ジム・ジャームッシュが製作総指揮を務め、ポルトガル第2の都市ポルトを舞台に、異国の地で巡り合った男女を描いたゲイブ・クリンガー監督の『ポルト』をご紹介します!
映画『ポルト』作品情報
【公開】
2017年(ポルトガル、フランス、アメリカ、ポーランド合作映画)
【原題】
Porto
【監督】
ゲイブ・クリンガー
【キャスト】
アントン・イェルチン、ルシー・ルーカス、フランソワーズ・ルブラン、パウロ・カラトレ
【作品概要】
ポルトガル北部の港湾都市ポルト。ジェイクは外交官の父とともにポルトガルにやってきたアメリカ人。思春期に親に反抗し、26歳の今は臨時雇いの仕事を転々としています。マティは恋人ともにこの地へやってきたフランス人留学生。考古学調査の発掘現場で互いの存在に気づいた2人は、駅とカフェで偶然再会し、狂おしいほど官能的な夜を過ごしますが…。
映画『ポルト』あらすじとネタバレ
ポルトガル北部の湾口都市ポルト。夜が開け、温かい日差しが部屋に満ちる中、ジェイクとマティはベッドに身を横たえながら、互いの顔を愛おしそうに見つめ合っていました。
「言葉を口にしないでお互いの心のうちが読めた。それでうまくいかないはずがない」。ジェイクはマティに向かって言います。二人は何度も体を重ね、愛し合ったのです。
発掘現場で出逢い、駅で見かけ、その夜、入ったカフェに彼女の姿を認めて、おずおずと近づくジェイク。
緊張気味のジェイクに比べて、煙草をくゆらして余裕の笑顔を見せるマティ。それがその夜の始まりでした。
しかし、あれから数年たった今、そのカフェに座るジェイクの前に彼女はいません。
ジェイク
真夜中、深夜も営業しているレストランで、二人は一緒に食事をしたのです。
年齢を問うと、彼女は32歳と応えました。「あなたは?」と聞かれ26歳と答えるジェイク。「年上の女ね」と彼女は笑いました。
「昔の恋人の話しをして」とジェイクは言いました。
マティは、フランスで考古学を学んでいましたが、ポルトガルから来た教師と懇意になり、彼とともにポルトにやってきました。今は留学生という立場で学んでいるそうです。
彼は奥さんと別れて結婚すると言っているけれど、私には「自由」が一番大事なのという彼女に「わかるよ」とジェイクは素早く反応しました。
あれから随分月日が流れました。あの日のことを忘れることができない彼は、彼女を求めて街を彷徨い歩きます。彼女に似た女性に絡んだため、店から追い出されてしまいました。
あの素晴らしい夜を過ごした数日後、彼女の部屋にやってきて、ダンボールを開けた日のことを彼は思い出していました。
彼女は部屋に引っ越してきたばっかりで、ほとんどのダンボールは開かれず、そのままになっていました。
彼が棚を組み立て、小物を飾っていると、ドアが開きました。入ってきたのは、彼女と髭をたっぷりたくわえた体格のいい男性でした。彼女が話していた大学教授でしょう。
教授は一緒に食事をしようと声をかけてきて、三人は床に座りました。「きっかけは?」と教授が訪ねてきたので、マティは「発掘現場で会った」と答えました。マティはひどく困惑しているようでした。
ジェイクは、彼女に何度も電話をしますが、つながりません。業を煮やして、彼女の帰りを待ち伏せして、彼女を抱きしめ「素晴らしい夜だった」とささやくと、彼女は「私もよ」と答えました。
にもかかわらず、彼女は彼を避けたがっていました。「どうしたんだ? この前と全然違うぞ!?」無理やりキスをしようとして彼女に拒まれ、思わず手を出してしまいます。
彼女はアパートの中に駆け込みました。「お願いだ」弱々しく、絞り出すような声で嘆願するジェイク。
次には激高して、激しくドアノブをゆさぶるジェイク。彼は彼女の通報で警察に連行されてしまいます。
不安そうに座っているジェイクの耳に「帰れ」という警官の言葉が飛び込んできました。「二度と彼女に近づくな」。
「彼女がそんなことを?」呆然とするジェイク。
マティ
マティは教授と結婚式をあげ、女の子が産まれますが、やがて夫婦仲は冷え、離婚。娘の親権はマティにありますが、教授は娘に突然会いにやってきます。
「ルールを守って」というマティの言葉にも「くそくらえだ」と答える彼。
ある日、彼女はパリに独り残してきた母親を訪ねます。「パリよりポルトがいいの?」という質問にポルトで幸せに暮らしているとマティは答えますが、「そうは見えないけれど」と返されてしまいます。
「あなたは私に似ているから誰かが必要なのよ」と母は言うのでした。
ポルトに戻ってきた彼女は、数年前、ジェイクと一緒に食事したレストランの窓の前に立っていました。あの時、ジェイクは自身の生い立ちを語っていました。
