連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第12回
世界のあらゆるジャンルの映画から埋もれかけた作品、時には大スターが出演する映画も登場する、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第12回で紹介するのは『ザ・クーリエ』。
ヤバい物を運ぶ”運び屋”、犯罪者の逃亡を助ける”逃がし屋”など、裏社会のために働くドライバーを主人公にした映画は、アクション映画の人気ジャンルとして存在していました。
現在も「トランスポーター」シリーズや『ドライヴ』(2011)、『ベイビー・ドライバー』(2017)などの作品が、新たなファン層を獲得しています。
その人気ジャンルに挑戦するのが、『007/慰めの報酬』(2008)で世界的スターとなったオルガ・キュリレンコ。バイクを駆る元特殊部隊の凄腕運び屋が、自分を陥れた悪党どもと対決する!
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020延長戦見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ザ・クーリエ』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス映画)
【原題】
The Courier
【監督・脚本・製作総指揮】
ザッカリー・アドラー
【キャスト】
オルガ・キュリレンコ、ゲイリー・オールドマン、アミット・シャー、ウィリアム・モーズリー、ダーモット・マローニー、クレイグ・コンウェイ、グレッグ・オービス
【作品概要】
ロンドンの裏社会で運び屋をする元特殊部隊の女。彼女が巨悪に立ち向かう姿を描くサスペンスアクション映画。監督は実在の犯罪組織のボス、クレイ兄弟を描く『UKコネクション 前編 伝説の幕開け』(2015)、『UKコネクション 後編 狂気と破滅』(2016)のザッカリー・アドラー。
主演はオルガ・キュリレンコ、敵の黒幕をゲイリー・オールドマンが演じるなど、豪華キャストの作品です。主人公に命を救われる男を『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(2014)のアミット・シャー、「ナルニア国物語」(2005)シリーズでスターとなった、ウィリアム・モーズリーが主人公たちを執拗に追い詰める悪役を演じます。
映画『ザ・クーリエ』のあらすじとネタバレ
屋内駐車場で椅子に縛られ、暴行を受けるバイクスーツに身を包んだ女”The Courier”(ザ・クーリエ、宅配便を意味する言葉)。相手は彼女に、目撃者を守ることを諦めろと告げます。
その彼女、クーリエ(オルガ・キュリレンコ)に加速した車が、真正面から迫って来ます……。
ニューヨークの聖アンソニー聖堂。そこで開かれている葬儀に集う人々の最前列に、悪名高い隻眼のマフィアのボス、エゼキエル・マニングス(ゲイリー・オールドマン)がいました。
そこに現れた彼の娘のアリスは、報道で父の逮捕が近いと悟っていました。娘に対し、早急に手を打たねばならないと告げたマニングス。
アリスは全て順調と答えますが、彼はブライアント捜査官(ウィリアム・モーズリー)に手筈を確認しろと告げます。警察に睨まれた彼は動けず、今後の連絡はアリスが行うことになります。
聖堂にFBIとSWATの一団がやって来ます。マニングスは抵抗せず逮捕され連行されました。
夜のロンドン市内を走り抜けるバイク。運転している彼女に仕事の依頼が入ります。
マニングスはNYの高層ビルにある自宅に、FBIに監視され軟禁状態に置かれていました。その父の前に現れ、証人には裁判で証言させないと告げるアリス。
自らの置かれた環境に憤慨したマニングスは、監視する者の前で声を荒げました。
その頃ワシントンDCの裁判所では、マニングスに関する裁判が始まろうとしていました。重要な証言をする人物は、身の安全のためヨーロッパ某所から証言すると告げられます。
同じ頃ロンドンでは、証人であるニック(アミット・シャー)が車に乗せられ、警官や女捜査官シモンズらに護衛され、とある場所へと向かっていました。
冗談を言い落ち着こうとしているニックは、マニングスが直接殺人を犯す姿を目撃していました。シモンズからあなたの証言で全て解決すると言われ、改めて緊張するニック。
