連載コラム「電影19XX年への旅」第5回
歴代の巨匠監督たちが映画史に残した名作・傑作の作品を紹介する連載コラム「電影19XX年への旅」。
第5回は、第53回米アカデミー賞にて作品賞や監督賞など8部門でノミネートされた不朽の名作『エレファント・マン』。
公開から40年を迎え、デイヴィッド・リンチ監督の監修によりデジタルリマスター化しました。
身体に障がいを持つことで、周囲から忌み嫌われ行き場を無くしたジョン・メリックは見世物小屋でエレファント・マンと呼ばれていました。
そんな男の人生を描いた『エレファント・マン 4K修復版』が、2020年7月10日(金)より、新宿ピカデリーほか全国にて緊急公開されます。
CONTENTS
映画『エレファント・マン 4K修復版』の作品情報
【制作】
1980年(アメリカ・イギリス合作映画)
【4K修復版日本公開】
2020年
【原題】
The Elephant Man
【監督】
デイヴィッド・リンチ
【キャスト】
アンソニー・ホプキンス、ジョン・ハート、アン・バンクロフト、ジョン・ギールグッド、ウェンディ・ヒラー、フレディ・ジョーンズ
映画『エレファント・マン 4K修復版』のあらすじ
病により身体が変形したジョン・メリックは、妊娠中の母親が象に踏まれて生まれた男として、見世物小屋で「エレファント・マン」と紹介されていました。
そんな頃、ジョン・メリックは、善良な心と好奇心を持つ若き医師トリーヴスと出会います。トリーヴスは、学会でジョン・メリックの病状を発表するため、彼を研究し始めます。
言葉もろくに話せないと思われていたジョン・メリックでしたが、実は彼は、知的で思慮深い性格を隠していました。
教えていない聖書の部分を読んでいたことから、トリーヴスはジョン・メリックの本質を知ります。そして、一人の人間として扱うようになりました。
見世物小屋に閉じ込められていた頃とは比べ物にならないほど、穏やかな日々を過ごすジョン・メリック。新聞にも取り上げられ、興味を持った人々が彼の元を訪ねます。
トリーヴスはジョン・メリックを病院で介護することで、名声を上げていきました。しかし、結局は自分も興行師と同じ、ジョン・メリックを利用しているのではないかと悩み始めます。
かつてジョン・メリックを見世物として金稼ぎをしていた見世物小屋の興行師バイツは、なんとかジョン・メリックを取り返せないかと企み……。
モノクロームの映像美の切れ味
身体に障がいを持った実在の人物を題材にした映画『エレファント・マン』。エレファント・マンと呼ばれるジョン・メリックが暮らしていたモノクロームの世界が、鮮明な映像で描かれています。
産業革命で排気ガスや機械での怪我人が増え、切り裂きジャックなどの暗い話題が世間を包み込んでいた時代。見世物小屋を訪ねる人々の余裕と豊かさを無くした表情が、4Kで蘇ったことで、より一層細かく読み取れました。
そしてなんといっても注目すべきは、ジョン・メリックを再現した特殊メイクのグロテスクながらも美しい造形。
人間ではなく化け物だと思われ、心ない言葉を投げられるきっかけとなった容姿の特異さが際立っていました。
序盤ではあまり姿を見せなかったジョン・メリックは、物語が進むにつれて、画面に収まる回数を増やしていきます。
暗闇に姿を隠したジョン・メリックはおぞましく見えますが、後半では当たり前に登場し、恐怖を与える存在ではなくなっていくのです。
また、実在のジョン・メリックよりも少し雄弁な眼差しにしたことで、彼に同情する気持ちを加速させ、感動を誘います。
美しく生きるジョン・メリックの哀しい物語
ジョン・メリックに優しく接してくれた医師のトリーヴスですが、最初は彼でさえ、あたかも実験生物を扱うような言葉をジョン・メリックに放っていました。
彼を取り巻く周囲の目や、言葉だけではありません。ジョン・メリックが話す台詞や行動のどれを取っても、想像させられるのは、彼の苦難の歳月です。
時折見せる美しさへの拘りや憧れも、彼の生い立ちを想起させます。
これまで、本当に人間として扱われることがなかった。優しくされることなどなかった。そんな情景が思い浮かんできて、切ない思いで苦しくなります。
そしてこれが実話を基にした話であり、実際にあった出来事なのだと思うと、人という生き物がなんと残酷なものなのかと、思い知らされました。
また、人に憧れ続けたジョン・メリックの悲痛な訴えに耳を傾けた温かい人々の尊さも、この映画では描かれています。
障がい者を感動のファクターとして描いた本作品ですが、例え感動や自己愛の道具として利用されていたとしても、その優しさにジョン・メリックは救われていたのに違いありません。
真実と虚構の混じるデイヴィッド・リンチの魅力
象に踏まれるジョン・メリックの母親の映像から、映画は幕を開けます。
見世物小屋では、妊娠中に象に踏まれたことからエレファント・マンの姿になったと語られていましたが、科学的な見方をすればそんなわけはありません。
しかしジョン・メリックはそう信じられていたのです。
実話を元にしながら、人の認識の曖昧さを利用し、真実と虚構の境界線を曖昧にするデイヴィッド・リンチの妙技。
映画史に残るカルト映画『イレイザー・ヘッド』(1977)を手掛けたデイヴィッド・リンチですから、虚構の部分は悪夢的に描かれています。
人間と化け物、真実と虚構、そして善意と悪意。本作品では、その境界線がどれも曖昧に引かれているのです。
まとめ
見世物小屋でジョン・メリックをエレファント・マンとして紹介していた興行師バイツは、『グレイテスト・ショーマン』(2018)の主人公であるP・Tバーナムに銀貨の王様と馬鹿にされた男です。
彼はバーナムの口調を真似て、障害を持った人間達を面白おかしく紹介していました。そんな中、ジョン・メリックと出会ったのです。
バイツはジョン・メリックを利用した悪として描かれていますが、トリーヴスと違い、お金を稼ぐ資本的な価値をジョン・メリックに与えていました。
それもまた、一つの救いなのかもしれません。
産業革命での排気ガスが充満する街。見世物小屋に娯楽を求めた人々。映画『エレファント・マン 4K修復版』は、そんな時代背景の中で奇怪な視線と優しさを浴びて生きるジョン・メリックの映画でした。
『エレファント・マン 4K修復版』は、2020年7月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国にて公開されます。
次回の『電影19XX年への旅』は…
次回の第6回は、スタンリーキューブリック監督のハリウッド映画第一作『現金に体を張れ』を紹介いたします。どうぞ、お楽しみに。