アメリカ人の彼は、父が外交官で幼い頃からリスボンに住んでいましたが、姉の結婚話に両親が猛反対した時、姉の側について親に反抗、家族に亀裂が入り、今はポルトで臨時雇いの仕事を転々としていると。
「仕事は好きではない」という彼に「野心のない人は何しているの?」とマティは尋ねました。
「本を読んだり、ライブに行ったりする」と言って彼は少しはにかみました。
「病気をして心が病んでいたの」とマティは告白していました。「目の前にやるべきことがあるのに、どうしても自分では出来ないことがわかっている」。
「治療したの?」と問う彼にうなずきながら「完全には治っていない」と告白しました。
あの時の会話が今でも鮮明に思い出されます。レストランの窓の前で佇んでいたマティは、そっとその場を離れていくのでした。
映画『ポルト』の感想と評価
主人公二人の出逢いから別れまでがまるでバラバラのパズルのように配置され、過去と現在が交錯します。
さらにスーパー8、16ミリ、35ミリとあらゆるフィルムが駆使され、それらが一つのキャンバスに溶け込んでいます。
ポルトガル第2の都市ポルトを舞台にしたゲイブ・クリンガーの初長編劇映画作品『ポルト』は情熱的な一夜の恋の高揚感とその後の空虚な孤独感を描き、静かに心揺さぶられる作品です。
冒頭、男女二人が、ベッドに横たわり、互いの目を見つめ合っています。
恋するとはみつめること。映画を観ているとしばしばそういう思いに駆られます。気になる人、好きな人を目で追う、目が合う、目をそらす、あるいは見つめ合う。その行為が恋の鼓動を画面に刻むのです。
本作の主人公二人も、まず見ることから始まります。一方的に「見る」だけ、「見かける」だけだったものが「見つめ合う」に至り、おずおずとその距離を縮めていきます。
「言葉にしなくても心の内がわかる」とジェイクは言います。言葉は時に誤解を生みますが、「見つめる」「見つめ合う」行為は嘘がつけないとでも言うように。
カフェで三度目に出逢った二人の視線を、カメラが半円形を描くようにパンしていき、再び同じように戻っていく撮り方がユニークです。まるでカメラが二人の縁を取り持つかのようです。
そんなカメラが見つめるポルトの街の美しいこと! 冒頭、夜明けから、街のあらゆるものに陽を投げかける日中、夕暮れ、そしてネオンの瞬く夜へと移りゆく一日の光景を慈しむかのように撮っています。まるで街に恋しているかのようです。
さらに、映画は私たち観客に“重さ”を感じさせます。ジェイクが抱えるダンボールの重さを私たちも感じてしまうのです。
重いダンボールを抱えながら、階段を昇っていく姿は、普通の光景なのに、実にスリリングです。
落としてしまわないか? 自分なら持てるだろうか? 荷造りをした女性は最初から誰かをあてにしていたのか、等々、この場面だけで観ているものに様々な思案を生みます。
例えば、『ハウルの動く城』のように、階段をあがるだけでスペクタルが生まれるという例は多々ありますが、何気ないこの光景もまた、重さを加えることで、一つのスペクタルとなっているのです。
そしてここで熱くなった体が次の行為へとつながっていく。体温すら伝えてくる映画の豊穣さに心地よい驚きを感じずにはいられません。
まとめ
監督のゲイブ・クリンガーは、処女作『ダブル・プレイ:ジェームズ・ベニングとリチャード・リンクレイター』(13)でヴェネチア映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞。
本作は初の長編劇映画で、ジム・ジャームッシュが製作総指揮にあたっています。
マティとジェイクがそれぞれ、想い出のレストランの前にたたずみ、その窓の中を覗き込むという場面があります。たくさんの電灯がぶら下がり、オレンジ色に光るその空間は幻想的な美しさで、のぞいている人物が一つのフレームに収まった絵画のようにも見えます。
ジェイクがマティのいないカフェを愛犬とともに、出ていく場面は、店の前の歩道が少し坂道になっていて妙に惹きつけられます。
マティの持っていた傘の赤色(と周りの白色)の鮮明さ。マティを演じるルシー・ルーカスの長い黒い髪と共に忘れがたい場面です。
ジェイクを演じるアントン・イェルチンは、若くして多くの映画に出演し、J・J・エイブラムスの『スター・トレック』シリーズで良く知られています。昨年27歳の若さで亡くなっています。
映画は、最後にまた冒頭の場面に戻ってきて終わります。
彼らが最も幸福だったその一時をラストに持ってくることで、アントン・イェルチンを追悼しているかのように感じられました。