車はビルの駐車場に入り、ニックは厳重に警護されエレベーターに乗ります。この建物の1室から裁判所が用意したビデオのリンクを使い、彼は証言するのです。
同じロンドン市内を、バイクに乗った女宅配員、通称クーリエが走っていました。彼女がFBI捜査官からの依頼を受け、重要なビデオリンクのキットを運んでいました。
ニックが案内された部屋は、厚さ約15㎝の防護鋼に守られていました。裁判で証言すれば、犯罪王のマニングスは刑務所送りで、あなたは人生を取り戻せると告げるシモンズ捜査官。
マニングスはNYの自宅で、監視のパーロウFBI捜査官(クレイグ・コンウェイ)への嫌がらせの様に、クラシック音楽を大音量で流して楽しんでいました。そこに娘のアリスが現れます。
2人は監視の目が届かない部屋に移動し、そこでアリスからスマホを渡された彼は、ロンドンにいるFBIのブライアント捜査官と話します。ブライアントが証言を阻止する手はずでした。
クーリエはビルに到着すると、閉鎖されたシャッターを解錠して駐車場に入り、エレベーターで目的の階に向かい、部屋の扉をノックします。
入室したクーリエに銃を向け荷物を取り上げ、抗議に構わず身体検査を行うシモンズ捜査官。
捜査官は身分を証明する物を見せるよう要求しますが、彼女はただの宅急便(クーリエ)に過ぎないと言い、名を明かしません。
彼女がシモンズに届けた荷物のケースは、検査を終えてから開けられました。中身はこの部屋と裁判所とオンラインでつなぐ、厳重に管理された装置でした。
証言への準備が進められる中、緊張したニックはトイレに入ります。裁判所とマニングスが経過を待つ中、拳銃にサイレンサーを取り付けた、シモンズ捜査官の態度に疑念を抱くクーリエ。
運ばれた装置のスイッチを警官が押すと、ガスが噴出します。同時にクーリエの胸に銃弾を2発打ち込むシモンズ。トイレのニックは外の物音に気付き、シモンズに呼びかけました。
ニックが外の様子を伺うと、噴出した青酸ガスを吸い、苦しむ警官たちの姿がありました。シモンズは用意したガスマスクを付け、銃を手にその部屋に入ろうとします。
彼女の背後でクーリエが立ちあがり、シモンズ捜査官を殴り倒すとガスマスクを奪い装着します。クーリエは落ちていた銃を拾い、ガスの充満した部屋に入りました。
トイレのニックの声に気付いたクーリエは、ドアを蹴破って中に入ります。彼女を襲撃者と思い襲おうとしたニックを、あっさり抵抗出来なくするクーリエ。
あなたを救うと手短にニックに告げ、自分のマスクをニックに付けると彼女は息を止め、ガスの中を突っ切り外に出ます。訳が分からず彼女に何者かと訊ねるニック。
クーリエが捜査機関の内部の者が裏切ったと伝えても、ニックはお前は信用できるのか、と疑います。しかし追って来たシモンズに撃たれ、彼も事態を飲み込みます。
クーリエとシモンズは狭い廊下で撃ち合い、ニックは何とかクーリエの側に逃げ込みます。シモンズ捜査官は撃たれて倒れました。
自分を護衛していた捜査官に撃たれ混乱するニックに、自分も撃たれたと防弾チョッキの命中弾を見せるクーリエ。ニックは宅急便業者が防弾チョッキを着ていることに驚きます。
エレベーターで駐車場階に向かう2人。クーリエに彼を傷つける意志は無く、自分も騙されたと説明します。ニックの命を狙う者は、犯行を彼女の仕業に見せかけるつもりでした。
ようやく事態を把握し、彼女と一緒に居たいと言うニックを拒絶し、建物を出て最寄りの警察に駆けこむよう告げるクーリエ。
動揺するニックに、私たちは新たな日に闘うために生き延びるんだ、と告げるクーリエ。それは彼女の父の口癖でした。
瀕死のシモンズは、ブライアント捜査官にニックが宅配便業者(クーリエ)と共に逃げたと報告します。ブライアントは彼女を見殺しにして、次の手を打とうと動きます。
待てどもニックの証言が得られず、マニングスの裁判は始まりません。バイクで逃げようとしたクーリエの元に駆け寄り、駐車場から外に出れないと訴えるニック。
クーリエはニックをバイクの後部に乗せ、暗証番号を入力し駐車場のシャッターを開けます。しかしそこにブライアントの車が待ち受けていました。
ブライアントに撃たれ、慌てて駐車場内に引き返すクーリエ。完全武装したブライアントの部下たちも姿を現します。
警備室を制圧したブライアント捜査官は、放送を使い駐車場のクーリエに、証人のニックを引き渡せば解放してやると呼びかけ、駐車場フロアを閉鎖しました。
ニックと共に駐車場内を逃げるクーリエの姿を、モニターの映像で見守るブライアント。
