2017年公開される映画のなかで文句なしにベスト級な作品なのが『MR.LONG/ミスター・ロン』。
ドイツ・香港・台湾・日本合作で製作された本作は、ベルリン映画祭コンペティション部門に正式出品され、主演は『牯嶺街少年殺人事件』や『黒衣の刺客』などで知られる台湾の人気俳優チャン・チェン。
『MR.LONG/ミスター・ロン』は、12月16日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開です!
CONTENTS
1.映画『MR.LONG/ミスター・ロン』の作品情報
【公開】
2017年(ドイツ・日本・香港・台湾合作映画)
【原題】
MR.LONG
【脚本・監督】
SABU
【キャスト】
チャン・チェン、青柳翔、イレブン・ヤオ、バイ・ルンイン、有福正志、諏訪太朗、大草理乙子、歌川雅子、真下有紀、山崎直樹、瀬口寛之、水澤紳吾、福地祐介、岸健太郎、カトウシンスケ、竹嶋康成、奥田恵梨華、千葉哲也、工藤俊作
【作品概要】
『牯嶺街少年殺人事件』や『黒衣の刺客』などで知られる台湾の人気実力派俳優チャン・チェン(張震)自ら、『弾丸ライナー』や『天の茶助』のSABU監督の作品に出演を志願して作られた、チャン・チェンのために書き下ろされたハートウォーミング・バイオレンス映画。
日本で逃亡生活を送ることになってしまった台湾のナイフ使いの殺し屋と、逃げ延びた田舎町の人々との交流を通して、人間らしさを取り戻していく姿を描いた作品。
2.映画監督SABUのプロフィール
SABU監督は、1964年11月18日生まれの和歌山県出身の俳優で映画監督。旧芸名は田中博樹、サブ(カタカナ表記)。
大阪のデザイン専門学校でファッション・デザインを学ぶ傍ら、パンク・バンドでの音楽活動を行います。卒業後、ミュージシャンを目指して東京へ上京するも、所属事務所の意向で俳優の道に転身。
オーディションを重ねていくなか、1986年に森田芳光監督の『そろばんずく』で俳優デビュー。1991年に大友克洋監督の『ワールド・アパートメント・ホラー』で初主演を果たし、第13回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を獲得します。
一方で乱作される低予算作品の内容的不満が徐々につのり、試しに自ら脚本を書いてみたところ、知人プロデューサーに評価され、同作での監督デビューを打診されます。
こうして1996年の『弾丸ライナー』は、ベルリン映画祭パノラマ部門に出品、および第18回ヨコハマ映画祭で新人監督賞受賞という快挙をいきなり成し遂げ、気鋭の映像作家SABUの存在を一躍国内外にアピールします。
以後も笑いを絶妙に織り交ぜたエンターテイメント作品を中心に、映像分野のたゆまぬ創作活動を続けています。
2015年に『天の茶助』では映画化に先駆けて原作を執筆し、小説家デビューも果たしました。
SABUのフィルモグラフィー
【主な出演作品】
『そろばんずく』(1986)
『永遠の1/2』(1987)
『ワールド・アパートメント・ホラー』(1991)
第13回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞
『くまちゃん』(1993)
『ゼイラム2』(1994)
『800 TWO LAP RUNNERS』(1994)
『女優霊』(1996)
『殺し屋1』(2001)
『ジョゼと虎と魚たち』(2003)
『沈黙-サイレンス-』(2016)
【監督作品】
『弾丸ランナー』(1996)
ベルリン映画祭パノラマ部門
『ポストマン・ブルース』(1997)
コニャック映画祭 最優秀新人監督賞
『アンラッキー・モンキー』(1998)
ベルリン映画祭フォーラム部門
『MONDAY』(2000)
ベルリン映画祭 国際批評家連盟賞
『DRIVE』(2002)
ファンタジア映画祭(カナダ)最優秀アジア映画賞受賞
『幸福の鐘』(2003)
ベルリン映画祭フォーラム部門 NETPAC賞受賞
『ハードラックヒーロー』(2003)
ベルリン映画祭フォーラム賞
