連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第8回
様々な映画が大集合して紹介される「未体験ゾーンの映画たち2020」が、今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田でも実施、一部作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
前年は全58作品を見破、「未体験ゾーンの映画たち2019」にて紹介させて頂きました。
今回も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第8回で紹介するのは、歴史冒険活劇『ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊』。
15世紀、他民族が共存する広大な領土を治めていたオスマン帝国。しかしルーマニアのワラキア地方を統治する君主が、帝国に反旗を翻します。その男の名はヴラド3世、「串刺し公」と呼ばれ、後にドラキュラ伯爵のモデルとなった、残虐な男です。
オスマン帝国を亡ばす為には手段を選ばず、最悪の細菌兵器を開発させるヴラド3世。事態を重く見た皇帝は、“デリラ”と呼ばれる精鋭騎兵部隊の派遣を命じます。
戦闘本能に従い闘う最狂“デリラ”戦士が、暴君率いる虐殺軍団と激闘を繰り広げる、血で血を洗う歴史活劇が始まります。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2020見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊』の作品情報
【日本公開】
2020年(トルコ映画)
【原題】
Deliler Fatih’in Fermani
【監督】
オスマン・カヤ
【キャスト】
ジェム・ウチャン、エルカン・ペッテッカヤ、ヌル・フェタホール、イエキン・ディキンジラール、ルガラー・アクソ、イスマイル・フィリス
【作品概要】
伝説的英雄“デリラ”の戦士と、残虐な暴君との死闘を描く歴史アクション映画。
監督のオスマン・カヤは、トルコの人気TVドラマ『Filinta』の演出を務めてきた人物。このドラマの主役を演じたジェム・ウチャンが、本作でも監督とタッグを組んで、主人公である“デリラ”騎兵団のリーダーを演じます。
宿敵ヴラド3世を演じるのは「未体験ゾーンの映画たち2019」で上映された、『ブレイブ・ロード 名もなき英雄』のエルカン・ペッテッカヤ。ドラマ『オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム』で皇帝妃を演じたヌル・フェタホール、航空アクション映画『スカイ・イーグル』のイスマイル・フィリスら、トルコを代表する俳優が出演しています。
WOWOWでは、『デリラ オスマン帝国騎兵隊』のタイトルで放送された作品です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊』のあらすじとネタバレ
オスマン帝国のムラド2世の治世の時代。ルーマニアのワラキア地方は帝国に併合されました。忠誠の証としてワラキアから送られてきたヴラド王子を、ムラド2世は我が子メフメト王子と分け隔てなく養育します。
成長すると1人は美しいバラのような、もう1人は毒を持つ花キョウチクトウのような人物に成長します。偉大なスルタン(皇帝)となったメフメト2世(ルガラー・アクソ)と、オスマン帝国に深い恨みを抱く、ワラキアの領主ヴラド3世(エルカン・ペッテッカヤ)でした。
オスマン帝国に反旗を翻したワラキアの王ヴラドは、逆らう者を串刺しにして街道沿いに並べ、その力を誇示します。スルタンは住民を恐怖で支配する彼を糾弾する使者を送りますが、その使者を自らの手で残虐に殺害するヴラド。
この事態にメフメト2世は、帝国の守護者たる“デリラ”騎兵の派遣を決断します。“デリラ”の長、ババ・スルタン(イエキン・ディキンジラール)は皇帝の命に従い、“デリラ”の戦士たちを招集します。
大地を友として暮らし、戦いに明け暮れて生きる“デリラ”の戦士たちが、続々と集まってきます。リーダーは黒い翼を背にまとう勇士ゴクルト(ジェム・ウチャン)。アスガール(イスマイル・フィリス)ら無双の“デリラ”騎兵が参上します。
こうして集まった7人の精鋭は、アラーの神とオスマン帝国への忠誠と、誇り高き死を誓ってワラキアを目指し馬を駆ります。
強力なオスマン帝国に対し、ワラキアの勢力は余りにも小さいものでした。しかしヴラドは錬金術師に命じ、ネズミと特別な赤い苔を使用して、恐るべき疫病を作らせていました。これを細菌兵器として使用すれば、帝都コンスタンチノープルも陥落するでしょう。
ウラドの城の近くの村に住む少年エレンは、かつて祖父が見た戦士“デリラ”について友人に話しますが、彼らはおとぎ話の類いだと言って笑い、信じようとしません。そしてエレンは兵士が、貧しい住民にネズミを集めるよう命じる姿を目撃します。
ヴラドの妻、王妃エリザベッタもオスマン帝国が滅びる事を願っていました。周囲を侵略し、支配地が広がった結果、ワラキアの統治は困難になっていました。そこで権力の維持する為に、ヴラドがローマ法王の後ろ盾を得る事を望むエリザベッタ。
しかし自らを神の子と信じるウラドは、オスマン帝国皇帝にもローマ法王にも従わず、自らの手で世界を支配する野望を抱いていました。
