連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第29回
世界各国の様々な映画集めた劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル梅田にて実施され、一部作品は青山シアターにて、期間限定でオンライン上映されます。
昨年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今年も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第29回で紹介するのは、孤独に生きる殺し屋の、最後の闘いを描いた映画『ラスト・バレット』。
名優ジャン・レノの代表作と言えば、多くの人が映画『レオン』の名を挙げるでしょう。その彼が本作で演じるのは、人との関わりを断ち切って生きる殺し屋。
静かな日々を送る殺し屋の前に、1人の若い女性が助けを求めに現れます。傷付いた彼女を助け、共に生活を始めたことで彼の平穏な暮らしは終わりを告げ…。
まさに『レオン』の流れをくむ作品として本作『ラスト・バレット』は誕生しました。
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CONTENTS
映画『ラスト・バレット』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス・ウクライナ・ベルギー合作映画)
【原題】
La memoire du sang / Cold Blood Legacy
【監督・脚本】
フレデリック・プティジャン
【キャスト】
ジャン・レノ、サラ・リンド、ジョー・アンダーソン、デヴィッド・ジャーシー、サマンサ・ボンド
【作品概要】
雪に埋もれた人里離れた地で、ストイックに生きる凄腕の殺し屋を描く、ハードボイルドアクション映画。フランスとハリウッドを代表するスター、ジャン・レノが主演を務めた作品で、映画『ターニング・タイド 希望の海』や、フランスの人気ミステリードラマシリーズ「Meurtres à…」の脚本を手掛けた、フレデリック・プティジャンの初監督作品です。
共演は『ヒューマン・ハンター』のサラ・リンドに、『クレイジーズ』『THE GREY 凍える太陽』のジョー・アンダーソン。ピアース・ブロスナンがボンドを演じた「007」シリーズで、マニーペニー役を演じたサマンサ・ボンドが出演しています。
また本作の撮影監督ティエリー・アルボガストは、数多くのリュック・ベッソン監督作品を手がけた人物で、『レオン』も彼が撮影を担当した作品です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『ラスト・バレット』のあらすじとネタバレ
ワシントン州、現在。白銀に覆われた森の中を、1台のスノーモービルが走り抜けます。リュック1つを背負った若い女が運転していましたが、速いスピードが災いしたのか道を外れ飛び出します。
スノーモービルは壊れ、女は雪の上に投げ出されますが、その腿には木の枝が刺さっていました。女は苦痛に耐え枝を抜き取りますが、立ち上がることが出来ません。
女が雪をかき分けはい進む先に、1軒の小屋がありました。小屋に隣接した湖に張る氷に穴を開け、男(ジャン・レノ)が釣り糸を垂らしていました。魚を釣り上げると手際よく処理する男。
小屋を目指した女の目前に、気付いた男が立っていました。彼女に声をかける事なく、男は慎重に周囲の様子を伺います。意識を失った女を抱いて、小屋へと向かう男。彼女が意識を取り戻した時には、小屋のベットの上にいました。
その10ヶ月前のニューヨーク。小屋の男はスポーツジムで、黙々とマシンを使っていました。同じジムのプールに、優雅に泳ぐ資産家の男の姿があります。
サウナに入った男はサイレンサー付きの銃を取り出し、ケースから取り出した特殊な銃弾をそれに込めます。やがて資産家の男が、ボディーガードと共にサウナに入ってきました。
湯気にまぎれてターゲットを撃ち、サウナから出て行く男。事態に気付いた護衛が慌ただしく動き出す中、何食わぬ顔でジムの入ったビルから立ち去る男。
男は駅に向かうとロッカーの1つを開きます。そこにあったトランクの中には札束と、電話番号が書かれたメモが入っていました…。
後日。ワシントン州の共同墓地に高級車の車列が向かいます。それは殺された資産家、ケスラーの埋葬に参列する人々の車でした。その葬儀を離れた場所から、2人の男が見つめています。
2人はケスラーの殺害を捜査する刑事でした。若い刑事カッパ(ジョー・アンダーソン)と年配の刑事デイビスは、犯人が現れないか監視していました。そして事件について話し合う刑事たち。
