第15回大阪アジアン映画祭上映作品『散った後』
2020年3月15日(日)、第15回大阪アジアン映画祭が10日間の会期を終え、閉幕しました。グランプリに輝いたタイの『ハッピー・オールド・イヤー』をはじめ、2020年もアジア各国の素晴らしい作品の数々に出逢うことができました。
映画祭は終わりましたが、本コラムはまだまだ続きます。しばらくの間、お付き合いください。
今回ご紹介するのはコンペティション部門で上映された香港映画『散った後』(2020/チャン・チッマン)です。
【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録』記事一覧はこちら
映画『散った後』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(香港映画)
【原題】
Apart [散後]
【監督】
チャン・チッマン
【キャスト】
ソフィー・ン(吳海昕)、ウィル・オー(柯煒林)、ヨーヨー・フォン(馮海銳)、ジョスリン・チョイ(蔡頌思)、チャン・リッマン(陳烈文)
【作品概要】
俳優として豊富なキャリアを築いてきたチャン・チッマンの初監督作品。ハーマン・ヤウがプロデューサーを務めています。
仲の良かった学生グループが、2014年の中国政府への抗議活動・雨傘運動に参加し、それぞれの立場を違えていきます。愛と理想の間で彼らはどのような選択をするのでしょうか!?
2019年の反送中デモのドキュメンタリー映像を挿入しながら「香港のいま」を鮮やかに捉えています。
チャン・チッマン(陳哲民)監督のプロフィール
ニューヨーク州立大学で演劇の修士号を取得。アン・リー監督の1994年の作品『恋人たちの食卓』などに出演。第24回東京国際映画祭で上映された『金(カネ)で買えないモノ』(2010/ビル・イップ)の共同プロデューサーを務めるなど俳優、プロデューサー、舞台演出家として20年以上のキャリアを持っています。
本作で監督デビューを果たしました。
映画『散った後』のあらすじ
2014年香港。大学で共に学ぶマリアンヌとインは恋人同士で、マリアンヌの高校時代からの親友シーと一年下の学年のインの従兄弟トーと共に四人で海岸に遊びに行くなど、青春を謳歌していました。
しかし彼らの関係は、「普通選挙」を求めて若者たちが香港特別行政区政府に対して起こした抗議活動「雨傘運動」に参加する中で、徐々に変化していきます。
熱心に活動するマリアンヌとともに行動していたインでしたが、会社経営者の彼の父は親政府派で、息子が抗議活動をすることを認めようとしません。
抗議する若者たちの中には、もっと過激な行動をしなくては埒が明かないと主張するものも出てきて、インは賛同することができません。そんな彼の姿がマリアンヌを苛立たせます。
道路を封鎖している若者たちに抗議を始めたのは地元の商店街の店主たちでした。その中にはトーの父親の姿もありました。当初は若者たちの行動に理解を示していた彼も、実際、自分の商売に影響が出始めると学生たちに対して声を荒げ始めました。
商店街の店主たちに配慮して妥協案を探ろうとするイン。マリアンヌは彼の本気度を問い、2人の気持ちがあまりにも違うことを悲しみます。
そんな中、トーは自分の立場を決めかねていましたが、アメリカ育ちの親戚ジェシカがカメラを回し、運動を記録しているのを見て、彼女と行動を共にし始めます。
それから5年がたち、香港では反送中デモに端を発した民主化運動が激しさを増していました。マリアンヌ、イン、シー、トー、ジェシカの5人は、それぞれ違った立場と心情を持った大人に成長していました。
映画『散った後』の感想と評価
本作はチャン・チッマンの映画監督デビュー作で、『誰がための日々』(OAFF2017『一念無名』)『淪落の人』(OAFF2019『みじめな人』)などの名作を生んだ“劇映画初作品プロジェクト”の入選作品です。
当初は1997年の「香港返還」前後に生まれた若者たちを主人公に、多民族、多文化社会の香港における文化的アイデンティティーをテーマにしたラブストーリーとして企画されました。
ハーマン・ヤウがプロデューサーを務め、制作が進んでいましたが、2019年、逃亡犯条例改定反対デモに端を発した民主化運動が起こり、2014年の雨傘運動から2019年の民主化デモまでの5年間を通して、若者たちを見つめる物語へと方向転換します。
実際の抗議運動のドキュメンタリー映像を組み込みながら、香港の今の姿をいち早く劇映画として描いた貴重な作品となりました。
主人公のひとり、マリアンヌは、香港の民主主義を守るために懸命に活動に打ち込みますが、恋人のインの煮え切らない態度に苛立ちを隠せません。
一方のインは、マリアンヌを愛するがゆえに行動を共にしていますが、中国本土で自分の才能に賭けてみたいという夢もあり、気持ちが揺らぎ始めます。彼の父親が親政府派の実業家である影響も大きいでしょう。
学生時代にカップルになった男女が、社会に踏み出していく渦中で、互いの価値観の違いに気づき、悩み別れていくという物語だけでも、十分ラブストーリーとして興味深いのですが、学生たちが取り組んだ民主化運動の中で、その違いが明らかになっていく様が鮮明に描かれています。
恋人たちの断絶は、すなわち、一国二制度という構想の中、香港社会が親政府派と反政府派と二分化されていることの象徴でもあり、その両方の立場を対等に見つめることで、映画はある意味絶妙なバランスを取ることに成功しています。
2019年に巻き起こった民主化運動は世界中で大きな注目を集めました。中国という大国が香港の民主主義を奪おうとしている姿は、中国が世界中で非常に大きな力を発揮している昨今、見逃せない問題です。
そうした世界的な注目の中で、その民主化運動をテーマにした本作は、結果として世界で起きている「分断」の姿をも浮かび上がらせます。それぞれの切実な問題として私達に考える機会をもたらすのです。
まとめ
2019年、香港で反送中デモに端を発した民主化運動の様子が日本でも報道される中、彼らは今、一体どうしているのだろう? と思いを馳せずにはいられませんでした。香港に知り合いがいるわけでもなく、香港に行ったこともないというのに。
思い浮かべたのは2014年の雨傘運動の際、参加した若者たちの生の声を集めたドキュメンタリー映画『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016)に登場した若者たちです。
カメラを持ってデモに参加したチャン・ジーウン監督が出会った若者たちの、真摯で誠実で真っ直ぐな姿が今でも鮮明に思い出されます。
映画はこうした見知らぬ他国の人々を一瞬のうちに身近な存在にするマジックを持っています。
一方、大きな事柄が社会に起きた時、それをどのように描くのかということが、映像の作り手には求められているのではないでしょうか。
映像によって届けるもの、届けられるものの意味は大きく、いち早く『散った後』という作品が生まれてきたことに大きな意義があるのです。