世界的ファッションデザイナーとして著名なトム・フォードが、2009年の『シングルマン』以来7年ぶりに手がけた映画監督第2作『ノクターナル・アニマルズ』をご紹介します。
米作家オースティン・ライトが1993年に発表した小説を大胆に脚色。自身の故郷テキサスを作品に盛り込みました。
エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソンら豪華キャストが絶妙の演技を見せています。
CONTENTS
1.映画『ノクターナル・アニマルズ』作品情報
【公開】
2017年(アメリカ映画)
【原作】
Nocturnal Animals
【監督】
トム・フォード
【キャスト】
エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホール、マイケル・シャノン、アーロン・テイラー=ジョンソン
【作品概要】
1993年にアメリカの作家オースティン・ライトが発表した小説『ミステリ原稿』を映画化。
ギャラリーのオーナーとして富も名声も得ながら、夫は浮気しており、幸せを感じることができないスーザン。
そんな彼女のもとに、別れて以来、ずっと連絡をとっていなかった元夫のエドワードから小説の原稿が送られてくる。読んだら感想を聞かせてほしいという手紙を添えて。小説は暴力的で不穏に満ちたものだった…。
2.映画『ノクターナル・アニマルズ』あらすじとネタバレ
L.A.(現実)
豊満な肉体を惜しみもなくさらけ出して踊る肥満女性たち。悪趣味とも呼ぶべき映像はギャラリーの展示の一部で、レセプションは大勢の人で賑わっていました。
翌朝、ギャラリーのオーナー、スーザン・モローのもとに小包が届きます。別れてから19年、ずっと連絡をとっていなかった元夫のエドワードからでした。
小包を開けようとして、スーザンは紙で指を切ってしまいます。中身はエドワードが書いた本の校正刷りで、「君との別れを念頭において小説を書いた。是非感想を聞かせてくれ」という短い手紙が添えられていました。
夫のハットンが、降りてきたので「昨日は来なかったわね。15分だけでも顔を見せて欲しかった」とスーザンは言いました。
週末に出かけないかと夫を誘いますが、土曜日だというのに彼はスーツを来ており、これから仕事でニューヨークに行かなければいけないと言うのでした。
名声も富も全て得たにもかかわらず、幸せではない。スーザンは自分の境遇をそのように考えていました。元夫の小説を手にとり、読み始めます。タイトルは『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』。”スーザンに捧ぐ”という献辞が目に入ってきました。
TEXAS (小説)
トニー・ヘイスティングスは、妻のローラと娘のインティアとともに、深夜、目的地へと車を走らせていました。車のヘッドライト以外は真っ暗闇の中、トニーは妻の手を愛おしげに握り、微笑み合いました。
前方に車が二台、前をふさぐようにして走っているのが見えました。クラクションを鳴らすと、男たちは、こちらをじろじろ覗き込み、にやにやといやらしい笑みを浮かべていました。
追い抜いた際、後部座席に座っていたインティアが男たちに中指を立ててみせたせいで、男たちは怒って猛追してきました。恐ろしくなり、スピードをあげて逃げようとしますが、二台にはさまれ、トニーは前の車の後部にぶつかってしまいます。
男たちはトニーの車に激しく車体をぶつけてきて、車は道路を外れたところで停まりました。
車から降りてきた男たちは車の後部に追突して逃げようとしたと激しくののしり、近くに修理工場があるからそこまで一緒に来いと言います。そして、トニーの車がパンクしていると告げます。
本当にパンクしており、このままでは車は動きません。「修理してやろう」と長髪で髭を生やした男が言い、トニーたちは車を降ろされてしまいます。修理が終わると、男たちはトニーを殴り、妻と娘を自分たちの車に引きずり込み、連れ去ってしまいました。
L.A.(現実)
思わず本を閉じるスーザン。彼女は携帯を取り出し、夫に電話をかけました。電話に出た夫はニューヨークのホテルのエレベーターに女性連れで乗っていました。
エレベーターボーイとの会話を聞き、いつもの部屋ではないのねとスーザンは尋ね、夫はいつもの部屋がとれなかったんだと嘘の言い訳をしていました。
その時、スーザンの耳に、エレベーターボーイの「マダム」という声が飛び込んできました。夫は女といる、スーザンはそう確信しますが、そのまま会話を続けて電話を切りました。
