映画『今宵、212号室で』は2020年6月19日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、シネマカリテほか全国にて順次公開
映画『今宵212号室で』は、50代を迎えた結婚20年の夫婦が陥る危機を描いた大人のラブストーリー。監督・脚本を務めたのは、フランス映画界の異才クリストフ・オノレ。
主人公・マリアを演じるのは『愛のあしあと』のキアラ・マストロヤンニ。本作の出演で第72回カンヌ国際映画祭ある視点部門最優秀演技賞を受賞。
大学で教鞭を取るマリアは、夫・リシャールに関心を失い、若い男性と浮気を繰り返しています。しかし、ある日、そのことがリシャールにバレてしまい口論に発展。
マリアは向かいのホテル212号室に宿泊しますが、出会った当時の若いリシャールや過去の浮気相手たちと再会する不思議な一夜を経験します。
映画『今宵、212号室で』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス・ルクセンブルグ・ベルギー合作映画)
【原題】
Chambre212 (英題:On A Magical Night)
【監督】
クリストフ・オノレ
【キャスト】
キアラ・マストロヤンニ、ヴァンサン・ラコスト、カミーユ・コッタン、バンジャマン・ビオレ、キャロル・ブーケ
【作品概要】
監督・脚本を務めたのは、フランス映画界の異才クリストフ・オノレ。「ヌーヴェル・ヴァーグ」の色彩が濃い作品やオペラも手掛けてきたオノレは、次作はコメディを制作しようと一度は脚本を発注。しかし、思いの外時間を要した為自ら執筆。
主人公・マリアを演じるのは『愛のあしあと』(2013)のキアラ・マストロヤンニ。本作の出演で第72回カンヌ国際映画祭ある視点部門最優秀演技賞を受賞しました。
映画『今宵、212号室で』のあらすじ
マリアは司法史の大学教授。教え子の男子学生・アズドルバルと密会中、彼の彼女がやって来ます。カーテンの後ろに隠れたマリアは、若いカップルの会話にしらけて半身裸のまま出ていき、一方的に別れを告げて帰路に着きます。
途中若くてハンサムな男性を見かけては流し目を送りつつマリアは帰宅。夫・リシャールは夕食を作りながら、妻がシャワーを浴びる間脱ぎ捨てた服を拾って洗濯機へ。
マリアの携帯の着信が鳴り手に取ったリシャールは、アズドルバルから送られてきたショートメールを読み、マリアが浮気していることを知ります。
「いつから家庭の外で男と関係を持つようになった?」
「深刻にならないでよ。ただの火遊びだし、今日終わったわ。私達兄妹みたいだし、あなただって浮気を楽しむこともあるでしょ?」リシャールから問われたマリアは、素っ気なく返答。
リシャールは、マリアと結婚してから20年間1度も浮気など考えたことさえなかったと反論した後、結婚する相手を間違ったと傷ついた感情を口にします。
相応しい相手は誰だと思うのかとマリアが質問すると、リシャールは、自分を愛してくれていたイレーヌだと答え、人生最良の時期を無駄にしたと言い残して会話を中断。
マリアは悪びれる様子も無くアパルトマンを飛び出し、向かいのホテルへ1晩宿泊して頭を整理することに。212号室の窓から自宅を眺めると、マリアが居なくなったことに気づいたリシャールの荒れている様子が見えます。
寝入ったマリアが物音でふと目を覚ますと、続き部屋に25才のリシャールが…。「君の態度はよくない」といきなり若いリシャールから小言を言われたマリアは、「知っていると思ったのよ」と相変わらず反省の無い態度。
マリアはリシャールが弾くピアノが大好きだったと言い、なぜ結婚してから弾かなくなったのか理由を尋ねます。
それは通りの向こうに居る現在のリシャールに訊けと突き放す若いリシャールは、以前は情熱的だったマリアが欲深い大人に様変わりしたと更に畳みかけます。
夢中だった頃のリシャールから自分の身勝手さを指摘されたマリアは落胆。そんな彼女をリシャールは抱き寄せ、結局2人は親密な一時を楽しみます。
次にマリアがホテルで目を覚ますとリシャールの姿はなく、ソファには見知らぬ女性が座っています。彼女はリシャールのピアノ教師をしていたイレーヌだと名乗ります。