エレンは兵士が住民に約束した報酬を与えず、逆らう者を殺して集めさせたネズミを奪う姿を目にします。エレンは何か恐ろしい事態が起きていると悟ります。
ワラキアに近づいた“デリラ”戦士たち。ヴラドの不正規兵が出没し、発見される恐れも出てきました。彼らはいかなる道でウラドの本拠地に迫るべきか相談しますが、ヴラドの兵に苦しめられているオスマンの民を見過ごせないと、あえて正面から進む道を選ぶゴクルト。
その頃ウラドの妻、エリザベッタは錬金術師の研究所を訪れ、細菌兵器の開発状況を尋ねていました。彼女も兵器の完成を強く望んでいました。それを目撃したエレン少年は、祖父の元に戻り全てを伝えました。祖父はそれを教会のカラフ神父に報告します。
“デリラ”騎兵が進む道にある村が、略奪目当てに現れたヴラドの不正規兵の襲撃を受けます。村の娘アラジャ(ヌル・フェタホール)の家族を殺され、その身に危険が迫ります。
そこに現れたゴクルト率いる“デリラ”戦士。戦いに慣れた彼らは少数ながらヴラドの兵を打ち負かし、アラジャを救います。しかし村には無数の死者が横たわっていました。
その中から“デリラ”の1人、サスローンは生き残った赤ん坊を救い出します。全く口を開かない彼は、幼い日に敵の襲撃を受け、傷付いた親を救おうと助けを求めた結果、かえって敵を呼びこみ目前で親を殺されていました。
その日から一切言葉を口にしないサスローン。生き残った赤ん坊の境遇に、幼い日の自分の姿を重ねたのか、仲間がとがめても赤ん坊を抱いて放そうとしません。
アラジャはトルクメン人で、本当の家族はウラドの兵に殺され、この村で育てられたとゴクルトに語ります。民族は宗教を理由に多くの民を虐殺してきたウラド。ゴクルトは彼女に、オスマン帝国では信仰を理由に弾圧される事はないと告げます。
逃げ帰って城に戻った兵は、ヴラドに毛皮や翼を身に付けた、まるで怪物のような戦士に襲われ、部隊は全滅したと報告します。おめおめ逃げて来た兵を許さず、自らの手で処刑したウラドは、部下のコステルに警戒を命じます。
先を急ぐ“デリラ”騎兵団ですが、決して戦乱の犠牲者を見捨てはしません。アラジャと赤ん坊を引き連れ、一同に出発を命じるゴクルト。
戦士の1人が皆から「名無し」と呼ばれているのに疑問を持ち、アラジャは理由を尋ねます。今はまだ名が無いが、戦場で相応しい働きをした時、相応の名が与えられる。「名無し」はこの旅で、ついに自分の名が得られると信じていました。
彼らはジプシーの集落に到着します。そこにはヴラドの支配から逃れた、ユダヤ人など様々な民族や宗教を持つ人々が暮らしていました。
寛容なジプシーの女頭目を信頼できる人物と見たゴクルトは、彼女にアラジャと赤ん坊を託します。サスローンは赤ん坊との別れを拒みますが、赤ん坊はサスローンの息子である、と認めたゴクルトの言葉を信じ、戦士として決意を新たにします。
その頃アラーの神を信仰するオスマン帝国に反旗を翻した、ヴラドの功績を讃えるローマ法王の使者が、彼の元に到着していました。喜ぶエリザベッタですが、自らはこそ神の子、法王に従う理由は無いと宣言し使者を侮辱するヴラド。
絶対の支配者となって、世界に君臨しようと企むヴラド。細菌兵器もついに完成しました。その野望を阻むべく、“デリラ”騎兵団は進み続けます。
映画『ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊』の感想と評価
“デリラ”とその時代について解説
本作の中で超人的な活躍を見せる“デリラ”騎兵団。“デリラ(デリ)”とは「勇猛・無謀・狂人」を意味する言葉で、映画に描かれた時代とその舞台である、15世紀半ばのオスマン帝国国境、バルカン半島南部で誕生した非正規軽騎兵集団の呼び名です。
伝統的にオスマン帝国に仕えていた軽騎兵集団“アキンジ”と同様に、偵察やゲリラ戦に用いられました。“アキンジ”は一族で構成され、略奪を生業とし、平時も辺境の集落を襲う恐ろしい集団です。“デリラ”はそれと混同されて人々に記憶されました。
“デリラ”は20代の志願した兵士で構成され、毛皮や羽根飾りの付いたヘルメットを身に付けていました。その勇猛・残虐な活躍と、先に記憶されたイメージが結び付き、伝説的な存在となります。それをヒーロー化した姿が、本作の“デリラ”です。
メフメト2世のオスマン帝国はコンスタンティノープルを征服し、アジア・ヨーロッパにまたがる大帝国を築きます。臣従した者には民族・宗教問わず寛容、ヨーロッパ文化も積極的に吸収、トルコのルネサンス時代を産んだ人物。なるほど本作で名君と描かれる訳です。
ところがヨーロッパ側から見ると、彼はコンスタンティノープルを略奪・破壊した、キリスト教圏への侵略者。キリスト教最大の敵と呼ばれ、人々から恐れられていました。
敵役の典型そのものである、大悪党として描かれたヴラド3世。ドラキュラ伯爵のモデルで、ヴラド・ツェペシュ(串刺し公)と呼ばれた人物です。しかし彼もルーマニア側から見れば、巨額の貢納金を吹っかけてきた支配者オスマン帝国に抵抗し、独立を守った英雄です。
彼は正教会教徒(後に改宗します)で、ローマ法王のカトリックとは対立する立場ですが、それでもヨーロッパ諸国からは、オスマン帝国に抵抗するキリスト教の守護者として、当時は英雄視されていました。
そんな背景をエンタメ化した作品が、『ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊』です。くれぐれもフィクションですから、映画を見て歴史を学んだ気にはならぬ様に…。
全世界が注目するトルコ歴史ドラマの発展形?
