映画『漫画誕生』は、ユーロスペースにて2019年11月30日に公開、全国順次上映中!
明治、大正、昭和という変わりゆく時代の中で「漫画家」として活躍した北沢楽天。
映画『漫画誕生』は時代に翻弄されながらも画家としての自身を見つめる楽天の姿を描き出します。
今回は、主人公の北沢楽天を演じた、イッセー尾形さんのインタビューをお届けします。
北沢楽天役へのアプローチから、役者としての在り方、ユーモア溢れる今後の挑戦など、多岐にわたりお話を伺いました。
「孤独」でも「孤立」しない
──本作に出演されたきっかけは?
イッセー尾形(以下、イッセー):大木萌監督から台本をいただいたのがきっかけです。
北沢楽天という人は知らなかったのですが、時代を一世風靡した人が、戦争に加担したということで、だんだんと忘れ去られていく。大きな時代の流れと、ひとりの男の人生が交錯していて、スケールがあって面白いなと思いました。
それと大木監督から、絶対に映画にしなきゃいけないんだという信念みたいなものを感じたのも出演を決めた一因です。楽天さんと僕の顔もちょっと似てるような気がして、親近感も湧きましたし(笑)。
──孤独を抱えるという点では「ひとり芝居」という舞台にも通ずるところがあるように感じますが。
イッセー:僕の仕事はひとりで出てくるスタイルですが、舞台では毎回お客さんと常に一緒にいます。お客さんが離れると怖いですから、ともかく繋がっていたい、ひとりで孤独かもしれないけど孤立はしてない。そういう意味では、今回の楽天さんも孤立はしてないだろうな、させたくないな、と考えて演っていたかもしれません。
振り返ってみれば情けない人生だったかもしれないけれども、それは自分が嫌々やってきたことではない。胸は張れないかもしれないが、卑下することはない。自分の人生は自分で引き受ける。そういう小さな勇気を与えてくれる映画でもあると思います。
漫画家「北沢楽天」
──実在の人物を演じるにあたり、役へのアプローチはどのようにされたのですか?
イッセー:基本的に台本は、ほとんどが検閲官とのやりとりだったので、役作りというよりも、あのシーンをどう成立させればいいのかを考えていました。
検閲官のセリフの構築の仕方が、非常に巧妙に出来ていましてね。最初はざっくばらんな具合なのが、だんだんキリキリっと狭まってくる。そんな検閲官にのせられて、受け身として演じていく構成になっていますから、その受け身具合をどうしたらいいのかなと考えながら演っていました。
映画では、検閲官のやり取りの最中に、記憶で若い時の状況がたくさん出てきますが、実際の映像はまだ見る前で、台本しか知らなかったので、若い時のいっぱしにやっていたことなどを想像しながら、その頃の思い出を検閲官に話すべきか否かを逡巡する。そんな状況はいっぱいあったほうがいいのかな、なんて考えながら撮影していました。
──北沢楽天についてのリサーチもされたのでしょうか。
イッセー:数枚の写真と、楽天さんの描いた絵、風刺画は何点か見ました。それで想像するんです。これはどこかで見たことがある、イギリスでよくこういう風刺画を描いている人がいたな、だから最初は模倣から入って、そこから自分のオリジナルを見つけようと、もがいたんだな。そんなもがいた時間が楽天さんにはしっかりあるんだなと。その中で、ある目標を達成できたのかはアヤフヤで、達成する前に恐らく戦争が終わったのではと思います。だから悲劇でもあるんですよね。
その理由を考えると、あながち時代のせいだと一言では片付ける訳にはいかなくて、時代とねんごろになろうとする横縞な動物的なものがあったのかもしれないけれども、それもひっくるめて、そうだよな、人ってそうなっちゃうよなと分かる気がするんです。
「言葉には出来ないもの」
──本作で「漫画とは、模倣でもあるが、誇張であり、比喩であり、そこに奇知がないといけない」という楽天のセリフがありました。役者にも似たような点があるように感じますが、役者とはどういったものなのでしょう。
