連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第28回
伝説のダイバーが深くたどる、波乱に満ちた生涯とは――。
今回取り上げるのは、2019年11月29日(金)より新宿ピカデリー、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほかで全国順次公開される『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』。
映画『グラン・ブルー』(1988)で知られる伝説の素潜りダイバー、ジャック・マイヨールの74年の生涯を追います。
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CONTENTS
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』の作品情報
【日本公開】
2019年(ギリシャ・フランス・日本・カナダ合作映画)
【原題】
Dolphin Man. The Story of Jacques Mayol
【監督】
レフトリス・ハリートス
【キャスト】
ジャック・マイヨール(アーカイブ出演)、ジャン=マルク・バール(兼ナレーション)、成田均、高砂淳二、ウィリアム・トゥルブリッジ、ドッティ・マイヨール、ジャン=ジャック・マイヨール、スティーブ・マカロック、ジャンカルロ・フォルミキ
【作品概要】
映画『グラン・ブルー』(1988)の主人公のモデルとなった素潜りダイバー、ジャック・マイヨールの生涯を追った2017年製作のドキュメンタリー。
マイヨール本人の映像と共に、日本との強い絆や人生に落とした影といった、彼の知られざる素顔を掘り下げていきます。
ナレーションを、『グラン・ブルー』で主人公を演じたジャン=マルク・バールが担当。
監督は、母国ギリシャで歴史ドキュメンタリー『1821』や『The Journey of Food』やクライムドラマ『Zone Defence』(いずれも日本未公開)を手がけたレフトリス・ハリートスで、本作が初の長編ドキュメンタリーとなります。
日本では2017年の第30回東京国際映画祭での初公開を経て、2019年11月に劇場一般公開となります。
映画『ドルフィン・マン~ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』のあらすじ
1927年4月に上海に生まれたジャック・マイヨールは、幼少期に親に連れられて何度も訪れたという佐賀県の唐津で海女の素潜りを見たことで、フリーダイビングの世界に憑りつかれます。
水族館勤務を経てフリーダイビングに本格挑戦するようになったマイヨールは、66年に深度60メートルを記録したのを皮切りに、次々とフリーダイビングの新記録を樹立。
76年には、49歳で人類史上初めて、素潜りによる水深100メートルという前人未到の領域に達します。
88年、自身が主人公のモデルとなったリュック・ベッソン監督の映画『グラン・ブルー』が大ヒットを記録し、世界中にその存在を知られるようになるマイヨール。
ですが、そうした栄光の裏で、彼は孤独の淵へと突き進んでいきます。
本作では、そんなマイヨールの知られざる素顔を、長らくの知人や彼の遺族たちの証言を元に、“深く”掘り下げていきます。
“海を愛した男、人に愛された男”にフォーカス
本作は元々、監督のレフトリス・ハリートスが母国ギリシャの海女を追ったドキュメンタリー映画を撮ろうと、海女について調べていた過程でジャック・マイヨールの存在に行き着いたことが、製作のきっかけになりました。
フリーダイビングで次々と偉業を達成するも、一方では奔放な私生活が波紋を呼んだマイヨール。
ハリートスは、そうしたダークサイドな面よりも、彼がいかに海を愛していたか、彼がいかに周囲の人たちに愛されていたか、といった面に焦点を当てています。
また、ドキュメンタリー映画というのは得てして製作者、特に監督の主観が入るものですが、ハリートスは本作に自身の主観やメッセージを入れないよう心がけたと語っています。
ヨガや禅、東洋思想によって培ったもの
マイヨールが海中で長く息を止められていた理由の一つに、ヨガや禅の教えを身に付けていたことが挙げられます。
特に、「住職からの“無心であれ、考えるな”という教えが私から雑念を取り払い、目の前の雲が晴れていく気分になった」とマイヨール本人が語るように、幼少時から何度も訪れていた日本への憧憬は強いものでした。
来日して伊豆の禅寺で精神を鍛える傍ら、多くの日本人と交流を深めていったマイヨール。
本作では、千葉県の館山でダイビングスクールを経営する成田均や自然写真家の高砂淳二といった、マイヨールと長らく親交を深めた日本人も登場しており、彼らの証言から知られざるエピソードが明かされます。
映画『グラン・ブルー』がもたらした功罪
参考動画:『グラン・ブルー』
マイヨールを語る上で外せないのが、1988年の映画『グラン・ブルー』です。
10代からダイビングに勤しんでいたリュック・ベッソン監督が、マイヨールの自伝に感銘を受け、素潜りの世界記録に命懸けで挑む青年(役名もジャック・マイヨール)を主人公として映画化。
本国フランスはもちろん、日本でも大ヒットを記録しました。
ハリートス監督によると、この作品の認知度はフランスより日本が高く、逆にアメリカやカナダではあまり知られていないのだとか。
モデルとなったマイヨールの名をさらに高めることとなった『グラン・ブルー』ですが、後に彼は「あの映画に出てくる主人公と私は別人」、「潜水シーンは自分で演じたかった」といったコメントを発するなど、映画と本人のイメージのギャップに苦しむように。
さらには、家族との離別や恋人との不慮の別れを経たことで、「海にとって、世界で一番不要なのは人間だ」と、次第に人生観に対する考えが変わっていくこととなります。
「イルカは自らの死期を悟ると、自ら群れを離れる」
ハリートス監督は、本作について以下のように語ります。
この映画は人間の実存という根源的なテーマを描いた。死というもの、肉体の限界、母なる自然への回帰、個人的野望や名声の落とし穴、瞑想を通しての体と魂のバランス…こういったジャック・マイヨールが人生で一番に考えていたテーマを綴った。
「イルカは自らの死期を悟ると、自ら群れを離れる」と、群れで行動するイルカの生態を知りつくしていたマイヨール。
そんな彼も、晩年は人里離れた地にひとり籠り、ついには永遠に還ることのない、蒼く深い海へと潜っていきます。
心の底から海を、そしてイルカを愛していたジャック・マイヨールは、名実共に「ドルフィン・マン」だったのです。