名前を知った者の前に現れ、目を逸らすと命を奪う「シライサン」と呼ばれる都市伝説を巡り、男女が遭遇する恐怖を描いたホラー映画『シライサン』。
SNSでの情報、あるいは感情の共有がメディアの主流となりつつある現代の日本に登場した、新たなJホラーとなる本作の魅力をご紹介します。
映画『シライサン』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【監督・脚本】
安達寛高(乙一)
【企画】
武内健
【キャスト】
飯豊まりえ、稲葉友、忍成修吾、谷村美月、江野沢愛美、染谷将太
【作品概要】
名前を知ってしまうと現れ、目を逸らした者の命を奪う、不気味な存在である「シライサン」を巡り、さまざまな人間のドラマが展開されるホラー。
主演には、モデルや女優として幅広く活躍している飯豊まりえと、舞台や映像作品で活躍する若手俳優、稲葉友。監督を、「乙一」名義で数々の小説を発表し、本作が長編デビュー作となる安達寛高が務めています。
映画『シライサン』あらすじとネタバレ
眼球が破裂した状態で絶命した、弟の和人の死に不審を抱く鈴木春男。
和人の死因は心臓麻痺でしたが、死の直前、何かに怯えた様子で和人から電話があった事も含めて、春男は和人の死因を独自に調査します。
和人には2人の女性の友人がおり、その中の一人、加藤香奈も、和人と同じような不審死を遂げていました。
春男は、和人のSNSを辿り、香奈の友人だった山村瑞紀を訪ね、香奈の事を聞きます。
香奈が命を落とした現場に、瑞紀も居合わせてましたが、香奈は突然何者かに怯え、いきなり眼球が破裂するという、壮絶な最期を迎えていました。
香奈は最後に瑞紀へ助けを求めましたが、恐怖を感じた瑞紀は、香奈の腕を振り払ってしまい、その事を今でも気にかけています。
春男は、瑞紀と共に、和人と香奈の共通の友人だった、富田詠子の元を訪ねます。何かに怯えた様子の詠子は、春男と瑞紀に「二人は目玉の大きな女に殺された」と話します。
詠子の話によると、温泉旅行に出かけた和人と香奈、詠子の3人は宿泊した旅館のロビーで、怪談噺に興じていました。
そこへ、酒屋の配達に来た渡辺という男が参加し、偶然ロビーに居合わせた旅館の従業員、森川も含めて、「ある怪談」を語り始めます。
「シライサン」という目玉の大きな女が登場するその怪談は、「シライサン」の名前を知った者もまた呪われるというありがちな内容でした。
詠子は、その時は話半分で聞いていましたが、和人と香奈が亡くなった事で、恐怖を感じるようになっていました。
話を終えた詠子は「お茶を入れる」と席を立ちますが、そのまま家の中で首つり自殺を図ります。異変に気付いた和人により、詠子は一命を取り留めますが、「シライサンが来る」と謎の言葉を発します。
一方、「シライサン」の怪談を聞いた森川の前に、目玉の大きい不気味な女が、姿を現します。
映画『シライサン』感想と評価
「乙一」名義で、ホラー小説も発表している安達寛高監督が、真っ向からJホラーに挑んだ『シライサン』。
Jホラーと言えば、「リング」シリーズの貞子や、「呪怨」シリーズの伽椰子などが有名ですが、本作に登場する、目玉が異様に大きく、不気味な女性「シライサン」の特徴は、怪談話を聞いて、名前を知ってしまうだけで呪われてしまうという部分です。
前出の貞子は、その存在自体が都市伝説となっている「呪いのビデオ」を見る事で、1週間後に呪いが発動します。
伽椰子は、伽椰子の呪いにかかった人に関わるだけで、呪いが伝染する強力さはありますが、最初に呪いが発動する条件は、伽椰子の潜む家に足を踏み入れる事です。この家は、立ち入り禁止になっている為、強い好奇心でも無ければ、入ってしまう事はないでしょう。
ですが、シライサンは、怪談話を聞いて名前を知ってしまうと、その瞬間から呪いが発動し、いつ、どのタイミングで出現するかが不明です。
作中で、間宮がネットを使って、シライサンの怪談を拡散させようとしましたが、誰かがその気になれば、日本中に、簡単に呪いを広げる事が出来てしまう、恐怖があります。
シライサンの怪談を面白半分で聞いた瞬間、シライサンに襲われる可能性が生まれ、穏やかな日常が、一瞬で恐怖へと変化するのです。
この「聞いてはいけない怪談」という類は、実際に存在し、有名な話では「牛の首」という怪談があります。
「牛の首」は、聞いた者に不幸が起き、命を落とした人もいるという怪談話ですが、気になる方は自己責任で検索して下さい。
そして、何かしらのキッカケで、「牛の首」を知ってしまった方は、「自分の身にも何か起きるかも」と少なからず不安になると思います。
「傍観者」のはずだった自分が、いつの間にか「当事者」になっていたという部分が、怪談の持つ恐ろしさの一つであり、「次は、お前だ!」というオチがつく怪談も多いです。
映画『シライサン』には、そんな仕掛けがされており、物語の後半で行方不明になった、冬美がその鍵を握っています。
冬美は、間宮がシライサンに襲われた時に「シライサンの記事を拡散しろ」と言われています。
電波が悪く聞き取れていなかったようですが、もし、間宮の言葉を冬美が聞いていて、シライサンの話を拡散させる為に動いていたとしたら…。
この映画自体に、シライサンの呪いを拡散させる目的があったとしたら…。
本作のエンドクレジットに、是非注目して下さい。
まとめ
映画『シライサン』では、「人間の繋がり」にも重点が置かれています。
春男と瑞紀は、それぞれ不審死を遂げた、弟と友人の謎を探る為に動いており、間宮が冬美を守る為にシライサンの怪談を拡散させようとしたのは、かつて事故で亡くなった娘を守れなかった無念からです。本作でメインとなる登場人物は、皆が亡くなった大切な人の為に動いているのです。
「本当の死は、忘れられた時」と言われますが、そういう意味では、それぞれの中に、大事な人は生き続けていると言えます。
そう考えると、本作の終盤で、春男が恋心を抱いていた瑞紀に、存在を忘れられてしまった事は、生きながらにして、自身の存在が消えてしまった事を意味します。
シライサンは、忘れた人間の所には出現しない為、春男の事を思い出さなければ、瑞紀はシライサンの呪いから逃れる事が出来ます。つまり、春男を思い出せば、シライサンの事を思い出す可能性がある為、春男とシライサンは、皮肉にも同じ存在となってしまう訳です。
SNSで簡単に人と繋がれる時代となりましたが、本当に心から人と繋がり、相手を理解し合う事は、非常に難しい事ですし、時には不可能ですらあります。
シライサンは、自身の事を知っている者にしか姿を現さず、シライサンから目を逸らすと、距離を縮めてきて相手の命を奪います。時として、厄介な相手に繋がってしまう、SNSの危うさを反映させた存在が、シライサンとも捉えられるのです。
「リング」シリーズは、どこの家庭にも、ビデオデッキがあった時代だからこその恐怖であり、「呪怨」シリーズは、元々はオリジナルビデオでしたが、全国に数多くのレンタルビデオ店があった時代に「すごく怖い作品がある」と、半ば都市伝説のように語られ、口コミで話題になった作品でした。
Jホラーには「その時代だからこその恐怖」という側面があり、現代の、SNSでの繋がりをテーマにした『シライサン』は、今の、この時代を反映させた作品なのです。