FBI本部のロバーツ特別捜査官(ダーモット・マローニー)は、ニックの証言が得られず裁判が中断した事態に、ブライアントに連絡し状況の報告を求めます。
その電話を受けたブライアントは、裏切りがあって護衛のシモンズ捜査官から連絡が途絶え、彼女や部下、そしてニックも死んだと報告しました。
後は自力で処理すると言うブライアントに、1時間後に応援部隊を送ると告げたロバーツ特別捜査官。ブライアントは応援が来る前に、ニックとクーリエを殺す必要に迫られます。
自分の腕時計のタイマーを1時間後に設定すると、部下たちに時間内にターゲットを始末しろと命じるブライアント。
アリスのスマホに連絡を入れたブライアントは、状況をマニングスに報告します。裁判は中断させたものの、証人は始末していないと知り、契約は完了していないと告げるマニングス。
駐車場の車の荷台に隠れ、ブライアントの手下の捜索から逃れたニックとクーリエ。しかし彼女の手元に銃はありません。
何か身を守る物を要求するニックに、彼女は自分の着ていた防弾チョッキを譲ります。
マニングスの裁判は結局延期となり、判事は検察側が証人を用意出来なければ、裁判そのものが無効になると警告しました。
裁判の経緯を知って勝ち誇り、父マニングスを誇るあまり、監視のパーロウ捜査官を馬鹿にした態度を見せるアリス。
敵の1人に背後から襲い掛かり、首を折って始末したクーリエ。しかしその男の持っていた自動小銃はスマートガン(認証された者しか使えない銃)で、やむなくナイフを奪います。
男の付けていた無線を身に付け、ニックと共に死体を隠すクーリエ。
その頃NYのバーロウ捜査官は、マニングスに裁判が維持できなくなったと告げ、監視任務を終えマニングスの自宅を引き払うと伝えていました。
クーリエとニックは、駐車場の車の1台に身を隠していました。彼女に事情を聞かれたニックは、偶然マニングスの殺人を目撃した日の出来事を打ち明けます。
その後警察に逃げ込んで証言し、今日まで保護されていたニック。大物ギャングのボスを有罪にできる、唯一の証人になった事実をニックは後悔していました。
その間に車のエンジンをかけることに成功したクーリエですが、正面に男が現れ発砲します。その男を撥ね、轢き殺したクーリエ。
しかし残るブライアントの手下が銃撃しながら追ってきます。車は男たちに包囲され無数の銃弾を浴びせられますが、その中に2人の姿はありませんでした。
抜け出すと1台の車の燃料管を傷つけ、ガソリンを漏れさせたクーリエ。ニックのライターでガソリンに火を付け爆発させ、男の1人を火だるまにします。
炎に包まれた男を、仲間が銃で撃って苦痛から解放しました。
クーリエに手を焼いた結果、手下を3人失い残る時間は42分を切り、応援を求め凄腕のスナイパー(グレッグ・オービス)に連絡をとるブライアント捜査官。
そして彼が調べても、クーリエの正体を今だ掴むことが出来ずにいました。
映画『ザ・クーリエ』の感想と評価
はい、この作品は『トランスポーター』(2002)の女性&バイク便版です。もう結論が出た気がしますが、この映画の作り手に目を向けてみましょう。
監督のザッカリー・アドラーは本作公開に際し、自分のお気に入りの、”kick-ass female action stars”=敵をぶっ飛ばすアクション女性スターを、5人紹介しています。
それは『エイリアン』(1979)のシガニー・ウィーバー、『キル・ビル』(2003)のユマ・サーマン、『フォクシー・ブラウン』(1974)のパム・グリア、『フィフス・エレメント』(1997)のミラ・ジョヴォヴィッチ、そして『修羅雪姫』(1973)の梶芽衣子でした。
芯の強さと独自の正義感を持つ、闘う女性が好きなザッカリー・アドラー。映画に描かれた”クーリエ”という、名前の無いアクションヒロインの原型が理解できる証言です。
女性アクションヒーロー映画ができるまで
本作をザッカリー・アドラー監督と共に製作し、さらに共同で脚本にも関わったのがジェームズ・エドワード・バーカー。本作の音楽も担当しています。
映画音楽を数多く手がけながら、ブルース・ウィリス出演の犯罪アクション映画『レッド・ダイヤモンド』(2016)を製作している、珍しい経歴の人物です。
本作の脚本を手に入れた彼は、監督と共に脚本に手直しを始めます。大きく変えたのは主人公を女性に変え、敵の黒幕、マニングスの人物像に深みを与えたことでした。