TEXAS (小説)
トニーは一人残った男に命令されるまま、車を走らせていました。妻と娘が乗せられた車はもう見えません。
暗い草地に誘導された上、車を奪われ起きざりにされるトニー。しばらくして再び男たちが乗った車がやってきて「女房が呼んでるぞ」とトニーを呼ぶ声がしますが、じっと身を伏せたままでいると男たちは行ってしまいました。
歩いていると、次第に夜が開けてきました。道路に出ても彼を乗せてくれる車は一台もありません。ようやく一軒の民家を見つけ電話を借りると、警察に連絡しました。
事件を担当する警部補ボビー・アンディーズは「電話した家から現場まで行けるか?」とトニーに尋ね、彼を車に乗せました。
記憶を辿り、進んでいくと、ゴミ焼却場に続く道に出ました。車を降り、歩いて行くと、真っ赤なソファーの上で向かい合うようにして横たわった妻と娘の姿が目に入ってきました。二人は殺されていました。
L.A.(現実)
小説を呼んでいたスーザンは思わず娘のサマンサに電話します。サマンサの声を聞いて、ほっと安堵するのでした。スーザンはエドワードとの出逢いを思いだしていました。
イェール大を出て、コロンビア大の修士課程に通っていたスーザンは、コロンビア大学の奨学金を得るために面接にやってきたエドワードにバッタリ出逢ったのでした。二人は幼馴染でそれは久しぶりの再会でした。
スーザンは自身の両親を「保守的な共和党員で物質主義の性差別主義者、人種差別主義者のナルシスト」と批判します。「君は君のお母さんに良く似ている」というエドワードに「もう言わないで。母に似たくないの」と応えるスーザン。
「君は初恋の人なんだ」とエドワードは言い、スーザンは「うちに来る?」と彼を誘いました。
母親は二人の結婚に反対します。「あなたは意思が強い。エドワードは弱すぎる。結婚は辞めて。あなたは彼を傷つけるわ」母は言いました。「自分を親と違うと思うのは間違い。私とあなたはとても似ているのよ」。
TEXAS (小説)
事件からしばらく経ったころ、ボビー・アンディーズ警部補から、犯人らしき男が、見つかったと連絡が入りました。スーパーで強盗した男のうち、一人が死に、一人が逃げ、一人が捕まったといいます。捕まった一人が、トニーを置き去りにした男だろうと警部補は言います。車に残った指紋が一致したのです。
逃げ延びた男レイが主犯に違いないと警部補は睨んでいました。
L.A.(現実)
「寝ていませんね」ギャラリーのスタッフがスーザンに声をかけました。「私は眠らないの。別れた夫は“夜の獣”と呼んでいたわ」とスーザンが言うと、スタッフは元夫のことは知らなかったと応えました。
ギャラリーの壁にかけられた作品の前で思わず立ち止まるスーザン。キャンバスには「REVENGE(復讐)」と描かれていました。「あなたが購入したんですよ」とスタッフに言われ、驚きます。
スタッフは、自宅の赤ちゃんの様子をみることができ、声もわかると、スマホを彼女に見せてきました。ベビーシッターは信用できないと彼女は言います。
スマホを渡され画面に映る愛らしい赤ちゃんの姿を観ていると、突然、女性の顔が画面に現れ、驚いてスマホを落としてしまいます。「壊してしまったわ」と謝るスーザンに「どうかしましたか?」と尋ねるスタッフ。あの女は現実か幻なのか、スーザンにはわからなくなっていました。
TEXAS (小説)
警部補はレイの居場所をつきとめ、トニーを同行させました。長髪で髭をたくわえたあの男です。「奴だ。間違いない」。警部補はレイを車に乗せました。「この男に見覚えは?」と尋ねてもレイはしらを切ります。
警部補は焼却場近くのトレーラーに彼を連れて行きました。トニーは怒りを爆発させ怒鳴りました。「知りたい! 二人は何って言った?! どうやって殺した!? 答えろ! この野郎!」そして男を殴り飛ばしました。
L.A.(現実)
エドワードは小説を書くとそれをスーザンに見せ、アドバイスを求めたものでした。「誤解しないでほしいのだけれど、自分以外のことを書くべきよ」と言うスーザンに「表情でわかる。僕の才能を疑っている」と返答するエドワード。「だから読みたくないの。すぐ怒るから」。
彼が小説家になる夢を支えたいという思いはとっくに消え、いつまでもぱっとしない生活が続くことにスーザンは不満を持ち始めていました。そんな時、今の夫のハットンに出逢ったのです。
TEXAS (小説)