ケスラーは凍らせたポリマー樹脂で作られた、特殊な銃弾で射殺されました。証拠を残さぬ殺し屋の正体を、警察は掴むことが出来ずにいたのです。
ワシントン州の都市スポケーンの警察署に、カッパ刑事はケスラーの側近で、遺言の執行に当たる人物ブリグラーを呼び出しますが、彼は刑事に何も話すことはないと告げます。
ケスラーは企業グループを支配していましたが、その後を誰が継ぐかは今だ不明でした。ケスラーの実子チャーリーがその座に着けばグループは安泰ですが、その所在は極秘にされ、刑事にも告げようとしない遺言執行人のブリグラー。
ケスラーの殺害を図った人物は、この混乱を意図したのかもしれません。後を継ぐべきチャーリーが殺されると、企業グループはライバルに切り売りされます。カッパはブリグラーを問い詰めますが、彼は動せず追求をかわします。
グループの後継者の母、すなわちケスラーの妻は10年前に病院に入れられ、チャーリーの所在は長らく秘密にされていました。もう話すことはないと告げるブリグラーを、カッパとデイビスの2人に刑事は見送るしかありません。
場面は変わります。黒人の男がホテルの部屋を監視していましたが、彼は異変を感じ銃を手に部屋に入ります。その部屋はもぬけの殻になっていました。
部屋にいたのは冒頭で事故を起こした若い女でした。彼女はタクシーに乗り込むと運転手にメモを渡し、その場所へと向かわせます。
彼女を監視していた黒人の男、マルコム(デヴィッド・ジャーシー)は遺言執行人のブリグラーに、監視していた女が行方をくらましたと連絡します。するとこの番号に連絡するなと告げて、スマホを壁に投げて破壊するブリグラー。
タクシーは、雪に覆われた山の中の集落に停車します。降りた女はそこで、車両を整備していた店主に太平洋まで行きたいと告げ、札束を渡してスノーモービルをレンタルします。
その頃カッパは、田舎への異動を決めたデイビスと話していました。ケスラーを殺した暗殺者と、その黒幕はまだつかめていません。犯人を追うカッパ刑事に、いずれ捜査から外れる予定のデイビスは、今後も協力すると約束します。
スノーモービルを走らせていた女は、1人森の中の道を走って行きます。人気のない森の中の彼女に、通りがかった男が心配して声をかけますが、彼女はそれを無視し走り出します。
ケスラーを殺した男は、森の中にある人里離れた小屋の中で「孫子の兵法」を読んでいました。その後銃弾を細工をし、隠したケースに狙撃用ライフルを収め、板の裏にナイフを固定し隠す男。
女は自らの位置を確認すると、全速力でスノーモービルを走らせます。小屋の男は釣りをしていましたが、彼は事故の音に気付きます。こうして冒頭の事故は起きたのでした。
所有する手術道具を火であぶって消毒した男は、ベットに横たわる女の足から、刺さった枝を抜き取ります。悲鳴を上げる彼女に、男はあと5本抜き取る必要があると告げます。
処置を終えた女が休んでいると、森で仕留めた鹿を背負った男が入ってきます。彼は鹿を小屋に入れないと、臭いを嗅ぎつけた狼がやって来ると説明します。
スポケーンの警察署では、デイビスがようやく届いた捜査資料をカッパに渡していました。ケスラー殺害に使われた銃弾の分析結果や使用者リストなど、ようやく真相の糸口を掴んだカッパ刑事。
女が目覚めた時、小屋の男はストーブに薪をくべ、新聞のクロスワードパズルに向かっていました。女は礼を言い、自分の名はメロディ(サラ・リンド)だと名乗ります。
その言葉に反応した男は、こんな山奥で何をしていたと彼女に訊ねます。ロッキー山脈を1年かけ横断しようとした、と理由を偽って語るメロディ。
男は彼女に、私は他人と関わりを持たないように、この場所で暮らしていると告げます。彼はメロディの世話をしながらも、決して心を開かないと決めているようでした。
カッパ刑事の捜査も進んでいました。ケスラー殺しの容疑者は2人に絞られましたが、1人は服役中でもう1人は元特殊部隊のスナイパーでした。デイビス刑事は、ついに地方の保安官の職を見つけたと告げます。カッパは彼にねぎらいの言葉をかけました。
小屋の男に射殺される夢を見て目覚めたメロディ。目の前にいた男は彼女に、早く小屋から出て行ってもらうためにも、努力してリハビリに励んで欲しいと告げます。男が外出し1残されたメロディは立とうとしますが、痛みに耐えられず倒れます。
一方男はメロディがはった後をたどり、事故の現場にたどり着きます。そこには壊れたスノーモービルと血痕がありました。メロディのリュックを拾い上げ、事故の現場を念入りに調べる男。
男は小屋に戻った時、メロディは床に崩れ落ちていました。事故現場から戻る際、狼に出会ったと話す男。君の血の味を覚えてしまった狼は、殺すしかないと彼女に伝えます。
デイビスに去られ1人捜査を続けるカッパ刑事は、マルコムという人物が、ケスラーの遺言執行人ブリグラーと連絡していると気付きます。マルコムはホテルから姿を消したメロディを追って、車で雪山を進んでいました。
