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Entry 2019/09/20
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映画『お嬢ちゃん』感想評価と考察。荻原みのりの演技力で魅せたリアルさと脱力感のユーモア|銀幕の月光遊戯41

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第41回

映画『お嬢ちゃん』が、2019年9月28日(土)より、新宿K’s cinema他にて全国順次公開されます。

初監督作『枝葉のこと』が第70回ロカルノ国際映画祭に日本映画から長編部門で唯一選出されるなど、国内外で高い評価を得た二ノ宮隆太郎監督が、ENBUゼミナールCINEMA PROJECTの第8弾として製作した作品です。

主演に萩原みのりを迎え、独特のリズムで1人の若い女性の内面を描いた作品です。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『お嬢ちゃん』の作品情報


(C)ENBUゼミナール

【公開】
2019年公開(日本映画)

【監督】
二ノ宮隆太郎

【キャスト】
萩原みのり、土手理恵子、岬ミレホ、結城さなえ、廣瀬祐樹、伊藤慶徳、寺林弘達、桜まゆみ、植田萌、柴山美保、高岡晃太郎、遠藤隆太、大津尋葵、はぎの一、三好悠生、大石将弘、小竹原晋、鶴田翔、永井ちひろ、高石舞、島津志織、秋田ようこ、中澤梓佐、カナメ、佐藤一輝、中山求一郎、松木大輔、水沢有礼、髙橋雄祐、大河内健太郎

【作品概要】
大ヒットした『カメラを止めるな!』(2017/上田慎一郎)など数々の話題作を生み出したENBUゼミナールのワークショップ「シネマプロジェクト」の第8弾として製作された2作品のうちの1作。

俳優として活躍する一方、初監督作『枝葉のこと』(2017)が第70回ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に選出されるなど、国内外で注目を集める新鋭・二ノ宮隆太郎が、夏の鎌倉を舞台に、ひとりの若い女性の生き様を描いた作品。

映画『お嬢ちゃん』のあらすじ


(C)ENBUゼミナール

21歳のみのりは、海辺の町、鎌倉でお婆ちゃんと二人で暮らしています。どうやら彼女は父親に激しい恨みを抱いているようなのですが、その父親はすでに他界しています。

みのりは観光客が立ち寄る小さな甘味処で高校を出てからずっとアルバイトをしているのですが、しばしば男たちが可愛い店員がいると彼女目当てにやってきます。しかし彼女は日々の生活の中で出会う男たちに絶対に屈しません。

酒の席で親友の理恵子に失礼なことをした大男にも平気で喧嘩を売り、いくら相手が威嚇してきても決して引き下がりません。ふわふわ浮かれている周囲に流されることなく正論を吐き、中途半端なことを嫌い、誰にも媚びない彼女。

ある日親友の理恵子と未来を想像した時、みのりは、理恵子が私に依存しているのではなく、依存していたのは自分ではなかったかと口走りますが・・・。

映画『お嬢ちゃん』の感想と評価


(C)ENBUゼミナール

くだらない会話たち

舞台は地元民と観光客が入り交じる海辺の町。

始まって早々、海水浴にやってきた女性グループの1人が、日焼け止めを塗りながらあけすけな会話を始めます。

これは下品なエリック・ロメールとでも言うべき作品なのだろうか、とそのあけすけさに若干引き気味に見ていると、喋り続けていた女性は友人たちに役割をふって、ちょっとしたコントのようなものを始めます。

これはなんだろうかと観ているとそれ以後も出てくるグループがことごとく、コントを始めるのです。コントと言ってもお笑い芸人がするような笑える気の利いたものではまったくありません。

しかし、当事者の彼女たち、彼らはとても楽しそうです。

“どいつもこいつもくだらない!”という映画の惹句に大いにうなずかされることになるわけですが、けれど、これってもしかしたら、私たち自身を映す鏡のようなものかもしれません。