イッセー:僕は自分でネタを書くので、役者である前に作家であり、その書いたものをどう演じるかだと考えています。もちろん書いたもの自体に演じ方は入っている訳ですが、僕にとって役者とは創作者以外の何物でもない。楽天さんが「模倣であり、誇張であり、比喩であり、奇知である」と言いますが、そこに言い足りないものがあると思うんですね。それはどうしても言葉にはできないもの。
それは楽天さんも絶対に分かっていて、人には色々と言うけれども、肝心要のところは言葉にできない、言えないところを大切にしているんじゃないかと思うんです。
──今仰った「言葉に出来ないもの」は映画の中での楽天がみせる沈黙、間(ま)の取り方の中に凝縮されていたように感じます。
イッセー:そうですね。検閲官は言葉で責めてきますけど、楽天は言葉にできない。けれども自分そのものがある。そしてそこが弱いっちゃ弱いんですけどね。それだけじゃないだろ、吐き出せと言われても言葉にできないから辛いところですよね。人に見せられるのは作品でしかない。
「忘れないもの」
イッセー:それと楽天さんは超芸術家じゃなくて、大衆と共にあらんとした。
ポンチ絵というのは、大衆がパッと見て分かる、喜ぶ、実感を得る。それを繰り返していき、まさに時代のそのものを絵にしていく。浮世絵みたいなものでしょうね。
それで戦争の只中に大衆が望んでいる絵を描く。そして戦争が終わると、大衆が戦争を批判する時代に変わっていく。そうすると、言ってみれば戦争に賛同する絵を描いていた楽天は、戦争に加担した漫画家ということで、大衆が全員、楽天批判をはじめる。これは凄くダイナミックな価値観の変貌で、何も日本だけじゃなくて、ロシア革命でも、ドイツの敗戦でもあっただろうし、時代が変わった国では必ず起こっただろうと思います。
大衆のためにやっていたことが、大衆の方からお前はいらんと言われる。ありきたりな言葉ですけれども、信じられないくらいに時代が変わったと言うしかないと思うんです。
じゃあ時代はどう変わったのか、これは様々な意見があるでしょうし、あまりにも大きな話だから、いろんな視点によって時代の変わり方がある。まだ変わっていないって言う人もいれば、戦後は30年経ってようやく戦後になったんだと言う人もいたり、敗戦前から日本は変わったんだと言う人もいたりと、これはなかなか一概には言えないと思います。
特に楽天さんは、まだまだ大衆のために描くと考えていた人だったから、かなり遅い敗戦だったのでしょう。だから一気にどんでん返しをくっちゃう。そんな時代背景の中で、この映画が素敵なところは、自分の本当に信じていた、時代に左右されないものは自分にはないのか、フランスの哲学者デカルトのように、疑って疑って何が残るのか向き合い、最後に原点を描くところですね。
本当に心底そうなんだと信じていたものは見つかったんだと、映画が楽天さんの原点を優しく包んでくれたんですね。だから楽天さんは、世間的には忘れられたかもしれないが、楽天自身は自分のことは忘れずに、見失わずに犬と散歩できたんだと思います。
「過去志向」
──イッセーさんにとって役者として忘れないもの、芯になっているものはなんですか?
イッセー:なんでしょうね。本当にね。この歳になると「未来志向」という言葉がありますけど、それと同じように「過去志向」というのも結構出てくるんです(笑)。
役者って人物を演じますが、いつだって現在のその人物を演じることしかなくて、過去を演じることはできない。それは過去を想像しろとか、お客さんの仕事になっちゃって、過去そのものは演じられない。でも本当に演じられないのかと疑ってるんです。もし演じることが出来たらこれはもうノーベル賞ものですよ(笑)。
──それが出来たら凄いですね。何かヒントみたいなものが今あるのですか?
