連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第14回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは2021年10月1日に公開予定の『護られなかった者たちへ』です。
原作は、「さよならドビュッシー」に次ぐ映画化2作目となる、中山七里の同名ミステリー小説。さらに監督は『64ロクヨン』『有罪』『楽園』など、ミステリー小説の映像化に定評のある瀬々敬久監督。今作は佐藤健と阿部寛の共演で、中山七里の社会派ミステリーの映画化となりました。
小説『護られなかった者たちへ』は2018年刊行作品。物語の舞台は、東日本大震災から時を経て、復興が進む宮城県仙台市。この街で、人格者と呼ばれる者たちが狙われる連続殺人事件が発生。刑事・笘篠(とましの)は、事件の共通点から容疑者・利根にたどり着きます。
大切な人を護れなかった後悔と、権力により護られなかった者たちへの哀憐。この世は不公平で、弱いものは排除されてしまうものなのか。映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。
【連載コラム】「永遠の未完成これ完成である」記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『護られなかった者たちへ』の作品情報
【公開】
2021年(日本)
【原作】
中山七里
【監督】
瀬々敬久
【キャスト】
佐藤健、阿部寛、清原果耶、倍賞美津子、吉岡秀隆、林遣都
映画『護られなかった者たちへ』のあらすじとネタバレ
仙台の街はネオンで輝き、人々の明るい笑い声が響いていました。初めて訪れる者は、ここが未曾有の震災に遭った街とは到底思えないことでしょう。
しかし、街が息を吹き返したとしても、住んでる者たちの心まで元に戻ったとは限りません。それぞれが喪失感を胸に抱え生きているのです。
宮城県警捜査一課の笘篠誠一郎もまた、9年前の東日本大震災で妻と子供を亡くしていました。
家族を護ると大言壮語し、結局はなす術もなく助けることが出来なかった。悔やんでも悔やみきれない自責の念を、仕事に没頭することで紛らせていました。
その事件は、残忍さを極めたものでした。老朽化したアパートの空き部屋で発見された男の死体は、手足を拘束されたまま餓死していました。
飢えと喉の渇きでじわじわと苦しみ死へと追い込む残酷さに、笘篠は怨恨の線で捜査を始めます。
しかし、被害者・三雲忠勝は、仙台市青葉区福祉保健事務所の課長で、公私ともに善人と評判の人物でした。
笘篠と後輩の蓮田は、三雲の勤める福祉保健事務所に聞き込みに向かいます。会社での三雲もやはり、上司からも部下からも信頼され、仕事にも真面目な人物のようです。
三雲の部下・円山菅生(まるやますがお)が、福祉保健事務所保健第一課の仕事について教えてくれました。
生活保護、母子・父子家庭の相談業務、あとは入院助産の実施を担当する部署で、特に生活保護の現場は過酷なものでした。
東日本大震災後、県内の生活困窮者が仙台市に流れ、仙台市の生活保護率は、予算削減にも関わらず上がる一方です。
「本当に生活保護が必要な人には行き渡らず、逆に不必要な人に受給される現実もあります」。円山は、厳しい社会の現状を嘆いているかのようでした。
憲法第二十五条、すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国民の血税で賄われる生活保護費だからこそ、その運用や可否判断は疎かにできるものではありません。申請者の厳正は、職員にとっても責任ある仕事でした。
第二の被害者はそれからすぐに見つかりました。城之内猛留(たける)は、県議会議員にしては珍しく、悪い噂のひとつもない善良議員として慕われていました。
農機具小屋に拘束され放置された城之内の死因は、三雲同様、餓死でした。またしても続く善人の死に、警察の捜査は難航していました。
その頃、利根勝久(とねかつひさ)は、出所者の更生保護司である櫛谷貞三の紹介で、坂巻鉄工所を訪ねていました。社長の坂巻は利根に、面白半分に刑務所に入った理由を聞いてきます。
「人を殴りました…。ちょっと度が過ぎまして」。利根は、坂巻鉄工所で働くことはありませんでした。
櫛谷は、「堅気の仕事に就くのは難しいでしょ」という利根に「あんたは娑婆で根付くことができる人間だ」と根気強く職を世話してくれました。
城之内の死体発見が新聞報道で流れた日、利根は萩浜港にいました。過酷な湾港労働は、「三度の飯と宿が確保できて、気心しれた仲間のいる塀の中が、娑婆よりよっぽど楽だぜ」と言っていた囚人仲間を思い出します。
それでも利根には、模範囚として出所を早めてまで、成し遂げなければならない事がありました。利根は、とある人物を探していました。
連続殺人事件の進展がないまま、笘篠と蓮田は、2人の共通点を調べ上げます。8年前、2人が塩釜福祉保健事務所で同時期に働いていた過去を突き止めました。
職場でのトラブルが原因と睨んだ笘篠は、もう一度、円山に聞き込みに向かいます。円山は「ケースワーカーという業務に一緒に同行して欲しい」と、笘篠に提案します。
ケースワーカーとは、生活保護の申請が真実であるかどうか現地で確認する仕事になります。中には、不正受給者への打切りを告げに伺うこともあります。
現場は笘篠の想像を超えるものでした。母子家庭で苦労している女性は、子供の塾通いのために規定に反しパートをしていました。働ける環境でありながら生活保護も受けるとなると問題があります。
女性は「あなたが黙っていてくれればいいじゃないの、見逃してよ」と、盗人猛々しい態度です。
またある人は、反社会的勢力の構成員のひとりでした。一般人を装い受給を取り付け、贅沢な暮らしをしていました。
生活保護の打切りを申し付ける円山にヤクザが掴みかかります。そこに刑事の笘篠が止めに入り難を得ました。
今回の連続殺人事件の犠牲者、三雲と城之内もこのケースワーカーをしていたと言います。これは逆恨みを買ったとしても不思議ではない仕事でした。
8年前、塩釜福祉保健事務所で何があったのか。生活保護の申請者の中にトラブルを起こした人物はいないか。笘篠は捜査を進めます。
映画『護られなかった者たちへ』ここに注目!