現在トルコではスケールの大きな歴史ドラマ制作がブーム、世界からも注目を集めています。
日本でも放送されている『オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム』、オスマン帝国建国の時代を描いた『Dirilis Ertugrul 』などが代表格。この映画の監督や俳優が参加した『Filinta』も、19世紀を舞台とした歴史ドラマです。
『オスマン帝国外伝 愛と欲望のハレム』が本国で放送された時、歴史上の人物の描き方について、権力者まで意見を述べる大論争が起きました。擁護する側の意見は無論、「これはドキュメンタリーでは無く、ドラマにすぎない」という意見でした。
日本、そして世界各国の歴史ドラマも、史実よりエンタメ性を重視するのが潮流となっています。フィクションと認識出来る作品であれば、娯楽に徹するのもアリでしょう。どこかの国の大河ドラマの内容を、すべて歴史的事実と信じていませんよね?
この映画もトルコの歴史ドラマ同様、エンタメ性を追求した作品になっています。正直言って細かい事に拘らない、サービス精神過剰のきらいがある作品です。
劇中で活躍する“デリラ”騎兵団は一応7名ですが、物語の進行中にも、映像の中でも人数の増減があり、実際何人だか良く判らなくなります。最終決戦ではいつの間にか増えていますが、きっとオスマン帝国の為に、気付かぬ間に続々集結していたのでしょう。
“デリラ”の戦士と指導者が、どう連絡を取り合っていたのかも良く判りません。動物を使ったのか、超能力か…。絆で結ばれた超人戦士ならではの、以心伝心かもしれません。
最終決戦シーンでは、積まれたわらの山が爆発します。敵が火薬を仕掛けたのかと思いましたが、“デリラ”の勇士が剣を振るっても爆発、さらに関係ない火花までスパークし炸裂します。
もう深く考えるのは止めました。多分これは、「ドラゴンボール」で言う“オーラ(気)”、「北斗の拳」で言う“闘気”、「ジョジョの奇妙な冒険」の“波紋”や“スタンド”?…そういった物の、きっとトルコ風実写映画的表現なんでしょう。
カッコイイとは、こういうことさ
少々失礼な形で紹介しましたが、ところがこれが実にカッコいいのです。“デリラ”騎兵団は、敵が巨大であろうが真正面から激突するのみ。繰り返される死闘こそ見せ場です。
クライマックスの戦いは、インド映画「バーフバリ」2部作でCGを使って表現したバトルを、本作では肉体と火薬、スローモーションを駆使して描いた、と表現できるでしょう。
“デリラ”戦士の姿は史実をパンク風にアレンジしたもの。ヴラド側の衣装デザインも凝ってます。それらが戦う姿は「ロード・オブ・ザ・リング」「ホビットの冒険」の役者対CGではない、役者対役者の剣劇バトルシーンを、より発展させたものをイメージして下さい。
このコスチュームバトルを楽しむのが、本作の正しい鑑賞法。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』など、血沸き肉躍る映画が好きな方は、細かい点に拘らずに大いに楽しんで下さい。
まとめ
本作に登場する、理想化されたオスマン帝国。すべての民族・宗教を擁護し、老若男女の人民に感謝される、実にありがたい存在です。まるで旧ソ連のスターリン時代の、気持ち悪いスターリン礼賛映画と同じ設定だと言えます。
ところが世界中が排他的になった現在、このメッセージが一周回って、かえって清々しく感じられるから不思議です。今の世の中で、胸を張って全ての民族・宗教の方々に、どうぞ自分の国に来て下さい、と言える人がどれだけいるでしょうか。
トルコの歴史ドラマブームも、従来国是であった世俗主義からイスラム主義へ、オスマン帝国時代への回帰という、世界的な保守化・排他化の流れの中での現象といえます。
そう見ると『ブラック・ウォリアーズ オスマン帝国騎兵隊』からは、オスマン帝国時代に憧れるなら、その時代の人々の寛容な精神にも学べという、映画人からの力強いメッセージが確かに発せられているのです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第9回はイタリアの濃密なサスペンス映画『インビジブル・ウィットネス 見えない目撃者』を紹介いたします。
お楽しみに。