「レイが証拠不十分で釈放された」トニーのもとに警部補から連絡がはいりました。警部補は自分が末期の肺がんを患っていることを告白します。病気を理由に、上層部は彼をこの事件からはずしたがっていることも。
「これからどうする?」というトニーの質問にレイは応えました。「どこまで本気で正義を望むかだ。レイをどうして欲しい? 俺は失うものがない。人殺しを野放しには出来ない。」
L.A.(現実)
「俺を愛しているか?」と聞くエドワードに、スーザンは「愛している」と応えました。「誰かを愛したら努力すべきだ! 失ったら二度と取り戻せないのだから」エドワードは叫びました。
その頃スーザンはエドワードの子を身籠っていましたが、ハットンに同行してもらい、堕胎します。エドワードには子どもを身籠っていたことすら知らせていませんでした。「カトリックの私が中絶するなんて。」
車内でハットンに慰められていた彼女がふと目をあげると目の前にエドワードが立っているのが見えました。雨にうたれながら彼はじっとこちらを見ていました。
3.映画『ノクターナル・アニマルズ』の感想と評価
先鋭的なアートギャラリーのオーナー、スーザンのもとに元夫エドワードから送られてきた小説。その小説が映像となって、スーザンの実生活と交互に描かれていきます。
エドワードを演じるジェイク・ギレンホールが、小説内のトニーも演じているのがミソです。
「君との別れを念頭において小説を書いた」という添えられた手紙の文面、”スーザンに捧ぐ”という献辞、スーザンはいやおうなくこの小説世界に巻き込まれていきます。
モーテルで風呂に入り苦悩するトニーと、豪邸で入浴しているスーザンの映像が重ねられたり、スーザンが思わずかけた電話に出る娘の姿が、小説の死体と同じ向きに横たわる裸体であったり、小説のラストで死に瀕するトニーと、スーザンの顔が交錯して描かれたり、と現実と虚構が深くリンクしていく様子が圧巻のビジュアルで描かれます。
ただの読者でなく、当事者として、スーザンはこの世界に対峙せざるを得ません。陵辱され、殺害される自分自身を感じ、身を強張らせます。
にもかかわらず、彼女の心は次第にエドワードへの再会を望むように変化していく。これは小説が仕掛けた罠なのでしょうか。
傷つけた者は概して傷ついた者ほど事の次第を覚えておらず、いつの間にか心から消えていきますが、傷つけられた者の心は簡単におさまるものではないといいます。
忘れられることのない深い痛みが、叫びのように全篇を覆い、罪の意識はあるものの最後まで自覚が希薄なヒロインに、映画は静かに鉄槌をくだします。
スーザンを演じたエイミー・アダムスのおさえた感情表現が素晴らしく、何度も鏡を覗く、眠らない女の表情がいつまでも脳裏に焼き付いて離れません。
4.まとめ
冒頭の映像に驚いた方が多いのではないでしょうか。贅肉が揺れる肥満の体をおしげもなくさらした女性たちが踊っている姿。醜悪? 頽廃? そんな言葉では表現できない圧倒的なビジュアルです。
タイトルロールの間、延々と流れるこの映像は、カメラが引くと、ギャラリーの展示の一部とわかり、これまた驚かされます。
芸術とは美しいもの、心地よいものばかりではなく、人の心に衝撃を与えて奥に潜っていくものなのだ、ということを思い知らされます。ギャラリーが舞台ということで、ここには様々な作品が登場しますが、暴力に溢れたものも少なくありません。
女たちが踊る背後には真っ赤なベルベットのカーテンがそびえています。死体が横たわる赤いソファーや、車のヘッドライトしか明かりのない暗い道路の映像といい、デヴィッド・リンチを思わせる光景は私たちを一挙に「不穏」な世界へ引きずり込んでいきます。
小説の物語と現実のスーザンの生活という二重構造がとられているこの作品、映画内小説と映画の二重構造とも言いかえられますが、それを観ている私たちもまた、そこに巻き込まれているといってもよく、日常につきまとう不安感を他人事として傍観できなくなってきます。
他人と付き合うことの難しさ、生まれもったものと育った環境がもたらす不条理、常に付きまとう不安感、暴力、裏切り、愛憎、嫉妬、そして「復讐」。私たちの住む世界はなんと困難に溢れていることか。
主演の二人は勿論のこと、マイケル・シャノン(モーテルを背景に彼が初登場してくる時のショットのかっこよさといったら!)、アーロン・テイラー=ジョンソンもとてもいい味を出しています。
監督のトム・フォードは言わずと知れたファッション界の重鎮。映画は二作目ですが、とんてもない作品を作ってしまいました。今後映画監督としてどのような展開が待っているのでしょうか。