主人公”クーリエ”には、監督が上げた女性アクション映画以外からも、様々なアクション映画から影響を受けたと語り、ヒロインの映画がバディ・ムービーに変化していく様は『ダイ・ハード』(1988)、『リーサル・ウェポン』(1987)を意識していると話しています。
自分と異なり、監督には裏社会の人間を知る機会もあったと語るジェームズ・エドワード・バーカー。マフィアの関係者が葬儀の際に逮捕されるシーンも、監督が知ったエピソードを取り入れたものだと語っています。
彼と監督は脚本段階で、マニングス役にはゲイリー・オールドマンをイメージしていました。監督は”クーリエ”役にオルガ・キュリレンコの起用を望み、それらの願いは叶えらえました。
2人はデイブ・バウティスタ主演のアクション映画、『ファイナル・スコア』(2018)に、製作と音楽の立場でそれぞれ関わっていました。そこで見たアミット・シャーの演技を気に入り、本作への起用を決めています。
またウィリアム・モーズリーに、”クーリエ”と対決する重用な役を演じてもらえたのも、非常に幸運だったと振り返っています。
彼は代表作『ナルニア国物語』のイメージから再出発にあたる、本作の悪役を限界まで楽しく演じてくれたと、評価されています。その姿は映画を見て確認して下さい。
低予算映画は色々大変です
豪華なキャストが集結した本作、その一方で製作費は潤沢ではありませんでした。『ジョン・ウィック』(2014)と同じ規模の作品は作れない、予算の制約の中で最大限野心的な作品に挑んだ、とジェームズ・エドワード・バーカーは語っています。
映画は明らかにNY・ワシントンDCのアメリカパートと、ロンドンパートは別撮りです。同じセットに立たなかった共演者がいることは明白です。
撮影スケジュールにも苦しめられた本作。天候など様々な不確定要素の振り回されながら、予定に様々な変更を加えながら撮影されていきました。
見せ場、というか映画のメイン舞台となる駐車場のアクションシーン。どこかの駐車場を探して撮っただけに見えますが、そこにも作り手たちの拘りがあります。
映画の美術スタッフは、3フロアある駐車場での登場人物の移動が、観客に感覚的に識別できるように、天井のデザインを工夫し各フロアを区別化しました。
それがカラリスト(色彩設計)のスタッフの手を経て、映像として完成した時、その成果には充分満足した、と製作者は語っています。
明らかにどこかのロケ場所で撮られた、映画やドラマのシーンも、映画的な装飾や工夫により、いかに観客の印象が変わるかを示すエピソードです。B級映画を見る時の指標にして下さい。
製作舞台裏エピソードが面白い本作ですが、時代を先取りした”リモート撮影”(?)と言うべき誰でも判る別撮感や、単純すぎるストーリーを実にB級的だと受け取る方もいました。
それを指摘する厳しい意見もありますが、シンプルなストーリーと全編メリハリを付けつつ見せるアクション、「こういう映画でいいんだよ!」というB級映画ファンには実に良作です。
まとめ
参考映像:『レオン』(1994)
豪華スターによる、リーズナブルでシンプルなアクション映画『ザ・クーリエ』。これが実にイイんです。このA級映画未満感をどう評価するかは、観た上でご判断下さい。
実は本作の見所は、『ナルニア国物語』の主人公兄弟の長男を演じた、ウィリアム・モーズリーの姿です。この人、かの名優ゲイリー・オールドマンとは、実際には共演していません。正確には電話越しに会話するシーンでの、”リモート共演”なら果たしています。
ところがウィリアム・モーズリー、本作では面白いほど『レオン』のゲイリー・オールドマンを意識した演技を見せています。この悪役のヤバい言動は将にそのものです。
時々薬をポリポリ口にする姿は、『レオン』そのもので、微笑ましい位です。これで首をボキッと鳴らすと完全コピーになるから、意識して避けたと見ました。
という事で、彼のゲイリー・オールドマン愛が伝わる演技を、『レオン』のファンはじっくりとお楽しみ下さい。それにしてもゲイリー・オールドマン、太りました!
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
次回の第13回は、兄の死から5年後、元婚約者が突然現れ兄の子を身ごもったと打ち明ける。異色のスリラー映画『ストレンジ・アフェア』を紹介いたします。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020延長戦見破録』記事一覧はこちら