“盲目のピアニスト”が見たものとは。
『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』は2019年11月15日(金)より、新宿ピカデリーほかで全国公開。
インドから鮮烈な映画が上陸します。
映画批評サイトRotten Tomatoesの満足度は驚異の100%をマークし、全世界興行収入はインド映画歴代14位に躍り出る大ヒットを記録。
その魅力は、大女優タブーが出演を決めるのも納得の見事な脚本にあります。
そして主役を演じたアーユシュマーン・クラーナーとタブーの繊細かつ大胆な化かし合いにより、物語はさらに深みを増しました。
あらゆるジャンルを網羅しながらも、観客を裏切り続けてくれる『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』のご紹介を致します。
CONTENTS
映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』の作品情報
【日本公開】
2019年(インド映画・ヒンディー語)
【原題】
Andhadhun
【監督】
シュリラーム・ラガヴァン
【キャスト】
アーユシュマーン・クラーナー、タブー、ラーティカ・アープテー
【作品概要】
監督は『エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ』(2012)のシュリラーム・ラガバンです。監督5作目となる本作では、スクリーン・アワードの最優秀監督賞と最優秀脚本賞、フィルムフェア賞で最優秀脚本賞を獲得しました。
盲目のピアニスト・アーカーシュ役を演じたアーユシュマーン・クラーナーのほか、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)のタブー、『パッドマン 5億人の女性を救った男』(2018)のラーディカー・アープテーらが出演しています。
映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』のあらすじ
盲目の青年ピアニスト・アーカーシュは、ロンドンで開催されるコンクール出場に向けて曲作りをしながら、ピアノ講師として働き、費用を稼いでいます。
彼が道を歩いていたところ、スクーターと衝突。運転していたソフィは彼がピアニストだと知ると、父の営むレストランに連れて行き、店でのピアノの演奏を頼みました。
アーカーシュの演奏は客の心を掴み、開店以来の高額のチップを記録。ソフィとの仲も深まっていきます。
ソフィは盲目の彼をサポートしながら、彼のことをより理解しようと努めていました。
アーカーシュの目は、14歳の時にボールが当たり視神経に支障をきたしたために見えません…という設定になっていますが、実はバッチリ見えてるんです。
恋人となったソフィにもその事実は明かさず、目が見えない芝居を続けます。
店の常連客である元映画スター・プラモードも、アーカーシュの演奏のファンになり、妻・シミーとの結婚記念日に、自宅で演奏してほしいと依頼してきました。
記念日当日、訪ねた豪邸にプラモードは不在。
訝しがる妻のシミーに事情を話し、家の中へ入れてもらうアーカーシュ。
どうやらプラモードは、サプライズのお祝いをしてシミーを驚かせたいと考えていたようです。
アーカーシュに、彼の目のことを質問するシミー。14歳から見えないと質問に答え、アーカーシュは演奏をはじめます。
すると、部屋の片隅に、明らかに生きている人間のものでは無い足が伸びており、近くの床には赤い液体が広がっているのが見えました。
“見えた”ことが気付かれないよう取り繕い、トイレに行きたいと席を立つアーカーシュ。
シミーに案内されたトイレの個室の中には、銃を持った見知らぬ男が潜んでいて…。
映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』の感想と評価
雪だるま式に膨らむ嘘と欲望
“盲目のピアニスト”のふりをしたアーカーシュですが、それを始めたきっかけは悪心からではありません。
視覚を遮ることで他の感覚が冴え渡り、ピアノの腕前が上達するんでは無いかと考えたからです。
芸術的な向上心、好奇心から生まれたアイデアでした。
しかしそれにしては、偽装するためのカラーコンタクトで目の色や動きなどを調節し、障がい者への支援も受けているという念の入りよう。
気になる女性・ソフィの前でも、“見えない”ことと彼女の親切心を利用してちょっとしたラッキースケベを楽しむ始末。
純粋な向上心が、いつしか甘い蜜を吸うための手段へと変化してしまっていました。
そんな彼ですが、人が見ていないと思うとすぐに盲目のふりをやめ、階段を駆け上がったり、手際良く料理したりします。
その様子を隣家の男の子に目撃されてしまうというツメの甘さ。
だからこそアーカーシュは身近に感じられるチャーミングな人物として共感を呼びますし、彼が巻き込まれる一連の出来事にもリアリティが生まれました。
そしてアーカーシュと対決することになる、タブーが演じたシミー。彼女も、完璧では無いからこその魅力を発揮しています。
女優であるものの代表作はなく、年上のプラモードの後妻に入ったら、財産目当て・売名行為だと言われてきたシミー。
夫への愛は本物だったのかどうかは明かされませんが、アーカーシュが“盲目”だからこそ見せられる涙は、彼女をただの悪女ではなく、葛藤を抱えた人物として描写し、胸に迫ってきます。
聖母のような穏やかさと、般若のような激しさを併せ持ったシミーの真意は誰にもわかりません。
それはアーカーシュについても同じ。彼が正義か、真実を語っているのかは疑わしいんです。
そもそも“見えない”ことが嘘なんですから、見えていることも事実とは限らないのが本作のポイント。
回想も証言も、それを語る人物の一人称であり、主観的なもの。あえて“見せる”ことで、何が事実で何が嘘なのか、観客をも煙に巻いていくんです。
彼らの小さな嘘と欲望は肥大、物語とともに加速し、因果応報ともいえる道を辿りはじめます。
原作となった短編映画『L‘Accordeur』とは
参考動画:短編映画『L‘Accordeur』予告編
本作は、2010年のフランスの短編映画『L‘Accordeur』(The Piano Tuner)から着想を得て製作されました。
オリバー・トレイナー監督作『L‘Accordeur』のあらすじはこうです。
ピアノコンクールに敗れ絶望し、盲目のふりをしてピアノの調律師の職を手に入れた主人公。
調律の腕の良さと、調律後に弾くピアノ演奏によって、依頼の絶えない調律師になっていきます。
その彼が、老夫妻の家である出来事に遭遇し…、というストーリーで、本作『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』のきっかけとなる部分がこの短編を基に作られています。
たった13分の中に、主人公の絶望と、そこから立ち上がるために吐いた嘘、それによる恐ろしい顛末が描かれた、忘れがたい短編映画です。
本作とはだいぶテイストが違い、全編にシリアスな緊張感が張り巡らされた『L‘Accordeur』。
どちらもひとつの嘘から始まった後戻りのできない人生を描いています。
まとめ
本作は、回想シーンや人物による証言などを利用し、観客を疑問の渦に陥れます。
計算し尽くされた脚本は、場合によっては作意が見えてあざとく感じることもありますが、本作はそれを上回る意外性に満ちています。
実写版ピーターラビット的なノリで始まり、ヒューマンドラマになり、ラブストーリー、コメディ、そしてサスペンスへ。
後半はサスペンス色が強くなりますが、その中でもくすぐりポイントはしっかり押さえています。
曲作りに満足行かないアーカーシュに、ソフィがこう伝える場面があります。「不完全だからいいものも」と。
本作は伏線を張り巡らせた完全な脚本の中で、不完全な登場人物たちがあがいているからこその面白みに溢れています。
中でも、様々な表情を見せてくれたシミーことタブーと、ピアノ演奏の吹き替えなしで挑んだアーカーシュ役のアーユシュマーン・クラーナーが、予想外な言動を起こして楽しませてくれました。
なるべく事前情報は入れず、このジェットコースターに振り回されて頂きたいです。
映画『盲目のメロディ~インド式殺人狂騒曲~』は2019年11月15日(金)より、新宿ピカデリーほかで全国公開です。