14才のリシャールは音楽教師だったイレーヌに一目惚れ。そんなリシャールを自宅に招いてピアノの個人レッスンを始めたイレーヌは、リシャールと22才の誕生日まで毎年一緒に祝い、マリアに結婚を申し込んだことも聞いていたと明かします。
当初リシャールは結婚後もイレーヌとの関係を続けたい意向でしたが、イレーヌはリシャール遠ざけ、2人の仲は終焉を迎えたのでした。
しかし、何時しか本気でリシャールを愛するようになっていたイレーヌは、結婚を決めた彼を自分の自尊心が許さず遠ざけてしまった為、その後もずっと後悔していたとマリアに話します。
「最初は金持ちの汚れた子供だった。私が全身を洗ってブルジョアの垢を流し落とし、リシャールを磨き上げたわ。あなたに1度は奪われたけど、こうして舞い戻った。今度は私の番よ」
そこへ、若いリシャールが現れ、イレーヌを失った後悔を愚痴り始めます。心穏やかでなくなったマリアは、リシャールが自分にぴったりの夫だと言い始めますが、今度はマリアの亡くなった母親が登場し、過去にマリアが浮気した男性たちの名前を読み上げます。
次々出てくる男性たちの中に自分の従兄の名前を聞いたリシャールは憤慨。イレーヌは、現在のリシャールを立ち直らせると言い残し向かいのアパルトマンへ向かいます。
マリアは思わずホテルの窓から乗り出し、「扉を開けないで」と怒鳴りますが、若いリシャールに邪魔をするなと止められます。
一方、イレーヌの訪問を受けた現在のリシャールは、昔と変わらない彼女の美しい容姿に驚愕。イレーヌは整形したことを正直に告白。リシャールは懐かしい思いに溢れイレーヌを招き入れます。
イレーヌは、早速素知らぬ顔でマリアとの結婚生活が上手く行っているのか質問。リシャールは、「契約違反はあったけど問題は無いよ」とマリアを擁護します。
何とかリシャールの気持ちを自分に引き寄せようと、イレーヌはマリアと実は知り合いだと適当な嘘をつき、マリアがリシャールと別れる意向だと話をでっちあげリシャールの気持ちを揺さぶります。
イレーヌは、リシャールを遠ざけた自分は高慢で愚かだったと認め、2人で未来を歩こうと笑顔を向けます。
しかし、リシャールは、マリアに対する深い愛情をイレーヌに語って聞かせ、「愛は思い出の上に築かれるものだ」と断言。
イレーヌは、服を脱いで尚も誘い掛けますが、リシャールは応じようとしません。遂にイレーヌは、自分がリシャールにとって過去の存在になっていることに気が付きます。
その頃、若いリシャールとすっかり親しくなったマリアは、老いたリシャールをイレーヌに譲ればみんなが幸せになれると空威張りしますが、内心では昔に戻れるわけが無いことを悟ります。
そこへ、何とこれまで浮気した男性たちが全員登場。皆イケメンの青年ばかりです。呆れたリシャールは、このホテルの部屋番号に心当たりがあるかとマリアに詰問。
キツネにつままれたような表情のマリアに対し、リシャールは、「民法212条に夫婦は互いに尊重し貞節であるよう定められている」と挑みます。
すると、過去の浮気相手の男性たちから人妻だったのかと不満の声が上がり、一斉に冷たい視線を浴びたマリアは居たたまれない気分に。
更に、遅れて乗り込んで来たアズドルバルがマリアに熱烈な愛を告白し、割って入ろうとしたリシャールを殴って怪我をさせてしまい…。
映画『今宵、212号室で』の感想と評価
『今宵212号室で』は、近年稀に観るコケティッシュな大人のラブコメです。
監督・脚本のクリストフ・オノレが言葉にならない女性のうっぷんを上手に表現しながら、金言を台詞に織り込み結婚や人生を描いています。
結婚指南
長く結婚していれば倦怠期は何度か訪れるもの。マリアとリシャールは知り合って25年、結婚生活20年の夫婦です。
若い男性を追いかける妻と貞淑な夫を冒頭で描写し、2人のもつれた糸を解くように物語は展開して行きます。
すぐそばにある幸せ
自分の生徒や従兄とまで性的関係を持つマリアですが、実はリシャールも密かにイレーナを思う心の浮気をしていると言えます。最初に抱いていたはずの情熱がいつしか冷めるものであることは普遍的な必然。
