世界中で幾度も映像化されたモーパッサン原作による不朽の名作『女の一生』。2017年12月9日(土)より岩波ホールほか全国順次公開です。
新たに映画化された本作はステファヌ・ブリゼ監督の挑戦的な手法で、今までにはない作品として、あなたを主人公ジャンヌと共感させてくます。
映画『女の一生』のステファヌ監督の演出の見どころと、ジャンヌ役で主演を務めたジュディット・シュムラのインタビューを交えて、その魅力と感想をご紹介します。
CONTENTS
1.映画『女の一生』の作品情報
【公開】
2017年(フランス映画)
【原題】
Une Vie
【監督】
ステファヌ・ブリゼ
【キャスト】
ジュディット・シュムラ、ジャン=ピエール・ダルッサン、ヨランド・モロー
【作品概要】
フランスの文豪であるギイ・ド・モーパッサンが1883年に発表して以来、幾度も映像化されてきた『女の一生』。
『母の身終い』『ティエリー・トグルドーの憂鬱』などのステファヌ・ブリゼ監督が自ら脚本を書き、丹念な時代考証と俳優のエチュードを活かした演出で映画化。ベネチア国際映画祭2016で国際批評家連盟賞受賞。
2.映画『女の一生』のあらすじ
1819年、ノルマンディー。少女ジャンヌは修道院の寄宿学校から戻ったばかりのうら若き17歳。
彼女はこれから始まる自由な暮らしへと心踊らせながら、父と菜園の苗に銅製のジョウロで水やりをしてます。
やがて、彼女が住むレ・プープルの屋敷近くに引っ越してきた子爵ジュリアン・ド・ラマール子爵が男爵である父と連れ立って彼女のもとを訪れました。
麗しい美青年ジュリアンとジャンヌはすぐに打ち解け、急速に互いに惹かれ合っていきます。
その後2人は「ずっと一緒よ」と結婚すると、あふれる愛に妻のジャンヌは幸せの絶頂にいました。
しかし季節が秋に移ろう頃、過度の倹約家であるジュリアンは、ジャンヌが寒がっても暖炉に薪を焚べるのさえ渋るようになりました。
それは妻であるジャンヌに対する愛情を夫ジュリアンが無くしたことにほかなりません。
さらには、ジャンヌと乳姉妹として育った女中のロザリが、ジュリアンの赤ん坊を身ごもっていたのです。ジュリアンはロザリのことを冷淡にも追い出そうとします。
混乱で暗くなったジャンヌの気持ちを一新させてくれたのは、フールヴィル伯爵夫妻でした。特に夫人との交流はジャンヌにとって救いになりました。
そんなある晩のこと、妻ジャンヌが夫ジュリアンの部屋で目撃したのは…。
3.映画『女の一生』の感想と評価
フランス人ならリスペクトは身だしなみ?『女の一生』は原点
本作の脚本担当も兼務したステファヌ・ブリゼ監督。
共同で脚本の執筆をしたフロランス・ヴィニョンからモーパッサン原作本『女の一生』を薦められたのは20年前のことだったそうです。
この長期的な映画化への思いは、両者ともにフランス人のアイデンティティの表れではないだろうか。
なぜそのように感じるかといえば、昨今のフランス映画を例に挙げれば、とても興味深いことが見えてくるのです。
2017年3月に日本公開した若き新鋭ミア・ハンセン=ラヴ監督によるイザベル・ユペール主演の『未来よ こんにちは』。
また、同年12月に公開されるマルタン・ブロヴォ監督による2人のカトリーヌ共演のドヌーヴ&フロの『ルージュの手紙』。
それぞれどれもが移ろう現実の厳しさの中で女性が、人生のささやかな真実である“生きてることは悪いものではない”と悟りを得る物語です。
監督の性別や世代の違いや、映画への表現方法や人物設定は異なるものの、モーパッサンの『女の一生』を読み、リスペクトしなかった作り手がいないのはすぐに分かるでしょう。
ともすれば、この3作品の女の人生(どれもが半生)見比べてみることで、人生に起きる問題とはいかなる傾向にあるのかも掴めるでしょう。
また本作『女の一生』は、その原点といえる原作を如何に忠実に映画化したのか興味が湧くのではないだろうか。
自然主義派『女の一生』の古めかしさを刷新する試み
1883年にギイ・ド・モーパッサンが33歳で発表した古典的原作『女の一生』。あの文豪レイ・トルストイも称賛した文学で当時3万冊の売上をあげました。
この原作を映画化するにあたりステファヌ・ブリゼ監督は、19世紀の四季折々のノルマンディーの美しい風景を映像美で見せ、極めてストイックなまでの挑戦的な表現方法で作品を完成させました。
ステファヌ監督の言葉を借りれば、主人公ジャンヌの人生を時制をこえて重ねる“映像のミルフィーユ”を作り上げられています。
まずは映画が上映されるとすぐに気が付きますが、スクリーンに映し出される画面サイズがスタンダード(1.33:1)になっています。
3D上映や4DX上映ほどではないにしても、観客のあなたは映画の冒頭に違和感を感じるはずです。
通常ならヨーロッパ・ビスタ(1.66:1)やアメリカン・ビスタ(1.85:1)を見慣れているでしょうし、シネマスコープ(2.35:1)とて同じです。
それから見ればスタンダードはかなり狭いサイズに見えるはずです。
ステファヌ監督は意図的にジャンヌの住むごく狭い世界を表し、硬く、そして“逃れることのできない箱(彼女自身の人生)”として、この画面サイズを選択しました。
また、原作『女の一生』の持つ世界観を現代に活かすのであれば、シネマスコープを選択することもできたのだろう。
しかし、試行錯誤のうえで古典的すぎる懸念もあったが、あえてスタンダードを選び、ジャンヌの殻に閉じこもった心情を優先させたそうです。
