映画『燕 Yan』は、2020年6月5日(金)から東京・新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開予定
映画『燕 Yan』は、両親の離婚を機に、日本と台湾のふたつの場所で離れ離れになった2人の兄弟の物語。それぞれの状況を生き抜いた少年たちと、その間で忍んだ母親の思いを描いています。
演出は『帝一の國』『新聞記者』などでカメラマンとして活躍した、今村圭佑の監督デビュー作です。
主人公で弟の燕役を『パラレルワールド・ラブストーリー』の水間ロン、兄・龍心役に『あゝ、荒野』などでバイプレイヤーとして活躍する演技派俳優の山中崇、兄弟の母・林淑恵役を一青窈が演じています。
“越冬するツバメ”のように2つ場所で生きた兄弟が、母親との思い出と共にもがき成長するヒューマンドラマです。
CONTENTS
映画『燕 Yan』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
今村圭佑
【脚本】
鷲頭紀子
【キャスト】
水間ロン、山中崇、テイ龍進、長野里美、田中要次、宇都宮太良、南出凌嘉、林恩均、平田満、一青窈
【作品概要】
『パラレルワールド・ラブストーリー』(2019)の水間ロンが主人公・燕、『あゝ、荒野』(2017)など多数の作品でバイプレイヤーとして活躍する山中崇が兄・龍心、歌手の一青窈が2人の母をそれぞれ演じています。
第43回日本アカデミー賞を受賞した『新聞記者』など数々の作品で撮影監督を務めてきた今村圭佑の長編監督デビュー作。第19回高雄映画祭TRANS-BORDER TAIWAN部門正式出品作品です。
映画『燕 Yan』のあらすじ
28歳の早川燕は、埼玉の父から台湾・高雄で暮らす燕の兄・龍心に、ある書類を届けるよう頼まれます。
かつて燕を中国語で「イエンイエン(燕燕)」と呼んでいた台湾出身の母は、燕が5歳の時に兄だけを連れていなくなってしまいました。
そんな母への複雑な思いを抱えながら、燕はしぶしぶ台湾へと旅立ちます。そこで燕を待っていたのは23年ぶりとなる兄との再会でした。
映画『燕 Yan』の感想と評価
兄弟とは何か、それぞれの思いが痛いほど分かる作品
主人公の早川燕は、東京都内で働く28歳の青年。仕事熱心なので職場で夜を明かすこともあり、上司からは「たまにはデートでもしろよ」と忠告されてしまうことも。
燕は日本人の父、台湾人の母との間に生まれたごく普通の青年ですが、5歳の時に兄だけを連れて台湾へ帰ってしまい、手紙一つよこさず亡くなってしまった母親に対して複雑な感情を持ち続けています。
20年以上たっても、突然母親がいなくなってしまった哀しみのトラウマから解放される兆しはありません。
ある日燕は父親に呼び出され、いきなり台湾・高雄で暮らす燕の兄・龍心にある書類を持っていてほしいと頼まれます。
台湾は燕にとっていわば禁断の地。触れたくない場所ですから、思わず「なぜ僕なの?」と父に詰め寄ります。
しかし実の母がいなくなったあと、燕を愛情深く育ててくれた継母の説得もあり、燕は台湾へ向かいます。
高雄の街に降り立ち、不安そうに街中を歩く燕は終始浮かない表情をしており、まるで「なぜ今さら台湾なんかに来なくてはいけないんだ」とでも言わんばかりです。
そんなネガティブな気持ちに追い打ちをかけるように、燕は兄・龍心となかなか会うことができません。
龍心の友人・トニーの協力でようやく再会することができたのですが、なぜか龍心は素っ気ない態度を取ります。なにせ23年ぶりに会うわけですから、兄弟とはいえ他人のようなもの。燕もどうしていいのか分かりません。
燕の立場からすると、母と一緒に台湾へ移り住んで幸せに過ごしていると思っていた龍心が、決して明るい表情を見せず、荒んだ雰囲気を醸し出しているところも気にかかります。
なぜ龍心が素っ気ない態度をとるのか、二人の間にどんな感情が渦巻いているのか、燕と龍心の想いが爆発し、取っ組み合いのけんかをすることで、いろいろなことが明らかになっていきます。
幼い頃、思っていることをストレートに言ってしまう弟に対して抱いていた龍心の本音、母が選んだ兄に対する嫉妬にも似た感情を持つ燕。
この二人を見て感じるのは、つくづく兄弟というのは親、とりわけ母親をめぐっては、永遠のライバル関係にあるのだな……ということです。
血のつながった、かけがえのない存在であると同時に、ほんのちょっとのボタンの掛け違いで、深い溝ができてしまうのも兄弟なのです。