「あの時の彼/彼女と結婚していたら…」これは誰もが1度は抱く思いで、過去は美しく覚えているものです。時を経ると知り尽くした配偶者に刺激を感じなくなってしまうからかもしれません。
『今宵212号室で』のマリアは、自分が教える若い男子学生を誘惑してエネルギーを補充。良心の呵責を感じないのは、夫・リシャールも適当にやっているだろうという勝手な理由付けです。
しかし、オノレはマリアの行動を戒めの教訓として描かず、今の夫こそマリアが真に愛した相手なのだと気づくチャンスとして青年リシャールを登場させています。
人は半径1メートル以内に在る幸せを軽んじてしまうことをコメディタッチの描写で見る側にさりげなく諭しています。
お互い様
「結婚前はこうしてくれたのに……」これは夫婦がお互い相手に抱く不満。中年期を迎えたマリアは魅力あふれる女性である一方、若い頃ハンサムでロマンチックだったリシャールは以前の面影がありません。
マリアの浮気を知ったリシャールは当然傷つきますが、心に秘めていた過去の女性・イレーナから誘惑されても拒絶します。マリアの悪口を言うでもなく夫婦互いの非を認め、妻を許そうとする彼の愛の深さが窺える場面。
リシャールが長く連れ添ったマリアを1度も裏切ったことがないのは、彼女を一生の伴侶として受け止めるだけの覚悟と器量が備わった人徳者だからです。
「愛は思い出の上に築かれる」という彼の言葉は、リシャールの方がよほど成熟した‟良い男“なのだと分かる逆転効果を生み出しています。
更に、マリアにとって浮気相手が「火遊び」でしかないのは、誰にも満足できない欲求不満が結局はマリア自身に理由があるからで、魔法の夜が起こらなければ自己中心的な性格の彼女はリシャールを捨ててしまっていたかもしれません。
オノレは、過去と過去を交差させることで、今の感情に流されることなくこれまで夫婦が歩んだ路をもう一度振り返るよう語りかけています。
恋愛指南
本作の鍵になるのは、リシャールのピアノ教師・イレーヌの存在。年上だった彼女は高校生だったリシャールにピアノを教えるうちに深く愛するようになります。
リシャールが成長しマリアと出会い結婚を考えた時、イレーヌは自分からリシャールを突き放します。大人の振る舞いのように見えますが、実際はつまらないプライドだったと現在の時空に現れるイレーヌは告白。
誰かと出会い恋に落ちることこそ魔法なのであり、自分の気持ちを相手に伝えなければ後々ずっと後悔し続けることを本作は物語ります。自分の存在が過去の思い出になってしまう前に、今の思いを大切にするよう教えてくれています。
3人目の女性
『今宵212号室で』に登場する注目すべき3人目の女性は未来に存在するイレーヌ。傷心の彼女はパリを離れて海辺の家で静かな生活を送っています。
本編一貫して敬意ある眼差しで女性を見つめるオノレは、未来のイレーヌを精神的に独立し自尊心を持ち自然からインスピレーションを受けながら自分なりの幸せを見つけた知性的な女性として描写しています。
日々静かに暮らせる老後の安穏は皆が目指すもの。マリアは、人生はやり直せるもので今を嘆く必要が無いことを未来のイレーヌから学んだことで自分を25才の頃と全く変わらないと言ってくれるリシャールの愛情深さに気が付くのです。
オノレは、『今宵212号室で』のテーマが「解放」であると説明。現在抱えた不満やわだかまりからマリアが解き放たれる変遷を温かくコケティッシュに描き、大人のラブストーリーとして完成させています。
まとめ
マリアは司法史を教える中年の大学教授。浮気癖のあるマリアは生徒の男子学生まで誘惑して関係を持ちますが、ある日夫・リシャールにバレてしまいます。
1晩距離を置こうと向かいのホテルに宿泊したマリアの下に若いリシャールが現れ、更にリシャールの恋人だった年上のピアノ教師・イレーヌまで登場する不思議な夜が始まります。
クリストフ・オノレ監督が長く連れ添った夫婦に贈る『今宵212号室で』は、ないがしろにしがちな直ぐ側の幸せに気が付かせてくれるラブストーリーです。
映画『今宵、212号室で』は2020年6月19日(金)より、Bunkamuraル・シネマ、シネマカリテほか全国にて順次公開です。