『ホールドアップダウン』(2005)
『疾走』(2005)
ベルリン映画祭パノラマ部門、シラキュース国際映画祭最優秀作品賞
『蟹工船』(2009)
ベルリン映画祭フォーラム部門
『うさぎドロップ』(2011)
上海映画祭コンペティション部門
『Miss ZOMBIE』(2013)
ジュラルメ国際ファンタスティカ映画祭グランプリ、ポルト国際映画祭 最優秀作品賞、特別賞
『天の茶助』(2015)
ベルリン映画祭コンペティション部門
『MR.LONG/ミスター・ロン』(2017)
ベルリン国際映画祭コンペティション部門
『ハピネス』(2017)
2018年公開予定
3.映画『MR.LONG/ミスター・ロン』のあらすじ
台湾南部の都市高雄市。パスポートと札束が詰まった箱を前に馬鹿話に興じる台湾人のチンピラたち。
そこに突如としてチンピラの背後から現れた殺し屋ロン。
ナイフの達人であるロンは、鮮やかなまでに6人をあっという間もなく片付けると、そこにあるバッグを持ち去ります。
依頼主にバッグを持っていくと、早くも次の仕事が待っていました。
場所は東京六本木のナイトクラブ、ターゲット売り出し中の台湾マフィアのジャン。しかし、暗殺は失敗に終わりジャンと組む日本のヤクザの藤野に捉えられてしまいます。
河川敷でパスポートを焼かれ、麻袋に縛られたまま何度となく蹴られるロン。
手下が留めを刺そうとした瞬間、遠くからその様子を見ていた賢次が飛び出し、藤野にナイフを突き刺します。
「俺の女を返せ!」
その混乱に乗じてロンは、藤野たちの手から逃れます。
反撃するヤクザの銃弾を受け、絶命する賢次。ロンは賢次のナイフを手に取り、逃走します。
通りすがりのトラックに乗り込んだロンが辿り着いたのは北関東の田舎町でした。
トタン作りが古い住宅地で、無口な8歳の少年ジュンに助けられ、傷が癒えるまで身を留めることにします。
その後、見事な包丁さばきで汁物をつくるロン。少年に「お前はどこから来たのか?」と尋ねると、意外にも少年は中国語を話せ、ジュンの母親はリリーという台湾人だというのですが…。
4.映画『MR.LONG/ミスター・ロン』の感想と評価
見どころ① 国際色豊かでありながら、今の日本が浮き彫りとなる映画
本作が制作されるきっかけとなったのは、2015年10月に開催された台湾・高雄国際映画祭でした。
SABU監督の『天の茶助』が参加した折り、公開プロモーションで台北を訪れていた 監督のもとに、以前から面識があったチャン・チェンがやって来て、映画出演に興味があると名乗りを上げたことで始まったそうです。
チャンはSABU監督の初期作品からのファンであり、「『ポストマン・ブルース』などノンストップな作品が印象に残っている」と述べました。
それを受けたSABU監督がチャンのために書き下ろした脚本を数ヶ月後に彼に送ったところ、すぐに本作の出演快諾をしたそうです。
SABU監督は何をおいてもチャン・チェンの格好良さを1番に見せたかったようで、「殺し屋というアイデアがすぐに浮かび、(脚本執筆に)ほとんど時間はかからなかった」と語るほど、熱のこもった力作でした。
また、本作が誕生するに至ったきっかけとなったのが、国際的な舞台であっただけに、製作には日本、香港、ドイツの映画会社があたり、撮影が行われた台湾高雄市が助成金を提供しています。
このような各国からの援助のもと、SABU監督は海外の俳優を演出するのは初挑戦だったが、2016年9月から台湾の高雄、東京、世界遺産の日光東照宮をはじめとする栃木県内、横浜で約3週間の撮影ロケを敢行しました。
その後、同年11月から12月中旬にかけて、ドイツ・ベルリンにあるスタジオ「ポスト・パブリック」にて最終仕上げを行い完成させ、そのまま第67回ベルリン国際映画祭国際コンペティション部門に選出されます。
さて、SABU監督は、このような海外をまたに掛けた映画制作を行い、そして何よりもチャン・チェンが主演であるのに、この作品に日本の今を描き、垣間見せることができるのでしょうか。
そのような心配はまったくいりません。