本作品を観る人たちは、それぞれ自分の立場に置き換えながら、燕と龍心、どちらの想いにも痛いほど感情移入できるのではないでしょうか。
親が子を想う姿をあますことなく表現
燕の母親は、5歳の燕を置いて台湾へ帰ってしまいましたが、決して薄情な女性ではありません。むしろ心から2人の息子を愛し、大切に育てていたことが物語の中で表現されています。
燕が母親を回想する場面がたびたび出てくるのですが、常に優しい笑顔で燕に接しています。
そんな母親の前に立ちはだかったのは、言葉と慣習の違いです。日本語を聞き取ることはできても話すことができず、いわゆる「ママ友」たちと上手にコミュニケーションをとることができませんでした。
そうしたことが少しずつ燕の母親を追い詰めていったのかもしれません。しかし物語の中では、終始息子を案じる母親であり続けました。
こうした物語では、とかく父親の存在は置き去りにされがちなのですが、燕を頑なに台湾へ行かせようとした父親の本当の想いは、龍心と燕の間に兄弟の絆を取り戻してほしいという気持ちがあったのでは…と感じました。
自分の身に何かあった場合、頼り合えるのは兄弟だけと考えたのかもしれません。
親が子に対して抱く愛情の深さを、さまざまな形で表現しているのが、本作品の魅力でもあります。
「自分が何者なのか」その答えをさりげなく教えてくれる意外な人物
物語の中で描かれているもう一つの問題は、燕や龍心が「自分は日本人なのか、台湾人なのか」と葛藤するところです。
幼い頃、燕は日本語を話さない母親のことを友達にからかわれた経験があります。それは彼にとって深い心の傷となり、中国語で「イエンイエン(燕燕)」と呼ぶ母親を「僕は燕!どうしてそんな呼び方をするの!」と責めたこともありました。
一方の龍心も、母親と台湾へ来たものの、言葉が分からず苦労をし、「本当は日本にいたかった!」と本音を語ります。燕は日本に居ながら日本人になりきれず、龍心は台湾にいながら台湾人になりきれなかったのかもしれません。
日本と台湾、2つの祖国を持っている二人にとって、「自分はいったい何者なのか」と自問自答することは少なくなかったのでは……と想像できます。
今でこそさまざまな国の人たちが日本で暮らし、「日本人」「日本人以外」と分ける人は少なくなっていると思いますが、燕が幼かった20年以上前はそうではなく、閉鎖的な考えを持つ人もいたことでしょう。
誰もがそうだと思いますが、幼い頃に経験したことは、大人になってからも深い傷跡として残るものです。
「自分は何者なのか」という問題は、燕にとっても龍心にとっても現在進行形で、簡単に答えが出るものではない、人生の永遠のテーマなのかもしれません。
そんなある時、保育園に通う龍心の息子が、叔父である燕に対してある言葉を放ちます。
その言葉を聞いた燕は、ハッとした表情を見せ、やがて笑顔になります。小さい甥の言葉をきっかけに燕が何を思ったのか、それはきっと明るい未来につながるのではないか…と願ってやまないシーンとなりました。
まとめ
燕を演じる水間ロンは、母親に捨てられたと思い込み深い心の傷を負う青年を、憂いのある表情で表現しています。また水間が物語の中で披露している流暢な中国語も見どころの一つです。
龍心を演じる山中崇は、燕とは違った意味で心の傷を負い、半ば生きることに対して投げやりになっている荒んだ雰囲気をしっかり出しています。
母親役の一青窈は、燕と龍心を大きな愛情で包み込んでいます。二人の息子たちにかける言葉の一つひとつに母親としての慈愛が感じられ、こんな優しい母親に突然去られたらダメージは大きいだろうな……と燕に同情してしまいました。
父親役の平田満も、出番は少ないながら、存在感のある演技を見せています。
本作品では、疎遠になっていた兄弟が関係を修復していく様だけでなく、いろいろなことに挫折をして傷ついた男たちが、立ち上がって力強く生きていこうとしている姿を同時に描いています。
燕と龍心はもちろんのこと、龍心の友人であり、燕に力を貸してくれるトニーも、またしかりです。彼らが見つめる未来には、きっと明るい日差しが見えているはず……。そう信じたい作品に仕上がっています。
兄弟との関係がうまくいっていない人や、自分はいったい何者なのか、どこに属すべき者なのかなど、悩んでいる人にとってヒントになるようなことが得られる作品のような気がしてなりません。
映画『燕 Yan』は、2020年6月5日(金)から東京・新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開予定。