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Entry 2020/04/09
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韓国映画『はちどり』感想とレビュー評価。キムボラ監督が描く思春期の少女の日常|OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録9

  • Writer :
  • 西川ちょり

第15回大阪アジアン映画祭上映作品『はちどり』

2020年3月15日(日)、第15回大阪アジアン映画祭が10日間の会期を終え、閉幕しました。グランプリに輝いたタイの『ハッピー・オールド・イヤー』をはじめ、2020年もアジア各国の素晴らしい作品の数々に出逢うことができました。

今回紹介するのは、特集企画「祝・韓国映画101周年:社会史の光と影を記憶する」で上映されたキム・ボラ監督の『はちどり』(2019)です。

2018年「釜山国際映画祭」で初上映。その後、「ベルリン国際映画祭」ジェネレーション14plus 部門をはじめ国内外の映画祭で50を超える賞を受賞するなど高い評価を受けた作品です。韓国では2019年8月に公開され、単館公開規模ながら観客動員15万に迫る異例の大ヒットとなりました。

『はちどり』は、ユーロスペース他にて2020年2020年6月20日(土)より公開が予定されています。

【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録』記事一覧はこちら

映画『はちどり』の作品情報


(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

【日本公開】
2020年公開(韓国・アメリカ合作映画)

【原題】
벌새、英題:House of Hummingbird

【監督】
キム・ボラ

【脚本】
キム・ボラ

【製作】
キム・ボラ

【キャスト】
パク・ジフ、キム・セビョク、イ・スンヨン、チョン・インギ、パク・スヨン、キル・ヘヨン

【作品概要】
1994年のソウルを舞台に集合住宅に5人家族で暮らす中学2年生のウニの揺れ動く心情と、家族・社会との関わりを丹念に描いた人間ドラマ。

2018年「釜山国際映画祭」で初上映。その後、「ベルリン国際映画祭」ジェネレーション14plus 部門をはじめ国内外の映画祭で50を超える賞を受賞するなど高い評価を受けた。韓国では2019年8月に公開され、単館公開規模ながら観客動員15万に迫る異例の大ヒットとなった。

キム・ボラ監督のプロフィール

1981年11月30日生まれ。東国大学映画映像学科を卒業後、ニューヨーク・コロンビア大学院で映画を学ぶ。

2011年に大学院卒業作品として制作した短編「リコーダーのテスト」(2011年)が、米国監督協会による最優秀学生作品賞、ウッドストック映画祭学生短編映画部門大賞などを受賞し、注目を集めました。また、2012年の学生アカデミー賞の韓国版ファイナリストにも残りました。

本作『はちどり』は、「リコーダーのテスト」で9歳だった主人公のウニのその後の物語です。

映画『はちどり』のあらすじ


(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

1994年、ソウル。家族と集合団地で暮らす14歳のウニは、学校に馴染めず、休み時間はいつも寝て過ごしていました。

両親は小さな店を必死に切り盛りし、子どもたちとゆっくり話をする余裕はありません。長男は親の期待を一心に受けソウル大学を目指して勉強に励んでいましたが、期待がプレッシャーとなって、時々ウニを殴ることもありました。

姉は父からの期待に応えられず、自己評価が低く、家を抜け出したり、親に内緒で夜にボーイフレントを家に入れたりを繰り返していました。いつもウニが尻拭いをしなくてはなりません。

ある日、通っていた漢文塾に新しい教師のヨンジがやってきます。ウニは、 自分の話に初めてきちんと耳を傾けてくれる大人に出会い、ヨンジに心を開いていきます。

そんな折、ウニは首もとにできたしこりが気になって病院へ行くことになりました。両親は忙しく、ひとりで診察を受けたウニは、医者からもっと大きな病院で検査してもらうよう告げられます。

検査の結果、手術をすることになり、心配した両親に連れられて入院したウニでしたが、幸い、後遺症もなく退院することが出来ました。両親が気にかけてくれたことが嬉しかったウニは退院は嬉しい反面、ちょっぴり寂しくもありました。

ヨンジに会える漢文塾での時間はウニの生活で一番楽しいものとなりました。ところがある日、突然ヨンジが辞めてしまい、ウニは塾長に先生はなんでやめたのかと詰め寄ります。

映画『はちどり』の感想と評価


(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

思春期の少女の日常と成長を描く

1994年のソウルを舞台に、ウニという14歳の少女の日常生活が丁寧に綴られていきます。

中学2年生のウニは、学校ではクラスメイトとうまく関係を作れず孤立しています。それでいてボーイフレンドはちゃんといて仲良く一緒に帰ったり、幼馴染の親友と一緒に少し背伸びして日曜日にはダンスフロアに出かけたりもします。担任の先生がクラスの中で「不良」だと思う人の名を書けと紙を配ると、ウニが「不良」認定されてしまうという笑えないエピソードも登場します。

ウニの両親は商売をしていて忙しく、子どもの話をゆっくり聞く暇などありません。家では父の言うことは絶対で、長男に期待が集中し、そのプレッシャーから長男は時々ウニに暴力を振るいます。