現在の日本に置かれた映画制作の現場は、国際色豊かなスタッフや土壌で作られることが一般的だと考える方が自然ではないでしょうか。
なぜなら現状の日本は、都会であれ田舎であれ、外国人の姿を見かけることにまったく違和感はありません。
むしろ違和感があるのは、今だテレビドラマなどに登場する人物たち(俳優たち)が日本人だらけである不自然さです。
日本に滞在する外国人がコンビニや飲食店で働く姿や、外国人観光客の増大した様子はどこにでも溢れかえっています。
しかし、なぜ、物語(ドラマ)の日常を創作する際に、彼らは排除されてしまうのでしょう。
外国人はバラエティ番組でおかしな日本語を話し、日本の伝統が大好きと言えば外国人なのでしょうか。
本作のなかで、チャン・チェン演じる殺し屋ロンが北関東という日本の田舎町に流れ着いたことや、イレブン・ヤオ演じたリリーが日本に出稼ぎに来て落ちぶれていく様は、この国の現状から遠い絵空ことには思えませんでした。
例えば正規の外国人渡航者の増加する割合に対して、(密入国もだけど)入国管理局が不法滞在者に対応できるだけの人員は確保されているのでしょうか。
仮の話をしますが、この国に訪れた外国人旅行者が一斉に今から亡命します!今から逃走します!と言ったら、どれほど迅速に対応できるのかは不明です。
であるなら、裏稼業のロンやリリーのように人知れず日本に滞在するのはまるで嘘のような話ではないように思います。
また実際の話、リリーの息子ジュンのような国籍を持たない少年は意外に多くいるはずです。
それこそ私の聞いた話でとても驚いたのは、ある北関東の小学校に出向いた際に、特別支援学級にいたのは日本語を上手く話せない外国人の生徒。その生徒だけで1クラスありました。
もちろん、非正規の子どももいましたし、彼らは外国人の親から常にマスク着用を強要されていました。理由はわかりますね。
このように今の日本を描いた場合に、日本人が出ているから本当の物語(ドラマ)であるというのは誠に怪しい代物なのではないか、外国人の出ないような作品の方が、実際の話からすれば、嘘くさい何かを隠したマヤカシかし知れませんよ。
さて、もちろん本作では日本人も魅力を見せています。ここで本作の純愛のエピソードを1つご紹介しましょう。
台湾の高雄から日本に来て台湾パブ(情婦)で働くリリーと恋に落ちた賢次。
しかし、愛するがゆえに彼女を身ごもらせてしまいます。当然のことながら商売道具である女に手を付けた賢次はヤクザから制裁を受けることになります。
それでも愛したリリーを諦めきれない賢次という役柄を、劇団EXILEメンバーの青柳翔が演じています。
2013年に『渾身KON-SHIN』主演の坂本英明役や、2017年に『たたら侍』で 主演の伍介役を演じていたのが彼でしたね。
青柳翔が演じた日本人青年の賢次と、台湾から出稼ぎに来たリリーの純愛があまりに痛いのです。
この作品で人物構成が成功に至った重要な始まりは、青柳翔あってのことです。
ぜひ彼の演技に注目してくださいね。
この2人のように言葉の壁など関係がなく、国籍もまた意味はない。それが人の感情であり、“映画”なのだと思います。
見どころ② ロンの寡黙さに時代劇の味わいを見る、そしてこの世は不条理だ⁉︎
本作を観た際に、先ほど紹介した青柳翔の演じる純愛のほかにも、あまりに不条理だと思う場面が数多く登場します。
それもまたこの作品にSABU監督が仕込んだ巧みな演出です。
不条理を分かりやすく言ってしまえば、この世界に意味を見出した際に努力したことが失敗に終わる様。
それは私にとっては時代劇と類語でもあります。
本作『MR.LONG/ミスター・ロン』は、恐れずに言うなら現代における時代劇のような作品です。
この作品は歌舞伎であり、人形浄瑠璃であり、落語のような要素に満ち溢れています。
昨今のメジャーなハリウッド映画がどれも歌舞伎の「見栄の演出」に成ってしまったようなものではなく、むしろ、チャン・チェン演じるロンを狂言回しに、浄瑠璃の不条理や落語の風情の面白みを見せた秀作と言えるでしょう。
もっと端的に言えば、ロンという役柄は、「座頭市」シリーズの市であり、「子連れ狼」シリーズの拝一刀なのですよ!
