立ち止まっても大丈夫、ゆっくり進もう。
撒いた種の実る季節は必ずやってくるから。
心に問題を抱えた若者たちを受け入れ、再び歩きはじめるための一歩を手助けする場所「もみの家」。
主人公の彩花は、そこで仲間たちと自給自足の生活をし、地元のお祭りに参加したりと、少しづつ人との交流を深めていきます。四季折々の変化とともに、閉ざされていた彩花の心も次第に癒されていくのでした。
心の痛みに寄り添い癒してくれるハートフル映画『もみの家』を紹介します。
映画『もみの家』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【監督】
坂本欣弘
【キャスト】
南沙良、緒形直人、田中美里、中村蒼、渡辺真起子、二階堂智、菅原大吉、佐々木すみ江、島丈明、上原一翔、二見悠、金澤美穂、中田青渚
【作品概要】
心に問題を抱え不登校になってしまった少女が、自立支援施設「もみの家」で、仲間との出会いや経験を通し成長していく物語。
監督は、『真白の恋』で鮮烈なデビューを果たした坂本欣弘監督。自らの故郷・富山県を舞台に1年をかけ製作しました。
主人公の彩花は、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で数々の新人賞を受賞し、映画やCMにと活躍中の実力派若手女優・南沙良が演じます。
また「もみの家」の経営者で若者たちを優しく導く夫婦役に、緒方直人と田中美里が共演。
彩花を優しく見守る近所のおばあちゃん役には、2019年2月に他界した佐々木すみ江さんが登場。優しく包み込むような演技で物語の重要な役を担っています。
映画『もみの家』のあらすじとネタバレ
彩花は16歳。学校に行かなくなって半年が過ぎようとしていました。「学校どうするの?」何度も聞いてくる母親。近頃は、両親が自分のことで喧嘩する声も聞こえてきます。
「ねぇってば、学校どうするの?」。今日も母親の問いかけに答えない彩花。
そんな彩花が連れて来られた場所は、「もみの家」という若者の更生施設でした。不登校やひきこもりなどの問題を抱える若者たちを受け入れ、自立の支援を行う場所。
「もみの家」を主宰する泰利は、気さくな笑顔で迎えてくれました。「うちでの生活の基本は、早寝早起きと農作業。無理せず、のんびりしてけ、なっ」。
施設といっても田舎の一軒家での共同生活です。泰利の妻・恵は、妊婦さんでした。大きなお腹の恵を支え、皆が家事や掃除を分担して手伝います。
先に入居しているメンバーは、聡志、伴昭、晋哉、麗奈、萌絵の5人で、みな彩花より年上です。「もみの家」は大家族のように賑やかな場所でした。
突然の環境の変化と、親し気な距離感に戸惑う彩花。初日の夕飯は喉を通りませんでした。
次の日からの農作業は、彩花にとって地獄でした。指導してくれるのは近所の丹保さんと「もみの家」のOBだという淳平です。
田んぼは、田植え前の慣らしの時期でした。水の張った田んぼに入り、トンボで土を平らにしていきます。どろどろの土に足を捕られ上手く歩くことも出来ません。
慣れっこのメンバーは、田んぼの泥をかけあいふざけ出しました。いたずら好きの伴昭は、丹保さんにジャンプ!顔から突っ込み泥だらけに。
皆が大笑いする中、次のターゲットは彩花となりました。ビシャッ!泥の中に転んだ彩花も顔中泥だらけです。しかし、彩花は無言のまま立ち去ってしまいました。
田んぼのあぜ道を泥だらけになりながら歩く彩花に、近所のハナエばあちゃんが声を掛けます。優しい声に泣き出してしまう彩花。「東京に帰りたいよー」。
畑では自分たちで育てた野菜が収穫の時を迎えていました。なす、きゅうり、トマト。どれも瑞々しく美味しそうです。
好き嫌いの多い彩花はちっとも楽しくありません。そんな彩花に淳平は、「好きなものでいいから採ってみなよ」とすすめます。
その日、台所当番だった彩花は、恵といっしょにトマトをつまみ食いし、あまりの甘さに驚きます。「自分で採ったトマトの味は格別でしょ」。彩花の反応に恵も嬉しそうです。
歳の近い萌絵は、彩花を何かと気にかけてくれます。「ここには、親に無理やり連れてこられた子、親のいない子、就職に失敗した人、みんな色々あるけど、どうにかなりたくているんだよ」。みんなも悩んでいることを知ります。
淳平が彩花をドライブに連れていってくれました。町を一望できる山の上。そこから見下ろす、夕日に染まった町の風景は息を飲むほど美しいものでした。
淳平は、いじめられていた過去を彩花に話します。先生だったというお父さんに連れてこられた「もみの家」での経験、そのお父さんの「イジメは逃げるが勝ちだ」という言葉。