家での食事のシーンが頻繁に出てきますが、いつもどこかヒリヒリした緊張感が漂っています。激しい夫婦喧嘩をした父と母が翌日には何事もなかったかのように一緒にテレビを観ている姿など、ウニには理解し難いことばかりです。

そんな中、ウニの生活に変化が現れます。漢文塾の先生との出会いです。きちんと話を聞いてくれて、適切な言葉を返してくれる先生のおかげで、これまで達観するしかなかった様々な事柄に、ウニは思考を巡らしていきます。

思春期が訪れたばかりの一人の少女の物語に、観るものはそれぞれのかつて通った心の中の記憶を呼び覚まされることでしょう。

と同時に、ただ懐かしさに浸るのではなく、ウニが経験する様々な理不尽さや、彼女が感じる怒りや悲しみや歓びは、今の私達のリアルな問題としてもダイレクトに突き刺ささってきます。

ウニ役のパク・ジフは、まさにウニを生きており、第18回トライベッカ映画祭では、その素晴らしい演技が評価され、主演女優賞に輝いています。

1994年の韓国が舞台であるということ


(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

1994年という時代設定に、始めはあまり注意を払っていませんでした。ですが、この時代が選ばれたことが徐々にわかってきます。この年、北朝鮮の全日成国家主席が死去。さらに10月にはソウルの聖水(ソンス)大橋崩落事故が起きます。32人が死亡、17人が重軽傷を負うという大事故でした。

韓国における1994年は、長い間続いた軍事独裁政権の終焉と映画『国家が破産する日』(2018/チェ・グクヒ)で描かれたIMF経済危機の調度真ん中にあたり、民主化が進められ、著しい経済成長を遂げた時代です。

しかし、その反面、北朝鮮との戦争が起こるのではないかという不安が絶えずあり、経済発展を急ぐあまり、手抜き工事が大災害を招くという激動の時代でもありました。

映画『はちどり』は、ウニが様々な出来事を経験しながら成長していく過程を、韓国社会の成熟への軌跡と重ねて描いてます。

羽ばたきの速度が早く、蜂のような羽音を出すもっとも小さな鳥「ハチドリ」というタイトルは、ウニ自身を指していると同時に韓国社会をさしているともいえます。

同系統の少女思春期ものの作品群とはひと味もふた味も違った堂々たる138分の大作に仕上がっています。

家父長制の中で


(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

ウニの父親は決して思いやりのない暴君というわけではなく、子どもたちを愛している普通の父親です。彼の人間らしい面を表すエピソードもいくつか登場しています。

しかし、家父長制のもと、父の言うことは絶対で、子どもたちは父の前で萎縮していてストレスを溜めたり、自己評価が著しく低くなったりと弊害が大きいように見えます。さらに暴力も生活の中に存在しています。

母親は日中は父と共に仕事をし、帰ってきたら家事に追われています。父は食後に遊びに行く時間もあるのに、母親にはそんな余裕はなく、終始疲れたような表情をしています。

ウニがチヂミを食べているのを母親がじっと見つめるシーンがありますが、慈愛の眼差しであると共に、そこには今はまだ幼い子が、徐々に成長し女性として生きていくことへの懐疑の気持ちも含まれていたのではないでしょうか。

理不尽だけれどこれが普通なのだと思っていたウニの前に現れるのが漢文塾のヨンジ先生です。彼女も何かに疲れたような表情を見せています。おそらく多くのことに傷つきながら、こうした男性支配社会における理不尽な事柄にきっちりと「No」と言って生きてきた人なのでしょう。

彼女がウニに語る言葉は、現代に生きる人々にも深く響くものとなっていて、ヨンジ先生に扮するキム・セビョクの穏やかで透明感のある声が、映画を観終わったあともずっと心の中でリフレインしています。

まとめ


(C)2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.

どこの国の事情もそう変わらないとはいえ、韓国の映画界における男性中心主義はとても顕著です。まず、女性が主役の映画はあたらないという風潮が長い間続いてきました。

ところが、最近は明らかに風向きが変わってきているように感じられます。単に男性が主役の「ブロマンス映画」というひとつのジャンルが飽きられてきたという理由だけでなく、女性の地位向上に対する地道な運動が実ってきた現れでもありますし、社会の成熟が進んでいる証でもあるのでしょう。

映画『はちどり』が2018年「釜山国際映画祭」で上映された際、『はちどり』と並んで、『なまず』(イ・オクソプ)、『Our Body』といった女性監督作品が高い評価を得ました。この2作は第14回「大阪アジアン映画祭」のコンペティション部門で上映され、『なまず』はグランプリを獲得しています。

また今回の第15回映画際で上映された韓国映画の多くが女性監督作品です。あえて女性監督の作品を集めたのではなく、優秀な作品をプログラミングしたら多くが女性監督作品だったというのが大阪アジアン映画祭の特徴でもあります。

勿論それは韓国映画以外にもいえることなのですが、まさに今の韓国映画界で起こっている一つの波として、注目に値するでしょう。

映画『はちどり』は、ユーロスペース他にて、2020年2020年6月20日(土)より公開が予定されています。


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