イッセー:何もないです(笑)。でも役者として過去が演じられないって悔しいじゃないですか。
今、僕が若い頃を演じろと言われて演ったところで、それは若い時の「今」で、過去じゃない。こんなに「過去」があるのにもったいない。今いる自分のように、過去を過去のような自分でいる。できたら面白いですよね。
お客さんは舞台で過去を見る、もうそれは過去とは言わないよとかね。僕にとって役者、ひとり芝居は、僕の知らない可能性がまだまだある。
ですから、楽天さんが思いもかけないちょっとした絵を描いて人が喜んだように、まだまだひとり芝居にも気がつきもしない可能性が開けていくと信じています。役者は信じること。そう!信じるのが役者の仕事だ(笑)。
インタビュー・写真/大窪晶
イッセー尾形プロフィール
1952年生まれ、福岡県出身。
1971年に演劇活動を開始。1980年、ひとり芝居を始め、独自の芝居スタイルを確立。
1985年、文化庁芸術選奨新人賞大衆芸術部門受賞。現在フリーとなって新ジャンルに挑戦中。
主な映画出演作に『ヤンヤン 夏の思い出』 (2000/エドワード・ヤン監督)、『トニー滝谷』(2004/市川準監督)、『太陽』 (2006/アレクサンドル・ソクーロフ監督)、『先生と迷い猫』(2015/深川栄洋監督)、『沈黙-サイレンス-』 (2017/マーティン・スコセッシ監督)、『ふたりの旅路』(2017/マーリス・マルティンソーンス監督) など。
映画『漫画誕生』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【監督】
大木萠
【脚本】
若木康輔
【キャスト】
イッセー尾形、篠原ともえ、稲荷卓央、橋爪遼、森田哲矢(さらば青春の光)、東ブクロ(さらば青春の光)、とみやまあゆみ、新井美羽、緒方賢一、モロ師岡
【声のキャスト】
清水マリ、山口勝平、三遊亭楽生、さいたまんぞう
【作品概要】
デビュー作の『花火思想』(2014)が高い評価を受けた大木萠監督が、激動の時代を駆け抜けた実在の漫画家・北沢楽天の人生を描きます。
主人公北沢楽天の壮年期を根強いファンを持つイッセー尾形、青年期を橋爪遼が演じ、彼の妻・いのを、枠にとらわれない幅広い活動を展開している篠原ともえが全編にわたってひとりで演じます。
“生きるため”に仕事として漫画を描き続けた楽天。
その足跡を辿りながら、謎と波乱に満ちた知られざる人生を追います。
映画『漫画誕生』のあらすじ
昭和18年、漫画家が団結して国策に協力する『日本漫画奉公会』が設立。
日本は本格的な国策へと乗り出していました。
そんな中、一人の老人が内務省の検閲課に呼ばれます。薄暗い小部屋に案内され、検閲官と対峙する老人。
ポツリポツリと過去の記憶を語りだしたこの老人こそが、日本漫画奉公会の会長であり、かつて"近代漫画の父"と呼ばれ、現在に至る漫画を"職業"として確立した男・北沢楽天その人でした。
風刺画家として福沢諭吉にその才能を見出された若かりし頃の楽天は、「日本初の職業漫画家」となり、一気に売れっ子の道を駆け上っていきます。
時代の寵児となった楽天は、政治家すら一目置くほどの存在となります。
一方でたくさんの弟子を養成し、次々と新しい表現方法に挑戦し、それまで「ポンチ絵」として蔑まれていた風刺絵を「漫画」というひとつのジャンルとして広く世に浸透させました。
開拓の明治にはじまり、浪漫の大正を経て、そして激動の昭和へと時代は移り変わります。
しかし、やがて黒く強大な時代の渦が、楽天や漫画はおろか、日本全体をも飲み込んでいき…。