生活保護の現状と苦悩を描くことで、日本の社会保障システムの闇を暴き出す社会派ミステリー「護られなかった者たちへ」。
この作品はフィクションでありながらノンフィクションでもあります。現実社会に潜む、貧困問題や格差社会、学力差別問題がまざまざと浮き彫りになっています。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。日本国憲法で護られているはずの国民の生活。
「護って欲しい」と自ら声を上げることも出来ない者たちを、国は本当に護ってくれるのでしょうか。やはり最後に犠牲になるのは、弱いもの、護られなかった者たちなのかもしれません。
佐藤健と阿部寛の共演も楽しみな「護られなかった者たちへ」。映画化に伴い注目する点を紹介します。
利根と笘篠の共通点
主人公の利根勝久(映画では泰久)は、母親に捨てられ天涯孤独な身でした。世間は、彼の育った環境や容姿で、社会不適合者として決め付けて接します。
そんな利根が、けいさんとカンちゃんに出会ったことで、護られることの心地よさと、大切な者を護りたいという気持ちが芽生えます。
半ば人生を諦めていた利根ですが、誤った道に進もうとする利根を身をもって救ってくれたのも、けいでした。
のちに利根は、本当に大切な人を護ることが出来なかった自分の不甲斐なさに苦しむことになります。
容疑者となった利根を追う刑事・笘篠誠一郎もまた、大切な人たちを護ることが出来なかったいう後悔で苦しんでいました。
それは震災という行き場のない怒りでした。震災から9年、笘篠は今もなお孤独でした。
大切なものを護ろうとする容疑者・利根と、大切なものを護る前に奪われてしまった刑事・笘篠。
追う者と追われる者と立場は違えど、2人は護りたい人を護ることが出来なかった孤独の痛みを抱えています。
社会的弱者の実態
日本国の生活保護受給者数は、令和2年1月の段階で200万人を超えています。昨今の新型コロナによる経済への影響で、生活保護の相談件数は軒並みに伸びていると言います。
物語は、仙台市で震災後増え続ける生活保護率を問題に、生活保護申請を受ける側と、許可する福祉職員側の両方の立場から、現状が描かれています。
生活保護行政における「水際作戦」という、一部地方公共団体で採られた、審査もせずに保護申請の受理を拒否し、生活保護の受給を窓口で阻止する方策が問題となりました。
生活保護を打ち切られ餓死してしまうという悲惨な事件も、実際に起きています。
そして、身体上や精神上などの理由により、日常生活を送ることが困難な人たちの相談に乗るケースワーカーの役割にも触れています。
生活保護申請が真実であるかどうか現地で確認し、時には受給打切を申し付けなければならないケースワーカーの仕事は危険もはらんでいました。
本当は生活保護を受けさせたいにも関わらず、上司の許可や国の方針に従わなければならない福祉職員の葛藤。
また、生活保護の問題は、このほかにも地域格差や外国人受給者問題、暴力団関係、福祉職員不足問題など多岐に渡っています。
高齢化と生活保護の増加は、決して他人事ではないのです。
映画オリジナルキャラ円山幹子
刑事の笘篠が捜査の協力を頼む、社会福祉保健事務所の職員である円山。原作では、円山菅生(まるやますがお)という男性職員です。
ケースワーカーとして生活保護の不正受理者に厳しい対応をする反面、本当に保護が必要な高齢者に親身になって申請を勧める一面もあります。
映画では、円山幹子という女性職員になっています。演じるのは『3月のライオン』『愛唄 約束のナクヒト』の他、モデル、声優としても活躍する清原果耶。
物語のキーパーソーンになる大事な役どころです。円山幹子と容疑者・利根との関係性にも注目です。
まとめ
中山七里の原作、日本の社会保障システムの闇を暴き出す社会派ミステリー「護られなかった者たちへ」が、佐藤健と阿部寛の共演で映画化。2021年10月1日に全国公開予定です。
護られなかった者たちへ捧ぐこの作品は、我々現代を生きる者たちへの警告でもあります。明日は我が身なのです。
そして、なす術もなく一人悩み苦しんでいるのであれば、勇気をもって声をあげよう。「不埒な者が上げる声よりも。もっと大きく、もっと図太く」。その声が通る世の中を願うばかりです。
次回の「永遠の未完成これ完成である」は…
次回紹介する作品は、『劇場』です。
お笑い芸人・又吉直樹の作家としての原点となる恋愛小説「劇場」が、山崎賢人と松岡茉優の共演で映画化です。
監督は、『世界の中心で愛を叫ぶ』『ナラタージュ』『リバーズ・エッジ』と切なくも情熱的な恋愛映画を得意とする行定勲監督。
映画公開予定日は、2020年4月17日でしたが、新型コロナウィルス感染症拡大防止対策のため公開日が延期となっています。
映画公開の前に、原作のあらすじと、映画化で注目する点を紹介していきます。
【連載コラム】「永遠の未完成これ完成である」記事一覧はこちら