淳平の話は、彩花に元気を与えてくれました。こっちに来て初めて、彩花の笑い声が響き渡ります。
次第に淳平に惹かれていく彩花でしたが、別れの時が突然やってきます。以前から学校の先生を目指していた淳平。晴れて故郷の中学校で教えることが決まりました。
祝いの会が開かれ、明日はいよいよお別れの時です。彩花の気持ちに気付いていた萌絵は、マニキュアをしてやりながら、「告白したら」とすすめます。
淳平の旅立ちの日。彩花は告白は出来ませんでしたが、笑顔で見送ることができました。「お互い頑張ろうな」。
出会いと別れ、そして新たな挑戦が彩花を待っていました。
映画『もみの家』の感想と評価
人生に立ち止まってしまった人々を手助けする場所「もみの家」。心を閉ざしていた少女が、「もみの家」での暮らしを通して、成長していく姿に胸を打たれます。
「もみ」というのは、脱穀前の稲の実のことで、まだ固い殻を被った米のことです。自分の殻に閉じこもっていた主人公の彩花もまた「もみ」の状態でした。
じっくり手をかけ収穫を待つように、大人はそれを見守り手助けします。ゆっくりでいい、自分のペースで美味しい米に成長して欲しい。その願いは子供に届きます。
自分達の手で育てる野菜の美味しさ、暖かく向き合ってくれるおばあちゃんの存在、家族のように笑えあえる仲間との出会い、そして別れ、身をもって体験する生と死。
移り変わっていく四季と共に、彩花の心や表情がゆっくりと変化していきます。
どの経験も、嫌々通っていた学校生活では、得ることの出来なかったものです。それは人生のかけがえのない時間となりました。
彩花を演じた南沙良は、撮影当時主人公と同じ16歳でした。彼女の等身大の演技は、多感な年頃の繊細な心の動きを見事に表現していました。
「皆と同じように学校へ行かないと」「皆に合わせないと変な子だと思われる」「皆は自分のことをどう思っているのだろう」「親は自分のことを分かってくれない」。
極度の緊張はストレスになり、体調の変化まで引き起こします。嫌だと口にすることも出来ず、ひとり悩んでいる子供たちも多いと思います。
映画『もみの家』では、「嫌なことから逃げてもいい」と教えてくれます。
また映画『もみの家』の見どころのひとつに、食卓風景があります。自分たちで育て収穫した農作物は瑞々しく、とっても美味しそうです。
真っ赤に熟した大きなトマト。朝ごはんの焼鮭。皆で囲むおでん。おばあちゃんの甘いおはぎ。お祝いの天ぷら。そして、つやつやに輝く新米。
何を食べるか、誰と食べるか、良い食事は体だけじゃなく心も健康にしてくれます。「食」の大切さを改めて感じました。
あたたかい言葉の数々
映画『もみの家』では、愛情あるあたたかい言葉の数々が印象に残ります。不安を抱え殻に閉じこもってしまった彩花にかけられた言葉たちは、私たちの心もほぐしてくれます。
ハナエばあちゃんは、泥だらけになり泣き出す彩花を「大丈夫、大丈夫」と優しく諭してくれました。離れていても親はいつまでも子供のことを思っていると教えてくれたのもハナエばあちゃんでした。
「もみの家」の経営者・泰利はじっくりと彩花の心の変化に寄り添います。「ゆっくりと進もう。自分のなりたいようになればいいんだよ」と、将来への不安を取り除いてくれました。
泰利の妻・恵からは出産を通して、母親の気持ちを教えてもらいました。「産まれて来てくれてありがとう」。
彩花が密かに想いを寄せた「もみの家」のOB・純平は、「この世にはいろんな人がいる。たまたま学校に気の合うやつがいなかっただけ。怖がらず多くの人と出会って、少しづつ気の合うやつらを見つけていけばいいよ」と、イジメから逃げてもいいと教えてくれます。
そして、「もみの木」の仲間たちが自立し巣立っていく姿に勇気づけられます。皆、なりたい自分を見つけ清々しい顔で旅立っていきました。「ダメなら戻ってきてもいいんだよ」。
彩花は豊かな自然の中で、優しい人たちのあたたかい言葉に励まされ、心を癒していくのでした。
まとめ
映画『もみの家』は、坂本欣弘監督自身が生まれ育った富山県を舞台に、1年かけて撮影が行われました。
四季折々の美しい風景の中で、主人公の少女が心癒され成長していく姿が描き出されています。
田に水を張り水面をならし、苗を植え豊作を願い、感謝して収穫する。子育ても米作りや農作業に、似ているのかもしれません。撒いた種には必ず実りの時がやってくるのです。
主人公の彩花と同じように心に不安を抱え、立ち止まってしまった若者たちに、そして子供とどう向き合えばいいのか迷ってしまった親の皆さんにも観てもらい映画です。