老渡世人が唱える「南無阿弥陀仏」。故郷に男の過去が蘇る!
作家・藤沢周平の短編時代小説『帰郷』を、ドラマ「北の国から」シリーズの杉田成道監督が映像化した作品。親分の罪を被って故郷を離れた渡世人が30年振りに帰郷します。
懐かしい故郷はどうなっているのか。帰ってみようと思い付き、辿り着いた故郷には渡世人の新たな苦悩が待っていました。
ロケ地である信州・木曽福島の美しい自然の中で、現在と過去の出来事が交差するストーリー展開。主演はこの作品の主人公をいつか演じてみたかったという86歳の仲代達矢です。
帰郷したがために過去の犯した罪を問われる渡世人の哀しいドラマが始まります。
映画『帰郷』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
藤沢周平
【監督】
杉田成道
【キャスト】
仲代達矢、北村一輝、常盤貴子、田中美里、前田亜季、中村敦夫、橋爪功、三田佳子、緒形直人、佐藤二郎
【作品概要】
第32回東京国際映画祭参加作品。フランス・カンヌMIPCOMで、アジアの作品として初めてワールドプレミアに選出された史上初の8K時代劇です。
藤沢周平の短編時代小説『帰郷』を原作とし、ドラマ「北の国から」シリーズの杉田成道監督が演出を担当。また主役の老渡世人は86歳になる仲代達矢が熱演。好敵手に中村敦夫、恩義ある親分の妻に三田佳子と豪華俳優陣を揃えた作品です。
映画『帰郷』のあらすじとネタバレ
山奥の民家で病床に伏していた老渡世人宇之吉は、ある朝民家の周りの美しい山の風景を見て自分の故郷信州・木曽福島を思い出します。
宇之吉は30年前に、世話になった親分の罪を被って故郷を離れていました。最近では肺病も病み、自分の命もあまり長くないことを悟っています。
「帰ってみようかな」。思い立ったら矢も楯もたまらず、病を抱えたまま宇之吉は木曽福島へ向かいました。途中、ならず者に追われている源太という男を見掛けます。
追われる身の辛さを知っていた宇之吉は、源太がならず者から逃げるのを手助けしてやりました。
そしてたどり着いた故郷木曽福島の街並みは昔と変わらず、宇之吉は懐かしく思いますが、みすぼらしい老渡世人の旅人である彼を知る人はいませんでした。
用心棒を募集していた渡世人先で雇ってもらい、先輩にあたる栄次という男から最近の木曽福島の話を聞きました。
昔宇之吉が世話になった親分夫妻は亡くなり、後を継いだのは、宇之吉の兄貴分にあたる九蔵でした。
九蔵は昔から宇之吉の競争相手であり、卑怯なことも平気でする嫌な奴。昔宇之吉と恋仲だったお秋にも目をつけて横恋慕しようとしていたこともあったのです。
お秋を思い出した宇之吉は、30年前に「3年待っていてくれ」と言って別れた恋人の住む家を見に行きました。そこから出てきたのは、お秋ではない見ず知らずの一人の若い女。
お秋は何処に行ったのか。気になりながらも探す術もなく、宇之吉は栄次に誘われるまま、飲みに行きました。
その飲み屋で働いていたのがお秋の住む家で暮らすおくめという女でした。
おくめから「お秋は自分の母親でずい分昔に亡くなった」と聞かされ、驚く宇之吉。30年の月日の長さを思い知り呆然としているところへ、おくめに九蔵が目をつけているという話を聞きます。
おくめには源太という好いた渡世人がいるから、源太を亡き者にしようとしていることも。
昔の自分のことを思い出し、九蔵に対して苛立っていた宇之吉は、神社で開かれた山博打の日に幼馴染の佐一と再会します。
宇之吉が出走してからの九蔵のことや故郷の様子を聞いているうちに、おくめについて驚愕の事実を知ります。
映画『帰郷』の感想と評価
ひとりの渡世人の若い頃と晩年を北村一輝と仲代達矢が好演しています。格闘シーンが多い2人ですが、とりわけ高齢の仲代達矢の頑張りが光りました。
特に年老いた好敵手九蔵を演じる中村敦夫との殺陣の場面は見ものです。
白髪頭の2人がよろけながらも、ハアハアと荒い息を吐きながら鬼気迫る形相で剣を振るいます。
命をかけての斬り合いなのに、「お前は子供の頃から人の物を欲しがる」「なに言ってやがる」と言い争い、最後には「息がきれる」「ざまあみやがれ」とあざ笑うような言葉までも。
爺さん同志の殺し合いですが、若い頃から何かと争っていた2人だけに、どこか子供の喧嘩を連想させる真剣勝負で、クスリと笑いがでます。
時代劇映画史上初という8kカメラ使用の色彩の美しさも見逃せません。漆黒の闇を照らすロウソクの炎の光と影の描写は臨場感があり、宇之吉に迫るおとしの情念がたっぷりとあぶりだされていました。
魅力的な人妻であるおとしは田中美里が熱演しています。
おとしと宇之吉の初めての間違いを起こす場面のエロティックな美しさも、8Kカメラがもたらすものかも。魔性の美しさを持つ女の誘いで人生を狂わせられた男が、愚かでもあり切なく思えるワンシーンです。
全てが終わった朝靄の中のラストシーン。宇之吉は頭をたれ、しわがれ声で「南無阿弥陀仏」と唱えます。
渡世人として生きる男に念仏は似合いませんが、大自然の中で思わず漏れたひと言は、帰郷がもたらした宇之吉の大きな変化です。
ストレートに伝わる、自分の罪を認めて孤高の旅を決意する潔さ。誠心誠意伝わるその姿に心打たれます。
まとめ
一連のストーリーは、30年間故郷を離れていた渡世人が帰郷して起こる騒動が主となっています。
殺伐とした人生を送って来た宇之吉が、初めて得た娘への愛がとても切ない作品です。
映画の中で親子の情愛や人間同志の愛憎を描く一方、舞台となる木曽福島にそびえ立つ木曽御嶽山にもスポットを当てています。
冒頭とラストに登場する山の神々しい姿と作品の根底に存在する地域に根付く山岳信仰が、見事に作品に深みを加えています。
時代劇史上初となる8Kカメラ使用の狙いは、ここにあるのでしょう。自然描写やロウソクなど小道具の陰影の美しさが目を引きました。
ベテラン俳優陣の熱演も見逃せません。義理人情に囚われる渡世人の世界観や肉親への情愛も、その圧倒的な存在感で一層際立って見えました。
また渡世人の宇之吉が両手を合わせて念仏を唱える姿は、原作の藤沢小説のテイストそのもの。「南無阿弥陀仏」に響く人の世の無常観が強く感じられる作品に仕上がっています。