メロディのリュックを調べた男が小屋に戻ると、彼女の容態は悪化していました。男は彼女に酒を与え脱脂綿を咥えさせ、そのまま傷口を縫い始めます。堪らず悲鳴を上げるメロディ。
その頃マルコムは、メロディが訪れた店を訪ねていました。彼女にがここでスノーモービルを借りたと知りますが、行方は判明しません。マルコムは店主にスノーモービルのGPSが作動し、場所が判明したら連絡してくれと依頼します。
小屋では男がメロディの傷口の縫合を終えていました。私は死ぬの、と訊ねたメロディに、これで大丈夫だと返事する男。彼女が礼を告げると、人助けには慣れていないと呟きます。
メロディは男が、事故現場から回収したリュックを調べたと気付きます。彼女はこの男が、誰にも居場所を知られないように、細心の注意を払っていると思い知らされます。
映画『ラスト・バレット』の感想と評価
『レオン』から進化した殺し屋をジャン・レノが演じる
スターを代表する、誰もが知る大ヒットアクション映画。後にそのイメージを利用した作品が製作されたり、関係ない作品までそのイメージで宣伝するのは、映画業界のお約束。S・セガールの「沈黙」シリーズは際たるもので、もはやB級アクション映画の代名詞となりました。
『ラスト・バレット』も、ジャン・レノ主演の『レオン』のイメージを利用し宣伝された、そんなアクション映画の1本だと思っていませんか?否、直接『レオン』とつながりは無いものの、孤独な殺し屋レオンのキャラクターを生かし、発展させた姿をジャン・レノが演じた作品です。
『レオン』を見た方なら、孤独な主人公がナタリー・ポートマン演じる少女マチルダと暮らし、彼女を殺し屋に育てていく中で、心を通わせる姿を胸に刻みこんでいるでしょう。
その名作アクション映画を前提にして、ジャン・レノが本作で25年ぶりに演じた、孤高の殺し屋の姿を見れば、本作の作り手が何を意図しているかは明白です。
時を経て更に隙のない、武道の達人の様に振る舞う殺し屋ヘンリー=ジャン・レノに、少女マチルダと異なる形で接近する、メロディと名乗る女。2人の関係は『レオン』を設定を踏まえて発展させ、しかもその裏表となる物語として描いたのが本作です。
『レオン』のジャン・レノの姿が胸に刻まれている方なら、間違いなく見るべき価値ある1本です。
フレンチ・フィルム・ノワールの流れを汲む作品
『レオン』と比較して紹介してきましたが、この映画の魅力はそれだけで語り尽くすことはできません。本作はアロン・ドロンが孤高の殺し屋を演じた映画、『サムライ』(1968)からも極めて強い影響を受けている作品です。
武士道の信奉者のように、自らを厳しく律して生きる孤高の暗殺者を演じたアラン・ドロン。もっとも映画に登場する武士道を紹介するエピグラフは、この映画を監督した名匠、ジャン=ピエール・メルヴィルが創作したもの。主人公と映画の美学を際立たせる目的で登場します。
『ラスト・バレット』のジャン・レノが、「孫子の兵法」を信奉し、自らを厳しく律する姿の原型は、間違いなくこの映画のアラン・ドロンの姿にあります。
また『サムライ』のアラン・ドロンは、心を寄せた女の殺害を命じられます。武士道の信奉者として虚無感を漂わせて生き、「武士道とは死ぬ事と見つけたり」の言葉を体現しようとする殺し屋が、最後にとった選択とは…。本作との類似点を指摘するまでもありません。
『レオン』は無論、後の世界のノワール映画、日本では村川透や北野武作品に大きな影響を与えた『サムライ』。『ラスト・バレット』もその系譜につながる作品です。
まとめ
『レオン』やフレンチ・ノワール、またその影響を受けたアクション映画を愛する人なら、間違いなくなく見るべき映画が『ラスト・バレット』です。
ですがこの映画、観客に対する説明もジャン・レノ演じる殺し屋のように、実にストイックで言葉足らずです。誰が彼にメロディ殺しを依頼したかを、劇中ではっきりとは示しません。映画の展開からは、充分推測できるはず。
彼女が復讐を決意し自らを鍛え始める姿も、唐突に紹介された感があります。刑事たちの捜査の進展も判りにくく、展開を手取り足取り親切丁寧に説明する、そんなスタイルの映画やドラマに比べると、何かと判りにくいと感じる方も多いようです。
それでイイんです。ジャン・レノもアラン・ドロンも、ともかく無口な殺し屋でした。言葉足らずで不器用な彼ら同様、この映画も男の美学に溢れてますから、許してあげましょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第30回はネット空間に救う悪魔とネクロマンサーが対決!アクションホラー映画『サイバー・ゴースト・セキュリティー』を紹介いたします。
お楽しみに。
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