物として売ったりしています。
シャマラン監督の盗作説
映画評論家の間では『ヴィレッジ』のどんでん返し的なアイデアや、怪物が登場するシーンなどが、古い小説や映画のアイデアそのものだと指摘するものでした。
シャマラン監督の過去作品にも同様の疑問や指摘がされているようですが、本作は評論家や映画マニア以外にしか知り得ないことで、初見の人には十分に楽しめる映画でしょう。
シャマラン監督自身もそこを狙っていたとも考えられます。
まとめ
シャマラン監督作品といえば多くの人が、ラストにどんなどんでん返し的なストーリーが待っているのかを期待しています。
この『ヴィレッジ』もその期待に応えるラストが待ち受けているわけですが、この作品には幾重もの布石があります。
村の年長者の過去が語られていること、それが何を意味しているのか、観ながら考えて全貌が理解できたところで最後に「エッ!」と言わせるラストが待っていました。
さらにシャマラン監督は『シックス・センス』以降、自作の映画にカメオ出演しています。
本作にも出ていましたがお気づきでしたでしょうか? 声だけの出演とかさまざまあるようですが、本作も声とチラッとご本人が映りこんでいたようです。