後藤大輔監督×麻木凉子によるピンク映画の真髄『夜明けの牛』
今回ご紹介する作品は、後藤大輔監督の『夜明けの牛』です。
この作品は、「米国アマゾンの日本映画売り上げランキング第3位」を記録した映画で、ジャンルは、俗にいう“ピンク映画”。
ピンク映画は、かつては若き映画監督が駆け出しとしてスタートする登竜門といわれ、現在では、動画配信サイトでのコンテンツも充実したことから、男性だけでなく女性からも注目を集めているジャンルになりました。
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映画『夜明けの牛(A Lonely Cow Weeps at Dawn)』の作品情報
【公開】
2003年(日本映画)
【脚本・監督】
後藤大輔
【キャスト】
麻木涼子、中村方隆、佐々木ユメカ、なかみつせいじ、城春樹、水樹桜
【作品概要】
監督は、 Vシネマの『ゴト師株式会社』『Zero WOMAN』や、日米合作映画『SASORI IN U.S.A.』などを手掛けた後藤大輔監督。この作品は、『A Lonely Cow Weeps at Dawn』として、米国アマゾンの邦画売り上げランキング第3位を記録。
2008年に、アメリカで行われたオースティン・ファンタスティック映画祭にて上映。2010年のパリ・セクシー国際映画祭に正式招待され、絶賛を浴びました。
映画『夜明けの牛』のあらすじとネタバレ
早朝の山間にある農村、牛舎へ向かう岡宮周吉。搾乳作業を始める周吉だが、乳牛の横には、四つん這いの全裸の女性がいます。
周吉は、牛と同様に女性の乳房を搾りますが、乳は出ません。女性は切なそうに「モー」と鳴き声をあげます。
乳の出ない牛ハナコ(女性)を心配した周吉は、幼馴染の獣医の克己に電話で相談をします。
電話先では、何年も前に死んだはずの牛の心配をしている周吉の痴呆に暗い気持ちになります。
朝食、周吉は、交通事故で死んだ息子の嫁紀子を呼びます。牛舎で全裸でいた女性です。
紀子は、周吉を書道展に誘います。しかし、書道を辞めて30年経つ周吉は、気乗りがしません。すると紀子に、「あんた、まだうちにおると」と尋ねます。
紀子は困惑して言葉を詰まらせます。気不味い雰囲気の中、2人は畑の農作業へと出かけて行きます。
周吉と紀子が畑仕事をしていると、周吉の書道教室のかつての教え子の勝呂一がやって来ます、彼は、周吉の土地の権利書を狙っている男でした。
夕方、周吉は、「紀子さん、秀夫のことはもう忘れてよかと。あんたは、まだ若かし」と諭します。「いつまでもこげんことしとると、悪か噂も立つし…」と周吉は言いました。
夜。紀子は、周吉の眠る寝室の襖に手伸ばしますが、部屋の奥からは「おやすみ」と周吉の声。
入ることを拒まれたと感じた紀子は涙します。
夜明け前、紀子は、牛舎へ行き、かつて乳牛ハナコがいた囲いの中で服を脱ぎ四つん這いになります…。
やがて、バケツを下げた周吉がやって来ると、紀子の乳房を搾ります。
「やっぱ、出らんとね」と言う周吉に「義父さん、わたし、紀子です」と訴えるも、周吉は紀子には気付きません…。
一方、勝呂は、里帰りした周吉の娘光子と偶然再会。2人は昼間からモーテルへと向かいます…。
その日の夜、10年以上音沙汰もなかった光子が突然やってきます。
光子は土地の権利書を奪いにきたのでした。夜中、周吉の部屋に入ると、周吉はうなされています。
「売らん!ハナコは売らん!」と寝言を言う周吉。
夢の中、酔った秀夫が、無理やりハナコをトラックに乗せ去って行きます。
周吉は、走り去るトラックに向かって、「死ねー!」と叫んだ次の瞬間、轟音と共にトラックは横転。
秀夫は死んでしまったのです。
翌朝、光子の挨拶に返答もせず牛舎に向かう周吉。
光子は、父の後について行くと、服を脱いだ紀子がいます。光子の姿に気が付いた紀子は、慌てて裏口から去って行きました。
光子は、「息子の嫁とここですんのが、そんなによかね!エロジジイばい!」と吐き捨て出て行きます。
映画『夜明けの牛』の感想と評価
ピンク映画とは、「成人指定・独立プロ製作・劇映画」という、3つの要素を満たした映画のこと。1962年に、大蔵映画から公開された『肉体の市場』が、「ピンク映画」第1号と呼ばれています。
『夜明けの牛』のポイントは、義父が「周吉」、義娘「紀子」という設定にあります。
1984年に公開されたピンク映画『変態家族 兄貴の嫁さん』の監督は、『Shall we ダンス?』や『それでもボクはやってない』などで知られる周防正行監督のデビュー作。小津安二郎監督のロー・アングルなどのカメラワークを忠実に再現した小津監督にリスペクトした作品です。
主演は、大杉漣で間宮周吉役を演じでいます。『夜明けの牛』の義父の岡宮周吉と同様に、この作品にも周吉が登場します。
ちなみにこの”間宮周吉”とは、小津安二郎作品の『晩春』中で、笠智衆が演じたキャラクター名。
さらに“周吉”という名前は、小津安二郎監督の紀子三部作(『晩春』『麦秋』『東京物語』)に出てくる父親の名前です。
後藤大輔監督の『夜明けの牛』も、周防正行監督と同様に、小津安二郎監督作品にリスペクトした作品と言えるでしょう。
小津安二郎監督は、日本人の内奥を鋭く描いた世界屈指の巨匠であり、エロスなどとは無関係のように思われています。
しかし、1949年の『晩春』では、父親周吉と娘紀子の“禁断の親子愛”を描いていますし、また、1962年の『秋刀魚の味』は、意味深な会話と、“煙突”を撮影した視覚ショットで、男性の勃起をメタファーとしているのは、あまりにも有名です。
エロスを秘めた小津安二郎監督の作品をモチーフにすることで、芸術作品としてのピンク映画を実現したのかもしれません。
まとめ
105歳を超え今なお現役の医師として活躍する日野原重明は、「与えられた命は他人のために使う」ことを説いています。
義父周吉の最後の決断も、相手を紀子を思えばこそ。自身の残りわずかな命を、自己の欲望のためではなく、紀子のためにと思いやったのでしょう。
ピンク映画のチャレンジ精神と、小津安二郎監督をリスペクトした『夜明けの牛』。
ぜひ、ご覧になってはいかがでしょうか。