実に重苦しく、体感型映像のように観る者に主人公ジャンヌの心境とシンクロしてしまう表現方法です。
そこにも秘密があって、撮影監督のアントワーヌ・エベルレのキャメラワークは、ハンディ・キャメラで撮影が行われています。
被写体の人物たちは“役柄になる”という演技を超え、あるシーンでは40分以上の長回しを行い、エチュードとしての身体表現と手持ちのブレが合間って現代的なリアルさを露出させてくれます。
それと物語の進行によって狭い画面サイズから、ジャンヌの心境を物語からのみ共感するというよりも、、私生活を窃視(覗き見)する感覚もどこかにあります。
主人公ジャンヌを演じ切ったジュディット・シュムラ
女優ジュディット・シュムラ(Judith Chemla)は、1985年7月5日生まれのフランスの女優。自身で作詞もする歌手でもあります。
2008年に『ベルサイユの子』に出演、2012年に『カミーユ、ふたたび』にすると第38回セザール賞助演女優賞にノミネート、リュミエール賞2013新人女優賞を受賞。
本作でもセザール賞主演女優賞にノミネートされました。
ジュディットの演技についてステファヌ・ブリゼ監督は、次のように称賛して語っています。
「私は役の解釈ではなく、人間そのものを信じている。そして世界との独自の接点を捉える必要があることも分かっていた。ジュディットはジャンヌではないが、彼女は自分の身の回りのものすべてに対して強い結びつきを感じさせる女性だ。彼女は他の人が見えないものを見て、人があえて感じようとしないものを感じる。常に本物であろうとしている。彼女は何よりもまず例外的な人で、女優としてもトップレベルだ。私が撮りたかったのはまさにそれ、彼女と世界の結びつきだ。女優としての才能“本当に驚きべき才能”は、彼女のオープンな心の許容の深さだ。彼女の心には、どんなに奥深いところにも、自分に対する嘘が一切ないのだ」
ステファヌ監督の述べたように主人公ジャンヌを演じたジュディットは、演技をしているようには感じません。
人間であるそのもの喜怒哀楽を身体表現として行なっていたのです。喜びの表情も苦しみの姿もキャメラを通して本物であり続けました。
その女優ジュディット・シュムラは、ステファヌ監督の演出方法について、次のように語っています。
「ステファヌは細かいところまで完璧に統制をするよりも、サプライズがあるのを好んだから。(監督はエチュード的な芝居を好む)もちろん、衣装や立ち振る舞いといったことや、言葉使いに関しては、一貫性があるように心がけた。ただ監督がとくに望んだのは、気品を持たせること。ジャンヌが気高い女性であるように。そして凝り固まった演技ではなく、このヒロインが本当に存在するような、生き生きとした息吹をもたらすことを望んだ。わたしの演技が見せかけのようになったときは、彼はこう言ったわ。“君が誰なのか、僕には見えてこないよ。”だからわたしもこの役を本当に生きなければならなかった。彼の演出は情熱的よ」
ジュディットはこの作品の中で17歳から約30年の年月のジャンヌを1人で演じています。
その長い年月の重みや経験の重さ、苦悩による疲れや老い、または心の傷を品を持ってエチュードとして感じ表現しています。
監督のインタビューにありましたが、「彼女は自分の身の回りのものすべてに対して強い結びつきを感じさせる女性だ。彼女は他の人が見えないものを見て、人があえて感じようとしないものを感じる」。
映画の撮影現場が“虚構”の世界であったにせよ、1819年のノルマンディーの美術セットに小道具が仕込まれ、キャストに衣装を着させ、照明が当てられ、キャメラが回った瞬間。
彼女はジュディットではなく、本物のジャンヌになっていたのでしょう。
ステファヌ監督の強いこだわりのもと、映画スタッフ陣によって仕込まれた全ての嘘が、ジャンヌとなって実存することで、そのものと応答する関係となり、虚実が入り混じり、本物でしかなかったはずです。
それはモーパッサンの原作本に書かれた言葉ではなく、映画にしようとした撮影した時に、“本物のジャンヌ”を目撃した瞬間でもあります。
ステファヌ・ブリゼ監督は本作『女の一生』を撮り終えた今、一つだけ後悔があると述べています。
もうおそらくモーパッサン作のこの本を二度と読むことはないだろう
そこまで言わしめた女優ジュディット・シュムラ。そして、その高みまで引き上げたステファヌ・ブリゼ監督。
本作『女の一生』はベネチア国際映画祭2016にて、国際批評家連盟賞を受賞。
現代ピアノの原型となるフォルテピアノの調べに乗せて、フランス映画好きにはご覧いただきたい一本です。
まとめ
修道院の寄宿学校から家に戻っきた男爵家の一人娘ジャンヌ。子爵ジュリアンと結婚に胸躍らせる人生を歩みだしたように見えたが、やがて信じ難い夫の不貞を知ります。
それ以来ジャンヌの人生にあったはずの“希望”は、次々と打ち砕かれてしまう…。
フランスの文豪モーパッサンの不朽の名作の主人公ジャンヌを演じ切ったジュディット・シュムラのエチュードとしての身体表現のリアルな演技とは?
また、ジャン=ピエール・ダルッサン、ヨランド・モローと、実力派ベテラン勢が存在感を発揮し、新旧の名優が競演も見どころです。
どのように自然主義の原作『女の一生』を映像作品として、ステファヌ・ブリゼ監督は現代に蘇らせたのか。2017年12月9日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー。
ぜひ、お見逃しなく!