日常会話の大半はとても人様には聞かせられないような意味のない、いわゆる身内のりのものです。当人たちにとっては楽しくても、他人にはくだらない理解不能なものでしょう。もしかしたら不愉快なものでありさえするかもしれません。

こんな会話しか聞こえてこない中、ヒロインのみのりがしかめっ面をしっぱなしなのは圧倒的に正しいのです。

不機嫌な彼女


(C)ENBUゼミナール

みのりはどうやら亡き父親に激しい恨みを持っていて、父親のせいでこんな性格になってしまった、と一緒に住んでいる父方の祖母を責めます。

みのりの過去についてはこの場面以外はほとんど語られることはありません。代わりに“こんな性格”というものが画面に映し出されていきます。

友人にひどいことをした男には抗議をし、合コンに誘われて断りきれない友人を注意し、一度寝たからって恋人気取りで追い回してくる男を完璧に切り捨て、“女の子だから下着のままうろうろしてはいけないよ”と祖母が言うと、“女の子だから”という言葉に噛みつきます。そこには彼女の正当性だけが現れています。

気乗りのしない誘いを断りきれなかったり、理不尽と想う言葉も聞かぬふりをしたり、古い観念で異性に従属的になったり、楽しくないのに楽しいフリをしたり、そんな経験は誰にでも多かれ少なかれあることでしょう。

本当ならちゃんと断りたいし、正論を述べたいし、毅然とした態度をとりたいと考えながらも、空気を壊してはいけないという同調圧力に屈してしまっているのです。

そんなか、みのりのとっている行動は筋が通っていて、真っすぐで、観ていて爽快でさえあります。映画的には彼女はヒーローといってもいいでしょう。

しかし、彼女自身の問題としてはどうでしょうか? そうした生き方は、今の日本の社会ではとてもしんどいものなのではないのでしょうか? 

みのりを演じる萩原みのりの表情は険しく、感情をむき出しにしたひりひりとしたそのたたずまいは、共感や心配といった様々な感情を呼び起こします。

萩原みのりと“みのり”のリアル


(C)ENBUゼミナール

二ノ宮監督は、このヒロイン像を萩原みのりを念頭に創り上げていったそうです。

萩原みのりは、『昼顔』(2017/西谷弘)や『ハローグッバイ』(2016/菊地健雄)などの作品で、その存在を確実にフィルムに刻んできた若手女優ですが、本作の出演にあたって次のように語っています。

主演をやってほしいと声をかけていただいた時の私はいろんな薄っぺらさに嫌気がさして、周りのことも自分のことも大嫌いで、役者をやめることばかり考えていました。この作品は私の、役者を続ける、役者で生きていく、という決意の作品でもあります。

”みのり”というキャラクター”が萩原みのりのリアルと重なり、そこから生まれたものは、とてつもなく観るものの心を打つものとなりました。

ヒロインが放つ殺気立つような空気と周りのゆるゆるの脱力感というコントラストがこの作品の最大の魅力でしょう。

シリアスとユーモラスが巧みに同居しており、独特な味わいのある作品はくせになる面白さが宿っています。

まとめ


(C)ENBUゼミナール

萩原みのり以外の出演者では、みのりの親友役の土手理恵子がとても印象的です。穏やかな人柄で、この作品の中で唯一ほっとさせられる存在感を持っています。

彼女が二度、みのりの後ろ姿を見送るシーンがあるのですが、あの時(特に二度目)、彼女は何を感じていたのか、とても気になります。

また、『枝葉について』で、二ノ宮監督にスカウトされ、映画初出演を果たした三好悠生が本作にも出演していて、芸人として鍛えた巧みな話術と存在感を見せてくれています。

映画『お嬢ちゃん』は、2019年9月28日(土)から新宿K’s cinema他にて、全国順次公開されます。

次回の銀幕の月光遊戯は…

2019年10月28日(土)より公開のヤスミン・アフマド監督の名作『細い目』をお届けする予定です。

お楽しみに!


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