まさか、今の日本で1962年に公開された三隅研次監督の『座頭市物語』のように、やるせなく、面白く、痛快な作品を目にするとは思いませんでした。
SABU監督と主演のチャン・チェン!とても魅せてくれます。
ロンの寡黙な姿が格好いいということは、厳密には勝新太郎の市とは違うのですが、もし、ロンの厳しい表情や佇まいがブルース・リー(李小龍)に見えたなら、もうそれは座頭市と言えますよね。
リーと勝新はご承知の通り、互いを認めた親密な知人関係です。
市の仕込み杖ならぬ、ナイフの殺し屋ロンの包丁というアイテムは、生きるための道具の二面性を持つ座頭市の小道具同様に見るものを楽しませる見せ方になっています。
ほかにも、有福正志演じる独居老人の平助を中心に、落語長屋のように「ロンちゃん」「ロンさま」と口数の少ないロンに対して、お節介な世話を焼く庶民たちの可笑しさは、小噺の長屋物そのもの。
本作には長屋での見せ場の立ち回りも、憎らしすぎる悪党だって登場するのですから、これはもうネオ時代劇です。
さて最後に、本作の時代劇風の不条理の場面を特出するなら、リリーが見上げた北関東の空のショット取り上げたいです。
少年野球の練習からの帰り道にロンとリリー、そしてジュンの3人が仲良く向かう明日がきっとあるだろうという道行きの場面では、蓮の溜池の脇を通り、まさに小さな幸せそのものです。
そしてその後に見上げた北関東の希望の空と、その後にリリーが見てしまった空は、同じでありながら絶望の空なのです。
ここでもあまりの不条理さに涙腺は緩むことでしょう。
このように本作はSABU監督が世界基準で描く映画の話法に満ち溢れた作品であり、真の意味で、かつて日本映画が豊かさとして持ち得ていた時代劇の良さを見る秀作といえます。
まとめ
SABU監督の本作をあなたにご紹介したい点は、まだまだたくさんありますが、そろそろ閉めなくてはならないのでここまでに留めましょうね。
2017年に観た映画で年間マイ・ベスト作品を暫定的にあげるとすれば、『未来よ、こんにちは』『ルージュの手紙』『レインボウ』でしょうか。
もし、これらの作品のどれかにピンときたら、『MR.LONG/ミスター・ロン』をぜひ観てください。
もちろん内容はまったく異質なるものですが、映画としての芸術的な完成度の芳醇さはどの作品にも劣っていない最高な作品です。
また、『アウトレイジ 最終章』を楽しみに観た、あなた。
私は観客の反応が知りたく何度も映画館の出入り口に出向き、北野武監督『アウトレイジ最終章』の観客たちの鑑賞前とその後の表情を調査に行きました。(もちろん、アウトレイジも観ましたよ)
上映を終えた後に複雑さの表情を浮かべた観客が多かったような感じますが、そんなあなたにも『MR.LONG/ミスター・ロン』はぜひ観ていただきたい!
本作は芸術性の高さや不条理さだけでなく、娯楽映画としても一級品です!
そんな『MR.LONG/ミスター・ロン』を観て、最も涙を流したのは試写室から帰路に立った後でした。ホッと一息をついて地下鉄に乗り込むときに無性に涙がこぼれ落ちました。
ああ、この作品は映画館で泣くのでなく、本当に感情をかき乱されるのは日常に戻ってからの映画なのだと思い知らされました。
なぜなら、日常という不条理な世界であろうとも、希望を持ち生きるのが人間そのものだと気付かされたからです。
映画ではなく日常の瞬間にこそ、リリーのように希望と絶望は混在しているからでしょう。
そう。それはまた、ロンやジュンが生きようと決めたときのように…。
『MR.LONG/ミスター・ロン』は12月16日(土)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開です!
2017年だんぜん一押しの秀作です!何が何でも、ぜひ、ぜひ、お見逃しなく!